101 mono盤の再生 カートリッジの選び方 あるいはmono盤で聴くチャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」




 モノラルのレコードを再生するには、モノラルのカートリッジを使った方がよい、というのはよく知られていることだと思います。

 ステレオ盤の音溝は、V字型の音溝の表面に凹凸があり、これを針先がトレースすると左右チャンネルの音声信号を縦方向の振動として拾う。このため、ステレオ盤を再生するカートリッジのカンチレバーは上下左右、つまり縦・横双方の振動に対応できるようになっています。

 これに対して、モノラル盤は横方向にのみ振動(音声信号)が刻まれているため、モノラル信号の音溝をトレースする際にはカートリッジのカンチレバーは横方向にのみ動けば用が足りることになります。なので、ステレオ盤の実用化以前に設計されたモノラルカートリッジは、カンチレバーが横方向にしか動きません。このタイプのカートリッジでステレオ盤を再生すると、音溝表面の凹凸(縦振動)をトレースすることができずに音溝を傷つけるおそれがあります。

 一方、ステレオ用のカーリッジでも(一応)モノラル盤を再生することはできます。それならステレオ用のカートリッジを使っていれば万事OKなのかというと、モノラル盤も再生できることはできる。しかし、ステレオ用のカートリッジだと縦振動のノイズまで拾ってしまうことになる。音も左右にふらついてしまうことがあります。どうしても少し広がりが出てしまって、散漫になるんですね。stereo-monoのモード切替があるアンプなら、monoモードにした方がいい。ほかに、ステレオカートリッジをモノラル接続にするという方法もありますが、やはりモノラルレコードを良い音で聴きたければ、モノラル用のカートリッジを用意しておいた方がいい、ということになります。

 ここまではある程度の常識として、どちらさまにおかれても「了」ということでよろしいですか? はい、よろしいですね。

 そこで次のstepに移りましょう。モノラル再生用のカートリッジの選び方です。いろいろご意見はあろうかと思いますが、以下はあくまでHoffmann流、どれを選べばいいのか分からないよという方の参考になれば幸いです。また、そうして、みなさんそれぞれが、自分なりの選び方・使い方を見つけ出すことができれば、私としても慶賀に堪えません。


 モノラル用カートリッジの種類

 ここで、モノラル用カートリッジについて、ふたとおりの分類をしてみると―

1 カンチレバーの動きに関して

1-a カンチレバーが上下に動かない(垂直方向にコンプライアンスがない)
1-b カンチレバーが上下にも動く(垂直方向にコンプライアンスがある)


 「1-b」の場合、その上下動はステレオカートリッジと同等程度動くものと、動くけれど少し硬め、というものがあります。ただし、いずれの場合も上下にも動くけれど、上下動に関しては発電しない、というつくりであるはずです。

2 針先チップのサイズ

2-a 針先半径 1.0mil(約25μm)
2-b 針先半径 0.6~0.7mil(約18μm)

 
※ mil(ミル)とは、英国や米国で用いられているヤード・ポンド法の長さの単位のひとつで、1000分の1インチをあらわすもの。メートル法に換算すると、1mil=25.4μm(マイクロメートル)。

 このほかに、針先半径2.5~3ミル(約65~76μm)というものがありますが、これはSP盤用なのでいまはふれません。言うまでもなく、SP盤用のカートリッジでLPを再生してはいけませんよ。

 ステレオ用カートリッジの針先半径は概ね0.65milです。つまり、0.6~0.7milの針先半径というのはステレオ盤との互換性を考慮しているか、単にステレオ用カートリッジの針先を流用しているか、ということです。

 細かいことは抜きにして、「2-a」はモノラル時代の、モノラルカッティングされたレコードに適性があり、「2-b」はステレオ時代に、ステレオカッティング用のマシンでカッティングされた(再発)モノラルレコード用だと考えていただければ結構です。

 つまり、モノラルしかなかった時代はモノラル用のカッティングマシンで溝を刻んでいたわけです。それなら針先半径1.0milでいい。ところがステレオ時代になると、溝の幅が少し狭くなる。モノラルレコードを製造するときもステレオ用のカッティングマシンが使用されるようになると、モノラルレコードの溝の幅もステレオ盤と同じになっている。だからその場合は針先半径0.6~0.7milのものを使った方がいいということになります。

