134 「ジキル博士とハイド氏」 "Dr. Jekyll and Mr. Hyde"(1931年 米) ルーベン・アムーリアン その他の“ジキル&ハイド”もの




 今回はフレデリック・マーチ主演の「ジキル博士とハイド氏」と、さらに“ジキル&ハイド”ものを2作、取り上げます。

 「ジキル博士とハイド氏」 "Dr. Jekyll and Mr. Hyde" (1931年 米) ルーベン・アムーリアン監督

 まずはルーベン・マムーリアン監督作品、主演はフレドリック・マーチ。



 ユニヴァーサルの「魔人ドラキュラ」"Dracula"(1931年 米)に対抗して、パラマウントが制作した怪奇映画。前回のジョン・バリモア主演版の11年後で、初期のトーキー映画です。バリモア版「狂へる悪魔」"Dr. Jekyll and Mr. Hyde"(1920年)のより洗練されたリメイクと言って差し支えないかと思いますが、トーキー映画への過渡期ということもあって、フレドリック・マーチの演技はややおおげさで大時代的ながら、絶えず神経症的に顔面を痙攣させ、唸り声をあげるハイド氏は、これはこれで効果的です。

 パラマウントは、当初主役に性格俳優のアーヴィング・ピシェルを考えていたのですが、監督がこれを拒否、「反抗や変身は若者らしい野心がたぎった結果である方が面白い」「だから若い俳優を当てるべきだ」として、白羽の矢が立ったのが当時としてはまだ業界では小物扱いだったフレドリック・マーチ。



 またテスト時のメイクはロン・チェイニーが「真夜中過ぎのロンドン」"London after Midnight"(1927年 米、ただしfilmは現存していない)で演じた吸血鬼風だったところ、最終的にはネアンデルタール人風と決まり、これも監督の提案だったらしい。おそらく、同時期の「魔人ドラキュラ」「フランケンシュタイン」「吸血鬼ノスフェラートゥ 恐怖の交響曲」への対抗意識でしょう。

 変身シーンはモノクロ時代ですから、カラーフィルターを使っています。つまり、皺や広がった鼻孔を赤い顔料でマーチの顔に書き込んでおいて、赤のフィルターで撮影すると、その赤いメイクはfilmには映らない。このフィルターを赤から青に変えると、怪物的な形相が浮かび上がってくるという寸法です。これはもともと「ベン・ハー」"Ben-Hur"(1959年 米)でハンセン病患者が奇跡的に「癒される」シーンで考案された手法です。本作ではさらに特殊メイクも取り入れて、本格的な人体の変身描写を試みています・・・と言っても、技術的には多重露光やコマ撮りですからいまとなってみれば古典的なテクニックですが、むしろそれ故に、現在のCGIよりも優れたセンスと見えます。軽量の発泡ラテックスのメイクなんて、1931年には存在しなかったので、乱暴にも顔に直接液状のゴムを塗りつけるなんてこともしたようで、メイクを落とすときには、顔ごとはがれそうになったんだとか。



 そんなに苦労したのに、1931年大晦日の封切りは「原作の簡素さを無理に飾り立てているため、かえって大衆へのアピールが薄れてしまっている」とされながらも、二重人格的な論評もあり、フレドリック・マーチの演技も評判がよく、本作で1932年度アカデミー賞の最優秀主演男優賞を受賞。ホラー映画としては初のアカデミー賞受賞作品。ほかにもヴェネツィア国際映画祭の最優秀男優賞、独創的映画賞も受賞しています。むしろその受賞によって、さらに評価が上がったということもあります。もっとも、フィンランド、オランダ、ローデシア、チェコスロヴァキアでは、検閲官からあっさり拒否されています。

 それでもフレドリック・マーチは本作で1932年度アカデミー賞の最優秀主演男優賞を受賞。ホラー映画としては初のアカデミー賞受賞作品。ほかにもヴェネツィア国際映画祭の最優秀男優賞、独創的映画賞も受賞しています。

