131 「トライアングル」 "Triangle" (2009年 英・濠) クリストファー・スミス 自閉症の息子を持つシングルマザーのジェスは友人の誘いでヨットセーリングへ行く。メンバーはジェス、グレッグ、ヴィクター、へザー、ダウニー、サリーの6人。ところが天候が急変しヨットが転覆してしまう。ここでヘザーは行方不明に。 一行5人は漂流の末、豪華客船が現れてこれに乗り込む。ところが、乗り込む前は甲板に人影が見えたのに、船内には人がいない。不審に思い始めた矢先、ジェスは負傷したヴィクターに襲われ、ダウニーとサリーからはジェスがグレッグを銃で撃ったと非難される。そこに覆面の人物が現れ、ダウニー、サリーは銃撃され、ジェスはその場から逃げて、斧を手に入れ反撃。格闘の末にジェスは覆面の人物を追い詰めるが、相手は「全員殺せば家に帰れる」と言って海に落ちていった。すると、海から誰かの声が聞こえてくる。ジェスが甲板に出て声の主を確認すると、そこには転覆したヨットの上に立つ、ジェス自身をも含む5人の姿があった・・・。 ・・・と、これは所謂ループものです。以下で一気にネタバレのあらすじ説明を試みてみましょう― ヨットで海に出る。悪天候でヨットが転覆。豪華客船に乗り込む。ところがこの客船には既に同じヨット転覆の後に乗り込んでいた自分たちがいたのです。ただしみんな死んで、残っているジェスのみ。で、その最後の生き残りであるジェスが、次に乗り込んできた自分自身をも含む一行を皆殺しにしようと襲うんですね。それであとから乗り込んできたジェスに反撃されて海に落ちると、浜辺で目を覚ます。家に帰ると子供に対してヒステリーを起こしている自分がいて、これを殺害。子供を連れて車を走らせると事故に遭って、子供は死亡。通りがかりのタクシーにヨットハーバーまで送られ、再びヨットに乗り込む・・・。 だから、タイムトラベルじゃありません。無限の繰り返しなんですよ。客船の甲板には同じ人物の死体がたくさん転がっているシーンもあります。主人公のジェスも、客船のなかに、同時に二人ないし三人いるときがあります。だから、パラレルワールドでもない。 ヒントというか、伏線はいくつもちりばめてあって、無人の客船に乗り込んだとき、ジェスは戸惑いつつ、どの曲がり角も、見覚えがあると言っている。また、ジェスの時計だけが船の中にある時計と同じ時刻を指している。 無人の客船の船名が「アイオロス」"Aeolus"。これは風を操るギリシャの神で、シシフォスSisyphusの父。シシフォスは、自分の死を偽装した罪で、巨大な石を山の頂上に運ぶ、すると石は落ちてまた運ぶ・・・という徒労を無限に繰り返す罰を与えられているんですよ。これを象徴するかのように、レコード(蓄音機だからSP盤)が針飛びして同じところを繰り返すシーンもあります。 子供を乗せた車で事故を起こす直前、鳥がフロントガラスにぶつかり、ジェスは車を止めて鳥の死骸を拾って捨てるんですが、そこにもたくさんの鳥の死骸がある。だからこの場面も無限ループの一環であるということ。それならもうヨットに乗らなければいいわけですが、この直後の事故で子供を死なせてしまう。だからジェスはまたヨットに乗るんですよ。別に諦めてしまったわけではない。つまり、また同じことを繰り返して、子供を生き返らせる・・・つまり、次は子供を死なせない未来(過去?)にするために、ヨットに乗るということでしょう。このとき、タクシーの運転手が「ここで待つよ」「戻ってくるだろ?」と尋ねたのに対して、「ええ、約束する」とジェスがこたえるのも、その意味では決然とした意志の表明であるということになります。じっさい、ジェスがダウニーたちをナイフで刺したとき、「息子のためなの」と言っています。つまり、このとき、ジェスは朝方、子供を死なせてしまったことは覚えているということ。 なお、戻ってきたときに、子供にヒステリーを起こしていた朝の自分を殺したのは、そんな自分が嫌だったから。彼女は我が子を大事に育てたいという思いを抱いていたということ。だからそんな自分を殺して、やさしいママとして生まれ変わろうとしていたわけです。ここにもドラマの重要な要素がありますね。つまり、このループがなければ、ジェスは自分を変えることができないということなんですよ。 そしてジェスがヨットに乗り込む直前、友人グレッグを抱き締め、「ごめんなさい」と言うのは、その後、(自分たちよりも前に客船に乗り込んでいたジェス自身が)彼を殺すことになる、そのことを知っているためでしょう。いやあ、冒頭では遅れてきたことを謝罪しているのかと、何気なく観ていたシーンでしたが、このなんとなーく違和感を感じさせるところが伏線の複製たる所以で、最後のこのシーンではなんとも意味深い台詞だったんだなと気付かされますね。