014 ニューヨーク・フィルハーモニック時代のバーンスタイン




  ニューヨーク・フィルハーモニック(以下「NYP」と表記)は1951年からディミトリ・ミトロプーロスが音楽監督を務めていましたが、1957年、秋のシーズンから首席指揮者となって、レナード・バーンスタインと協同して務めることを発表、時にバーンスタイン39歳。この1957年9月にはミュージカル「ウェスト・サイド・ストーリー」の初演が空前のヒット。そこに、シーズン開始からわずか6週間後の11月にはミトロプーロスがNYPのポストを離れると発表して、バーンスタインは単独でこの名門オーケストラを率いることになります。アメリカのメジャー・オーケストラにアメリカ生まれの音楽監督が就任したのは初めてのことでした。

 バーンスタインは1958年1月2日に、音楽監督就任後初めての演奏会を行います。そのプログラムはシューマンの「マンフレッド」序曲、R・シュトラウス「ドン・キホーテ」。これは15年前にブルーノ・ワルターの代役としてNYPをはじめて振った時の曲目でした。ちなみにそれまで指揮棒を用いていなかったところ、1957年の11月から指揮棒を使いはじめています。

 当初の契約期間は3年、年間100回に及ぶ演奏会のプログラムを考え、内40回は自分で指揮するという激務。バーンスタインがアメリカの作品や20世紀の作品を積極的に導入したのは有名ですね。また、演奏会はTV中継させ、自ら作品の特質などを解説する「青少年コンサート」も企画して、2年目で聴衆は20%増、スポンサーも続々と名乗りを上げ、契約はさらに7年間、更新されます。

 1958年にはレコード会社コロムビア(CBS)と契約を結び、原則的にバーンスタインの望むものはなんでも録音できるとあって、当時としてはあまり売れそうもないマーラー、ニールセン、アイヴズなども録音。これが結果的に好セールスになったのですが、これはおそらく、アメリカでは世界初録音のレコードは図書館が積極的に購入する慣習があったためかもしれません。

 バーンスタインはNYPの音楽監督時代は、他のオーケストラへの客演を控えめにしていましたが、1966年にウィーン国立歌劇場にヴェルディの歌劇「ファルスタッフ」でデビュー、以後ウィーン・フィルとの関係を深めていき、1968/69年のシーズンをもってNYPの音楽監督を辞任します。私の記憶では、「作曲に専念する時間をとりたい」というのが辞任の理由ということでした。この気持に嘘はなかったのかもしれませんが、結果的に1970年代以降、バーンスタインは活動の中心をヨーロッパに移すことになります。たしかこの頃、バースタインのインタビュー記事を読んだ記憶があるのですが、インタビュアーから「ヨーロッパへ行くのはマルクを稼ぐため、と言われていますが?」と尋ねられたバーンスタインの返事は「『ウェストサイド・ストーリー』で一生分稼いでしまいましたよ」というものでした。

 バーンスタインとウィーン・フィルのレコードはColumbiaにヴェルディの「ファルスタッフ」、R・シュトラウスの「薔薇の騎士」があり、DECCAにはマーラー「大地の歌」とモーツアルトがありますが、1972年にDGと契約してからのレコーディング、ことにウィーン・フィルとのベートーヴェン交響曲全集によって、ヨーロッパで認められたことが認知され、バーンスタインはその名声と評価を確立したと言っていいでしょう。

 とくに我が国の音楽評論家は、ヨーロッパ、とくにドイツの作品や演奏家となると恐れ入ってしまい、アメリカの音楽家など小馬鹿にしていましたね。これは左翼系の音楽評論家が多かったためと思われます。じっさい、東ドイツから来日した団体はべた褒め、資本主義の国のアメリカから来日した、たとえばメトロポリタン歌劇場などは、「アメリカにはオペラはなかった」などと評する始末。日本にはオペラハウスのひとつもなかったのにね(笑)ジェームズ・レヴァインの初期のレコードなどは、レヴァインに、その作品を指揮する能力はおろか、そもそもオーケストラをコントロールする能力さえあるのかと疑問視されていたんですよ。また、NHK交響楽団の理事が、韓国のヴァイオリニスト鄭京和のことを、「神聖なドイツ音楽をニンニク臭くする」と言った事実からもうかがわれるように、ドイツ人(と、なぜか日本人)は特別な資格を持っていると、なんの根拠もなく考えていた人は結構多かったのです。

 どうも話が逸れてしまいました。まあ、いつものことですが(笑)

