034 「好奇心」 ”Le Souffle au Cooeur” (1971年 仏) ルイ・マル






 これは“Le Souffle au Cooeur”、邦題「好奇心」(1971・仏)、ルイ・マル監督の青春映画です。

 1954年のパリ、主人公ローランの思春期―性の目覚めを描いたもの。今回ひさしぶりに観たんですが、ジャズに夢中なローラン、放蕩息子然とした二人の兄、威圧的な父親と憧れの対象である母親、青年期の手前にある15歳の主人公といった設定から、テンポの良い展開と、たいへんよくできた映画です。



 母親はたいへん魅力的に描かれています。平均的ブルジョワ家庭のなかでやや異質なキャラクターであるのも効果的。一方主人公はあまり多彩な表情(演技)を見せませんが、それがかえってここでは設定された役柄にぴったりです。



 じつは、「本を読む 070『聖少女』」と同じく、近親相姦を扱った映画です。ここでは少年と母親。もちろん、選ばれし者の聖なる関係というわけでもなく、罪の意識による苦悩とか葛藤などといったものとも無縁な描かれ方をしています。あまり、「近親相姦」なんてことばは似合わない感じですね。

 

 ところがこの映画、私の知る限り、女性からはたいがい拒絶反応を示されるんですね(ろくすっぽ観もしないで)。やはり母親との近親相姦という展開が、その拒否反応の原因だと思われます。概ね男性の場合は、あくまで映画として、物語として観ているから、わりあい平気なんですよ。ところが女性が映画や小説を読むときには、ほとんど登場人物に自己を投影している(感情移入ではなく)―だから他人の紡ぎ出したストーリーを客観的に鑑賞することができない、そこに自分や自分の母親、あるいは兄弟などの姿を投影してしまうから、理解できないだの不快だのといった「感情」を抱くのですね。

 よく、「女性は子宮でものを考える」なんて言いますよね、これ、言い出しっぺはたぶん吉行淳之介あたりだと思いますが、私はこの言い方があまり好きではないので、これを女性の「皮膚感覚」と呼んでいます。それでも、この映画に対する反応を見るにつけ、やっぱり精神よりは身体でものを考えるのが女性の生理というものなんだなあと思えるんですね。

 念のために言っときますけど、べつに「オンナは莫迦だ」と言っているのではありませんよ。誤解なきよう。

 
 

 そして男として一人前になった自信をつけたローランは、同じ療養所に来ている娘の部屋で一夜を過ごし、翌朝部屋に戻ると父と兄たちが来ていて―「病人の朝帰りか・笑」



 なかなかいいラストシーンです。


(おまけ)



 DVDの解説書には「兄ふたりとの確執」なんて書いてありますが、ローランも本気で怒るときもあるものの、そんなにネガティヴではなく、やや行き過ぎの悪ふざけ程度であくまで日常的なもの。こんな知的なシーンもあります。

 

 ローランは学校のレポートではカミュなど取りあげていますが、隠れて読んでいるのはボリス・ヴィアンやポーリーヌ・レアージュ(!)。左の画像はポーリーヌ・レアージュを読んでいるところです。

 ボリス・ヴィアンは、フランスの作家、詩人で、セミプロのジャズ・トランペット奏者としても有名な人でした。我が国では比較的翻訳されている作家ですが、代表作は「うたかたの日々」でしょうか。これは以前は早川書房から、現在では光文社古典新訳文庫で出ています。ちなみに新潮社から出ていた「日々の泡」は翻訳違いのまったく同じ小説なのでご注意を。そのほか、「赤い草」(早川書房)は、昔、安部公房がTVに出演して3冊取り上げて紹介した本のうちのひとつでしたね。「赤い草なんてないのに、ないものを当たり前のように書くのが幻想文学なんだ」といった発言をしていたのを記憶しています。

 ポーリーヌ・レアージュの小説というのは、もちろん「O嬢の物語」。ジャン=ジャック・ポーヴェールから出版されたのが1954年ですから、この映画では出たばかりということですね。この画像に写っているのが1st editionなんでしょうか。これはもちろん匿名出版で、正体はこの本に序文を寄せているジャン・ポーランその人であろうというのが通説でしたが、1994年にドミニク・オーリーが自分が作者であると表明しています。もっとも、ジャン・ポーランはとっくに(1968年)亡くなっているので、たしかなところはわかりません。我が国でも早くから澁澤龍彦訳で出ていましたが、個人的にはあまりたいした小説だとは思えません。見るべきものは、梟の仮面といったfetishなオブジェくらいかな。映画「O嬢の物語」”Histoire d'O”(1975年 仏)に至っては、際物の部類じゃないでしょうか。この映画で主役を演じているコリンヌ・クレリーが後に「007/ムーンレイカー」”Moonraker”(1979年 英)に出演しているのを観たときは、すぐ殺されてしまう出番の少ない役柄ながら、わずか数年で女性はこれほど魅力的になるのかと驚いた覚えがあります。いずれも所詮娯楽映画であったのが残念。単なるポルノ女優扱いではお気の毒です。

 右の神父さん、ゴロワーズをチェーンスモーキングしてますね。ちなみにゴロワーズは醗酵煙草。つまり、シガー(葉巻)やパイプ煙草のような芳香が特徴の、一般的なシガレットを喫っている人には「キツイ・強い」と感じられる煙草です。フランスの煙草ではジタンも同じく発酵煙草です。やはり仏文学者にゴロワーズやジタンの愛煙家が多いのはおもしろいですね。ロマン・ポランスキー監督の映画「テナント/恐怖を借りた男」”The Tenant”(1976年 仏)では、ポランスキー自身が演じているポーランド系青年が、いつも喫っていたゴロワーズを、投身自殺した女性が愛煙していたマルボロに変えることで、精神の均衡を失っていく過程をあらわしていました。小道具としての煙草というものも、なかなか馬鹿にできません。


(Hoffmann)



参考文献

 とくにありません。