017 「恐怖の足跡」 “Carnival of Souls” ハーク・ハーヴェイ (1962年 米) 今回と次回は、私、Parsifalが担当いたします。作品の都合上、いずれもネタバレ全開モードになりますので、未見の方はご注意下さい。 「恐怖の足跡」”Carnival of Souls”(1962年 米)、監督は制作も兼ねて出演もしているハーク・ハーヴェイ。制作を兼ねているということは、自主制作ということ。本作の出演者でプロの俳優は主演のキャンデイス・ヒリゴスのみで、あとは監督やスタッフの友人・知人を集めており、監督自身は白塗り男でご出演。しかも3週間で撮ったという作品。そう言うと、いかにも即席といった印象を持たれるかもしれませんが、どうして、ホラー映画史に残る名作になっています。 あらすじを簡単に― カンザスの田舎町で、若い男女の運転する車2台がスピードを競っているうち、1台が橋の上から川へ転落。乗っていたのは女性3人。警察は懸命の捜索を行うが、川の水が濁っていてなかなか見つからない。誰もが諦めかけたその時、泥まみれで岸へと這い上がる女性の姿が発見される。行方不明者の1人、メアリーだった。 奇跡の生還を遂げたメアリーだが、しかし川へ落ちてから岸へ上がるまでの記憶がまったくない。彼女は心機一転、ユタ州のソルトレイク・シティへ移り住み、教会のオルガン奏者として働くことになる。ユタへ向けてひとり車を走らせるメアリー。すると、ラジオから不気味なオルガン音楽が流れはじめる。周波数を変えても音楽は止まらず、さらに、車窓に白い顔をした不気味な男の姿が浮かび上がる。恐怖のあまり途中で車を止めと、そこはグレートソルト湖の岸にそびえ立つ巨大な遊戯施設の廃墟。メアリーは、その場所に不思議に惹かれるものを感じる。 ソルトレイク・シティへ到着したメアリーは、トマス夫人の経営する小さな下宿で部屋を借りる。隣の部屋に住む若者が親しげに話しかけてくるが、他人と関わり合いたくないメアリーは冷たくあしらう。すると、彼女は1階から階段を上がって来る例の白い顔の男の姿を目撃し、部屋へ閉じこもって恐怖に怯える・・・。 やがて、彼女は不可解な現象を体験するようになる。街中で突然周囲が死んだような静寂に包まれ、誰一人として彼女の存在に気付かなくなってしまう。ある時は、教会でオルガンを演奏しているうちにトランス状態となり、遊戯施設のダンスホールで踊る死者たちを幻視する。医師サミュエルズは、交通事故のトラウマが原因ではないかと言うが、メアリーは納得できず、ついに町を出ることにする・・・。 自分にしか見えない白塗りの男、その白塗りの男を含めて遊技場のダンスホールで舞い踊る死者たちの幻覚・・・突如として 周囲の音が一切聞こえなくなり、誰も彼女の存在に気付かなくなってしまう現象、そして世界に自分の居場所がないという感覚・・・。 ネタバレしてしまうと、ラストシーンで川から引き上げられた車の中には、メアリーの死体がある・・・じつはメアリーは車の中で溺死していた、という結末です。つまり、己の死を自覚しないまま現世に留まってしまったメアリーが、この世とあの世の狭間を彷徨った末、死者の群れによって黄泉の世界へ引き戻されていく物語だった、というわけです。この世界に自分の居場所がないと感じていたのも納得ですね。あるいは、一連の出来事は、死の間際に彼女が見た幻覚だった、という解釈も可能でしょう。 事故から生還したメアリーは、現世において他者との関わりを避けて自分の殻に閉じこもり、既に死んだも同然だった・・・とも言えることになります。ここから敷衍して、現世に生きているとはどういうことなのか、ただそこに存在しているだけでは、生きていることにはならないのか、といったテーマも潜んでいるように思えます。 メアリーの新任地で、教会の牧師が地域社会との関りや、神への信仰心を持つことの大切さを説くも、メアリーは戸惑い、それを半ば拒絶するような態度を示しています。