001 ビゼー 歌劇「カルメン」




 歌劇「カルメン」の初演後20年間というもの、娼婦たちの名乗った源氏名の最大多数が「カルメン」だった、というのは当時の娼家の登録簿が証言していること。ちなみに、第2位は「ミニョン」だったそうです。もちろん、ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」に登場する娘ですけれど、アンブロワーズ・トマによって、原作とはずいぶんと異なった姿でオペラの主人公に据えられています。劇場の社会に及ぼす影響というものが偲ばれますなあ。
 つまり、娼婦の源氏名がイメージさせるのは、メリメの「カルメン」ではなく、メイヤック、アレヴィ、ビゼーの共同製作による「カルメン」像なのではないかな、と言いたいのですよ。
 だから、この人気ある傑作オペラのおかげでカルメン像は永遠の生命を得たのかな、とも思います。さらに言えば、メリメの小説は「カルメン」という表題を持っていますが、主人公はホセ・ナヴァロなのではないか、メリメはそこまでカルメン像を明確にしていないのではないか、単純な「悪女」でよしとしているんじゃないか、とさえ思われる節があるのです。
 なので、メリメの「カルメン」を語っていて、「ビゼーの『カルメン』なんざ、原作とは全然違うんだぜえ」と(得意になって)言うのは、メイヤック、アレヴィ、ビゼーに対してあまりにも恩知らず。
 個人的には、映画なんかだと良くも悪くも人口に膾炙しやすい「わかりやすさ」が優先されて、原作の方が内容の深さを感じさせていいなと思うことがほとんどなんですが、ビゼーのオペラに関しては、原作よりもこちらの方が、時代を先取りしているんじゃないでしょうか。古ーいlive音源でのカルメンを聴いても、「本を読む」の第4回のDiskussionで述べた疑問は変わらず、強まるばかりなんですよ。


 さて、歌劇「カルメン」の手持ちのdisc(LP、CD、DVDなど)全部引っ張り出したら10組を超えるので、気に入っているのものだけいくつか取りあげることにします。


1 最初に取りあげたいのは、1937年メトロポリタン歌劇場のクリーヴランド公演のlive録音、ローザ・ポンセルによるカルメンです。もちろんmono録音。WalhallのCD、WHL15(2CD)。
 ポンセルは1935年にメトでカルメンをはじめて歌っており、評論家に酷評されながらも、興行的には大成功、1936年、1937年と歌い続けて1937年に40歳の若さで引退。録音は1935年、1936年のものも残されています。このCDは1937年クリーヴランドにおけるlive録音ですから、引退の年の貴重な記録。高音域に難があると言われたものの、その豊かな表現力に力強さを兼ね備えた歌声は、マリア・カラスの師でもあった指揮者トゥリオ・セラフィンに「今世紀最高のソプラノ」、「奇跡」と讃えられたんですよ。
 ホセのルネ・メゾンが少々情けない声を出していますが、トスカニーニ辞任後にメトで主にイタリア・オペラを担当した指揮者ジェンナーロ・パピが、深い呼吸とリズム感を両立させた躍動感あふれる演奏を展開しているのが聴きものです。音質はこの時代のものとしては上出来、鑑賞に差し支えはありません。



Rosa Ponselle

2 サー・トマス・ビーチャム指揮フランス国立放送管弦楽団による全曲盤。歌手はロス・アンヘレス、ゲッダ、ブランクほか。1958~59年のstereo録音。ギロー版。英EMI SLS5021(3LP)。
 伝えられるエピソードから皮肉屋のimageが強いビーチャムですが、その指揮は直情傾向の熱血ぶり。自信に満ちあふれた指揮といった印象です。活気ある自発性。さらに、このdiscは歌手が揃っている点では随一といっていいもので、ロス・アンヘレスの悪女というより奔放な優雅さはカルメンとして決して場違いでない個性があり、ゲッダのホセも若々しくミカエラのミショーも自然な清純派を演じて魅力的。さらに、ブランクこそ「カルメン」録音史上ベストのエスカミーリォではないでしょうか。ことさらに大きく構えることなく、必要充分なキャラクターとして全体のスタイルのなかで存在感を示しているのは見事と言うほかなし。録音も良質。英プレスのオリジナル盤(ASD331/333)も持っているんですが、左右のバランスがおかしいので、英プレスの再発盤で聴いています。


