018 ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」 前奏曲と愛の死




  ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死の、好きなレコードを並べてみます。ただしきりがないので、CD及び全曲盤は除きます。

1 ルドルフ・ケンペ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
  同:「ローエングリン」第一幕への前奏曲、第三幕への前奏曲
  同:「パルジファル」前奏曲と聖金曜日の音楽
  1958年2月10-13、17日 ムジークフェライン


 はじめに取り上げるのはなんと言ってもこれ。手許には3種類の盤があります―

1-1 英His Master's Vioce ALP1638 (1LP)

 mono盤。見つけるたびに買っていたので4枚持っていますが、このレコードはジャケットのラミネート浮きが避けられず、状態の良いものは皆無なのでご注意を。音質はやはりこれが最も優れています。

1-2 仏Club des Disquaires de France 2XVH82 (1LP)

 豪華なアルバム・ジャケット。3,000枚限定でナンバー入り。いかにもいい音がしそうに見えますが、上記「1-1」の英盤にはわずかに及ばず。

1-3 日東芝 AA・5063 

 廉価盤〈セラフィム名曲シリーズ〉の1枚。stereo盤。「ローエングリン」第三幕への前奏曲が収録されていません。じつはこのレコードがケンペを聴いたはじめてのレコードで、中学生の時に学習塾の先生から「クラシックが好きなら」と2枚もらった内の1枚。ちなみにもう一枚はマルケヴィチの「春の祭典」。いずれも、聴けば聴くほど見事な演奏と思えて、おかげで若い時分からケンペのレコードを集めるようになりました。

 同曲の最高の演奏であり、ケンペの最高傑作では? 1950年代のケンペはとりわけすばらしい演奏が多いですね。EQカーヴはいずれもRIAAのようです。国内廉価盤の「1-3」はstereoテイクですね。いまはTestamentの12CDセット(SBT12 1281)にもstereoで収録されています。


2 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
  同:「タンホイザー」序曲
  同:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
  1957年1-2月 mono


 これは3枚あります―

2-1 英Columbia 33CX1496

2-2 日Columbia XL5224

2-3 日Columbia OL3109


 「1」と近い時期の録音で、こちらはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。カラヤンがベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督となって最初の録音です。1957年1-2月の録音で、4月にはシューマンの交響曲第4番、5月にはブルックナーの交響曲第8番を録音、このブルックナーが初のstereo録音となりました。

 未だフルトヴェングラーの音が残っていたものか、カラヤンのレガートの多用も目立たず、オーケストラは重厚でつややかな良い響きを聴かせてくれます。これ以降のカラヤンのレコードで、私が例外的にいいと思うのは、1979、1980年録音の「パルジファル」(DG)。最初と、ほとんど最後に近い時期、いずれもワーグナーであるというのは、多分に私の好みも反映されているのかもしれません。私が「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死を聴こうというときには、上記ケンペ盤か、このカラヤン盤のいずれかを取り出すことが多いですね。もちろん「2-1」の英プレス盤がベストですが、国内盤も、とくに「2-2」はなかなかいい音を聴かせてくれます。EQカーヴはいずれもRIAAで問題なし。


3 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
  1942年11月8-9日 旧フィルハーモニー


 フルトヴェングラーにはいくつか録音がありますが、やはりこの1942年のlive録音を。何枚かありますが、以下の2点を挙げておけば十分でしょう―

3-1 日King International KKC1201 (8LP+1DVD)

3-2 露MELODIYA M10-45949 (1LP)


 「3-1」はオープンリール・テープ、ドイツ帝国放送局オリジナル(1991年返還テープ)による22SACDのセットからLP8枚分が編集された「フルトヴェングラー 帝国放送局(RRG) アーカイヴ 1939-45 [8LP+DVD+BOOK]<限定盤>」のセット。LP2のA面が「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死。ちなみにSACDのセットは所有していません。

 「3-2」はMELODIYAから出て、1990~1993年頃に輸入されたうちの1枚。カップリングはラヴェルの「ダフニスとクロエ」第2組曲、1944年3月のlive録音。

 「3-1」はさすがに高音質。「3-2」はオリジナル盤マニアは馬鹿にするんですが、そんなに悪いものではありません。「3-1」がなければこちらを聴いて満足していられたでしょう。いまでも、取り出すのが楽なので(笑)こちらで聴くこともあります。

 ちなみにKing Internationalから14LPセットで出ていた「フルトヴェングラーRIAS録音集」(KKC1011)にも同曲が収録されていますが、そちらは1954年4月27日の演奏です。


4 ヴィクトール・デ・サバタ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  R・シュトラウス:交響詩「死と変容」
  ヴェルディ:「アイーダ」前奏曲
  ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
  1939年 mono


