046 「血を吸うカメラ」 ”Peeping Tom” (1960年 英) マイケル・パウエル この俳優さん、クラシック音楽好きならその父親の方をよくご存知のはず。カールハインツ・ベーム、そう、指揮者カール・ベームの息子さんです。よく、「カール・ハインツ・ベーム」とか「カール=ハインツ・ベーム」と表記されているんですが、”Karlheinz Boehm”ですから、「カールハインツ・ベーム」で正しいはず。私が持っているDVDケースの「カール・ベーム」という表記に至っては論外、これでは別人です。 この映画、「血を吸うカメラ」”Peeping Tom”(1960年 英)は興行的には大失敗、批評家には「変態映画」のレッテルを貼られて監督のマイケル・パウエルの名声は地に墜ち、遂には映画界から追放の憂き目に遭い、見る影もなく落ちぶれ果てることとなりました。主人公マークは少年期のトラウマにより、死の恐怖に怯える女性の表情をカメラで撮影しつつ殺害する・・・こりゃたしかに1960年のイギリスでは非難囂々でしたでしょうな。ましてや、原題の”Peeping Tom”ということばのimageもよろしくない(笑)その後一部ではカルト的な人気を得て語り継がれてきたわけですが・・・これはたしかに名作とまでは言いませんが、そんなに愚劣な駄作ではありません。 1960年公開ということで、やはり同年公開されたヒッチコックの「サイコ」と比較されることの多い映画ですね。少年時代のトラウマが・・・というあたりはたしかに同じ。「サイコ」では被害者の恐怖が描写され、「血を吸うカメラ」では加害者の心理的葛藤が描かれる・・・といった違いもよく言及されるところ。 思うに、ヒッチコックは合理的に解決しなければ気がすまないタイプ。「サイコ」のラスト、ちゃんと精神科医が解説しちゃうでしょ。あれは謎解きの映画なんですよ。そしてモノクロ映像によって赤い血を見せないのはヒッチコックの美学であると同時に、下品だの残酷だのと世間に非難されないように、あらかじめ手を打っておいたわけです。その結果できあがった映画を格調高いといっても別に間違いではない。ただ、ちょっとテクニックとしての振る舞いが目立つのもたしかですね。 一方で、「血を吸うカメラ」は謎解きでもなんでもない、はじめから犯人は分かっているし、主人公の過去になにがあったのかについても「ほのめかし」ながら、かなり早い時点で語られています。父親が心理学者で、幼いマークは恐怖が神経系にもたらす影響の実験台にされていた―と。しかし、だからといって主人公が冷酷な殺人鬼に成長してしまったこととの因果関係が説明できるわけではないでしょう。表題の”Peeping Tom(窃視症)”にしたって、だからカメラで記録するというのはまだしも、それがなぜ人間の死、殺人や自殺の記録でなければならないのか、納得のいく謎解きはありません。もちろん、最後に説明してくれる医者なんか出てこない。そのへんは合理的ではないんですよ。つまり非合理的で不条理な怖さがある。「不条理」ということばはこういうときに使いたいですね(笑) ために、「サイコ」を観たお客さんは映画館を出ればオサレな喫茶店でお茶して、「ああおもしろかった」でおしまい。なんならラーメン屋で餃子をつまみに一杯やってもかまいません。「サイコさん」なんて映画のなかの話であって、おとなりさんやましてや自分自身のなかに狂気が忍び寄る恐怖なんて、てんで感じることはないのです。 対して「血を吸うカメラ」は他人事ではない、狂気がいまの自分の身とすれすれのところに存在しているのではないかという怖さが後味に残るのです。「サイコ」を観ているとその映画造りが「うまいな~」と思いますが、「血を吸うカメラ」だとテクニックを超えて、主人公やヒロインへの感情移入の度合いとも無関係に、恐怖が迫ってくる。もっと言ってしまうと、どんな恐ろしいstoryや映像であっても、我々映画を観ている側というのは常にその身を安全圏においているはずですよね。その安心感をも脅かすのがこの映画なのです。 この映画のなかでの鏡の使い方をとくとご覧下さい。映画のなかで視線とか見ることへの偏執ぶりが強調されているシーンなんてめずらしくもないし、その偏執自体をテーマにしている映画も結構あります。しかし、この映画では視線そのものが殺意と恐怖に通じている。ヒッチコックとの比較で言えば、古典主義に対するロマン主義といったところでしょうか、「血を吸うカメラ」は早すぎたんですね。ですから、現代に至って再評価されるのも当然と言っていいかもしれません。 カラーの色彩、カメラワークなどは文句なしに優れたものです。俳優、女優の演技もなかなかいい。上の画像は主人公マークに好意を寄せる娘ヘレンが、マークの撮影したfilmを見てしまうシーン。6~8カットくらい並べようかとも思ったんですが、最初と最後だけにします。このシーンではヘレンが観ている映像は一度も映らず、ヘレンの表情の変化を見せるだけ・・・私はこのシーンで鳥肌が立って背筋が寒くなり、またこの映画に似合わぬ反応かもしれませんが、感動すらしてしまいましたよ。ご興味のある方は、ぜひとも左の表情が右の表情に変化してゆく様をご覧になってください。 血も殺人シーンも出ない、映らないというので、残酷場面を期待される方は肩すかしを食わされそうですが、現代は刺激には事欠きませんからね。でも、そこまで映像や音とかでサービスされないと怖くない(怖がれない)というのも、ひとの趣味はさまざまとはいえ、いささか感受性の欠乏症状と言わざるを得ないような気がします。 ちなみにポスターなどでも使われて、よく見かけるのがこのカット。じつはとんでもないネタバレ映像(シーン)なんですよね。しかしながら、おそろしく効果的かつ戦慄的な映像です。 (Hoffmann) 参考文献 とくにありません。 |