003 ブラームス ドイツ語によるレクイエム




 ヨーロッパ、とりわけドイツで人気の高いこの作品は、我が国では「ドイツ・レクイエム」と呼ばれていますが、この呼び名が連想させるような、ドイツという国や地域のためのレクイエムではなく、ましてやドイツ人のためのレクイエムでもありません。
 ブラームスが「私は『ドイツ』という語は喜んで省いて、たんに『人間』と書き換えてもよい」と言っているので、逆に「ドイツ」を国やドイツ人のことであり、ブラームスはそれを敷衍した、と思っているひともいるようですが、これはブレーメンでの初演に際して、オルガン奏者カール・マルティン・ラインターラーが、ブラームスの聖書解釈に対して、キリスト教の教義、すなわち神学的な解釈から疑問を呈したことに対する返答であって、私はカトリックに対するプロテスタント=バッハ的な立場の表明であったのではないかと思っています。
 じっさい、「レクイエム」と銘打ってはいるものの、この作品はカトリックにおける死者のためのミサ曲ではなく、典礼や礼拝目的の音楽でもありません。あくまで、死者の追憶と救済を祈願する音楽です。
 従って、私は「ドイツ語によるレクイエム」とするのがより適切と考えているので、これで通すことにしています。

 disc(レコード、CD、DVDなど)はいろいろ手許にありますが、ここではとくに好きなものをいくつか紹介します。

 はじめに取りあげるのはなんといってもこれ―

1 オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団、同合唱団。エリーザベト・シュヴァルツコップ、ディートリヒ・フィッシャー-ディースカウ。
 プロデューサーはウォルター・レッグ。1961年1月2日、3月21-23、25日、4月26日、ロンドン、キングズウェイホールでのセッション録音。
 私はこの演奏が大好きなので、複数枚(組)持っている。自分の整理のためにもなるので、以下に列挙しておきます。
 
1-1 英Columbia SAX2430、SAX2431 セミサークル 2LPバラ 3面 stereo

1-2 英Columbia SAX2430、SAX2431 音符切手 2LPバラ 3面 stereo

1-3 英Columbia 33cxs1781、33cx1782 紺金音符 2LPバラ 3面 mono

1-4 英Columbia 33cxs1781、33cx1782 セミサークル 2LPバラ 3面 mono

1-5 英EMI SLS821 犬モノクロ切手 2LP Box stereo
    第4面にアルト・ラプソディ(クリスタ・ルートヴィヒ)、悲劇的序曲
    箱にChorus Master Wilhelm Pitzと記載されているが、これはアルト・ラプソディのみ
    レクイエムのChorus Masterは解説書によればReinhold Schmid

1-6 英EMI SLS821 犬カラーセミサークル 2LP Box stereo
    第4面にアルト・ラプソディ(クリスタ・ルートヴィヒ)、悲劇的序曲
    1-5とは箱のデザイン違い 箱右上にThe Klemperer Editionとあり

1-7 仏Pathe 2C 167-01295-6 犬カラー切手 2LP Box stereo
    第4面にアルト・ラプソディ(クリスタ・ルートヴィヒ)、悲劇的序曲

1-8 仏Columbia CCA915 et CCAS916 紺銀音符 2LP Box strereo 3面

1-9 日東芝Angel SCA1117~8 ダブルジャケット 2LP 赤盤 stereo
    第4面に大学祝典序曲、悲劇的序曲
    スタンパー/マトリクス 第1面から4面まで順に YAX757 1、YAX758 1、YAX7592-2、YJ-1029
    (YAXはColumbia系の英国ステレオ録音を示す。おそらく3面までは輸入スタンパーか?)

 
注:レーベルの記載に関しては、ルールや用語をよく知らないので、自己流であることをお断りしておきます。

 ブラームスの「ドイツ語によるレクイエム」で、私がもっとも好きなレコードなんですが、すべて音が違うんですね。stereo盤なら「1-1」か。それと比べても、「1-3」「1-4」のmono盤がすばらしい。意外にも「1-9」もなかなか。
 こうして記載してみて気がついたのは、独プレス盤がないこと。仏プレス盤は昔から好きです。英プレスとくらべるとやや華やぐ傾向で、クリアに聴こえるのですね。ただ、長年中古盤を入手してきてつくづく思うのは、フランス人はレコードの扱いが雑だということ。「ちょっとそこに座りなさい」と小一時間説教したいくらいです。「1-7」くらいの時代になるとたいがい大丈夫なんですが。
 演奏は最高のものです。クレンペラーの残した録音のなかでも最高傑作ではないでしょうか。淡々と進めいるようでいて、底に流れる深い内面的なものを意識させます。シュヴァルツコップはわずかに華やかに傾くのですが、クレンペラーの支えの上で微妙なコントラストをつけているようで、面白い効果も。オーケストラもうまい。弦はいかにもヨーロッパのオーケストラで、木管の暖かい音色も印象的です。


