034 ”ARTISCO”レーベルで出たレコードから ”Artisco”はかつて(株)キャニオン・レコードのクラシックSP音源の復刻盤LPを専門に出していたレーベルです。 最初の発売は1977年4月。ジャケットには”ARTPHONE TRANSCRIPTION SYSTEM”との表記と、以下の説明が記載されていました。 アートフォン・トランスクリプション・システムはキャニオン・レコードが、「原音に忠実に」を命題として多年の研究の結果、開発に成功した画期的な再録音方式です。 詳細な技術内容は不明ながら、「再録音方式」ということはSP盤からの「板起こし」なのでしょう。そしてそのLPは疑似stereo化されたものでした。 マニアにはそもそも国内盤なんて馬鹿にしている手合いが多くて、しかも疑似stereoとなると見向きもしない人が少なくないので、あまり話題に上ることもありませんが、これが、なかなかいい音なんですよ。しかも、ほかのレーベルで聴くことができないものもありました。 今回は私が所有しているArtiscoレーベルのレコードのなかから、いくつか紹介してみようと思います。Artiscoのレコードで、ときどき中古店で見かけるものといえば、フェリックス・ワインガルトナー、フランツ・シャルク、ブルーノ・ワルターといった指揮者に、ゲオルク・クーレンカンプ、ブロニスラフ・フーベルマン、エマヌエル・フォイアマンといった弦楽器奏者の盤でしょうか。それよりも私が気に入っているのは― 1 ブラームス クラリネット五重奏曲 ロ短調 作品115 チャールス・ドレパー(クラリネット) レナー弦楽四重奏団 YD-3011 2 ラヴェル 弦楽四重奏曲 ヘ長調 ドビュッシー 弦楽四重奏曲 ト短調 作品10 レナー弦楽四重奏団 YD-3013 3 ドビュッシー ヴァイオリン・ソナタ ト短調 フランク ヴァイオリン・ソナタ イ長調 アルフレッド・デュボア(ヴァイオリン) マルセル・アース(ピアノ) YD-3006 いずれも、ノイズは抑えられていながらも、空気感が損なわれているようなこともなく、SP盤の雰囲気を残したたいへん良質な復刻です。もしかしたら、わずかにエコーを付加しているかもしれませんが、不自然さは感じません。とくにラヴェルとドビュッシーの弦楽四重奏曲は最高の演奏ではないでしょうか。 ドレパー(ドレーパー)のブラームスはわりあい明快なクラリネットと芳醇なレナー弦楽四重奏団のコントラストがいい味わいを醸し出しています。ちなみにこの録音、1980年頃にフランスで出たPathe References(LP)のシリーズにも入っていましたが、ノイズ除去の結果、鼻をつまんだような空気感のない音質になっており、Artisco盤の方がいいですね。 アルフレッド・デュボアはフランコ=ベルギー派のイザイの流れを汲む名手で、グリュミオーはこの人の門下生です。 Lener Quartet 4 モーツアルト ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364 アルバート・サモンズ(ヴァイオリン)、ライオネル・ターティス(ヴィオラ) ハミルトン・ハーティ指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団 モーツアルト ヴァイオリン協奏曲第5番 イ長調 K.219 「トルコ風」 ヨーゼフ・ヴォルフスタール(ヴァイオリン) フリードリッヒ・ワイスマン指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団 YD-3005 これは協奏交響曲の演奏が好きで、この音楽を聴こうという時には、このレコードか、ワルター・バリリ(ヴァイオリン)、パウル・ドクトル(ヴィオラ)によるWestminster盤のどちらかを取り出すのが常です。作品も好きですが、新しめの録音とかCDが欲しいと思ったことはありません(笑)ついでに言うと、ヘンデル「水上の音楽」の編曲で有名なハーティですが、作曲者としてのその作品も好きで、またSP時代の指揮者としての録音も好んでときどき聴いています。 5 シューマン ピアノ協奏曲 イ短調 (1928年、ロンドン) シューマン ダヴィッド同盟舞曲集より (1930年1月、ロンドン) ファニー・ディヴィス(ピアノ) エルネスト・アンセルメ指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 C22G0059A ファニー・デイヴィスはクララ・シューマンの愛弟子と言われる人です。これは結構有名な録音で、上記のとおり録音年が判明しており、協奏曲の指揮をしているアンセルメは当時44歳です。同じ時期に「子供の情景」なども録音しているはず。なんだかこの名前、マイルス・デイヴィスの「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」を連想しちゃいますね(笑) Fanny Davies 6 ブラームス 歌曲集 (1935~1947年) ロッテ・レーマン(ソプラノ) パウル・ウラノフスキー、エルノ・バロック(ピアノ) C22G0008A 7 ワーグナー・ヴォルフ 歌曲集 (1935年~1941年) ロッテ・レーマン(ソプラノ) パウル・ウラノフスキー、エルノ・バロック(ピアノ) C22G0008A ブラームスは「ジプシーの歌」ほか。どちらかというと男声で聴くのが好きですが、これはロッテ・レーマンを聴くレコードですからね。 ワーグナーは「天使」「温室にて」「苦しみ」「夢」の4曲。つまりヴェーゼンドンク歌曲集からの4曲で、なぜ残りの一曲「とまれ」”Stehe Still!”だけ録音しなかったんでしょうか。 Lotte Lehmann このArtiscoレーベルのレコードについて、平林直哉の本に若干の情報があったので引用しておきます。 実はこのレーベルには悲しい過去がある。1981年、東京芸術大学で収賄と楽器の偽鑑定書事件が発覚したのだが、どうやらその関係者がこのレーベルにかかわっていたようなのだ。私はCDの時代になって、キャニオンのクラシック担当にこのアルティスコについて話をしたことがある。その担当者はCD化をもくろんでいたのだが、その人がいくら探してもこの当時のマスター・テープが発見できなかったそうだ。事件のせいでマスターが封印(あるいは廃棄?)されているのかもしれないが・・・ この事件、よく覚えています。じつはこの事件の関係者の内のひとりがご近所さんでしたのでね。 当時、團伊玖磨は「この事件を機に東京芸大を廃校にせよ、関係者は総辞職せよ」と主張。丹羽正明は「音楽に寄せていた人々の信頼を裏切った」と非難していました。 事件の当事者たる芸大教授でヴァイオリニストの海野義雄は、その後執行猶予付きの有罪判決となって、芸大を懲戒免職処分になっています。この事件のあったとき、私は某大学の某教授から「芸大で海野先生ににらまれていて、出世の見込みのなかった何人かの人たちが喜んでいる」という話を聞いたことを覚えています。古くは小澤征爾のN響ボイコット事件も、当時コンサートマスターだった海野義雄がことさらにアジったために起きた事件とも言われており、ヴァイオリニストとしての実力は一度も聴いたことがないのでわかりませんが、どうもあまり見上げた人物ではなかったようですね。なお、その後東京音楽大学の学長を務めていますが、これは前学長が院政を敷くための傀儡として擁立されたものと言われています。 (Hoffmann) 引用文献・参考文献 「クラシック・マニア道入門」 平林直哉 青弓社 |