 両方揃えておくのもなあ、付け替えるのも面倒だし・・・という人は、いずれか一方でもかまいません。その場合、古いオリジナル盤を持っていて、これをいい音で聴きたいのなら1.0milのものを、1970年代あたりの再発盤の方が多いな、という人は0.6~0.7milのカートリッジを選べばいい。1.0milで再発盤が聴けないわけではないし、0.6~0.7milでも古い盤を再生することはできます。念のために申し上げておくと、1.0milの針ではその太さが原因でステレオ盤の音溝をトレースできない場合がある、としているメーカーもあります。一方で、レコード盤は塩化ビニールなので、柔らかくて弾性変形しながら進むので、この程度の違いは問題ないとする人もいます。私自身は1.0milの針で再発mono盤の再生に支障をきたした経験はありません。

 これに先ほど述べたカンチレバーの上下動、すなわち垂直方向のコンプライアンスのある・なしの条件をからめると、モノラルレコードだけ聴いているなら上下動は必要ないということになります。少なくとも古いモノラルレコードに関して、上下に動く必要がないことは確実です。

 それでは再発盤はどうか。再発盤の場合も、モノラル盤である限りは、上下動は必要ないはずです・・・が、私はここでちょっと心配してしまうんですね。まず、うっかりそのモノラル用のカートリッジでステレオ盤を再生してしまうことはないのか。そのとき、カンチレバーが上下に動かないと、stereo盤の音溝を痛めてしまうことになる。また、新しめのモノラルレコードが、疑似stereoではないにしても、たとえばエコー成分など、左右に振り分けて作られているなどということはないのか。CDならともかく、レコードではそのようなものはなさそうに思えるのですが。仮にそんなレコードがあったとした場合、別段珍重する気もないし、ありがたいとも思いませんが、やはり溝を痛めないで初期の状態を保っておきたいものです。

 そんな心配があるので、私の場合に限って言えば、モノラル用カートリッジの選択は次のようになります。

A モノラル時代の古いレコードの再生には、針先半径1.0milで、カンチレバーが上下に動かないものを使う。
 これは動かないものでも差し支えないということです。縦振動で発電しなければ、動いたってかまわない。ただし、もしも盤に反りがあるのなら、上下に動くものを使った方が安全かもしれません。

B 新しめの再発モノラル盤の再生には、針先半径0.6~0.7milで、カンチレバーが上下に動くものを使う。
 うっかりでも、意図的でも、これでステレオ盤を再生しても盤にダメージを与えてしまう心配がなくなります。


 このほか、1コイル、2コイルなどの違いがあります。モノラルなので1コイルで足りるわけですが、フォノイコライザーやアンプがステレオ機器なので、ハム(ノイズ)を引きやすいという問題があり、あえて2コイルにしている製品があります(それでも上下動で発電はしない構造になっているはず)。ただし、ハムに関しては状況次第なので、1コイルだからハムが生じる、2コイルだから生じない、とは限りません。同じカートリッジが、あるときは盛大なハムノイズを生じて、しかしひさしぶりに装着してみたら無問題、といった不思議なことも経験しています。ああ、やれやれ。

 また、針先形状の違いとして丸針、楕円針、ファインライン、ラインコンタクト針などがあって、これも人によっていろいろ意見が分かれるところです。丸針で十分、むしろ丸針がいちばん、という人もいれば、ステレオ仕様のカッター針でカッティングされたモノラル再発盤にはファインラインやラインコンタクトなどの高性能スタイラスがいいという人も。ただし、よくモノラル盤ではファインラインやラインコンタクトのカートリッジを使うとノイズを拾いやすいという人がいますが、これはカートリッジメーカーの腕次第ではないかと思います。私が所有しているファインラインのモノラルカートリッジでは、特段ノイズを拾いやすいと感じたことはありません。ただし、さすがにこのカートリッジを古い初期盤の再生には使いません。