Otto Klemperer


2 ルドルフ・ケンペ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。ベルリン聖ヘトヴィヒ大聖堂合唱団(合唱指揮:カール・フォルスター)。エリーザベト・グリュンマー、ディートリヒ・フィッシャー-ディースカウ。
 1955年6月、ベルリン、イエス・キリスト教会でのセッション録音。mono盤。
 これも複数組あるので列挙しておきます。

2-1 独Electrola WALP1505、WALPS1506 犬カラーセミサークル 2LP Box 3面 mono

2-2 仏Club National du Disque C.N.D.593A、C.N.D.593B 2LP Box 3面 mono

2-3 英HMV ALPS1351、ALP1352 犬カラーセミサークル 2LPバラ 3面 mono

2-4 英HMV ALPS1351、ALP1352 犬カラーセミサークル 2LPバラ 3面 mono

 「2-3」と「2-4」は同じもの。2組あります。
 やはり「2-2」「2-3」の音がいちばんかもしれませんが、どれを聴いても満足できます。「2-2」の仏Club盤はあまり人気がないのか、中古店でも比較的買いやすい値段ですが、音質は悪くありません。
 演奏はクレンペラーと比べるとstatic。やさしい祈り。ちょっと微温的かなとも思います。よく言えばどこまでも渋い味わい。グリュンマーはシュヴァルツコップよりもこの音楽にはふさわしいですね。あまり強烈な個性を感じさせない演奏で、しみじみしたいときに取り出すレコードです。


Rudolf Kempe


 上記のふたつを「別格」扱いとして、続いてmono録音のdiscからいくつか―

3 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン楽友協会合唱団、エリーザベト・シュヴァルツコップ、ハンス・ホッター。1947年10月20、22、27、29日、ムジークフェラインザールでの録音。プロデューサーはウォルター・レッグ。mono録音。
 これも2組所有しているので記載しておきます。

3-1 仏Pathe References 2 c 051-43176(1LP)

3-2 仏Pathe 2 c153-03200/5、フランスプレス、Box6LP。

 はじめ、1980年頃に出た「3-1」で入手して聴いていたんですが、このシリーズはノイズリダクションの結果でしょうか、鼻をつまんだような空気感のない音がします。オリジナル盤も見つからずにいたところ、同じ仏Patheの「3-2」が見つかったので入手。”Orchestre Vienne Philharmonique Karajan Enregistrements 1946-1948”という、この6枚組のセットを聴いてみたところ、こちらの方がよかったので、以来こちらで聴いています。解説書には”Transferts des disques 78 tours:Anthony C.Griffith”とある。ブラームスのほかにモーツァルト、ベートーヴェン、R.シュトラウス、シューベルト、チャイコフスキーが収録されており、「ドイツ語によるレクイエム」は第5面~第7面の3面にカッティングされているのもメリット。
 レクイエムというよりはコンサートホールでの音楽と聴こえますが、ムジークフェラインザールでのウィーン・フィルの良質な記録です。カラヤンもこの頃はいいですね。


4 ウィレム・メンゲルベルク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団、アムステルダム・トーンクンスト合唱団。ジョー・ヴィンセント、マックス・クロース。蘭Philips W09912/13L、オランダプレス、ダブルジャケット2LP。第4面にはバッハの「マタイ受難曲」全曲盤からコラールを抜粋して収録。ジャケット解説には1940年の録音とのみありますが、1940年11月7日のlive録音。もちろんmono録音。

 メンゲルベルクの「マタイ受難曲」はドラマティックですが、こちらは劇的というより味の濃い演奏。ポルタメント、テンポの伸縮、強弱の振れ、強いアクセントで、明と暗のコントラストは最大限に表情付けられています。ソリストも同様。これが死者のためのレクイエムなら場違いかもしれませんが、ブラームスの「ドイツ語のためのレクイエム」では、意外と違和感がありません。すくなくともベートーヴェンやブラームスの交響曲よりも、いい。