 なにが言いたいのかというと、バーンスタインというとDGのベートーヴェン以降の録音ばかりが評価されているように思えるのですが、ニューヨーク・フィルハーモニック時代(CBS時代、といってもほぼ重なります)のレコードにも忘れて欲しくないものがある、という話なんです。そこで、今回は、「ニューヨーク・フィルハーモニック時代のバーンスタイン」と題して、いくつかのレコードを取りあげてみたいと思います。と言っても、手持ちのレコード全部を聴き直している時間はないので、これまでに聴いたときの記憶から、十数枚を引っ張り出して聴いたうえで、そのなかからいくつか選んでみたものです―。


1 ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界から」
  レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
  1962年4月16日 マンハッタン・センター stereo
  米Columbia MS 6393 (1LP)

 〈←STEREO ”360 SOUND”→〉表記あり 2eyes 米プレス


2 バーンスタイン 「ウェスト・サイド・ストーリー」からシンフォニック・ダンス
  バーンスタイン 映画音楽「波止場」からの交響組曲
  1961年3月6日 マンハッタン・センター stereo
  米Columbia MS 6251 (1LP)

 〈←STEREO→〉表記あり 6eyes 米プレス


3 ガーシュウィン ラプソディー・イン・ブルー
  ガーシュウィン パリのアメリカ人
  レナード・バーンスタイン ピアノと指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック、コロムビア交響楽団
  1959年6月23日、1958年12月21日 30番街スタジオ


 これは数種類持っていますが、ここには2点挙げておきます―

3-1 米Columbia MS 6091 (1LP)

 〈←STEREO→〉表記あり 6eyes 米プレス stereo盤

3-2 ML 5413 (1LP)

 2eyes 米プレス mono盤


 「1」から「3」まで、このあたりはこの時期のバーンスタインの代表盤としてほぼ異論を持たれることはないでしょう。
 ドヴォルザークは速めのテンポで活き活きとしたリズム、アップビートの交響曲となっていて、いま聴いても新鮮です。
 バーンスタインの自作自演は音楽的にはそれほどすぐれたものとも思えず、さまざまな素材をコラージュ風に配した作品ですが、さすがに有無を言わせないだけの勢いがあります。
 ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」などは、あまり「ブルー」な気分が感じられる演奏ではありません。もっとも、ほかの演奏を聴いても基本的に陽性の音楽です。「ラプソディー・イン・ブルー」に関してはmono盤で聴く方が好きなんですが、「パリのアメリカ人」はstereo盤のほうがいいですね。たいして音場感にすぐれた録音でもないんですが、やはり冒頭の車のクラクションなどは、多少とも立体的に正面以外の方角から聴こえてきた方がおもしろい。
 EQカーヴはいずれのレコードもColumbiaカーヴが落ち着いて聴けます。
 なお、「1」のドヴォルザークはこの時期、「5番」と表記されています。


4 マーラー交響曲第3番
  レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
  マーサ・リプトン(メゾ・ソプラノ)、ジョン・ウェアー(ポストホルン・ソロ)、ジョン・コリリアーノ(ヴァイオリン・ソロ)
  スコラ・カントルム女声合唱団(ヒュー・ロス合唱指導)
  トランスフィギュレーション教会少年合唱団(スチュアート・ガードナー合唱指導)
  1961年4月3日 マンハッタン・センター stereo
  日コロムビア OS-330~1-C (2LP)


 〈←STEREO ”360 SOUND”→〉表記あり 青レーベル 国内プレス

 マーラーも忘れちゃいけませんね。どれを選んでもいいのですが、バーンスタインが音楽監督として指揮した最後の演奏会、1969年5月17日にも取り上げた交響曲第3番としておきます。米プレス盤も手許にありますが、あえて国内盤を。日本コロムビア時代のもの。盤の作り、音質ともに、その後のCBS Sonyの盤よりもすぐれています。なお、この時代の国内盤には「バーンステイン」「ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団」と表記されています。
 「マーラー・ルネサンス」の時代とも言うべき、時代の空気までもが記録されているかのようなレコードです。DGから出た再録音ももちろんすばらしいのですが、あれはバーンスタインとともに時代も変わったということなのです。私はいまもって、こちらの演奏にも愛着があります。
 これは後のCBS Sony盤のようにドンシャリなバランスではなく、EQカーヴはRIAAで再生しても問題ありません。