 (追記)
 上で「英プレスのオリジナル盤(ASD331/333)も持っているんですが、左右のバランスがおかしいので」と言いましたが、これをもって、英プレスのオリジナル盤がすべておかしいとは限りません。特定のロットに問題があったという可能性も考えられます。また、その後仏プレスのオリジナル盤(ASDF145/147)を入手しましたが、これは正常でした。なお付け加えれば、この仏盤の音質は極めて良好なものです。


Sir Thomas Beecham


3 アンドレ・クリュイタンスがパリ・オペラ・コミークを振ったレコード。1950年のmono録音。台詞入りオペラ・コミーク版による初録音。仏Columbia盤。33FCX101/103(3LP)。EQカーヴはColumbiaカーヴで。年代なりのややこもりがちながら、聴きやすいmono録音です。
 さすがに板に付いた演奏には違いなく、兵営のラッパにまで盛大にヴィブラートがかかっているのもほほえましい(笑)当然のことに、オールフランス人のキャストによるフランス語は自然で心地よく、歌手はソランジュ・ミシェル以下少々小粒なで、お世辞にも強力な歌手陣とは言えないものの、台詞入りのオペラ・コミーク版には、こぢんまりとしたatmosphereがむしろふさわしいのではないかとさえ思えてきます。歌手に関しては個性に乏しいものの、それだけにビゼーの「カルメン」を聴くのには好適かもしれません。



4 お次はLP時代から名盤の誉れ高かったジョルジュ・プレートル指揮パリ・オペラ座管弦楽団のレコード。カラス、ゲッダ、マサールと、当時の一流どころを揃えた1964年のstereo録音。プレートル盤というよりカラス盤と言うべきもの。ギロー版。英EMI SLS913(3LP)。国内盤LPも持っています。
 プレートルといえば昔はこのマリア・カラスと共演した「カルメン」ばかりが有名で、某評論屋がプレートルのレコードは「『カルメン』だけがいい」なんて書いていたものですが、プーランク演奏にも古くから定評があった模様。もっとも後にはそればかり言われるようになって、本人が「自分はプーランクのスペシャリストではない」なんて言い出す始末。そんなにダメな指揮者じゃないのかもしれませんが、私がこれまでdiscで聴いた限りでは、たしかに出来不出来の差が大きいみたいですね。かなり以前ですが、フランスのオーケストラと来日して、なんとも気の抜けた、散漫としか言いようのない「幻想交響曲」を振って、あれを聴いたひとなら、プレートルに悪い印象を持っていても仕方がありません。じっさい、この指揮者のlive録音にはオーケストラのアンサンブルが悪いものが多いようで、この「カルメン」の充実は、やり直しのきくセッション録音のマジックかもしれません。
 マリア・カラスは舞台でカルメンを歌ったことは一度もないそうなんですが、さすがに見事なもの。声域がぴったり、カラスが歌うのにふさわしい。ゲッダも問題はありませんが、しかしマサールのエスカミーリォが冴えないのが惜しいところ。結局カラスを聴くべきレコード、というのが私の偽らざる感想(「感想」にすぎないってことですよ)。


5 アルベール・ヴォルフ指揮パリ・オペラ・コミークの全曲盤。歌手はシュザンヌ・ジュヨル、リベロ・デ・ルカ、ジャニーヌ・ミショー、ジュリアン・ジョヴァネッティほか。録音は同じオペラ・コミークのクリュイタンス盤と同年の1950年。ギロー版。英DECCA LXT2615/2616/2617のバラ3枚組。EQカーヴはもちろんDECCAffrr。
 歌手はミショーを除いてややスタイルが古いかなと思いますが、軽快感があって上手くまとめられた演奏です。木管などの表情や音色は旧き良きフランスのオーケストラらしい、いい意味でのローカルな味わいがあります。マイクは歌手に近めで、この時代のオペラ録音のこと、ステージ感はないものの、女工の叫び声や銃声などの効果音は入っています。