5 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団、合唱団。ケルスティン・リンドベリ=トールリント、ベルンハルト・ゼンナーシュテット。1948年11月19日、ストックホルム音楽祭のlive録音。もちろんmono録音。
 これも2組あるので記載しておきます。

5-1 英UNICORN WFS17/16 イギリスプレス、ダブルジャケット2LP。4面。

5-2 東芝WF33~36 国内プレス、「フルトヴェングラーの芸術」シリーズの第7巻「声楽曲集」 Box4LP。3面に収録。
 なお、解説書では歌手の名前を「ケルスティン・リンドバーク=トールリンク」と表記しています。

 もたつき気味にはじまり、遅いテンポがモノモノしい。オーケストラも合唱団もさすがにウィーンやベルリンの団体のようにはいかず、微温的と感じます。しかしわりあい整っており、強いて言うなら感情の起伏抑え気味の叙情的な演奏。音質も比較的良好。国内盤もわずかに明るく響きますが、満更悪くない音です。

 なお、フルトヴェングラーの「ドイツ語によるレクイエム」には、ほかに1947年8月20日のルツェルン録音(シュヴァルツコップ、ヴェヒター)、1951年1月25日のウィーン・フィル録音(ゼーフリート、フィッシャー-ディースカウ)があって、以前いずれかの録音を聴いたことがあるのですが、鑑賞に差し支えるレベルで音質劣悪だったと記憶しています。


6 ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニック、ウェストミンスター合唱団。イルムガルト・ゼーフリート、ジョージ・ロンドン。1954年12月に録音されたが、ワルターが発売を許可せず、ワルター死後になって日の目を見た録音。国内盤「ブルーノ・ワルター不滅のニュヨーク・フィルハーモニック」という廉価盤シリーズの1枚。CBS Sony SOCF132(1LP)。mono録音。このシリーズはたしか1980年頃に臙脂色のジャケットで新装再発(若干値上げ)されたが、ノイズリダクションの影響か、音が丸まってしまっていた。音質はこの古い盤の方がまし。

7 ブルーノ・ワルター指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、エジンバラ音楽祭合唱団。イルムガルト・ゼーフリート、ディートリヒ・フィッシャー-ディースカウ。1953年9月8日エジンバラ音楽祭、アッシャーホールでのlive録音。キングインターナショナル(Epitagraph)EPITA019(1CD)。mono録音。

 「6」と「7」についてまとめて記します。「6」は中学生の頃に入手したレコードで、よく聴きました。早めのテンポでありながら重厚と聴こえ、オーケストラも充実しており、ワルターはいったいこの演奏のどこが気に入らなかったのか、と思っていたのですが、今回「7」を聴き直してみて、なるほどと納得できました。さすがにウィーン・フィル、響きの美しさ、細部の表情付けなど、まるで次元が違います。こちらを聴くと、ニューヨーク盤は勢いで押し切った印象で、ところどころワルターのロマンティックな音楽作りが垣間見えていたところ、ウィーン盤ではそれがあたりまえのように豊かなニュアンスをもって音にされています。この演奏の1年後に行ったニューヨーク録音、これを発売したくないと思ってもしかたがありません。


8 カール・シューリヒト指揮シュトゥットガルト放送交響楽団、同合唱団、ヘッセン放送合唱団。マリア・シュターダー、ヘルマン・プライ。1959年11月7日のlive録音。mono録音。archiphon ARCH-2.2CD(1CD)。別レーベルで1959年11月4~9日の放送用録音が出ていましたが、同じ録音かどうか、同じ録音であった場合いずれが正しきや不明。

9 カール・シューリヒト指揮フランス国立放送管弦楽団、同合唱団。エルフリート・トレッチェル、ハインツ・レーフス。1955年2月10日、パリでのlive録音。Altus ALT207(1CD)。”Licenced by INA”とあります。mono録音。

 「8」と「9」について、まとめて記します。交響曲録音などでは前につんのめるような早いテンポが印象的なシューリヒトですが、「8」はあまり早いとは感じさせません。痩身ながら筋肉質といった、しなやかで力強い響き。合唱団も優秀。録音もmonoながら上質。「9」はフランスのオーケストラと相性のよい(良いレコード録音を残している)シューリヒトのもうひとつの「ドイツ語によるレクイエム」。録音は「8」よりもさらに鮮明で、その分、表情の振幅が大きいように聴こえます。演奏時間ではさほど大きな差はないのに、テンポが早いと感じます。この俊足こそがシューリヒトらしいところ。合唱団はやや強めに歌っているのか、録音のせいで大きく聴こえるのか不明ですが、ドイツ語の発音にも問題はなく、健闘しています。ところどころの加速でオーケストラ、合唱団ともども高揚していく様は白熱的、感動的な演奏です。ソロの歌手は「8」「9」いずれもよい歌を聴かせてくれます。