この段階では子供が事故で死んだことを覚えていて、それを隠しているわけです。ところが、ジェスがヨットで眠った時、ここで過去のループの記憶を失ってしまうようです。浜辺に横たわっている夢を見るんですよ。それはじつは今朝方の実体験なんですが、これによって過去のループが記憶の外に追いやられてしまうのでしょう。 よくできた映画だと思います。無限ループというのはなかなか恐ろしい。最初は何が起きているのかわからず、だんだん状況がわかってくるとともに、伏線が回収されていく様に感心しつつ、次はどう展開してくのかとサスペンス風味で見せられてしまう。さらに、二度目に観たときには、冒頭から、とくに主人公ジェスの台詞や振る舞いに、その内面の思いが透けて観えてくるのも新鮮です。 それにしても、あのタクシーの運転手はただの通りがかりなんでしょうか、あるいはこの無限ループを知っている「何者か」なんでしょうか・・・。 なお、標題の「トライアングル」"Triangle"という表題は、初期段階ではフロリダ沖のバミューダ・トライアングルが舞台として設定されていたため。しかし脚本の制作が進むにつれて、バミューダ・トライアングルへの直接的な言及が削除されて、表題とヨットの名前「トライアングル号」だけが残ったんですね。 (Kundry) ************************* バミューダ・トライアングルについて バミューダ・トライアングルBermuda Triangleとは、大西洋の西に位置する、バミューダ諸島、マイアミ、プエルトリコを結ぶ三角形の海域のこと。この海域は、船や航空機が忽然と姿を消すことで世界的に知られています。 とりわけ有名なのは、1945年12月5日の「フライト19消失事件」。これは1945年12月5日、フロリダにあるアメリカ海軍のフォート・ローダーデール基地を日課の訓練飛行のために飛び立った5機の飛行機が忽然と姿を消してしまったという事件です。リーダーはベテラン・パイロットのチャールズ・テイラー中尉。天候は快晴、風も波も穏やかな絶好の飛行日和であったとされており、にもかかわらず、「緊急事態だ。コースを外れたらしい。陸地が見えない」との無線が入り、「真西を目指せ」との管制塔の指示に「どっちが西か分からないんだ」と返してきて、しかも救助に向かった飛行艇までが姿を消してしまった・・・。 それに、1978年2月22日の、空母ジョン・F・ケネディに物資を運ぶため飛行していた海軍中佐ポール・スマイスとリチャード・レオナルド中尉が、バミューダ海域を飛行中、乗っていた飛行機もろとも消失した事件でしょうか。これも、当時天気は快晴で、消失の原因はわかっていないとされています。 また、古くは1881年、アメリカのスクーナー船、エレン・オースティン号が、同海域を航行中、遺棄された一隻の船に遭遇。乗り移ってみるとなにも異常なところはなく、ただ船員だけが忽然と姿を消していた・・・。そこでこの船に船員を乗り込ませて一緒に目的地まで向かうことにしたところ、突然のスコールに見舞われ、両船は離ればなれに。2日後になんとか再会したのですが、なんと前に乗り込んでいた船員たちが全員姿を消していた。そこで再び新たに船員を乗り込ませたところ、またしても両船をスコールが襲い、離ればなれになってしまって、結局、遺棄船はそのまま二度と現れることはなく、船員もろとも完全に姿を消してしまったという事件です。 Bermuda Triangle はたしてバミューダ・トライアングルは伝説に言われるとおり、魔の海域なのか・・・。 1945年12月5日の「フライト19消失事件」を調査したのはアメリカ・アリゾナ州立大学図書館の元司書、ローレンス・クシュ。すると、伝説で言われていることとは異なる事実がいくつも発見されました。 まず、この日は快晴で風も波も穏やかだったとされていますが、それは離陸時だけのこと、その後天候が急速に悪化していました。 また、テイラー中尉はたしかにベテラン・パイロットではあったものの、フォート・ローダーデール基地に配属になったのは、1945年11月21日。つまり、この事件が起きるわずか2週間前のこと。また5機の飛行機に乗っていたのは、テイラー中尉ともうひとりを除くと、残りは全員訓練生。つまり、このフライトは、地理的に疎い海域を飛ぶ隊長に率いられた訓練生たちの編隊だったわけです。 詳しい状況は省略しますが、無線の内容からは、テイラー中尉は本来の飛行進路である東ではなく、南に下ってしまったと思い込んでいたようで、結果的に基地に戻るため北に東にと、本来とは逆の方向に飛んでいってしまったらしい。