牧師が彼女の歓迎会を提案したときの反応、みなさんの中にも覚えのあるひとはいませんか。昭和のサラリーマンの常套句、飲み会、麻雀に付き合わないような奴はダメだ、なんて言い草を聞いたことはありませんか(笑)結果的にメアリーは死者の群れが舞う迷宮へと迷い込んでいってしまいますが、他者との関わりを疎ましく思うminorityのように描かれているのは、注目して欲しいところです。地域社会や他者との関わりを拒否しては、現世に生きることはできないのか、という問題提起を読み取ることも可能でしょう。 これがホラー映画の歴史に残る名作であるというのは、その後の多くの作品に与えた影響からも明らかです。ジョージ・A・ロメロ監督の「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」”Night of the Living Dead”(1968年 米)がこの映画に誘発されて制作されたものであることは有名な話。エイドリアン・ライン監督の「ジェイコブス・ラダー」”Jacob's Ladder”(1990年 米)やM・ナイト・シャマラン監督の「シックス・センス」”The Sixth Sence”(1999年 米)も同様。次回取り上げる予定のデヴィッド・ヘミングス監督による「ジャンボ・墜落 ザ・サバイバー」”The Survivor”(1981年 豪)も本作の影響下にあるものでしょう。 モノクロ映像はダークな雰囲気を漂わせ、ヨーロッパの巨匠による作品と言われても違和感を感じないほどです。これがアメリカでの劇場公開時、興行的にはまったく振るわなかったというのもわかります。刺激を求めて観に来た人たちに迎合しない、格調高さがあるのです。後にフランスで上映された際に評価され、TVの深夜放送を通じて徐々にカルト的な人気を得たそうです。観る人を選ぶよねー。 ちなみに、劇中に登場する巨大パヴィリオンは、ソルトレイク・シティ郊外に実在したソルトエアーという建物だそうです。もともと、モルモン教会が観光客誘致を目的に、1893年に建設した複合レジャー施設で、1958年に廃業。これをたまたま見かけたハーヴェイ監督が、この建物(廃墟)を使ってなにか映画が作れないものかと考え、休暇を利用して3週間で撮りあげたということです。予算は3万3千ドルという超低予算、さらに劇場公開時、本編に著作権表記が抜け落ちていたせいでパブリックドメインとなってしまったというおまけ付き、ああ・・・もっともそのおかげで、VHS tape時代から廉価版ソフトが入手しやすかったんですけどね。 それはともかく、この建物、たしかに、画面で見ていても、廃墟マニアにはこたえられないだろうなと思えます。病院や旅館の廃墟も怖いけど、レジャー施設の廃墟ってのも、独特のatmosphereを醸し出してきますね。こんな廃墟のダンスホールで死者たちが踊っていたら、たしかに怖い。もしも撮影中に知らずに通りかかったら、悲鳴をあげて逃げだしてしまいそう。なお、撮影に使用されたソルトエアーの建物は1967年に焼失。その後地域再開発の一環でイベント会場として再建されているそうです。 もともとの劇場公開版は上映時間が78分でしたが、1989年のリバイバル公開に際してハーヴェイ監督自身が83分のディレクターズカット版を制作しており、私が持っている国内盤DVD、(株)エプコットから出たTrash Mountain Videoは84分版、The Criterion Collectionから出たDVDは2枚組で、劇場公開版の78分versionと83分のディレクターズカット版の両方を収録。未確認ながら、Blu-rayは劇場公開版を基本として、ディレクターズカット版で追加されたシーンは別にまとめられているらしい。今回キャプチャしたのはThe Criterion CollectionのDVDから。これがもう、目の覚めるような高画質! 作品の評価まで、割り増ししてしまいそうです(笑) (Parsifal) 参考文献 とくにありません。 |