007 日本のオーケストラによるマーラーの交響曲第2番「復活」




  日本のオーケストラによるマーラー交響曲第2番のレコードがいくつかあるので、取り上げてみることにしました。

 録音年順に並べてみましょう―

1 若杉弘指揮 東京交響楽団
  阿部容子(ソプラノ)、グヴェドリン・キレブルー(アルト)
  国立音楽大学(合唱)
  副指揮者 林紀人
  合唱指揮 佐藤公孝
  1980年11月10日 東京文化会館 東京交響楽団第265回定期演奏会 live録音 stereo(Digital表記なし)
  Mixing Engineer 佐々木哲雄
  東京交響楽団自主制作盤 TS-8011 (2LP)


 この演奏会当日は私も東京文化会館で聴いていました。そのときにはなかなかいいと思ったのですが、こうしてレコードになったものを聴くと・・・あまり過激なことは言いたくないのですが、オーケストラが下手すぎます。なんだか暗闇を手探りで這っていくようなもたつきぶり。正直言って、最後まで聴き通すのが苦痛です。合唱団もちょっと情けないくらい、レベルが低い。だれにとっても名誉にならないレコードです。


2 山田一雄指揮 京都市交響楽団
  中沢桂(ソプラノ)、志村年子(アルト)
  京都市立芸術大学音楽部合唱団
  ベリョースカ合唱団
  合唱指導 植田治男
  1981年5月29日 京都会館第1ホール live録音 stereo(Digital表記なし)
  プロデューサー 相沢昭八郎
  エンジニア 多田百祐
   廣瀬量平 管弦楽のための迦陵頻伽 を併録
  Victor SJX-7545~6 (2LP)


 Tower Recordsの企画で出たCD(Victor NCS593~594)も持っています。ここで取り上げたLP4点のうち、最後に聴いたのがこのレコードなんですが・・・さすがは山田一雄、感動的な演奏です。Mahlerを聴いていて、すべてがこうあって欲しいというとおりの演奏です。オーケストラは超一流とは言いがたいものの、指揮者の要求―千変万化するようにうつろう表情や気分に追従しており、おかげでMahlerの音楽が内包している、あらゆる要素を消化している、ちょっとめずらしいくらいの演奏になっています。山田一雄というと爆演型と語られることが多いようですが、決して勢いだけの演奏ではありません。合唱団もなかなかの熱気で健闘しており、山田一雄の残した録音のなかでも1、2を争うものではないでしょうか。

 余談ながら、山田一雄がアマチュアオーケストラである新交響楽団を振ったマーラーも複数回聴いていますが、なかなか見事なものだったと印象に残っています。とくに第6番は、ホールは日比谷公会堂、客席では子供が騒いでいるという悪条件ながら、その熱演は鮮明に記憶しています。
 それから今回は取り上げませんが、1979年に藤沢市で行われた「山田一雄の世界」の第4回目、マーラーの交響曲第8番のレコードがあります。山田一雄は同曲の日本初演指揮者でもありましたね。さすがにオーケストラも合唱も一流とは言いがたくミスも多いうえに、この大編成の楽曲の録音が万全なものであることはないのですが、その疾風怒濤ぶりが聴きたくなって、たまに取り出すレコードです。

 
山田一雄 右は1949年の交響曲第8番日本初演時のニュース映像から。


3 小澤征爾指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団
  大倉由紀枝(ソプラノ)、伊原直子(アルト)
  晋友会合唱団
  合唱指揮 関屋晋
  1982年5月28、29日 東京文化会館 新日本フィルハーモニー交響楽団第100回定期演奏会 live録音
  stereo(Digital録音)
  Produced by The New Japan Philharmonic MASAO HIROKAWA
  Recording Engineer & Editer Kenichi Handa
  Cutting Engineer Mitsuharu Kobayashi
  キャニオン・レコード P-1024~5 (2LP)
  企画・制作 新日本フィルハーモニー交響楽団 の表記あり


 この演奏会も当日会場で聴いていました。たしか小澤征爾とこのオーケストラは定期演奏会の第80回あたりでMahlerの8番を演奏して、その後毎シーズンMahlerを1曲ずつ取り上げていったんじゃなかったでしたかね。私はそれを全部聴いたんですが、編成が大きくなると、エキストラの技量に左右される傾向があったように記憶しています。この第2番は比較的よかった方。ただ、東京文化会館でもかなり飽和気味で、合唱団などはもう少し人数を減らしてもよかったのではないか、と当時感じました。しかし録音の妙でしょうか、このレコードを聴く限り、そのような欠点は感じません。ただし、小澤征爾の指揮がいかにも手慣れたもので、手際よく、スマートにまとめたといった印象で、Mahlerを聴こうというときにあえて取り出すこともないレコードです。それでも、1989年12月のボストン交響楽団との来日公演における同曲の演奏よりは、このときの方がよかったと思います。
 録音は細部までよく聴き取れるもので、レコードのジャケットには録音機材も(誇らしげに)Studer、Sony、AKG、Neumannそのほか型番まで、すべてが記載されています。きっと、スタッフも張り切って録音したのでしょう。