10 オットー・クレンペラー指揮BBC交響楽団、同合唱団。エルフリート・トレッチェル、ハンス・ウィルブリンク。1955年12月9日ロンドン、メイダ・ヴェールBBCスタジオでのlive録音。mono。ica ICAC 5752(2CD)。

11 オットー・クレンペラー指揮ケルン放送交響楽団、同合唱団。エリーザベト・グリュンマー、ヘルマン・プライ。1956年2月20日ケルンでのlive録音。mono.。Mimories MR2113/2116(4CD)。

12 オットー・クレンペラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン楽友協会合唱団。ヴィルマ・リップ、エバーハルト・ヴェヒター。1958年6月15日ムジークフェラインザールでのlive録音。mono。Testament SBT8 1365(8CD)。

 「10」「11」「12」について、まとめて記します。「1」のレコードが特別だからといって、とくにクレンペラーによる同曲演奏のdiscを網羅しようという意図はなく、それでもクレンペラーは好きな指揮者なので、いつのまにか集まってきたdiscです。いずれも発掘されたlive録音。録音年順に並べてみました。
 奇しくもイギリス、ドイツ、ウィーンと、お国の異なるオーケストラが並びました。基本的にはほぼ同じコンセプトの演奏なんですが、響きや音色には違いがありますね。先入観ではなく、たしかに「10」は演奏が淡々と進み、「11」はいかにもドイツ的な重量感で感情の起伏が大きく、「12」はなるほどウィーン・フィルらしい、ワルターの「7」にも通じる、暖かで微細なニュアンスの富んだ演奏です。これはウィーン・フィルならではのものなのでしょう。一方で、ソロの歌手は「11」が最もよく、合唱は「10」「11」が優秀。にもかかわらず、もっとも感動的なのはやはり「12」ということになります。
 録音は「11」のテープ・ヒスがやや目立つものの、どれも聴きやすい音質で鑑賞に差し支えることはありません。


13 ヘルムート・コッホ指揮ベルリン放送管弦楽団、合唱団、ベルリン放送ソリスト協会。クララ・エバース、ギュンター・ライプ。コッホの初回録音、おそらく1960年頃の録音と思われます。mono録音。私が持っているのは東独ETERNA 8 20 037/8 20 038、Box入り2LP。「ドイツ語によるレクイエム」のみの収録で4面を使っています。EQカーヴはNABか。

 ヘルムート・コッホには1972年の再録音があって、おそらくそちらの方が有名だと思いますが、演奏自体はより引き締まって厳しさにも通じるような崇高さでこちらの方がやや上です。monoながら音質も良好。


 ここからstereo録音―

14 ヘルムート・コッホ指揮ベルリン放送管弦楽団、合唱団、ベルリン放送ソリスト協会。アンナ・トモワ-シントウ、ギュンター・ライプ。コッホの2回目録音。第4面にはディートリヒ・クノーテ指揮による「祝辞と格言」Op.109、「 3つのモテット」Op.110を収録。録音年は東独ETERNA盤には”1972 im Studio Christuskirche Berlin”としかないが、国内盤の解説には「ドイツ語によるレクイエム」は1972年2月5~11日、6月12~19日、ベルリン、クリストス教会での録音とあります。
 これも2組―

14-1 東独ETERNA 8 26 318-319、ダブルジャケット2LP

14-2 徳間 ET-4001~2 ダブルジャケット2LP

 上記「13」がコッホの1回目録音、こちらは2回目。前者と比べるとやや弛緩気味ともとれるものの、穏健な演奏で、これはこれで作品にふさわしいとも感じられます。いかにも1972年時点で東独に根付いていた伝統のブラームスといったイメージどおりの演奏と言えます。


15 ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団、合唱団。エディト・マティス、ヴォルフガンク・ブレンデル。1978年、オットーボイレン教会でのlive収録のDVD。Dreamlife DLVC1154(1DVD)。

16 ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団、合唱団。エディト・マティス、ヴォルフガンク・ブレンデル。
1978年9月29日、ミュンヘン、ヘルクレスザールにおけるlive録音。audite audite 95.492(1CD)。