5 ベルリオーズ 劇的交響曲「ロメオとジュリエット」抜萃、序曲「ローマの謝肉祭」
  レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
  1959年10月26日 30番街スタジオ (序曲の録音年わかりませんでした) stereo
  日コロムビア OS-103 (2LP)


 〈←STEREO→〉表記あり 6eyes 国内プレス

 同じく日本コロムビア国内盤でベルリオーズ。「ロメオとジュリエット」は愛の情景、マブ王のスケルツォ、ロメオひとり~キャピュレット家の饗宴まで、つまり第2部全部。再録音はありませんが、1989年シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭においてリハーサル映像とともに映像化されているほか、1973年バーバード大学での講演において、この作品のワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」への影響を解説している映像も残されており、相当愛着のあった作品だったのではないかと思われます。「ロメオとジュリエット」の現代版「ウェスト・サイド・ストーリー」の音楽も作曲していますからね。
 演奏はたいへん美しく、ドンガラとにぎやかなだけの演奏ではありません。オーケストラはむしろ1960年代後半よりもアンサンブルなど整っているんじゃないでしょうか。その意味では、バースタインの11年間の音楽監督時代、オーケストラの技能は向上しなかったということです。
 ジャケットにはRIAAと記載があり、じっさいRIAAで聴いても派手さはなく、バランスも整っていてます。

 
左は1973年ハーバード大学での講座から、右は1989年シュレスヴィヒ=ホルシュタイン音楽祭における同音楽祭オーケストラとのベルリオーズ「ロメオとジュリエット」から―


6 モーツアルト 交響曲第41番、第36番

  レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
  1968年1月23/25日 リンカーン・センター、1961年3月6日 マンハッタン・センター stereo
  日CBS Sony SOCO 19 (1LP)

7 モーツアルト 交響曲第39番、40番

  レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
  1961年3月27日 マンハッタン・センター、1963年5月20日 フィルハーモニック・ホール stereo
  日CBS Sony SONC 10061 (1LP)

 いずれもCBS Sonyの国内盤。ウィーン・フィルとの再録音があるので(36番はDECCAにも)、NYPとのモーツアルトの交響曲のレコードを取り上げる人はおそらくほとんどいないと思われますが、善くも悪くも、この時代のバーンスタインらしい演奏になっています。どの作品も、冒頭などはどことなく足取りが重く、もたつき気味に聴こえるんですね。終楽章になると俄然、生き生きとしてくる。テンポの遅いところだと勢い余ってつい粘ってしまう、そうしたところに、わずかにロマン的な語り口が顔をのぞかせるんですね。これはNYPとのハイドンの交響曲演奏でも同様です。これが、DGのウィーン・フィルとの録音になると、もう少し板についてくるということは認めざるを得ません。
 EQカーヴはいずれもRIAAと思われますが、CBS Sony盤の常で、高域強調気味のバランスなのでトーンコントロールで調整した方が聴きやすくなります。今回はRoll Off(10kHz)のみColumbiaカーヴにして聴きました。
 なお、「7」の解説は、例の漢字で書けばいいことばもやたら平仮名にするひとによるもので、たいへん読みづらく、しかもバラの花がどうしたこうしたという無意味な文章が長々と書き連ねてあります。まるでポエムだなと思ったら、本当にポエムが書いてあって、仰天しました。


8 ストラヴィンスキー バレエ音楽「春の祭典」
  レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
  1958年1月20日 セント・ジョージ・ホテル stereo
  仏PHILIPS 835.505AY (1LP)


 〈HI-FI STEREO〉表記あり 仏プレス おそらく第2版

 同曲の第1回目録音。1972年にロンドン交響楽団と、1982年にイスラエル・フィルとの再録音があります。この第1回録音は私が子供の頃に国内廉価盤で出たときに聴いたんですが、おそろしく高域上がりのバランスで、キンキンとやかましく、到底聴き通すことのできるものではありませんでした。米プレス盤は、それとくらべればよほどまともなんですが、米Columbiaにありがちな、若干ガチャついた派手な音。この仏PHILIPS盤はさすが〈HI-FI STEREO〉盤、はるかに落ち着きのある音です。


9 チャイコフスキー 交響曲第4番

  レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
  1958年9月30日 セント・ジョージ・ホテル stereo
  仏PHILIPS 835.515AY (1LP)

