091 プーランク 歌劇「人間の声」




 「人間の声」"La Voix humaine"は、フランシス・プーランク作曲の全一幕のオペラです。登場人物はソプラノひとりだけ。原作はジャン・コクトーの同名の戯曲「人間の声」"La Voix humaine"(1930年)。

 プーランクとしては3作目にして、最後のオペラ。オーケストラによる伴奏のほかに、ピアノによって伴奏される版も用意されています。もともと作曲時から主役には「カルメル派修道女の対話」でも主役を務めたドゥニーズ・デュヴァルを想定しており、1959年 2月6日、パリ・オペラ・コミック座での初演も、主役は予定どおりドゥニーズ・デュヴァル。指揮はジョルジュ・プレートルが務めました。演出と舞台美術は原作者のコクトーが担当。初演時の批評は大多数が作品と作曲家、そして歌手を絶賛するもので、ダリウス・ミヨーは「オーケストレーションが驚異的に素晴らしく、デュヴァルは最高」としています。

 storyは―ある女性の寝室の電話が鳴る。間違い電話。また間違い電話。そして次は女性が5年間付き合った末、数日前に別れを切り出してきた恋人から。女性は待ちわびていた男からの電話に、必死になって平静を装いながら、強がってみせる。

 すると、電話は突然混線して切れてしまう。女はすぐに男に電話をかけ直すが、使用人が出て彼は不在であると言う。再び彼から電話がかかって来て、平静でいられなくなった女性は溢れ出る感情のままに、男への未練を語りはじめる。昨夜は、睡眠薬を12粒も飲んで死ぬ覚悟だった―と。

 その後、電話は数回にわたって混線したり切れたりする。切れるたびに男は電話をかけ直してくる。女性は安心してよ、二度は自殺しないからと言うと、電話のコードを首に巻き付け、私たちの想い出の地マルセイユに新しい恋人と行くなら、どうか二人でよく一緒に泊まったホテルにだけは泊まらないでほしいと懇願し、愛していると繰り返す。そして愛していると呟きながら、自分の首を電話のコードで絞める。女が手にしていた受話器が床に落ちる。

(こうしてあらすじを書いているだけでも、この作品を聴いているときの気分が押し寄せてくるような気がします)

 当時としては最新の通信手段であった電話による会話がオペラ化されたものであることも興味深いところですが、なんといっても主役一人によるドラマであるところが最大の特徴です。通話の相手の会話は一切語られることも歌われることもない、つまり聞こえないので、聴衆はこれを想像するしかありません。また、当時は通信状況が安定していなかったことから、回線が混乱し断線することがあり、その状況がまた効果的に取り入れられており、ドラマに起伏と緊張感を与えています。プーランクのオーケストレーションも、声楽の扱いも、簡潔で短く、この心理ドラマにいっそうの緊張感と不安を付与していますね。音楽が鳴っているときも、音楽が止まっているときも、聴衆の集中力を惹き付けて止まないところ、まったく恐るべき作品です。


Denise Duval (soprano)
geiorges Pretre, Orhcestre du Theatre National de l'Opera-Comique
l'Opera-Comique, 1959.2.6.
La Voix de Son Maitre CVA918 (LP)
東芝 EAC-71001 (LP)


 録音について、1959年4月との資料あり。

 「人間の声」は、ひとりの女性が電話の相手に心情をぶつけるモノオペラで、密やかな囁きから絶叫まで、受話器に向かってひたすら独唱する難曲。オペラの台本はコクトーが書いた戯曲すべてではなく、作曲家のプーランクと初演時に唯一人の登場人物を演じたソプラノ歌手、ドゥニーズ・デュヴアルが検討を重ねてカットしたもの。その台本によるオペラの初演の時、コクトーは演出と舞台装置を担当していた。プレートルはこのオペラの初演指揮者。つまりこれは初演時と同じメンバーによる録音。フランス的というよりも、コクトー的と感じさせるところが初演メンバーならではか。


Jane Rhodes (soprano)
Jean-Pierre Marty, Orchestre National de France
Studio 104 de Radio Franve, 25 octobre 1976
vive IMV015 (CD)


 INA音源。

 上記デュヴァルももちろん、以下のポレもロットもそうなんですが、さすがにこの作品を録音しようというだけあって、それぞれに個性ある実力派。なかでもジャンヌ・ロードは、酸いも甘いも知り尽くした「大人の女性」という歌唱。


Francoise Pollet (soprano)
Jean-Claude Casadesus, Orchestre de Lille
Palais de la Musique, Lille, Avril 1993
harmonia mundi France HMC901474 (CD)

 感情表現が豊かなのは当然のこととして、それがなんとも自然体で、聴いていて引き込まれてしまう。


Felicity Lott (soprano)
Armin Jordan, Orchestre de la Suisse Romande
Victria Hall de Geneve, 2,3. avril 2001
harmonia mundi France HMC901759 (CD)


 "La Dame de Monte-Carlo"を併録。

 とにかく(ということは、良くも悪くも)「上手い」という印象。たしかロットにはピアノ伴奏版の録音もあったが、聴いていない。


(Hoffmann)