 2枚あります―

4-1 独Heliodor 88002

4-2 英Heliodor 88002


 独プレス盤はジャケットがグレー地、レーベルあずき色、英プレス盤はジャケット金地、レーベル青。録音年からすればまずまずの音質。英プレス盤の方がカッティングレベルが高いようで、わずかに鮮明に聴こえます。プレス国が異なるとはいえ、同じレコード番号でEQカーヴが異なるとは考えにくいのですが、英プレス盤はRIAA、独プレス盤はDECCAカーヴのような気がします。DGはアメリカ市場でDECCAと提携していた時期があり、その頃のレコードにはDECCAカーヴのものがあるんですよね。例を挙げるとムラヴィンスキーのチャイコフスキーなど。

 スカラ座やバイロイトで「トリスタンとイゾルデ」を振って好評を得たサバタによる録音。わずかなポルタメントが効果的で、弦と木管の受け渡しに妙味あり。コンサートホールでの演奏というより、オペラハウスのピットで、歌手の歌をかき消すことないように弱音をコントロールしているように聴こえ、「愛の死」には夢見るような幻想味が感じられます。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団でも、カラヤンはもとより、フルトヴェングラーともかなり異なった味わいがありますね。


5 ハンス・クナッパーツブッシュ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  ビルッギット・ニルソン、グレース・ホフマン
  ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死、第一幕第三場
  1959年9月 ゾフィエンザール stereo
  米LONDON OS25138 (1LP)


 米LONDON盤ですが英プレス。今回は声楽抜きのレコードのみ取り上げるつもりで、クナッパーツブッシュはミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団とのWestminster録音を聴いたのですが、やはり、こちらだろうと(笑)ワーグナーの音楽の大きなうねりを感じさせる点では随一。ニルソンも完璧、録音もきわめて良質なもので、やはりこれを取り上げないわけにはいきません。私はフルトヴェングラーにもクナッパーツブッシュにもさほどの思い入れはないんですが(ニルソンにはあります)、ワーグナーとなると、やはり忘れることのできないレコードです。なお、ニルソンとクナッパーツブッシュによる同曲の演奏は、1962年5月31日のlive映像(TDK TDBA-0016)も出ていますね。


Hans KnappertsbuschとBirgit Nilsson (1962.5.31)


6 カール・シューリヒト指揮 パリ音楽院管弦楽団
  ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
  同:「神々の黄昏」から夜明けとジークフリートのラインへの旅、ジークフリートの死と葬送行進曲
  1954年6月
  米LONDON LL1074 (1LP)


 米LONDON盤だが英プレス。テンポはシューリヒトにしては、ベートーヴェンの交響曲のように速すぎる(?)といった印象はありません。淡々と進めているようで、情感豊か。表情の変化の際には、オーケストラの音色の変化まで聴き取れる。表情の彫りが深くて、これもまたこの作品のレコードの演奏としてはtopの座を争うものですね。ジャケットには〈RIAA〉と表示、盤にも〈R〉刻印あり、たしかにRIAAカーヴ。


7 オットー・クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団
  ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
  (その他の収録曲は省略)
  1960年2-3月
  英EMI SLS5075 (3LP)


 淡々と進めているようで・・・といえばクレンペラーもそうですね。あっさり、即物的なようでいて、底に流れる深い内容を感じさせるのは不思議です。前奏曲や愛の死の高揚も、演奏の熱が高まるというより、音楽が熱を帯びてゆく、と感じられます。その点で、ここまでのほかの演奏とは一線を画するものですね。余談ながら、クレンペラーのレコードはSpendorのスピーカーで聴きました。クレンペラーとSpendorは、マコトに相性がよろしいのですよ。


8 ラファエル・クーベリック指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  ワーグナー:ジークフリート牧歌
  同:「ローエングリン」第一幕への前奏曲
  同:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
  同:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
  1963年 stereo
  独DG SLPEM 136 228 (1LP)


 1960年代のクーベリックはDGの録音のせいか、どうも響きが硬く感じられるもの(例えばマーラー)が多いのですが、このレコードはかなりいい方。オーケストラの厚みのある響きが魅力的です。表情付けは、とくに愛の死などかなり丁寧かつ入念で、神経質になる手前で踏みとどまっています。上記「1」から「7」までの演奏と伍するにはいま一歩。ちなみにこの録音時、クーベリック49歳。


9 サー・ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団
  ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
  同:「ローエングリン」第一幕への前奏曲
  同:「さまよえるオランダ人」序曲
  同:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」組曲
  1959年9月 マンチェスター stereo


 2枚あります―

9-1 英PYE GSGC4053

9-2 英PRT GSGC2967


 PRTのバルビローリのレコードは中古店でもわりあい安く、入手しやすいお値段なんですが、ジャケット写真の色が寝ぼけたようで造りからして安っぽく、それは音質にも現れており、やはりPYE盤で聴きたいですね。ただしmono盤と区別がつきにくいので、stereo盤で聴きたい人はジャケット裏のシールと、盤のレーベルの確認を怠りなく。ただし、このPYEのバルビローリ指揮ハレ管弦楽団のstereo録音はわりあい音が中央にまとまる傾向で、mono盤でもたいした違いはありません・・・とは言いすぎか(笑)翻って考えれば、不自然なstereo録音ではないということでもあります。