Albert Wolff


6 クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団による全曲盤。独DG 2740 192(3LP)。歌手はベルガンサ、ドミンゴ、コトルバス、ミルンズほか。1977年8~9月録音。エーザー版(アルコア版)。
 この「カルメン」全曲盤は発売当時待望されていたものでした。というのは、その少し前にショルティが「カルメン」を録音するというニュースが流れたときに、カルメン役にテレサ・ベルガンサの名前がアナウンスされていたんですよ。それで結構前評判が高かったんですが、いざショルティ盤が出たらタイトルロールはベルガンサじゃなくてタチアナ・トロヤノスだった。これ、ベルガンサがキャンセルしたのか、そもそも最初のニュースが間違っていたものか、分からないんですが、いずれにせよベルガンサのカルメンを楽しみにしていたひとたちはがっかり。そこにアバド盤が登場・・・私も発売時にすぐ買いました。
 歌手はベルガンサとドミンゴがまずまずの出来。ベルガンサはもう少し若い頃に録音してくれていたらどうだったかな、と思わないでもない。エスカミーリォのミルンズがもうひとつ気品に欠けて、優柔不断なホセに対して優位に立つには至っていない。また、ミカエラのコトルバスはことさらにカマトトぶっているようで、ほとんど嫌味です。指揮は過不足のない、やや上品に傾いてエキゾチックな味わいには至らないものの、上質な中庸。だからこそ物足りない、とも言える。じつはあまり取り出して聴くことも多くはないこのレコードをここに取りあげるかどうか、少し迷ったのですが、わりあいstandardな好演であるとは認めざるを得ないので紹介した次第。アバドはこのころがいちばん良かったんじゃないかな。


7 ここからいくつかドイツ語で歌われた「カルメン」全曲盤です。
 まずはホルスト・シュタイン指揮オーケストラはBerliner Symphonikerと表記されています。歌手はクリスタ・ルートヴィヒ、ルドルフ・ショック、ヘルマン・プライほか。1961年のstereo録音で、独Electrola 1 C183-30 209/11(3LP)。
 まあ、聴き慣れたフランス語でないことに違和感があることは否定できません。もっともジプシー女カルメンや闘牛士エスカミーリォがドイツ語ではおかしいというのなら、オリジナルのフランス語で歌ってるのだってヘンですよね。
 これはこの指揮者が残したレコードのなかでも出色の出来じゃないでしょうか。演奏はモダンな感覚によるメリハリ調、重くならず軽妙、ドラマティックで生彩に富む。ベルリン・ドイツ・オペラの合唱団だけはちょっと堅苦しく響くのですが、これはドイツ語のせいで仕方がない。録音は生々しく細部まで見通しのよい、たいへんすぐれたものですが、この頃の独Electrola盤によくある高域優勢型でキンキンやかましく、歌手のドイツ語の子音も耳につきます。アンプのトーンコントロールで調整してもいいんですが、EQカーヴをColumbiaにするとちょうど良い感じ。
 ドン・ホセのルドルフ・ショックが弱いものの、カルメン役のクリスタ・ルートヴィヒはいい意味で知的な役作りがすばらしく、エスカミーリォのヘルマン・プライも独特のおもしろさがあります。ほどよく力の抜けたリラックスぶりで、愛すべき陽気な闘牛士というイメージ。なんだか「カルメン」の舞台にフィガロが飛び込んできたみたいな気がするのは・・・やっぱりこちらの先入観か(笑)


8 これもドイツ語歌唱の「カルメン」。カール・ベーム指揮シュターツカペレ・ドレスデンによる1942年のmono録音。歌手はエリザベート・ヘンゲン、トルステン・ラルフ、ヨーゼフ・ヘルマンほか。PreiserのCD、90152(2CD)。
 カール・ベームは、この時期にしてさすがに懐の深い演奏。重厚な響きながらリズムが重くならないんですね。エリザベート・ヘンゲンはことさらに悪女らしさを演出しない歌唱で、かえって好感が持てます。ほかの歌手が生彩に欠けるのが残念なところ。録音は鑑賞に差し支えることはなく、年代を考慮すれば立派なものです。


9 ヘルベルト・ケーゲル指揮ライプツィヒ放送管弦楽団による1960年のセッション録音。これもドイツ語歌唱。西側ではDGから出ていたようですが、私の持っているのは東独ETERNA盤 825 352-354(3LP)。TonregieとしてClaus Strubenの名前がクレジットされています。歌手はソーニャ・チェルヴェナ、ロルフ・アプレック、マリア・クローネン、ローベルト・ラウヘーファーほか。
 オーケストラはメリハリ調、リズムがよく弾むのは、鈍重にならない軽妙感を演出しているかのよう。感傷的にならないドライなタッチがケーゲルらしいですね。
 歌手はこれといって特筆すべきこともなく、エスカミーリォのラウヘーファーはちょっと力みすぎかなと思いますが、全体としてはよくまとまっています。録音も東独ETERNA盤で聴く限り良質なものです。


