010 「シエラ・デ・コブレの幽霊」 ”The Ghost of Sierra de Cobre”(1965年 米) ジョセフ・ステファノ





 「シエラ・デ・コブレの幽霊」”The Ghost of Sierra de Cobre”(1965年 米)です。

 2006年のカナザワ映画祭でのトークイベントで話題になったとか、上映しようとしたらトラブルにトラブルが重なったとか、2009年8月に関西朝日放送の番組「探偵ナイトスクープ」で取り上げられたことがきっかけに、一般にも知られるようになり、2010年2月に神戸映画資料館で上映されたとか・・・入ってくるのは噂や断片的な情報ばかりであったところ、数年前、ついにDVD、Blu-rayが出たと聞いて、すぐに入手したものです。



 監督、製作、脚本はヒッチコックの傑作「サイコ」”Psycho”(1960年 米)の脚本を手がけたジョセフ・ステファノ、主演はヒッチコックの「北北西に進路を取れ」”North by Northwest”(1959年 米)で悪役ジェームズ・メイソンの手下役を演じたマーティン・ランドー、その他の出演者は、同じくヒッチコックの「レベッカ」”Rebecca”(1940年 米)でダンヴァース夫人を演じたジュディス・アンダーソン。ダイアン・ベイカーもヒッチコックの「マーニー」”Marnie”(1964年 米)に出演したばかり、おそらく監督の人脈を活かしたものでしょう、なかなかの布陣です。


マーティン・ランドーは「北北西・・・」でジェームズ・メイソンの手下役でしたが、ダイアン・ベイカーは「地底探検」でジェームズ・メイソンの姪役でしたね。

 アメリカ本国では諸事情あってお蔵入りした未公開作品。ところが日本では1967年に「日曜洋画劇場」でTV放送され、その後もカナダやヨーロッパ、東南アジアなど各国で放送されたものの、その後video化されることがなかったため、世界中のホラー映画ファンの間で幻の名作として伝説化していた映画です。子供の頃にたまたま見てトラウマになった、という人も少なくないらしいのですが、残念ながら、私は観た記憶がありません。十数年前にこの映画の噂を知って、いつか観てみたいなと思っていた作品です。先年、ついにDVD、Blu-rayで出たので、あわてて入手した次第です。

 当時ジョセフ・ステファノはTVのホラー・アンソロジー・シリーズ「アウター・リミッツ」”The Outer Limits”(1963~1965年 米)の製作と脚本を手がけていたのですが、放送局ABCからの度重なる干渉や横やりにすっかり嫌気がさして、1964年5月のシーズン1の終了をもって自ら降板。そして次なる企画として温めていたのが、ライバル局CBSで放送予定のホラー・アンソロジー・シリーズ”The Haunted”で、そのパイロット版(テレビ局用のサンプルを兼ねた第1話)として製作されたのが、この「シエラ・デ・コブレの幽霊」だった、というわけです。

 どうやらCBS社内でもまずまずの評判だったようで、創業社長ウィリアム・S・ペイリーも乗り気だったところ、ペイリー夫人が「テレビ向けには刺激が強すぎるのではないか」と口を出して、CBSは恐怖シーンをトーンダウンするようステファノに指示したらしいのですね。当然のことに、ステファノはこの要求に強く抵抗。またしても「アウター・リミッツ」でのABCからの干渉と同じことが起きたわけで、よほどウンザリしたのでしょう、あっさりこの企画から手を引いてしまい、結果的に番組のシリーズ化も見送られ、filmはアメリカ国内ではお蔵入りすることになってしまったらしいのですね。



あ、先に見せちゃった(笑)

 以来、幻のホラー映画とされ、どうもアメリカの愛好家がfilmを所持しているらしいなどという噂も流れていたところ、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のフィルムライブラリーで発見され、無事ソフト化されたという経緯のようです。どうやら1996年頃から保管されていたらしいのですが、膨大な数の所蔵作品リストに埋もれてしまったせいか、近年まで誰にも存在が気づかれなかった、ということのようです。ちなみに、長尺版には”The Ghost of Sierra de Cobre”とタイトルがクレジットされており、パイロット版には”The Haunted”というシリーズ名が表示されていたそうです。

 アメリカ盤Blu-rayにはパイロット版と長尺版の両方を収録。2K解像度でレストアされたという長尺版は、マスターの保存状態が良いためか画質もかなり良好です。



モノクロ映像もなかなか美しい。

 設定とあらすじは―

 主人公は海岸沿いの丘に佇むモダン建築の豪邸に暮らす、著名な建築家ネルソン・オライオン。彼は建築家の傍ら、心霊現象の調査を請け負っていた。その目的は、心霊現象を騙った犯罪を暴き出すことなので、報酬は諸経費のみ。そんな彼にはマリー・フィンチという、心霊現象を一切信じていない唯物主義者の家政婦がおり、ネルソンのよき相談相手になっている。