 「15」「16」について、まとめて記します。同じ演奏者でほぼ同じ時期演奏会場のみ異なり、映像付きDVDは教会での収録で残響が多かったと思われるのですが、演奏時間もあまり変わりません。
 これはクーベリックの最高傑作ではないでしょうか。合唱、ソロの歌手も含めて、演出とか効果などといったものとは無縁ながら、真摯な祈りの音楽として、たいへん感動的な演奏です。音楽家というよりも真の芸術家。


Rafael Kubelik


17 クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、同合唱団。ジェシー・ノーマン、ヨルマ・ヒンニネン。1984年、アビー・ロード、第1スタジオでのセッション録音。独Electrola 27 031303 ダブルジャケット2LP、ドイツプレスのDMM盤。第4面にはアルト・ラプソディと運命の歌を収録。こちらは1985年の録音でアルトはヴァルトラウト・マイアー。

18 クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、同合唱団。ルチア・ポップ、トマス・アレン。1984年8月26日、ロイヤル・アルバート・ホールでのliveライヴ録音。8月なのでプロムスのコンサートかもしれません。BBCのBBC Legendsシリーズの1枚、BBC BBCL4234-2(1CD)。

 「17」「18」について―テンシュテットはlive録音である「18」の方が圧倒的にいいですね。テンシュテットの正規(セッション)録音のブラームスには、おそろしく退屈な交響曲第1番がありましたが、「17」はそれよりはよほどましなものの、感覚的というより恣意的、よく言えばハートに訴えようという演奏は、平面的で彫りの浅い録音によって著しく損なわれており、歌手ふたりも自己主張が強くて熱い演奏ならぬ暑苦しい演奏になっています。それと比べると、「18」にはliveならではの感興があって、聴いているうちに引き込まれてしまいます。ポップ、アレンのふたりの歌手もはるかにすばらしく、当時ロンドンでのテンシュテット人気も納得できます。


19 ヘルベルト・ケーゲル指揮ライプツィヒ放送交響楽団、同合唱団。マリ・アンネ・ヘガンダー、ジークフリート・ロレンツ。1985年ライプツィヒ、パウル・ゲルハルト教会でのセッション録音。クラウス・シュトリューベン録音。
 またまた2組―

19-1 東独ETERNA 7 25 163 1LP DMM盤

19-2 独Capriccio 146571 1LP DMM盤

 作品によってアプローチが千変万化するようなイメージのあるケーゲルですが、これはアンネローゼ・シュミットとのピアノ協奏曲第2番の演奏にも通じるものがあって、これがケーゲルのブラームスなんでしょうか。かなり熱い演奏で、とくに後半の迫力が見事です。表情のコントラストも大きく、ときに合唱団の美しい声が挟まるあたりはたいへん効果的です。歌手ふたりはところを得たという感じで、うまく全体のなかに収まっています。
 いずれもDMM盤なので、「19-1」はレーベルにETERNAの製作と記載されているものの、あるいは西独プレスかもしれません。音質がそんなに変わらないのもDMM盤だからでしょうか。どちらかというと、ETERNA盤の方がやや渋く、いかにも教会録音といった空間表現でわずかに勝るような気がしますが、先入観かもしれません。


20 セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、同合唱団、ミュンヘン・バッハ合唱団のメンバー。アーリン・オジェー、フランツ・ゲリーセン。1981年7月2日、ミュンヘン、聖ルカ教会でのlive録音。EMI 50999 0 85617 2 5。Box入り11CD。

 冒頭の合唱は遅いテンポで弱音、これは合唱団も歌いにくそうです。しかし、カラヤンのようにボカしているわけではなく、すべての音が明快で曖昧さがなく、ために漲る緊張感。声を出していったときの開放感で光が差してくるかのような効果があり、しっかりコントロールされているものの、息苦しさはなく、あくまで美しい。いつまでも聴いていたいと感じさせる演奏です。知的なコントロールが行き届いていながら、音楽の感動が失われることもないのはさすがですね。

 チェリビダッケには、ほかにケルン放送交響楽団、同合唱団、アグネス・ギーベル、ハンス・ホッターとの1957年のlive録音がORFEOのCDで出ていて、聴いたことはあるのですが、わりあい骨太のロマンティシズムと感じたこと以外よく覚えていません。


21 ゲルト・アルブレヒト指揮デンマーク国立交響楽団、同合唱団。インガー・ダム-イエンセン、ボー・スコウフス。2000年10月21~24日、2001年6月4日、コペンハーゲン、デンマーク放送コンサートホールでのセッション録音。英Chandos CHAN10071(1CD)。