 具体的な使用例

 私が常用しているモノラルカートリッジのなかから、現行品(つまりいまでも入手可能なもの)を選んで、上記に従って分類してみると―

ortofon CG 25 Di MkII

 これは針先半径が1.0milで、カンチレバーは上下に動かない。従って、古いmono盤再生用。

ortofon SPU Mono MkII

 針先半径が1.0milで、カンチレバーは上下に動く。古いmono盤にも再発盤にも使用。

ortofon 2M Mono

 針先半径0.7milで上下にも動く(やや硬い)。再発盤に使用。stereo盤を再生してもダメージを与えない。
※ 既に手放しました。

ortofon MC Q Mono


 無垢楕円針で上下にも動く(やや硬い)。再発盤に使用。stereo盤を再生してもダメージを与えない。
※ 既に手放しました。

ortofon MC Cadenza Mono


 ファインライン。上下にも動く。再発盤に使用。stereo盤を再生してもダメージを与えない。

SHELTER Model 501II Mono

 針先半径0.65milの丸針で、カンチレバーは縦横方向同等に動く。再発盤に使用。stereo盤を再生してもダメージを与えない。

audio-technica AT33MONO

 針先半径0.65milの丸針で、カンチレバーは縦方向にも動く(わずかに硬め)。再発盤に使用。stereo盤を再生してもダメージを与えない。


 まだほかにもありますが、以上でひととおりのパターンは網羅していると思います。

 我が家の場合、1台のプレーヤーのアームには、ortofonのCG 25 Di MkIIまたは前モデルのCG 25 Dのいずれかが常に装着してあり、これは初期盤などを再生するためのプレーヤーという位置付けです。そして別なプレーヤーでその他のmonoカートリッジを適宜付け替えています。最近はMC Cadenza MonoかSHELTERのModel 501II Monoを使うことが多いかな。


 mono盤で聴くチャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」

 それでは、上記のとおり題して、併せてそれぞれの盤を再生するカートリッジも選んでみることとします。

 ベルリオーズの幻想交響曲と同様、通俗名曲もいいところだと思って、若い頃にはすっかり聴かなくなってしまったんですが、しかしある時期から「やっぱり天才的な名曲」だったと思い直して、また聴くようになった音楽です。

 それでは、我が家にあるmono盤を取り上げていきます―

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団
1955-56
英Columbia 33CX1026 (LP)

ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 北ドイツ放送交響楽団
1954.1.14
独Telefunken LKS7030


 以上2枚はいずれも古いmono盤ですから、針先半径1.0mil、カンチレバーが上下に動かない、ortofonのCG 25 D(CG 25 Di MkIIの前モデル。現行品でもかまわない。以下同)を使います。EQカーヴはどちらもRIAAで問題ないようです。

 チャイコフスキーの「悲愴」は、とくに終楽章など、頻繁なテンポ変動が指示されており、しかしこのふたつの演奏はどれもテンポを一定に保って表情付けで対応しています。結果的に清潔感というか、スッキリ感で聴かせるもの。シュミット=イッセルシュテットはドイツ的な構築性が際立っています。

 我が国では、チャイコフスキーをロシア的・スラヴ的と、たとえばドヴォルザークなどと同様に、ローカル感覚で捉えている人が多いと思われます。この点、じつを言えば私も若い頃には誤解していたところで、たしかにその旋律性と和声には独特のニュアンスがあるものの、オーケストレーションとか主題設定、クライマックスの築き方、すなわち構成などは、ごくごく普通に、立派なロマン主義交響曲作曲家のものではないでしょうか。とくにチャイコフスキーのこの最後の交響曲に至っては、従来の交響曲のセオリーを超越して、両端楽章に緩徐楽章を置き、頻繁にテンポを変えるという点が、新しい。終楽章冒頭の第一、第二ヴァイオリンの掛け合いなども大胆かつ天才的な思いつきで、決してローカルな民族性などで捉えきれるものではないと思います。

 その意味では、ドイツ的なシュミット=イッセルシュテットもまたチャイコフスキーの一面を捉えており、カラヤンのモダンな感覚も納得がいくものです。


エーリヒ・クライバー指揮 パリ音楽院管弦楽団
1953
英DECCA LXT2888 (LP)
英DECCA LXT5370 (LP)


 LXT2888は1954年がoriginal盤でこれは1955年のイギリスでの第2版。ジャケットはoriginalと同じ。LXT5370は1957年頃に番号変更されて再リリースされたもの。EQカーヴは一般に言われているとおり、LXT2888はDECCAffrr、LXT5370はRIAA。mono時代の盤ですから、これも針先半径1.0mil、カンチレバーが上下に動かない、ortofonのCG 25 Dを使います。

 テンポの変動はとくに終楽章では控え目ながら、音楽のうねりが顕著。オーケストラが上手くなったかのように聴こえます。


ウィレム・メンゲルベルク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
1951.4.6-23
独Telefunken KT11010/1-2 (2LP)


 カップリングは交響曲第5番。そちらの演奏はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で、1940年7月7-10日の録音。

 再発盤です。おそらく1970年代と思われるので、針先半径0.6~0.7milの、垂直方向にもコンプライアンスのあるカートリッジを使います。上に挙げたなかから選ぶなら、ortofonのMC Cadenza Monoとaudio technica AT33 MONO、それにSHELTERのModel 501II Monoのどれか、ということになります。これはortofonで聴きました。

