037 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲




  ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲はベートーヴェンの作品のなかでもとくに好きなものなので、レコードはいろいろ聴いてきました。そのなかから、とくに好きなものを挙げると―

ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 ロンドン交響楽団
ロンドン、1965.7.8-10.
仏PHILIPS 835.330LY(LP)


 〈HI-FI STEREO〉盤。Mercury録音ではないようです。

 シェリング2回目の録音。初回は師であるジャック・ティボーの指揮で、パリ音楽院管弦楽団とのODEON盤。3回目の録音はハイティンク、コンセルトヘボウとの1973年録音。S=イッセルシュテットはDECCAでベートーヴェンの交響曲全集、バックハウスとのピアノ協奏曲全集を録音後、PHILIPSに移籍してのベートーヴェン録音となりますが、交響曲全集、ピアノ協奏曲全集と同等以上の出来栄えです。シェリングのソロは折り目正しく上品。後期ロマン派よりもバッハ、ベートーヴェンあたりが似合いますね。

 なお、参考までにシェリングの1回目録音についてふれておくと、私が持っているのは「仏ODEON XOC804」で、これは第2版、初版は「ODX109」。いずれもPatheプレスなんですが、このODEON 盤はたいていボロボロで傷ついたものが多く、状態の良い盤を見つけることはほぼ不可能、ご購入の際はこの点を考慮のこと。


ダヴィド・オイストラフ(ヴァイオリン)
アンドレ・クリュイタンス指揮 フランス国立放送局管弦楽団
サル・ワグラム、1958.11.8-10
Pathe Marconi(EMI) 2C 069-90905(LP)


 独プレス盤も持っているんですが、音質は上記仏盤の方が上質です。

 やや楽天的とも聴こえますが、ラテン的音色ながら重厚さも併せ持つオーケストラと、ニュアンス豊かによく鳴るヴァイオリンの呼吸がぴったり。ゆったりした気分で愉しめる演奏です。


アルテュール・グリュミオー(ヴァイオリン)
エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
アムステルダム、1957.6 mono
仏PHILIPS C5(LP)


 Philips RealitiesというLuxuary seriesで、5,200部の限定生産(といっても5,200部だからめずらしいものではありません)。フランスでの第2版。ジャケット・デザインはオラツィオ・ジェンティレスキOrazio Gentileschiの「リュート奏者」”Suonatrice di liuto”。


Orazio Gentileschi”Suonatrice di liuto”

 グリュミオーもさることながら、ベイヌム、コンセルトヘボウのバックがすばらしい。その深々として渋みのある響きとグリュミオーの美音のコントラストがたいへんおもしろく、効果的です。上記オイトラフ、クリュイタンス盤と好対照ですね。mono録音に抵抗のない人にはおすすめです。


アドルフ・ブッシュ(ヴァイオリン)
フリッツ・ブッシュ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
ニューヨーク、1942.2.9
独Brueder-Busch Gesellschaft 12PAL3902~3(LP), CBS Sony 20AC1361(LP)


 いやはや、ここに至るまで、どうも王道路線ですな。ソリストも一流ながら、伴奏のオーケストラの充実が、この作品においては重要なんですよ。第1楽章でソロが出てくるまでに前奏がありますから、ここで期待させてくれる演奏をどうしても選んでしまうんですね。ブッシュ兄弟に関しては、現代の感覚ではテクニックなど特筆することもないのですが、オイストラフ、グリュミオーが色気で聴かせるなら、シェリング、ブッシュは高貴なまでの気品で有無を言わせません。真に「偉大」な音楽。

 
左がAdolf Busch、右はFritz Busch。チェリストであるHermannと三兄弟。


 あとは、やや地味ながら忘れがたいレコードを―

ヘルマン・クレバース(ヴァイオリン)
ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
アムステルダム、1974.12.
蘭PHILIPS 6599 851(LP)