 2014年に78歳で亡くなったアルブレヒトのdisc。派手さはありませんが、堅実で上手くまとめたという以上の好演です。合唱もオーケストラも上手く、歌手ふたりもいい声を聴かせてくれます。指揮者も歌手も、総じて真面目な方々です。録音がなかなかいいので、演奏までよく聞こえてしまうところがありますね(笑)。
 英Chandosからはほぼ同じ時期にアルブレヒトのデンマーク録音で、アルト・ラプソディ(CHAN10215)、運命の歌(CHAN10165)が出ており、とくにゲーテによる詩の作品でまとめた前者のdisc、アルト・ラプソディのアンナ・ラーションのソロが好きで、ときどき聴いています。


22 エーノホ・ツー・グッテンベルク指揮チェコ・ブルノ・フィルハーモニー管弦楽団、チェコ・ブルノ・フィルハーモニー合唱団。 マーリン・ハルテリウス、ディートリッヒ・ヘンシェル。独FARAO classics F108 006(1CD)。録音年不明。discのマルCは2001となっています。 オーケストラ名等、表記が正しきや不明。

 グッテンベルクはいくつかのdiscでしか聴いたことがなかったのですが、バッハなど、決して一流とは言えない合唱団から最大限の成果を引き出すことのできる、なかなか個性豊かな鬼才だったと思います。このブラームスも充実した演奏です。太い線で堂々と描いていくような、迷いのなさが立派です。ブラームスらしさで予定調和するばかりではないモダンさも併せ持っているようで、こうした実力派がこれからも・・・と思っていま調べたところ、2018年に亡くなっていたのですね。残念。


23 フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮シャンゼリゼ管弦楽団、シャペル・ロワイヤル、コレギウム・ヴォカーレ。クリスティアーネ・エルツェ、ジェラルド・フィンリー。1996年6月8~9日、モントルー、イーゴリ・ストラヴィンスキー・オーディトリウムでの録音。独harmonia mundi hmc901608(1CD)。

 このCDのデザインはカスパール・ダーヴィト・フリードリヒの「礼拝する天使」なんですが、この鉛筆・セピアの色彩から想像するような淡彩な音色を想像するといい意味で裏切られます。合唱を軸にした演奏家と思いきや、オーケストラが雄弁。合唱団は人数やや多めになっているようですが、混濁することなく、美しく、オーケストラともども意外なほどダイナミックでスケールの大きい音楽を作っています。録音も良質なものです。


Caspar David Friedrich ”Engel en Anbetung”


24 ベルナルト・ハイティンク指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団。グンドゥラ・ヤノヴィッツ、トム・クラウゼ。Chorus Masterとしてノルベルト・バラチュの名前がクレジットされています。1980年3-4月、ウィーンでの録音。蘭Philips 6769 0 55、Box入り2LP。オランダプレス。第4面は運命の歌。

 虚飾を排した真面目さといえば、ハイティンク、サヴァリッシュ、ジュリーニあたりが代表格かと思います。とりわけ作為のない自然体の演奏はハイティンクならでは。サヴァリッシュ、ジュリーニと比べても、オランダ人であるハイティンクが正攻法と感じられます。このひと、ドイツ人だったら「ドイツの伝統を伝える巨匠」なんて惹句がレコード会社の広告に踊ったことでしょう。一見なにもしていない、個性とか効果造りとか、演出とは無縁。人間的には結構アクの強いひとだったとも聞きますが、演奏家として、作品の前にしゃしゃり出ることがない。それでいて高いレベルの演奏を実現しています。ワーグナーあたりでは物足りなくなりますが、ブラームスのような「渋い」音楽にはぴったりですね。ヤノヴィッツもそうした指揮にふさわしい人選です。


25 ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン放送交響楽団、同合唱団、ミュンヘン音楽大学室内合唱団、マーガレット・プライス、トマス・アレン。1983年3月14-19日、10月26日、ミュンヘン、ヘルクレスザールでの録音。独Orfeo S 039842 H、Box入り2LP。DMM盤。第4面にはハイドン変奏曲を収録。BoxのcoverはLeonor Finiの”L'amitie”。 録音データのところに小さく「In Memoriam Karl Richter」と記されている。