10 アンドレ・クリュイタンス指揮ケルン放送交響楽団による全曲録音、これもドイツ語歌唱です。カルメンはイーラ・マラニウク、ホセがハンス・ホップ、エスカミーリォがワルター・ベリー、ミカエラがアニー・シュレムといった布陣、録音は1958年2~3月、おそらく放送用録音でしょう。Walhall  WLCD 0254(2CD)
 これがまた、よろしいですな。さすがクリュイタンス。周知のとおり、クリュイタンスの「カルメン」には、上記ソランジュ・ミシェルのカルメン役で、パリ・オペラ・コミーク管弦楽団を振った1950年のスタジオ録音の方が有名ですが、歌手に関してはやや印象が薄い。その意味では、この1958年録音のdiscはドイツ語版であることについて許せるのであれば、歌手では一長一短よりもやや上。クリュイタンスの指揮もあるいはこちらの方が充実しているかもしれません。
 ちなみに私が所有しているケルン放送交響楽団によるオペラの放送用録音のdiscといえば、エーリヒ・クライバーの「魔弾の射手」が1955年、カイルベルトの「オベロン」が1953年、同じくカイルベルトの「魔笛」が1954年。CDではオペラ以外のチェリビダッケやクーベリックなどの録音も復刻されて、ひょっとすると1950年代はこのオーケストラの黄金時代だった?


11 ハイライト盤も。魅惑のアネゴ声、ジャンヌ・ロードによるカルメン。ロベルト・ベンツィ指揮パリ・オペラ座管弦楽団の演奏で1959年のstereo録音。歌手はジャンヌ・ロードのほか、アルベール・ランス、ロベール・マサール、アンドレア・ギオーなど。仏Philips 6500 206(1LP)。
 ロベルト・ベンツィは、いずれも音楽家である両親がイタリア人なんですが、1937年にマルセイユで生まれたフランスの指揮者。幼少期から専門的な音楽教育を受け、1947年からはアンドレ・クリュイタンスに指揮を師事。1948年に指揮者としてデビューして、翌1949年には自身の天才少年ぶりを描いた映画「栄光への序曲」に出演(主演)。1954年にオペラでのデビューを飾り、1959年にはパリ・オペラ座で「カルメン」を指揮。これはオペラ座での同作品の初めての上演(一説によると、フルシチョフがフランスに来るんで、文化相のアンドレ・マルローが国威掲揚のために決めたんだとか)であり、同劇場の1961年の初の日本公演(オーケストラ等は日本側で用意)にも選ばれたプロダクションですね。1972年から1987年までボルドー・アキテーヌ国立管弦楽団、1989年から1998年までアーネム・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督を歴任。世界各国の主要なオーケストラに客演したほか、メトロポリタン歌劇場、モネ劇場などでオペラも指揮しているひと。
 ベンツィの指揮は、さすがに(この録音時期)若手とあって、老練さはありませんが、素直にフランスオペラの伝統に従って手堅くまとめた演奏です。良く言えば指揮者がことさらに出しゃばらないことで、歌手陣の生き生きとした闊達さが聴いてとれるとも言えますね。
 ハイライト盤なので、結果Jane Rhodesがクローズアップされて、これはこの歌手のカルメンを聴くdiscとなっていますが、歌手陣は概ね上質。ただしエスカミーリォのロベール・マサールには、いま一歩ヒロイックな押し出しを求めたいとも感じます。アンドレア・ギオーは5年後のプレートル(カラス)盤でもミカエラを歌っており、オーケストラ共々より上手いのは後者ですが、ここではベンツィによる単純ながら真っ直ぐ純情なバックと相俟って、清純な乙女らしさが魅力的です。せっかく原作よりも大きい扱いとなったミカエラですが、役柄上あまり目立ちすぎても場違い、そのあたりのバランスが絶妙ですね。
 全曲録音でないのはまことに残念。全曲盤だったら「カルメン」のレコードを代表する盤になっていたんじゃないでしょうか。