 これは取り上げるかどうか、少し迷いましたが、近頃しばしば取り出して聴いているレコードなので。ハイティンクには文句もありませんが、格別称賛に値するとまでも思いません。クレバースのヴァイオリンは雲の上の人、といった印象を抱かせず、普段着感覚でいながら、気品を保っています。さすがにコンセルトヘボウのコンサートマスターだけに、良くも悪くも無理がないというか、きわどさもない、安定の一語に尽きます。ことさらにスケールを大きくしないのは古典派作品であることを意識しての節度というものでしょう。


Herman Krebbers


ウルフ・ヘルシャー(ヴァイオリン)
ハンス・フォンク指揮 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
ルカ教会、1984.12.3-5.
東独ETERNA 8 27 958(LP), 独Electrola 27 0278 1(LP)


 Electrola盤はDMM盤ですが、ETERNA盤はDMM盤との表記なし。いずれもEQカーヴはRIAAと思われますが、音質はかなり異なって、Electrolaはややモダンな感覚、シュターツカペレ・ドレスデンの木質の響きはやはりETERNA盤で聴きたいところ。

 U・ヘルシャーは古典派から近現代作品まで、レパートリーの広いひと。ひと昔かふた昔くらい前、ドイツ出身で国際的に活躍しているヴァイオリニストといえば、アンネ=ゾフィー・ムターとこのヘルシャーくらいしか見当たらない時期がありました。カデンツァはW・シュナイダーハン。

 U・ヘルシャーは私の好きなヴァイオリニストです。若杉弘、ケルン放送交響楽団と来日してモーツアルトのヴァイオリン協奏曲第5番を演奏したとき、ソロ以外の箇所も、オーケストラと一緒になって演奏していた姿を覚えています。ここでは地味ながら堅実なH・フォンクの指揮で、シュターツカペレ・ドレスデンの音色にのって、繊細でありながら芯のあるヴァイオリンを聴かせてくれます。


 CDも2点だけ挙げておきます―

レジス・パスキエ(ヴァイオリン)
エマニュエル・ルデュク=バローム指揮 バルト室内管弦楽団(サンクトペテルブルク・フィル選抜メンバー)

サンクトペテルブルク、2006年3月
Saphir LVC1176(CD)


ルノー・カプソン(ヴァイオリン)
ヤニク・ネゼ=セガン指揮 ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団
オランダ、2009.7.7-9.
Virgin 50999 69458903
(CD)

 パスキエ盤のカップリングはベートーヴェンの二つのロマンス。カプソン盤のカップリングはコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲。意外な組み合わせのようですが、ベートーヴェンと、いずれもニ長調ですね。おさまりはいいものです。

 
レジス・パスキエは1945年生まれですから61歳のときの録音ですね。技術的には現代の若手に一歩譲ることは否定できないのですが、ベートーヴェンの協奏曲はもともと超絶技巧をひけらかすようなヴァイオリン・パートではありません。つまり、若い(というか子供みたいな)ヴァイオリニストには、テクニックでごまかしができない作品です。ここ何年(10~20年位?)もてはやされている若手のヴァイオリニストのつくる音楽の皮相なこと。技巧だけは進歩しているかもしれないのですが、音楽が幼稚で浅薄、中味がないものがほとんどです。このパスキエの演奏などを聴くと、音楽は小手先の技術だけではないなと思えるんですね。


 
ルノー・カプソンは1976年生まれなので33歳の時の録音。当時としては若手であったと思いますが、カップリングのコルンゴルトも含めて、大人(たいじん)の音楽になっています。


 レコード(LP)を再生した装置について書いておきます。
 今回stereo盤はカートリッジThorens MCH-IIで、スピーカーはTANNOYのMonitor Gold10"入りCornettaで聴きました。
 mono盤再生時のカートリッジは、古いmono盤にはortofon CG 25 Dを使い、stereo時代の再発mono盤にはMC Cadenza Monoを使いました。スピーカーはSiemensのCoaxial、いわゆる「鉄仮面」をチャンネルあたり2基の後面開放型Sachsen 202で聴いています。なお、私はmono盤でもスピーカーは2本で聴きます。
 また、EQカーヴはRIAAで疑問を感じたものは適宜ほかのカーヴを試し、結果はなるべく記載しておきました。



(Hoffmann)