 ハイティンクの後に聴くと、とりわけ「ドイツ的」と感じられます。私が「ドイツ的」と感じるのは、第一ヴァイオリン主導型、折り目正しいメリハリ調、曖昧さを廃した明快なアタック、感覚的であるよりは、緻密な設計を感じさせる知性派、などの特徴です。サヴァリッシュには全部当てはまりますね。じっさい、ハイティンクより歯切れが良くなって、響きをふくらませるよりは、明晰系。ために、合唱の歌詞も聴き取りやすい。詠嘆調になることもなく、抑制が効いています。さらに、ヴァイオリンが高めの音を奏いていることが多い、いかにもドイツ・ロマン派の音楽であることを意識させる演奏です。じつは独ORFEOの録音もまた、そうしたやや硬質の音造りです。マーガレット・プライスはやや弱いのが残念なところ。トマス・アレンは健闘しています。


Leonor Fini ”L'amitie”


26 カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団。バーバラ・ボニー、アンドレアス・シュミット。1987年6月、ムジークフェラインでの録音。独DG 423 574-1(1LP)。ドイツプレス。

 ゆったりしたテンポで一音一音かみしめるような演奏です。弱音での感情表現が豊かな、まじめでやさしく、暖かい演奏。響きをふくらませるあたりは、いつも我が道を行くジュリーニならでは。悪くいえば自己流です。そうした個性と相俟って、もしかしたら録音のせいかもしれませんが、どうも響きに芯がないというか、コシが弱いというか、暖かい音というより生暖かい音、少々フンドシがゆるいかなと感じられます。
 DGではウィーン・フィルとブラームスの交響曲も録音していましたが、私はその前のロサンゼルス・フィルとの1番、2番の方が好きでした。さらに言えば、以前のフィルハーモニア管弦楽団との録音でも、ウィーン・フィルとのものよりも好きです。この1980年代でも、ウィーン・フィル以外の、たとえばベルリン・フィルとのlive録音などはかなり違った響きと聴こえるんですよね。
 歌手に関しては、これも時代でしょうか、少々スケールが小さくなったなと感じます。もっともこれも、DGに録音したマーラー「大地の歌」でも、歌手のソロがオーケストラに埋没気味であったので、録音のせいかもしれません。


 以下は、今回聴き直して、正直なところ所有している意味があるのかと疑問を感じたdisc―


27 エルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管弦楽団、スイス・ロマンド放送合唱団、ローザンヌ・プロ・アルテ合唱団。アグネス・ギーベル、ヘルマン・プライ。1966年6月、ジュネーヴのヴィクトリア・ホールでの録音。米London OSA1265、Box入り2LP。2枚のそれぞれの番号はOS26011、OS26012。イギリスプレス。第4面はヘレン・ワッツがソロを歌ったアルト・ラプソディと哀悼歌。箱の表示はこの順番だが収録は逆。

 DECCA録音にさほど思い入れのない私にも、さすがと思わせる好録音です。細部まで見通しがよく、暖かみのある響きも美しい。さすがに古いなと感じさせるのは、ダイナミックレンジが狭いことくらいでしょうか。
 ただし演奏は残念、オーケストラがもう少し上手ければ・・・到底一流とは言えないレベルです。合唱団はそれほど人数が多くはない模様で、歌詞も聴き取りやすいのはいいですね。感覚的ではなく、楷書体のブラームス。歌手はギーベルが作品にふさわしい歌唱、プライは若々しいがオペラ的というか演歌みたいというか、第3曲などややおおげさな嘆き節。


28 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン楽友協会合唱団。アンナ・トモワ-シントウ、ジョゼ・ヴァン・ダム。1976年のセッション録音。独Electrola 1c 157-02 850/51Q。SQエンコードされたドイツプレス盤。Box入り2LP。第4面はハイドン変奏曲と悲劇的序曲。

 この時期、1970年代のカラヤンのレコードは、DGが直接音主体、Electrola(EMI)が間接音豊かな録音でしたが、後者はそこにカラヤンの過剰なレガートが加わって、音はボケボケ、汚く混濁した音が垂れ流し状態です。おまけにこれはSQエンコードされた盤であるため、音場はごっちゃり、高域上がりのバランスでキンキンどころかギラついて聴くに耐えません。おそらく1970年代のラジカセなどで音量絞り気味にして聴くと多少聴き映えがするのかもしれません(この時期にはそうした音造りのレコードが多い)。
 演奏はブラームスのレクイエムというよりBGM向きのムード音楽。冒頭の合唱など、歌詞を聴き取れるかどうかというレベルではなく、ほとんどハミングになっています。それはカラヤンの意図かもしれませんが、そもそもあまり上手い合唱団でもありません。
 このレコードを所有している理由は、Boxをカスパール・ダーヴィト・フリードリヒの絵「オークの森の修道院」が飾っているから。それだけの理由です。