小澤征爾 この画像は1995年6月14日浦上天主堂でマーラー交響曲第2番を指揮したときのもの。


4 小林研一郎指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団
  田中千恵子(ソプラノ)、伊原直子(アルト)
  神戸女学院大学音楽部合唱団
  京都産業大学グリー・クラブ
  合唱指揮 小林達次
  1983年12月2日 大阪 ザ・シンフォニー・ホール live録音 stereo(Digital録音)
  CAMERATA TOKYO CT-1015~16 (2LP)


 Mahlerの交響曲第2番のレコードは、たいてい第2面に第2楽章、第3楽章、第3面に第4楽章と第5楽章前半、第4面に第5楽章後半を収録しているのですが、このレコードは第2面が第2楽章のみ、第3面に第3楽章と第4楽章として、第5楽章は第4面に収録されています。レーベルに印刷されている各面の収録時間は以下のとおり―

第1面 20:40
第2面 10:02
第3面 9:16 + 4:22 計 13:38
第4面 34:25

 第5楽章を中断させないように配慮したのでしょうか。しかし、片面で約35分となると、音量も大きくなる最後の部分はかなり内周に刻まれることになって、そのためか、かなりカッティングレベルが抑えられているんですね。どうも全曲のクライマックスが平坦に聴こえるのはそのせいではないでしょうか。
 演奏はこの作品のlive録音にありがちな特別なイベント感があるものではなく、肩に力の入りすぎていない、ほどよくリラックスした「普通」感覚。これはこれで安心して聴くことができます。指揮もオーケストラも健闘していて、オーケストラなど、当時の音楽監督が振ったときよりも上手いのでは? これはいい意味ですが、打楽器が浮き上がって聴こえないのは、ここまでの4つの演奏でこのレコードだけ。「1」とか「3」のシンバルなんて、無神経にピシャーンと、音楽からはみ出てしまってまるでノイズのように聴こえるんですよ。それだけに、第4面の詰め込みは残念です。


 以上がLP。

 これより以下はCD―


5 若杉弘指揮 東京都交響楽団
  佐藤しのぶ(ソプラノ)、伊原直子(アルト)
  晋友会合唱団
  合唱指揮 関屋晋
  1990年3月30日 サントリーホール live録音
  fontec FOCD2705/6 (2CD)


 第1楽章が交響詩「葬礼」(1888年初稿版)。第3楽章のスケルツォ部分は歌曲集「少年の魔法の角笛」から「魚に説教するパドゥアの聖アントニウス」の旋律を引用しているが、そのアクセントは歌曲集のスコアに基づいているように聴こえます。オーケストラも合唱団も、「1」とは雲泥の差で比較するのも失礼なくらい、これなら若杉弘にとってもオーケストラにとっても、録音して残す価値があるというものです。ただしこれがここまでのトップかというと、ちょっと微妙。若杉弘のMahlerは悲劇から諧謔まで、あらゆる要素に目配りを欠かさないのが特徴なんですが、ちょっと未消化なところもあって、あまり響きが洗練されていないんですね。それからもうひとつ、若杉弘と東京都交響楽団の演奏会はさんざん聴きに行きましたが、いつも後半になると調子が良くなってくるんです。ということは、つまりはじめのうちは楽器の鳴りも悪く、どことなくモゾモゾした演奏なんですね。この録音にもそうした傾向が聴かれます。
 なお、たいして出番は多くはないものの、伊原直子は豊かな声で安定。なぜここでわざわざソロの歌手にふれるのかというと、もうひとりのソプラノが下手だから。いやあ、出番が少なくてヨカッタ。


若杉弘


6 小澤征爾指揮 サイトウ・キネン・オーケストラ
  菅英三子(ソプラノ)、ナタリー・シュトゥッツマン(コントラルト)
  晋友会合唱団
  合唱指揮 関屋晋
  2000年1月2~5日 東京文化会館 live録音
  Sony Records SRCR 2566~7 (2CD)


 サイトウ・キネン・オーケストラもはじめの頃は厚みのあるいい響きを聴かせていたんですが、だんだんと小澤征爾時代のボストン交響楽団のような、神経質で貧血気味の痩せた響きに変わってしまいましたね。この演奏が行われた2000年はまだかつての音を維持していた頃です。

 小澤征爾のスタイルはもう完成されてしまっていたものか、善くも悪くも上記「3」と基本的には同じです。ただし、オーケストラはさすがに新日本フィルよりも充実していると感じます。反対に合唱団は、以前より下手になっていませんか?

(Hoffmann)