Jeanne Rhode 左はRoberto Benzi

12 もうひとつ全曲盤ではありませんが、コンチータ・スペルヴィアが歌うビゼーの歌劇「カルメン」の名場面集。Parlophone-odeonの英盤、PMA1024(1LP)。花だけ深紅に着色したジャケットデザインが秀逸。
 Conchita Superviaコンチータ・スペルヴィアは、1895年スペインはバルセロナ生まれのメゾ・ソプラノ歌手ですね。14歳でコロン劇場にデビュー、翌年(ということは15歳で)イタリアの歌劇場に客演してカルメンを歌い、スカラ座ではラヴェルの歌劇「スペインの時」のイタリア初演にもご出演。オペラから民謡、近代歌曲までこなし、とくにコンサートでもスペイン民謡は民族衣装で歌って人気だったとか。オペラのレパートリーは意外と狭く、やはり当たり役はカルメンで、その情熱的かつ野性味ある歌と演技は「生まれながらのカルメン」と絶賛されたそうです。1936年惜しくも没。
 ことさらに悪女っぽくもなく、妙に色っぽいラテン気質のカルメン。このひとの名前、どうしてもピエール・ルイスの小説を連想しちゃいますね。一聴してヴィブラートが目立つんですが、テクニックとしての振る舞いではなく、あくまで直情的な表現というか、役への没入と聴こえ、その醸し出す妖艶さが印象的です。ちょっと個性的なファム・ファタール。結構古い時代の録音ですが、単純な悪女として歌ったカルメンではありません。


Conchita Supervia

 以上でもう12点。

 あといくつか、ファースト・チョイスにはならないものについて、簡単なコメントを付しておきます。

 仏EratoのLP、アラン・ロンバール盤。ストラスブールのオーケストラ、レジーヌ・クレスパン、ジルベール・ピー、ファン・ダムほかによる1974年の録音。
 歌手は大物が揃っているわりには冴えず、録音も良くありません。たしかにダイナミックレンジも広めで、前奏曲は冒頭から低域がズンズンとよく鳴るものの、高域が歪みっぽく、早い話がドンシャリのバランスです。小型の装置で音量絞り気味にするとちょうどいいかもしれません。

 バーンスタイン指揮メトロポリタン歌劇場による独DGのLP。歌手はマリリン・ホーン、ジェイムズ・マクラッケンほか。
 これは1972年の録音で、この時期に、バーンスタインがメトロポリタン歌劇場でビゼーの歌劇「カルメン」を振って好評を博し、DGがセッション録音を実現させたもの。たしか、バーンスタインは当時CBS(米Columbia)の専属だったので、交換条件にDGは自社専属のボストン交響楽団との録音を認めた・・・という経緯じゃなかったかな。そのCBS録音はバーンスタインがボストン交響楽団を振ってのストラヴィンスキー「エディプス王」でした。
 バーンスタインの指揮はもってまわったようで、妙にモノモノしく、ホーン、マクラッケンもカロリー過多気味。どうにもフランスオペラとは聴こえないのは大目に見るとしても、ビゼーの音楽とは異質です。


 フリッツ・ライナー指揮R.C.A. Victor管弦楽団、リーゼ・スティーヴンス、ジャン・ピアース、リチア・アルバネーゼ、ロバート・メリルほかによる1951年のセッション録音。His Master's Voice ALP.1115-7(3LP)。古い盤ですが、EQカーヴはRIAAで問題なし。
 重厚でありながらリズムが重くならず、歌手の表情付けにあわせて、全体に早めのテンポも自在に伸縮、たたみかけるところでは一糸乱れず盛り上げる、オペラ的な感興にも不足はなく、これみなライナーの手腕でしょう。
 この時代にしてかなりモダンな感覚なんですが、残念ながら歌手がモダンとは言いがたく、とくにスティーヴンスのカルメンは妖艶ながらややリズムが粘る印象です。アルバネーゼはミカエラとしては妙に貫禄なんですが、なかなかチャーミング。メリルのエスカミーリォは、一瞬live録音かと思うような歌い崩し(と言っては聞こえが悪い、大見得と言おう)がほほえましい。ロバート・ショウ合唱団もなかなか。