Caspar David Friedrich ”Abtei im Eichwald”


29 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン楽友協会合唱団。バーバラ・ヘンドリックス、ジョゼ・ヴァン・ダム。1983年5月、ウィーン、ムジークフェラインザールでのセッション録音。独DG 410 52H。Box入り2LP。第4面にはブルックナーのテ・デウムを収録。そちらのソリスト名などは省略。

 カラヤンの衰えか、杖をついてギクシャク進むような演奏。おかげで「28」のようなドロドロ、ボケボケ感は後退しています。無駄に音を伸ばすことも控えめで、それも一因でしょうか。メリハリ調ではないんですが、ところどころに意図しない折り目が付いたといった印象です。若干もや付いて聴こえるのは、平面的でべたっとした録音のせいかもしれません。合唱団は相変わらず、ヘンドリックスはいかにも場違いな歌手です。


30 ロリン・マゼール指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、同合唱団。イレアナ・コトルバス、ヘルマン・プライ。独CBS 79211。Box入り2LP。ドイツプレス。解説書によればSQエンコード盤。第4面はイヴォンヌ・ミントン、アンブロジアン・シンガーズとのアルト・ラプソディ。

 クールな演奏ですが、そんなに鼻につくような小細工は感じません。といって、手際よくまとめた、という以上の印象もありません。録音、音質はSQエンコード盤にしてはまともなんですが、強奏でわずかに荒れてチャラつき、ホールの残響は豊かなものの、やや不自然。ソロの声には付帯音がまとわりついて、音像大きめ。この頃のCBS録音は声の音像が肥大するものが多いようです。アルト・ラプソディのミントンなどなかなか見事な歌なんですが、録音で著しく損なわれているのが残念です。
 このレコードを所有している理由は「28」のカラヤン盤と同じで、Boxをフェルディナント・ケラーの絵が飾っているから。これは「ベックリンの墓」ですね。


Ferdinand Keller ”Bocklins Grab”

31 ミシェル・コルボ指揮デンマーク放送交響楽団、デンマーク放送合唱団。ブリット・マリー・アルーン、ローベルト・ホル。1986年1月11~15日のセッション録音。仏ERATO NUM75302(1LP)。フランスプレス。

 ちょっと聴くと響きはきれいで、透明感もあり、いかにも宗教音楽らしく聴こえるんですが、予定調和の世界です。表情付けなど淡白ではないものの、典型的な宗教音楽になるようにという紋切り型で、外面から整えた表明的なもの。微温的で退屈。1960年代から1970年代前半あたりだったら、当時としてはなかなかモダンで新鮮な響きだったかもしれませんが、コルボという人はその頃の演奏様式をずっと引きずってきたのではないかと思います。これは、バッハ、モーツアルト、フォレあたりのレコードでも感じることです。
 もしもヨーロッパの街を歩いていて、ふと入った教会でこの演奏が聴こえてきたら、さすが日常的にこのような演奏が聴けるのかと感心してしまいますが、レコードとなると、1986年という録音時点でも、もはや時代に問うべき演奏なのかなと少々疑問に思います。あるいは、私はコルボとは相性が悪いのかもしれません。



 レコード(LP)を再生した装置について書いておきます。
 stereo盤は1970年以前のプレスはカートリッジortofon SPU GE、Thorens MCH-IIで、1970年以降のプレスはortofon、そのほか、高域上がりのバランスと感じたものにはSHELTER MODEL501 Classicを使い、スピーカーはTANNOYのMonitor Gold10"入りCornettaで聴きました。
 mono盤再生時のカートリッジは、古いmono盤にはortofon CG 25 Dを使い、stereo時代の再発mono盤にはMC Cadenza MonoまたはSHELTERのmonoカートリッジを使いました。プレス時期が微妙な場合等、レコードによっては溝を目視で確認して判断して、よく分からない場合にortofon SPU Mono G MkIIを使ったものもあります。スピーカーはSiemensのCoaxial、いわゆる「鉄仮面」をチャンネルあたり2基の後面開放型Sachsen 202で聴いています。なお、私はmono盤でもスピーカーは2本で聴きます。
 また、EQカーヴはRIAAで疑問を感じたものは適宜ほかのカーヴを試し、結果はなるべく記載しておきました。




(Hoffmann)