家政婦役のネリー・バートがいい味です。


 今回の依頼主は、若き盲目の富豪ヘンリー・マンドールの妻ヴィヴィア。数か月前、出張で3週間ほど自宅を留守にしていたところ、戻ってくると慣れ親しんだ使用人はみんな辞めてしまっており、薄気味悪い家政婦パウリーナがひとりで屋敷を仕切っていた。夫ヘンリーによると、1年近く前に亡くなった義母から毎晩電話がかかってくるという。生前から生きたまま埋葬されることを極端に恐れていた義母は、自らの遺体を収容する霊廟の部屋に屋敷への直通電話を設置していた。そのダイヤル番号は本人しか知らないはず。しかも、棺のなかの遺体は既にミイラ化している。ヘンリーは義母の亡霊に呪われているのか? 悩んだ末、ヴィヴィアはヘンリーの代理としてネルソンに調査を依頼したいと言う。


霊廟を訪れるシーンはやや冗長かなとも思うんですが・・・。

 ヴィヴィアと共に、義母の遺体が眠るマンドール家の霊廟へ足を踏み入れるネルソン。そこで早くも怪現象が発生し、ヴィヴィアの前に血みどろの幽霊が姿を現す。しかし、安置室にあった十字架の裏にダイヤル番号が記されており、誰かが仕組んだ嫌がらせの可能性も否定できない。さらに怪しげな家政婦パウリーナ。ネルソンは、自身が過去に関わったメキシコのシエラ・デ・コブレ修道院で起きた幽霊騒動と、マンドール家を悩ませる心霊現象に関連があることに気付く・・・。


ヒッチコックふうに見えるのは、ジュディス・アンダーソンが出ているから・・・だけではありません。

 心霊探偵ものとも言えるミステリータッチ。幽霊の正体と目的も意外性があって、目が離せない展開。モノクロ映像も美しいですね。印象としては「幽霊の出てくるヒッチコック映画」といった感じ。ヒッチコックふうなのは監督の持ち味かな。

 
ここぞという箇所で一回だけ使われる、この俯瞰カメラ。右の参考画像は「サイコ」から―これを思い出しますね。

 泣き声(うめき声)をあげながら現れる血みどろの幽霊はネガ反転のまま合成したもの。技術的にはシンプルながら、グロテスクで不気味な映像になっています・・・とはいえ、そんなに怖くはありません。たいして特殊なメイクも施しておらず、目の周りと鼻の穴の縁を残して黒く塗っているだけのようです。はじめて観たときにも、「ああ、ネガだな」と―。衣装はフードをかぶったような・・・「ゲゲゲの鬼太郎」の「ねずみ男」ふうです(笑)とはいえ、1967年(昭和42年)にTVで観ていたら怖かったでしょうな、子供の頃に観てトラウマになった、という人がいるのもわかります。

 
そんなに怖くないのは、長年にわたる「観たい観たい」というキモチから、期待値が高くなりすぎた?

 ちょっと気になったのは、中盤で日光浴をする海辺の水着美女とネルソンが会話をするシーン。storyにはまるで関係のない場面なんですよね。第2話以降のエピソードへの伏線だったのでしょうか。単独で見ると意味のないシーンです。


おそらく多くの人が首をかしげたであろう場面です。TVシリーズ化されなかったのは残念ですね。

 なお、私はこのdiscを入手してから、これまで80分の長尺版だけ観ていたんですが、今回50分のパイロット版を観てびっくり。結末が違うんですよ。ただ単に長尺版を短くしただけのパイロット版ではなく、展開の異なるシーンを別に撮影して差し替えられているんですね。ひと言で言うと、長尺版はアンハッピーエンドなんですが、パイロット版はハッピーエンドです。

 
これはパイロット版にはないシーンです。

 いかにも怪しげなパウリーナ役のジュディス・アンダーソンも悪かろうはずはありませんが、個人的にはネルソンの相談相手となる家政婦役ネリー・バートがいい味を出していると思います。TVシリーズ化されていれば、舞い込んでくるさまざまな事件で、ネルソンを解決に導くのに一役買う、そんな役柄だったのでしょう。これが日本だったら、間違いなく、探偵の(ちょっとナマイキな)美少女助手、という役柄になって、救いがたいほど陳腐で幼稚な低俗TVドラマになっていたことでしょうな。ああ、形容詞が多すぎる・・・(笑)

 あと、ダイアン・ベイカーも綺麗な女優さんです。私にはヒッチコックの「マーニー」”Marnie”(1964年 米)よりも「地底探検」”Journey to the Center of the Earth”(1959年 米)の可愛らしいジェニー嬢の役が印象深いんですが、ちょっとオトナっぽくなった今回のヴィヴィア役の方がより好みです。さらにお歳を経てからの映画で有名なのは「羊たちの沈黙」”The Silence of the Lambs”(1991年 米)での、娘が誘拐されるマーティン上院議員役ですね。髪型が上の画像と同じです。


マーティン・ランドーは上背があるためか、終始やや猫背気味です。まっすぐ立っていると画面に収まらない?(笑)

 ちょっと期待が大きすぎた・・・という感想はそこかしこで見かけますね。私も同感です。でも、なかなかの佳作じゃないでしょうか。観られたことに感謝しなければね。むかーし、観たくて観たくてたまらなかった映画が、videoのおかげで観られるようになり、videoでも観られなかったものがDVDやBlu-rayのおかげで観られるようになって、結構な時代となりました。いやあ、長生きはするもんですなあ(笑)


(おまけ)

 
ダイアン・ベイカー 左は「地底探検」(1959年 米)から 右は「羊たちの沈黙」(1991年 米)から


(Hoffmann)



参考文献

 とくにありません。