085 ファリャ バレエ音楽「三角帽子」




 マヌエル・デ・ファリャのバレエ音楽「三角帽子」"El sombrero de tres picos"です。これは、ペドロ・アントニオ・デ・アラルコンによるスペイン・アンダルシアの民話を元にした短編小説「三角帽子」を元にしてバレエとしたもの。表題は登場人物のひとりである「代官」の帽子に由来するもので、日本語では「三角(さんかく)」と訳されていますが、正確には「三角(さんつの)」です。

 ファリャが「三角帽子」に基づくパントマイムを制作することにして、その音楽を作曲途中であった1916年に、バレエ・リュスの主宰者であるセルゲイ・ディアギレフがファリャにバレエ音楽の作曲を依頼。当初ディアギレフはファリャの「スペインの庭の夜」をバレエ化したいと考えていたのですが、この提案にはファリャが熱心でなく、アラルコンの小説「三角帽子」をベースにした「代官と粉屋の女房」"El Corregidor y La Molinera"の再構成を提案。ディアギレフもこれに同意して、振付にレオニード・マシーンを、さらに舞台・衣装デザインにパブロ・ピカソを起用して上演することに。

 1917年始めには作曲が完了し、ディアギレフはすぐにも上演しようとしたのですが、ファリャは当初の計画どおりパントマイムとして上演することを望み、4月7日にマドリードのエスラバ劇場Eslava Theatreで、パントマイム劇として上演。この時のパントマイム「代官と粉屋の女房」は小編成オーケストラのために書かれていたのですが、初演に立ち会ったディアギレフは大編成オーケストラのためのオーケストレーションへの改編を提案、結果、楽曲の追加やカットの末、1919年にバレエ音楽「三角帽子」として完成しします。同年7月22日のディアギレフによるバレエ・リュスの初演は指揮にアンセルメ、舞台美術と衣装デザインにはピカソを起用。振付と粉屋役はレオニード・マシーンでした。

 なお、音楽には組曲版もあります。

 ムカシ、いかにも不潔そうなオーディオマニアの作家がいて、ある女性に出会ったときにアンドレ・メサジェのバレエ音楽「二羽の鳩」が頭のなかに響いただの、夫人と出会ったときはヴィヴァルディだっただのと宣い、ある男に出会ったときはファリャだった、その程度の男だった、などとじつにクダラナイことを書き散らしていましたな。若き小澤征爾が武道館でベートーヴェンの第九交響曲を振ったときには、青二才に第九はできても「マタイ受難曲」はできまい、といったような底なしに幼稚な発言も。ファリャにしろ、バッハにしろ、自分に箔を付けるために引っ張り出しているに過ぎない、恐ろしく安っぽい権威主義。俗物根性のなせる鼻持ちならないエリート意識です。つまり、オーディオや音楽愛好の世界での上流を気取りたくて、他人に対して横柄な態度をとる、あるのかないのか、そもそもそんなものが必要なのかも分からない「キョーヨー」が、いかにも身についているかのように振る舞う(ひけらかす)、そこらへんの「マウントとりたい病」に罹患した成金と同じレベルの承認欲求。オーディオマニアってのにはこうした手合いがじつに多い。そんなのが信者のごとく喜んで読むのがこの作家の書いた雑文。幼稚なオトナを量産して増長させた、その名残らしきマニアはいまも頻繁に目にします。ああ、嫌だ嫌だ。

 それを読んで(しまって)以来、私はファリャの音楽にいっそう興味を持つようになったんですよ。ええ、なかなか魅力的な音楽だと思っていますよ。少なくとも、私はsnobではない。


 それでは、まずは全曲版によるレコードを―

エルネスト・アンセルメ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団
テレサ・ベルガンサ(メゾ・ソプラノ)
1955
DECCA LXT5357(LP) mono
DECCA SXL2296(LP) stereo
DECCA SDD3121(LP) stereo "Ace of Diamonds"シリーズ
DECCA SXL2296(LP) stereo(復刻盤)
キング SLC1138(LP) stereo
キング SLC1705(LP) stereo
キング SLC1959(LP) stereo


 たくさんあります(笑)ジャケットデザインの変遷が面白いのですよ。

 LXT5357のmono盤は、"with soprano voice"とあるも、歌手名の記載がありません。SXL2296以降の盤にはT・ベルガンサの表示あり。また、"La Vida Breve"から"Interlude and Dance"(歌劇「はかなき人生」から間奏曲と舞曲)のカップリングあり。

 最近オーディオ評論家が機材の試聴によく使っている模様。たしかに、いかにもアナログ期のDECCAらしい名録音。ただしオーケストラの機能はお寒いもの。それでも魅力的に聴かせてしまうところが、アンセルメの実力なのか、DECCAの技術なのか。

 なお、アンセルメの旧録音のレコードを聴いた記憶があるが、いま棚に見当たらない。


エドゥアルド・トルドラ指揮 フランス国立放送局管弦楽団
Consuelo Rubio(メゾ・ソプラノ)
1958?
仏 Columbia FCX608(LP)
英 Columbia 33CX1551(LP)


