113 メニューインのレコードから




 イェフデエィ(ユーディ)・メニューインYehudi Menuhin, Baron Menuhinは特別好きなヴァイオリニストというわけではありません。レコードに関していえば、とくにstereo時代の録音は、中古市場でもあまり人気がないようです。

 幼くして神童と呼ばれ、長じて(いろいろ事情があったようですが)普通の人になってしまった、という典型的な例かもしれません。おまけにその発言がたびたび物議を醸したこと、スピリチュアルへの関心が、かなり胡散臭い(笑)ものと見えるのも、個人的には気になるところ。


少年時代のYehudi Menuhin 左は指揮者Bruno Walter

 でもね、神童時代から大戦後あたりまでのレコードには、聴くべきものがあると思っています。

J・S・バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとバルティータ
英EMI EX7693771 (2LP)


 "The HMV Treasury"シリーズの2枚組で、DMM盤。
 録音年は以下のとおり(収録順)―

Sonata No.1 BWV1001 19 December 1935
Sonata No.2 BWV1003 3 February 1936
Sonata No.3 BWV1005 13 november 1929
Partita No.3 BWV1006 3 February 1936
Partita No.1 BWV1002 19 December 1935
Partita No.2 BWV1004 25 May 1934

 メニューインは1916年生まれですから、1929年には13歳、1936年に20歳です。

 "The HMV Treasury"シリーズのDMM盤がもう1枚―

"Pre-War Paris recordings Coducted by Georges Enesco"
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 1936.3
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 1938.5.2
ジョルジュ・エネスコ指揮 パリ音楽院管弦楽団(ドヴォルザーク) コロンヌ管弦楽団(メンデルスゾーン)
英EMI EH749395-1 (LP)

 古い録音ですが、音質は良好です。どちらも好きな演奏ですが、とくにドヴォルザークの協奏曲は意外といいレコードが少ないのでありがたい存在です。

J・S・バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV1043
同:ヴァイオリン・ソナタ第3番 BWV1016
イェフディ・メニューイン、ジョルジュ・エネスコ(ヴァイオリン)
ワンダ・ランドフスカ(チェンバロ)
ピエール・モントゥー指揮 パリ交響楽団
1932.6.4(BWV1043)、1944.12.28(BWV1016)
仏La Voix de son Maitre FJLP 5018 (LP)


 こちらはSP音源のLP化。メニューインは10歳でエネスコに弟子入り、1932年の録音は16歳のとき。ちなみにエネスコは録音時51歳。EQカーヴはColumbia。

 なお、1936年にJ・S・バッハのヴァイオリン協奏曲第1番 BWV1041、1933年に第2番BWV1042もエネスコ指揮パリ交響楽団と録音しており、BWV1043と合わせたLPも出ている。私が持っているのは以下の盤―

J・S・バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番 BWV1041 1936.2.21
同:2つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV1043 1932.6.4
同:ヴァイオリン協奏曲第2番 BWV1042 1933.6.21
ジョルジュ・エネスコ指揮 パリ交響楽団(BWV1041、BWV1042)
イェフディ・メニューイン、ジョルジュ・エネスコ(ヴァイオリン)
ピエール・モントゥー指揮 パリ交響楽団(BWV1043)
仏Pathe Marcini 2C051-43070 (LP)


 1980年頃に出た"Pathe References"シリーズの1枚。このシリーズは過剰なノイズ除去のため、鼻をつまんだような音で、空気感がありません。とはいえ、貴重な録音が含まれているので何枚か持っています。メニューインの録音では―

ラロ:スペイン交響曲 1933.6.20
ショーソン:詩曲 1933.6.1933
ラヴェル:ハバネラ 1943.4.6
同:ツィガーヌ 1932.5.20,23
ジョルジュ・エネスコ指揮 パリ交響楽団(ラロ、ショーソン)
Marcel Gazelle(ピアノ:ハバネラ)
Artur Balsam(ピアノ:ツィガーヌ)
仏Pathe Marcini 2908431 (LP)

エルガー:ヴァイオリン協奏曲
サー・エドワード・エルガー指揮 ロンドン交響楽団
1932.7.14,15
仏Pathe Marcini 2902891 (LP)