 「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲でテンポを速めてゆく際の高揚感はなかなかのもの。オーケストラは超一流とは言いかねるものの、指揮者は手慣れたレパートリーと感じさせつつ、ほどよく手綱を緩めている感じですね。ギチギチに引き締めてこないところがバルビローリらしいところです。


Sir John Barbirolli

10 ミヒャエル・ギーレン指揮 SWF交響楽団
   ワーグナー:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
   同:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
   ヤナーチェク:シンフォニエッタ (ヴァーツラフ・ノイマン指揮)
   独SWF 3416 (1LP)

 バーデン・バーデンの南西ドイツ放送交響楽団の演奏、南西ドイツ放送の製作で、非売品のようです。録音年不詳ですが、以前独Intercordから出ていたCD、INT 860.908に収録されているものと同じ録音と思われ、そのCDのデータによると1989年9-10月、ハンス・ロスバウト・スタジオでの録音です。ちなみにそのCDは「トリスタン」の後にマーラーの交響曲第10番アダージョが収録されていて、これはなかなかいいカップリングですね。

 私はミヒャエル・ギーレンの指揮が好きで、CDも結構持っており、なかでもマーラーとの組合せの1枚は、長らく愛聴盤となっています。今回CDは取り上げないつもりでしたが、この非売品LPが出てきたので、新しめの録音でのおすすめとして挙げておきます。演奏は、どことなく表現主義的と感じますが、やや客観的でモダンな演奏として、至極まっとうなものです。ギーレンという人は、決して即物的ではないんですが、都会的な洗練された響きに知的でクールな解釈が加わって、それがいちばんわかりやすいのはチャイコフスキーあたりでしょうか。感傷に至らない厳しさを感じさせて、旧世代の指揮者との違いを見せつけてきます。


Michael Gielen

 どうも、バルビローリとギーレンを除くと、「王道中の王道」になってしまいました。じつはほかにも取り上げようと思って、今回かなりの数の聴き直したのですが、そのなかで次点クラスのものを挙げておくと―

11 クレメンス・クラウス指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
   ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
   同:「パルジファル」聖金曜日の音楽
   録音年不詳 mono

11-1 仏DECCA LXT2527 (1LP) 仏プレス

11-2 米LONDON LLP.14 (1LP) 米プレス


 テンポを動かすよりもダイナミクスの変化で表情をつけた演奏。オーケストラはなかなか上手いんですが、どうも弦楽器の音色が単調に聴こえるのはかなりのオンマイクだからかもしれません。愛の死では高揚していく弦楽を支える金管が目立ちすぎるのでは? EQカーヴはDECCA ffrr。


12 ピエール・デルヴォー指揮 パリ・オペラ座管弦楽団
   ワーグナー:「タンホイザー」序曲
   同:「ワルキューレ」からワルキューレの騎行
   同:「神々の黄昏」から葬送行進曲
   同:「ローエングリン」第一幕への前奏曲
   同:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
   1957年4月27日(「トリスタンとイゾルデ」) mono
   仏La Voix de son Maitre FALP494 (1LP)


 これは今回最初に聴いたレコードで、取り上げる気満々でメモも取ったのですが、何枚か後に聴いたシューリヒト指揮、パリ音楽院管弦楽団の演奏が桁違いだったので、やむなく予選落ち。響きは明るめで、弦の音色がなかなか美しく、かなり積極的に表情をつけてくる演奏です。


13 ホルスト・シュタイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
   ワーグナー:「さまよえるオランダ人」序曲
   同:「ローエングリン」第一幕への前奏曲、第三幕への前奏曲
   同:「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲
   同:「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
   1973年 stereo
   英DECCA SXL6656 (1LP)


 演奏は文句ありません。肩の力が抜けており、良く整っていて、ひじょうに上質な演奏です。どことなく、コンサートホールでの演奏というより、オペラハウスでの演奏のように聴こえるところがこの指揮者らしいところでしょうか。強烈な個性を感じさせる演奏ではありませんが、とにかく指揮者もオーケストラも上手い。とはいえ、強烈な印象を残すほかのレコードの前では影が薄くなってしまうのもやむを得ません。


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 レコード(LP)を再生した装置について書いておきます。
 今回stereo盤はカートリッジortofon SPU Ethosで、スピーカーはTANNOYのMonitor Gold10"入りCornettaで聴きました。ただし文中にあるとおり、クレンペラー盤はSpendorのブックシェルフでも聴いています。
 mono盤再生時のカートリッジは、古いmono盤にはortofon CG 25 Dを使い、stereo時代の再発mono盤にはMC Cadenza MonoまたはSHELTERのmonoカートリッジを使いました。プレス時期が微妙な場合等、レコードによっては溝を目視で確認して判断して、よく分からない場合にortofon SPU Mono G MkIIを使ったものもあります。スピーカーはSiemensのCoaxial、いわゆる「鉄仮面」をチャンネルあたり2基の後面開放型Sachsen 202で聴いています。なお、私はmono盤でもスピーカーは2本で聴きます。
 また、EQカーヴはRIAAで疑問を感じたものは適宜ほかのカーヴを試し、結果はなるべく記載しておきました。



(Hoffmann)