つまり、正しい方角が分からなくなったのではなくて、現在位置を誤認した結果、右往左往して燃料を無駄に消費してしまったのではないか、というわけです。基地側としては西へ飛べと指示していたのですが、通信状態も悪く、伝わらなかったようなのですね。 結局燃料切れの頃に海に不時着したと考えられるのですが、不運にも海は荒れ模様。救助に向かった飛行艇に関しては、まさに向かっていたその場所で、近くを航行していたアメリカ船が、空中で爆発する飛行機を目撃しています。もちろん、残骸など、荒れ模様に海ではすぐにのみ込まれてしまいます。付け加えれば、この救助に向かったマーチン・マリナー飛行艇は、燃料漏れを起こして問題となったことが過去に何度かあったため、機械がスパークをしたりすると爆発の危険があり、そのため「空飛ぶマッチ箱」「空飛ぶガスタンク」などと呼ばれていた飛行艇であったそうです。 また、1978年2月22日のケースは、同じくローレンス・クシュのほか、アメリカ陸軍の元大尉、マイケル・デネットらによって詳しく調査されています。 その調査によると、この事件の際の天候は快晴ではなく嵐。その日の朝にはアメリカ東部で雪が降り、風速は11~15メートル、最大瞬間風速は20メートル、波の高さは3メートルという状況でした。 またポール・スマイス中佐とリチャード・レオナルド中尉が乗っていた飛行機は、離陸後すぐに問題が起きたと無線連絡しています。捜索はすぐに行われたものの、海に墜落した衝撃で大破していたと考えられたため、悪天候の海ですから残骸が見つからなかったのでしょう。事故後の調査では、墜落機は過去にも故障トラブルを起こしていたことが判明しています。じっさい、同じ機種が、1980年1月10日にも、機体のトラブルによる低酸素状態によるものと思われる事故を起こしています。事故機は二つ前のフライトで、勝手に高度が上がったり下がったりするコントロールの問題を起こし、一時的に飛行できずにいたというのですね。おそらく、異常な上昇と機体トラブルによる低酸素状態を引き起こし、乗員たちは意識を喪失。しばらくは自動操縦装置の管理下で飛行を続けたものの、その後、墜落したのではないかと考えられています。 1881年のエレン・オースティン号の事件は、クシュが「ニューヨーク・タイムズ」紙や「ロンドン・タイムズ」紙、海難史事典、そのたの記録や資料を徹底的に調べてみたものの、この事件に関する記録はなにひとつ発見できなかったということで、おそらく事件そのものが作家たちによる創作だと考えられています。 そもそもこの事件を最初に紹介した作家のルパート・グールドは出典を明記しておらず、そのグルードが書いたものは全文で86語という短いもの。乗り移った乗員の消失も1回だけ。ところがこれがほかの作家たちに引用、孫引きされてゆくと、話に尾ひれがついていく・・・。ヴィンセント・ガディスが引用すると、全文で188語に増えて、もともとの本にはないエピソードが加わっています。ちなみにこの三角形の海域を「バミューダ・トライアングル」と命名したのは、このヴィンセント・ガディスなんですよ。これを超常現象研究家のアイヴァン・サンダーソンが引用したものは、全文で417語に増えて、2回目の消失事件が新たに創作されている。もはや「引用」ではありませんよね。 似たような事例はほかにもあって、たとえば1969年のビル・ヴェリティ事件では、この事件を調査していたローレンス・クシュが、ヨットに乗って消失したとされていたビル・ヴェリティと電話で直接会話までしている。消えてなかったんですよ。 このように、バミューダ海域で起きたとされる事件は、悪天候や機械トラブル、人為的なミスなどが原因で、なかには作家たちによる創作や誇張などによって、謎の事件としてデッチ上げられていたものもあるのですね。もちろん、なかには少数ながら原因がよく分かっていない事故もあるんですが、それはバミューダ海域に限ったことではありません。どこの海域の遭難事故でもふつうに起きること。何せ約130万平方キロメートルの海域ですよ。ちなみに日本の国土がおよそ37万8千平方キロメートル。その広さが分かりますよね。しかも、ここから数百キロ、あるいは千キロも離れた場所での事故もバミューダ・トライアングルで発生したかのように語られている例もあります。 また、バミューダ海域では海難事故はあっても、それが多発している事実はないという指摘もあります。ローレンス・クシュは、バミューダ・トライアングルの話題がとりわけ大流行した1970年代の状況を指して、こう言っています― 「水平線の彼方ばかり眺めていると、自分の鼻先のことが分からない」 (Klingsol) 参考文献 「謎解き 超常現象 IV」 ASIOS 彩図社(Kindle版) |