101 「フィツカラルド」 "Fitzcarraldo" (1982年 独) ヴェルナー・ヘルツオーク アマゾン奥地でゴム園を開拓してオペラハウス建設の資金を作ろうとする男の姿を、ヴェルナー・ヘルツォーク監督がアマゾンで長期ロケを行って描いた映画史に残る名作です。1982年、第35回カンヌ国際映画祭監督賞受賞作。 あらすじは― 時は19世紀末、南米ブラジルのマナウスのオペラハウスで行われた世界的オペラ歌手エンリコ・カルーソーの公演を聴きに来た男“フィツカラルド”ことブライアン・スウィーニー・フィツジェラルド。彼はペルーのイキトスで粗末な水上小屋に住みながら、この未開の地に文明の光を当てることを夢見て、アンデスに鉄道を敷設しようとして破産していた。唯一の理解者は、愛人で娼家の女将をしているモリーだけ。 フィツカラルドはカルーソーのオペラに感動して、イキトスにオペラハウスを建てようと、その資金を稼ぐために、前人未踏のジャングルを切り拓いてゴム園を作る計画を立てる。 フィツカラルドはモリーに土地の購入資金と川をのぼる中古船を買う金を出してもらい、船を“モリー号”と命名して、出航。しかし、その土地は急流で途中に激しい瀬があるため、船で直接行くことはできない川の上流にあった。 それでも、フィツカラルドは先住民たちに協力してもらって、船を陸に揚げて山越えしようと考える。7か月にも及ぶ過酷な作業の末、ついに船を別の川に浮かべることに成功したが、翌朝、先住民たちが船を急流の中に押し出してしまう・・・。 主役のフィツカラルドにクラウス・キンスキー、モリーにクラウディア・カルディナーレほか。 はっきり言って、上記のstoryとカメラに写った風景だけの映画です。storyにおけるテーマはカルーソーの歌うオペラに魅せられた男の狂気にも等しい野望と挑戦、そして執念。カメラに写ったアマゾンの風景は見てのとおり。なにしろ、過酷を極めたロケ、キャスティングはそもそも主役にジャック・ニコルソンが予定されていたところ、病気のため降板。これはロケに入る前だからいいとして、次に起用されたジェイソン・ロバーズとミック・ジャガーは、途中でジェイソン・ロバーズが赤痢で倒れて降板。クラウス・キンスキーを主演にして改めて撮り直したわけですが、さしものキンスキーも途中で「降りたい」とこぼしたんだそうで。そのとき、ヴェルナー・ヘルツオークは「君が降りるなら、この場で君を殺してぼくも死ぬ」と言ったとか。 おまけにチャーター機は墜落するわ、セットは燃えてしまうわ、渇水に悩んだかと思うと大雨に見舞われる・・・制作期間4年半は挫折と克服の繰り返し。そんな状況ですから、カメラに写った人物も、風景も、そこに狂気を宿していないはずがありません。なにしろ、船が山を登っていくのですから・・・。そう、それこそが主人公の内面にある執念の映像化・表象化なのです。 ましてや、黙って立っているだけでもただならぬ狂気を漂わせる怪優クラウス・キンスキーですからね。しかも撮影はトラブル続き。それでも撮影を強行したヘルツォークの狂気もまた、あたかもドキュメンタリーのような細部をおろそかにしない「くどさ」にあらわれています。「くどさ」は「しつこさ」。それが主人公フィツカラルドの執念と同期している。とはいえ、ヘルツォークにしてはわりあいめりはりのある、心地よいテンポ感もある。そこはさすがにプロ。 強烈な印象を残すのは、やはり熱帯雨林。そして船が川を遡り、さらには山を登ってゆく、それに急流にのみ込まれていくシーン。首狩り族の太鼓に蓄音機で再生するカルーソーの歌声で対抗する(こたえる)シーンもいいですね。そして最後の船上でのオペラのシーンは、まんまと感動させられてしまいます。 「狂気」「狂気」と言ってしまいましたが、これは演じていいるのがクラウス・キンスキーだからついそう言ってしまうということで、これは狂気を秘めた熱狂ですね。フィツカラルドのような常識の枠を易々と踏み越えてしまうような人間は、その役に取り憑かれて同一化してしまうような俳優でなければ演じられようもないのです。考えてもみて下さい、この役を演じる俳優が、現場に運転手付きの自家用車で送り迎えされて、その日の撮影が終わったらお疲れさまー・・・なんて光景が想像できますか(笑) もちろん映像はCGでもミニチュアでもありません、320トンの船が本当に山越えしている。だからその映像には唖然とさせられるわけですが、特段、人生について考えさせられるような映画ではなく、押しつけがましい教訓があるわけでもない。ただ、実現不可能な夢を描くには、実現不可能なこと挑戦しなければならないという、言われてみれば当たり前のことが映像で示されているということです。これが映画史に残る傑作となっているのは、まさしくヘルツォークの勝利ですね。むろん、クラウス・キンスキーなくしては、実現は困難だったでしょう。 (Parsifal) 参考文献 とくにありません。 |