 仏盤は厚手ボード、棒付き、英盤はペラジャケ。EQカーヴはColumbia。

 トルドラはスペイン・カタルーニャ出身の指揮者。フランスでも少数の録音がある。ラテン感覚が魅力。

 mono録音に抵抗のない人はぜひ一度聴いてみてはいかがであろうか。monoながら鮮明、奥行き感もある。指揮はメリハリ調ながら、懐が深く、意外とスケールも大きい。わりあい取り出すことの多いレコード。


ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス指揮 フィルハーモニア管弦楽団
ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス(ソプラノ)
1963
仏 La Voix de son Maitre ASDF837(LP)
EMI ASD608(LP) (復刻盤)


 仏盤は厚手ボード、棒付き。

 スペイン情緒とinternationalな洗練された感覚のバランスが見事。ローカルに過ぎず、都会的すぎず。個人的にはほとんど理想的な演奏と思う。


ピエール・ブーレーズ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
ジャン・デガエターニ(メゾ・ソプラノ)
1975
米Columbia M33970(LP)


 チェンバロ協奏曲を併録。そちらのチェンバロはイゴール・キプニス。

 高域寄りのバランスで、若干やかましいが、SQエンコード盤ではない模様。オフマイク気味で、ほどよい距離感が感じられるのが好ましい。ニューヨーク・フィルハーモニックはブーレーズの指揮で、いつになく精緻なアンサンブル。クールで分析的なれど、終幕の踊りの高揚感はなかなかのもの。


小澤征爾指揮 ボストン交響楽団
テレサ・ベルガンサ(メゾ・ソプラノ)
1976
独 DG2530 823(LP) 独プレス
仏 DG2530 823(LP) 仏プレス


 DGのレコードでは、たまに見かける仏プレスが音質良好。好みの範囲かも知れないが、わずかに華やいで彫りが深くなる。ただし、ジャケットはフランスでも中味は独プレスということもよくあるので、お買い求めの際はレーベル要確認。なお、このレコードに限った話ではないが、テレサ・ベルガンサの歌は別録音。

 直情的、ストレートで単純ながら勢いで聴かせる。これだけ聴けば悪くはないが、上に挙げた盤を聴いた後だと、旨味が不足、ダシ汁が足りない感じ。録音は、1970年代も半ばとなると、彫りの浅い平面的なもの。


 以上が全曲盤。

 組曲盤、あるいは抜粋盤で我が家にあったのは―

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団
1957, 1960?
英 Columbia SAX2341(LP)

フリッツ・ライナー指揮 シカゴ交響楽団
1959
英RCA VICS1294(LP)

ロリン・マゼール指揮 ベルリン放送交響楽団
1965
独 DG 139115SLPM(LP)

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団
1979
英 EMI ASD3902(LP)


 各盤のカップリング曲の記載は省略。さらに、ここに挙げていないものもあるが、「愉しめ」たのはこのあたりまで。組曲盤でもっともすぐれた演奏は、疑いなく若き日のジュリーニ。若い頃から貫禄で聴かせるようなジュリーニだが、ここでは後年の音を膨らませる傾向が未だ見られず、明快ながらスケールが大きい。全曲録音でないのが惜しい。

 CDも2、3持っているが、語るほどのこともないので省略。

 バレエのDVDもひとつ―

 「ピカソとダンス」という表題で、収録されているのはパリ・オペラ座バレエ団による「青列車」と「三角帽子」の公演と、「ある結婚 ― 画家と舞台芸術」と題されたドキュメンタリーです。

「青列車」
台本:ジャン・コクトー
音楽:ダリウス・ミヨー
振付:ブロニスラワ・ニジンスカ
美術:アンリ・ローランス
ドロップ・カーテン原画:パブロ・ピカソ
衣装:ガブリエル・シャネル
出演:エリザベート・モーラン、ニコラ・ル・リッシュ、クロチルド・ヴァイエ、ローラン・ケヴァル、ほか

「三角帽子」
台本:グレゴリオ・マルティネス・シエラ
音楽:マヌエル・デ・ファリャ
振付:レオニード・マシーン
美術、衣装、ドロップ・カーテン:パブロ・ピカソ
出演:カデル・ベラルビ/フランソワーズ・ルグレ ほか

コンセール・ラムルー管弦楽団
デイヴィッド・コールマン(指揮)

収録:1993年12月 パリ パレ・ガルニエ

ドキュメンタリー 「ある結婚 ― 画家と舞台芸術」

warner WPBS95069 (DVD)


 オーケストラはダルな演奏でいっこうに冴えないが、バレエを観るdiscですからね。しかし、私にはあまりバレエの良し悪しを判断できるほど観てはいないので自信を持って言えることではないものの、あまり目を見張るほど上質なバレエ公演とも思えない。もっとも、パリ・オペラ座バレエ団だから、この程度のレベルということか。

  


(Hoffmann)