 フリッツ・ライナー指揮メトロポリタン歌劇場1952年2月16日のlive録音。歌手はスティーヴンス、タッカー、アマーラ、シルヴェリほか。WalhallのCD、WLCD 0283(2CD)。
 歌手はやはり古いかなと思いますが、liveだとこれも記録、あまり気になりません。それよりも、幕が開くと拍手、歌手が登場すると拍手・・・メトならでは、楽しそうでいいじゃないですか。
 演奏は上記セッション録音と同一路線ながら、live録音ならではの感興があっていいですね。ライナーが振るとメトのオーケストラも響きが引き締まります。


 ロリン・マゼール指揮ウィーン国立歌劇場によるビゼーの歌劇「カルメン」、1966年のlive録音です。歌手はクリスタ・ルートヴィヒのカルメン、ジェイムズ・キングのドン・ホセ、エバーハルト・ヴェヒターのエスカミーリォ、脇にエーリヒ・クンツやルチア・ポップの名前も並んでいます。鮮明な録音ながら、1966年でmonoは残念。ORFEO C 733 0821(2CD)。
 私はベルリン放送交響楽団時代のマゼールが好きで、当時のPhilips録音のdiscをときどき聴きますが、同オーケストラへの音楽監督就任は1965年ですからちょうどそのころの公演の記録ということになります。
 マゼールの「カルメン」にはほかに2種のスタジオ録音があります。ひとつはベルリン・ドイツ・オペラとの1970年の録音、もうひとつはフランス国立管弦楽団との1982年の録音で、こちらはジョセフ・ロージー監督による映画(収録は1984年)のサントラ盤としても使われていますね。後者のLPも聴いたことがありますが、どうも内的な燃焼というものが感じられず、泣くのも笑うのも冷静に、これはあくまで演じているものなんだよといった演奏でした(指揮とオーケストラの話、歌手はまた別)。
 それと比べればこのCDはよほどいいですね。時期もさることながら、やはりlive録音というのもよかったんでしょうね。入念な表情付けもあざとくならず、要所要所で自然に熱が入っていく様は純情とさえ感じられます(笑)とくにルートヴィヒがたいへんすぐれた歌を聴かせてくれます。このひと、役を歌い演じるのが上手い知性派でありながら、クールになりきらずに感情移入気味になるところがあって、そのあたりのバランスが見事です。ここではそのルートヴィヒをはじめ総じて女声が魅力的で、ジャネット・ピロウのミカエラもよく、またフラスキータのルチア・ポップとメルセデスのマルガリータ・リローヴァに、ダンカイロ役のエーリヒ・クンツ(名人芸の域)らが加わった密輸入業者のアンサンブルはじつに愉しい。そのあたりとくらべると男声陣、ホセのキングとエスカミーリォのヴェヒターはやや弱いか。とくに後者はliveとはいえ、力が入りすぎて歌のフォルムが崩れてしまっています。


 小澤征爾指揮フランス国立管弦楽団による全曲盤。1988年の録音。蘭PhilipsのCD。海外ではLPでも出ていた模様で、ときどき中古店で見かけることもあります。
 これはぜんぜんダメ。ジェシー・ノーマンというひとはなんでもテンポを遅くすればそれでいいと思ってるんでしょうか。リズムが重くて聴くに耐えない。ドン・ホセのシコフもこれといって特徴のないホセで、なんとも存在感の薄いこと。エステスも冴えず、ひとりフレーニが健闘。小澤征爾の指揮には、それなりにドラマティックに盛りあげようという設計が垣間見えるものの、もともと神経質に過ぎるようなところがあるのに、それがノーマンの遅いテンポに合わせにいっているために、ますます音楽がせせこましくなるばかり、入念な交通整理の末、「音楽が死んだ」と聴こえます。駄盤。


 あと、DVDが2、3あるんですが、省略。気が向いたら追記するかもしれません。


(おまけ)



 これはビゼーのオペラではなく、映画の「カルメン」”The Loves of Carmen”(1948年 米)です。
 カルメンを演じているのはRita Hayworthリタ・ヘイワース。1987年ブルックリン生まれ、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれた大女優。父親がラテン・ダンサーで母親もダンサーだったひと。幼い頃から父親にダンスを仕込まれて、メキシコあたりのクラブで踊っていたそうです。
 ちなみに本名がMargarita Carmen Cansino、ミドルネームがまさしくカルメン。顔立ちが派手めでなく、結構日本人好みなんじゃないでしょうか。
 やはりこの映画を観ても、単純な悪女としてのカルメンではありません。


(Hoffmann)