 ポルタメントが目立って、終楽章冒頭の第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンの掛け合いなど、音を切るようにしてことさらにギクシャク感を強調しています。ところがテンポの変動などは案外とスコアに忠実なようで、再現部で、指示どおりに、冒頭よりもわずかにテンポを速くしている演奏もめずらしいですね。一般にimageされるほど恣意的な演奏ではありません。スコアを読み込んだ上での解釈と思われます。


グイド・カンテルリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団
1952.10.22-25,28
英EMI(Worled Records) SHB52 (2LP)


 カップリングは交響曲第5番、ミラノ・スカラ座管弦楽団の演奏で、1951年3月の録音。

 これも再発盤なので、0.6~0.7mil、上下方向にもコンプライアンスのあるカートリッジを使います。これはSHELTERのModel 501II Monoを使いました。

 さすがに世代の違いを感じさせる指揮。第3楽章など若々しく颯爽としたもので、しかし第4楽章は抑制気味。アダージョとして捉えた典型的な演奏。再現部も含めて基本イン・テンポ。クライマックスを築かないうちに終わってしまった印象です。録音は良好。


ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1938.10-11
東芝 WF-19~23 (5LP)
東芝 HA1120 (LP)


 これはいずれも1970年代の国内盤なので、これも0.6~0.7milの上下方向にもコンプライアンスのあるカートリッジを使います。今回はWF-19~23をCadenza Monoで、HA1120はCadenza MonoとAT33 MONO、SHELTERのModel 501II Monoの3機種で聴いてみました。

 すばらしい演奏です。ダイナミクスの変化については録音の限界があるものの、テンポに関しては基本的にスコアの指示に従っています。ところが、だからこそ気がついたのですが、あえて指示と逆をやったりしているところもある。それがたいへん効果的で、考えようによっては作曲者も気付かなかったことか、と思えるのですね。指示に従っていないところがあれば、それには意味がある、というように聴けるのです。フルトヴェングラーというと、いかにも情感というか情念派と見られていると思いますが、それ以上に知的なアプローチであることに気付かせてくれるのが、この1938年の「悲愴」です。

 なお、フルトヴェングラーの同曲は、1951年4月のカイロにおけるlive録音もありますが、私はこちらの古い方が演奏・音質ともに上だと思います。

 この録音に関してはSP盤(6枚組)も持っているので、いずれSP盤用カートリッジとともに、SP盤のお話で取り上げるかもしれません。


ピエール・モントゥー指揮 ボストン交響楽団
1955.1.26
英HIS MASTER'S VOICE ALP1356 (LP)


 これはstereo録音されていますが、strereo録音初期には、mono盤も並行して発売されていました。これはそのmono盤。じつはこれがカートリッジの選択で、1.0milを選ぶか0.6~0.7milを使うかで迷うところかもしれません。私はたいがい1.0milを使っています。これはそのようにアドバイスをくれた方がいたことと、目視で判断する限り、たいていそれまでのmono盤と同等と思われるためです。私が0.6~0.7milのカートリッジを使うのは概ね1970年前後から以降の再発盤です。というわけで、これもortofonのCG 25 Dを使います。EQカーヴはRIAAで問題ありません。

 上品というか、気品ある演奏です。副旋律が絶妙なバランスで聴こえてくるのもモントゥーらしいところ。じつは後の再発盤であるstereo盤も持っているんですが、取り出すのはもっぱらこのmono盤です。


エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮 レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン、コンツェルトハウス、1956.6.?
独DG LPM18334 (LP)


 1960年、ムラヴィンスキーがレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団を率いてヨーロッパ・ツアーをおこなった際、ウィーンのムジークフェラインザールでセッション録音(1960.11.7-9)されたstereo盤は有名ですが、これはそれより前の1956年6月のコンツェルトハウスでの録音・・・かな? もちろんmono盤。従って、上記と同様にortofonのCG 25 Dを使うのが普段の選択なんですが、今回はここでortofonのSPUMono G MkIIに替えてみました。これは針先半径1.0mil、ただしカンチレバーは上下に動きます。

 再発盤ながらstereo盤も所有していますが、もともとあまり好きなレコードでもなかったところ、たまたまこのmono盤を入手してからは私のなかでのムラヴィンスキーの評価が多少上がりました。ただし、お気に入りというほどでもなし。EQカーヴは初期のstereo盤と同様、DECCAffrrです。RIAAで聴くと低音がドスドスとエラいことになります。


(Hoffmann)