 それにしても・・・このハイド氏、案外と愛嬌のある顔立ちだとは思いませんか? なんだか笑った顔なんて、人の良さがにじみ出てしまっているような気がするんですが・・・ちなみに、私の40歳代はじめ頃に部下であった女性は、「私、ゴリラみたいな顔の男性が好みなんです」と言っていました。彼女にこのハイド氏を紹介してあげたかったですね(笑)




 「ジキル博士とハイド氏」 "Dr. Jekyll and Mr. Hyde" (1941年 米) ヴィクター・フレミング

 ヴィクター・フレミングは「風と共に去りぬ」"Gone with the Wind"(1939年 米)、「オズの魔法使」"The Wizard of Oz"(1939年 米)の監督を務めた人ですね。主演はスペンサー・トレイシー、脇にイングリッド・バーグマン、ラナ・ターナー、ドナルド・クリスプ、イアン・ハンター、バートン・マクレーン、C・オーベリー・スミスとサラ・オールグッドと、なかなかの豪華出演陣です。



 1931年に作られたフレドリック・マーチ版のリメイク作品という位置づけです。じっさい、ほぼ同じstoryをなぞっています。1949年の日本劇場公開時の題名は「ジェキル博士とハイド氏」でしたが、DVD発売時に改題されています。



 この映画では、ジキルに興味を示した女性アイヴィーとジキルの養父であるチャールズ卿を、ハイドが殺害。最後は、ジキル博士の親友であるラニョン博士がジキルに向かって発砲、ハイドとともにジキルも死ぬという結末です。

 いやあ、演技がすべてとばかりに、メイクに頼らない(頼りすぎない)結果、これをもって「失敗作」なんて決めつける向きもあるんですが、二重人格・ドッペルゲンガーの物語と思えば、あまり別人のように風貌が変わってしまうよりも、これはこれで納得できるんじゃないかと思います。どうにも、アメリカ人に見えてしまうんですが、この点はフレドリック・マーチも同様。わずかに抑制気味にその狂気をにじませる絶妙の演技は称賛に値するものです。




 「ジキル博士とハイド嬢」 "Dr. Jekyll and Sister Hyde" (1971年 英) ロイ・ウォード・ベイカー

 ハマー・プロ製作の怪作です。ロイ・ウォード・ベイカー監督、主演のヘンリー・ジキル博士をラルフ・ベイツ、ハイド嬢をマルティーヌ・ベズウィックが演じています。



 ヴィクトリア朝ロンドンを舞台に、若きジキル博士が不老不死の霊薬の研究のために、自ら女性ホルモンを材料として、完成した薬を服用したところ身体が女性に変化。自らをハイド嬢と名乗り、夜な夜な街の娼婦を殺害して臓器を抜き取る・・・という、吸血鬼風味に切り裂きジャック事件を加えたもの。さらに、ジキル博士が墓荒らしのバークとヘア(ヘラー)を雇うというおまけ付き。いやはや、どこかのカレーライスの「全部載せ」みたいに、アレコレと盛りだくさんですNA。



 これはもはやスティーヴンスンの小説の映画化ではありませんね。はっきり言って際物の部類じゃないでしょうか。もちろん、翻案ものとして愉しめればそれはそれで結構なんですが、変身前と後とで別人が演じており、それに「ジキル博士とハイド嬢」"Dr. Jekyll and Sister Hyde"という表題をつけて、“ジキル&ハイド”ものとしてしまった時点で、二重人格ともドッペルゲンガーとも無縁な筋立ては本質を外れた改変と見えてしまいます。早い話がエログロ線で集客を見込んだ、ハマー・プロ斜陽の時代を象徴する一作です。とはいえ、ラルフ・ベイツとマルティーヌ・ベズウィックの演技は悪くありません。たしかに、ジキル博士よりもハイド嬢の方が強そうです(笑)

 また、さすがハマー、というかイギリスで制作しただけのことはあります。当たり前のように、世紀末ロンドンを描いていると納得させてくれる点は、上記1931年版、1941年版を凌駕しているところです。世に言われる独特の色彩「ハマー・カラー」もそうした効果を醸し出すのに貢献しています。




(Hoffmann)



参考文献

「モンスター・ショー 怪奇映画の文化史」 デイヴィッド・J・スカル 栩木玲子訳 国書刊行会