 〈HI-FI STEREO〉表記あり 仏プレス 仏stereoオリジナル

 これも同曲第1回目の録音。第2回目(CBS)はニュヨーク・フィルハーモニックと1975年4月28日、マンハッタン・センターで、第3回目(DG)もニューヨーク・フィルハーモニックで1989年10月、エイブリー・フィッシャー・ホールでの録音。つまり、CBS時代に4番だけ再録音しているんですね。私はCBS Sonyから出たチャイコフスキー交響曲全集のLPセットを持っているんですが、そこに収録されているのは1958年の第1回録音。以前見かけたCDのセットは、4番が2回目の録音に差し替えられていました。

 LP全集盤の録音データを見てみると、これが録音順に記載されていて―

 第4番 1958年9月30日 セント・ジョージ・ホテル
 第5番 1960年5月16日 マンハッタン・センター
 第6番 1964年2月11日 マンハッタン・センター
 第1番 1967年10月24日 フィルハーモニック・ホール
 第3番 1970年2月10日 フィルハーモニック・ホール
 第2番 1970年10月20日 フィルハーモニック・ホール

 第4番はいちばん最初の録音なので、1975年の再録音は、「幻想交響曲」のような短期間の内の再録音ではありませんね。ホールも変えています。ただ、第2回目録音が1975年の時点で「マンハッタン・センター」というのはちょっと不思議かも。じつは、私もよくわからないんですが、現在ディヴィッド・ゲフィン・ホールと呼ばれているのは、旧称エイブリー・フィッシャー・ホールですよね。これはリンカーン・センターのなかにあるわけで、リンカーン・センターというのも同じホールのこと・・・なんでしょうか? 無知でどうもすみません。
 演奏はと言うと、どうも1回目と2回目を比較するとテンポの揺れなどは1回目の方が大きいものの、さほど大きな違いは感じられず、1回目の1958年録音の方がオーケストラも上手いような気がします。ちなみに3回目の録音はゆったりたっぷりした響きが貫禄です。ついでにふれておくと、DGのCDでカップリングされている幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」は、交響曲以上の熱気と勢いで強烈な印象を残します。
 なお、上記「春の祭典」も含めて、仏PHILIPS盤はいずれもRIAAと思われますが、私は若干高域を落として聴く方が好きです。


10 シューマン 交響曲全集、「マンフレッド」序曲
  レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
  1960年10月31日(1番)、1960年10月10日(2番)、1960年10月17日(3番)、
  1960年10月10日(4番) マンハッタン・センター
  1958年1月6日(序曲) セント・ジョージ・ホテル


 これは2組持っています―

10-1 米Columbia D3S 725 (3LP)

 〈←STEREO ”360 SOUND”→〉表記あり 2eyes 米プレス
 stereo盤

10-2 米Columbia D3L 325 (3LP)

 2eyes 米プレス mono盤


 Boxには“Original Orchestration”と表記されています。この時期のバーンスタインには、とりわけシューマンの音楽が似合っていると思われます。シューマンの狂気、躁状態のロマン主義です。第3番の冒頭など、ガチャガチャと聴こえるところもあるんですが、アンサンブルが悪いわけではなく、そういうスコアなのだと納得できます。とりわけ、mono盤の音質がすばらしい。

 問題は面の切り方で、第1面の裏が第6面というオートチェンジャー対応なんですが―

 第1面 1番 I、II、III
 第2面 1番IV、2番 I、II
 第3面 2番 III、IV
 第4面 3番 I、II、III
 第5面 3番 IV、V、4番 I、II
 第6面 4番 III、IV、「マンフレッド」

 ・・・となっており、「マンフレッド」以外、1番から4番まで、どれを聴くにも全曲聴き通すためには盤を裏返すどころか、盤を交換しなければならないという作りです。もちろん、この切り方はD3S 725のstereo盤もD3L 325のmono盤も同じ。こうなると、バラでも揃えたくなっちゃいますね(笑)
 EQカーヴはColumbiaで聴きたいですね。


バーンスタイン、ニューヨーク・フィルハーモニックの1979年7月2日、東京文化会館における来日公演、シューマンの交響曲第1番から―


 レコード(LP)を再生した装置について書いておきます。
 今回、stereo盤はカートリッジortofon MC20で、mono盤はortofon Cadenza Monoを使用、スピーカーはTANNOYのMonitor Gold10"入りCornettaで聴き、mono盤は一部、SiemensのCoaxial、いわゆる「鉄仮面」をチャンネルあたり2基の後面開放型Sachsen 202でも聴いています。なお、私はmono盤でもスピーカーは2本で聴きます。
 また、EQカーヴはRIAAで疑問を感じたものは適宜ほかのカーヴを試し、結果は記載しておきました。



(Hoffmann)