ルクー:ヴァイオリン・ソナタ 1938.3.29
エネスコ:ヴァイオリン・ソナタ第3番 1936.1.6
ヘプシバ・メニューイン(ピアノ)
仏Pathe Marcini 2908621 (LP)


 メニューインがよかったのはこのあたりまでかな・・・と思いきや、試みに戦後のフルトヴェングラーとの共演盤を聴いてみたところ、やはりこれは特別感があります。これが戦後の裁判に際して、メニューイン自身ユダヤ人でありながら、フルトヴェングラーを弁護したことによるものであるのは否定できません。メニューインは、フルトヴェングラーが多くのユダヤ人音楽家を救うために尽力したことや、占領地での演奏を拒否したと聞いて、ベルリンで独自に調査を行い、無罪を確信したということです。いろいろ物議を醸すような発言や行動もありましたが、この点をもって、メニューインには好感を持っています。

 今回聴いたのはベートーヴェンとブラームスのヴァイオリン協奏曲。

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団
1949.8.29-31
仏Pathe Marcini(EMI) C153-53420/6 (7LP)


 レコードの解説書には"15.16.26.28.IX & 7.X 1949"とありますが、どうもこれはSP原盤を作成した日で、正確な録音日は上記のとおりらしい。

 ちなみにこの7枚組セットは仏Pathe Marconiが1979年に企画して出したフルトヴェングラーのブラームス全集。1952年1月27日、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲(ソロはボスコフスキーとブラベッツ)が入っているのが貴重。この二重協奏曲がLPで単売で単売されたのは、伊Cetra(FE-16)と日本の東芝盤(EAC-60156)だけのはず。いや、じつはその伊盤も国内盤も持っているんですが、仏盤はどうかなと思いましてね。もともとわりあい鮮明な録音なんですが、Pathe Marconiも1979年とあって、ノイズ除去による空気感の乏しい音質になっており、国内盤よりもはるかにすぐれている、というほどではありません。それは他の収録曲にしても同じ。国内盤を持っているひとがわざわざ入手する必要はなさそうです。

ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団
1947.8.28,29
東芝 BRC-8008 (LP)


 このレコードは非売品で、東芝のWF-1~49をセットにした「フルトヴェングラーの芸術」の特典盤。

 メニューイン、フルトヴェングラーの同曲の共演盤は3種ありますが、今回は上記ブラームスに併せてルツェルン盤を聴きました。いずれもカデンツァはクライスラー版。

 ほかにメンデルスゾーンやバルトークの協奏曲の共演もありますが、ひとつ選ぶならやはりベートーヴェンでしょうか。


Yehudi Menuhin

 stereo時代のメニューインのレコードは以前取り上げたことのあるディーリアスのヴァイオリン・ソナタと、上記エルガーのヴァイオリン協奏曲のボールト、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団との再録音盤(ASD2259)などもありますが、ひとつ選ぶならこれ―

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
ルドルフ・ケンペ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1957.9.6-9
英His Master's Voice ASD264 (LP)
仏La Voix de son Maitre CVB1595 (LP)


 仏盤のJoubert工房の赤ジャケットはたいへん美しいのですが、音はやはり英プレス盤が上かな。

 メニューインのヴァイオリンはかつての輝きを失った時期ですが、それでも瞑想的というか、大人(たいじん)の格調高さを感じさせます。演奏自体はメニューイン主導型で、ケンペはサポートに徹しているようですが、メニューインもことさらに声高な主張をするではなく、ケンペも微温的にならないところが不思議です。この組み合わせでベートーヴェンも録音して欲しかったですね。


 レコード(LP)を再生した装置について書いておきます。
 今回、古いmono盤はバッハの二重協奏曲ほかのFJLP5018だけ、これのみortofon CG 25 Dで、その他の再発mono盤はMC Cadenza Monoを使いました.。stereo盤はSPU AE
スピーカーは今回すべてSiemensのCoaxial、いわゆる「鉄仮面」をチャンネルあたり2基の後面開放型Sachsen 202で聴きました。なお、私はmono盤でもスピーカーは2本で聴きます。
 また、EQカーヴはRIAAで疑問を感じたものは適宜ほかのカーヴを試し、結果はなるべく記載しておきました。



(Hoffmann)