051 ベルリオーズ 幻想交響曲のレコードから いわゆる通俗名曲の最たるもので、若い頃、ほとんど聴かなかった時期もありましたが、そのうちにやはりこれは音楽史上かなり重要かつ革命的な作品だったのではないかと思うようになって、また聴きはじめたんですね。そうしたら、結構好きになってしまいまして(笑)固定楽想とか情景描写、作曲者によるハープ6台の指示とか、コーラングレの使用、先進的な管弦楽法など、やはりこれを「通俗名曲」扱いで片付けてしまってはいけませんね。 検索すればいくらでも見つかりそうな作品についての解説は省略しますが、一点だけふれておきたいことがあります。終楽章の鐘でピアノを使っている演奏がありますよね。私の持っているレコードでは、ミトロプーロス盤とブルーノ・ワルター指揮パリ音楽院管弦楽団の演奏がそう。これを誰がどこではじめたとか、いかにも特別なことのように言っている評論家がいましたが、スコアには次のような指示があります。 鐘の音高が十分に低くなく、ここに書かれた3つのハ音中の1音と、3つのト音の1音が出ない場合には、舞台最前部に数台のピアノを置いて使った方がよい。 つまり、ベルリオーズが高い音の鐘を使うくらいならばピアノの方がましだと言っているのですね。なので、私はチューブラーベルのカンカンという高い音よりも低めの鐘の音の方が好きです。ちなみに、私は井上道義が新日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会でピアノを使っているのを聴いたことがあります(ただし舞台最前部ではありませんでした)。 自筆譜―表紙と1ページめ。 それでは例によって、手持ちのレコードからLPを中心にいくつか取り上げてみることにします。どれも、なんらかの美点があって気に入っているものです。基本的に録音年順に並べますが、同じ指揮者の再録音がある場合は最初の録音の後に続けて取り上げてしまいます。その方が、「意識の流れ」ならぬ「話の流れ」がよさそうな気がするので(笑) ブルーノ・ワルター指揮 パリ音楽院管弦楽団 1939.5.19-20. 東芝 GR-2307(LP) アタックが柔らかいのでリズムが独特。ティンパニが遠いのでよけいにそう聴こえるのかも。弦のアンサンブルはところどころ乱れる・・・というか、ヴァイオリンのフレージングを適当に誤魔化しているようなところがある。木管は上手い。終楽章の鐘はピアノ。 ピエール・モントゥー指揮 サンフランシスコ交響楽団 1950.2.27.(1952年とする資料もあり) 仏La voix de son maitre FALP118(LP) mono録音ながら音質良好。荒れ狂ったりはしないが、抑制気味ということではなく、明快にして表現力豊かな演奏。内声部の処理が巧みなのがこの指揮者らしいところ。テンポの加速する箇所がやや目立ち気味。 EQカーヴはColumbia。 Pierre Monteux ピエール・モントゥー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1958.10. 仏RCA 640.675(LP) 米RCA LM-2362(LP) 米RCA LSC-2362(LP) 英DECCA SPA222(LP) 仏RCA 640.675は〈LiIVING STEREO〉表記あり。 米RCA LM-2362はmono盤。LSC-2362はstereo盤。 英DECCA SPA222は再発盤、”The world of the Great Classics”シリーズ。 モントゥーはSP、LP、ステレオ時代を通じて計5回、幻想交響曲を録音しているそうだが、私が持っているのは上記2回めの録音と、このウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との録音のみ。上記サンフランシスコ交響楽団とのmono録音よりも落ち着いていて整っている。テンポを揺らすよりもダイナミクスの変化で表情を付けたか。米RCAのmono盤の厚みのある響きも悪くない。stereo盤よりもaggressiveに聴こえる。米RCAのstereo盤、LSC-2362はキズ多く格安だったが、見た目ほど音には出ない。今回strereo盤の聴き比べはしていない。 EQカーヴはいずれの盤もRIAAで問題ない。 左は仏RCA盤。右は米RCA盤(写真はstereo盤)、「断頭台への行進」じゃなくて「絞首台への行進」? エドゥアルド・ヴァン・ベイヌム指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1951.9. 英DECCA LXT2642(LP) LPはジャケット違いで2枚持っている。エドゥアルド・ヴァン・ベイヌムはメンゲルベルクとハイティンクの間にコンセルトヘボウの首席指揮者を務め、このオーケストラを支えた名指揮者。 これはすばらしい。DECCAらしくややオンマイクながらたいへん良質なmono録音。沈潜する表情、諧謔味、優美に歌う旋律、すべての要素を消化して高度なバランスで聴かせるオーソドックスな名演。表情の振幅も大きく、申し分ない。 EQカーヴは2枚ともRIAA。ただしこの番号の盤がすべてRIAAかどうかはわからない。 Eduard van Beinum イーゴリ・マルケヴィチ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1953. 仏DG 18 167(LP) mono録音。 1953年のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団といえばフルトヴェングラー時代。重厚ななかにも洗練された響きはこの指揮者ならではのもの。オーケストラの機能はさすがに後のコンセール・ラムルー管弦楽団よりも上。とくに金管が上手い。弦のうねり加減も見事。終楽章の鐘はやや低めの音でいい。聴き応えは十分。 イーゴリ・マルケヴィチ指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団 1961. 仏DG SLPM138 712(LP) stereo録音。 マルケヴィッチの再録音。客観的だが即物的にならないのがユニーク。かなり個性的。これがマルケヴィチのやりたかった演奏だとすると、上記ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との演奏は、オーケストラがドラマティックに「やってしまった」のかもしれない。これはこれで見事。 ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1954. 仏Columbia FCX396(LP) この時期のカラヤンはレガートも目立たず、響きが濁ることもない。standardな好演。ただしさまざまな個性を持った演奏のレコードのなかにあっては、アピールポイントに乏しいのも事実。早い話が、立派だが、どうってこともない(笑) EQカーヴはColumbia。 アンドレ・クリュイタンス指揮 フランス国立放送管弦楽団 1955. 仏Columbia FCX30094(LP) 英Columbia 33CX1439(LP) アンドレ・クリュイタンス指揮によるセッション録音では旧盤にあたるもの。フィルハーモニア管弦楽団との再録音とくらべると、こちらの方が自然体。終楽章コーダでは意外と激しいが、格調高さを失わない。仏プレス盤の方がやや鮮明、カッティングレベルもわずかに高いか。 André Cluytens アンドレ・クリュイタンス指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1958. 仏Columbia FCX858(LP) 東芝 AA-8059(LP) 仏Columbia FCX858の盤は、ジャケットがSAXF123。mono盤。入れ替えられたのか、はじめからこの形で販売されていたのかはわからない。東芝盤はほかにも持っているが、いずれもstereo。上記AA-8059は懐かしい赤盤。 stereoの国内盤はほかにも持っているが、どれも音質がいま一歩と感じるので、仏プレスのmono盤で聴いている。表情付けは自在だが、上記フランス国立放送管弦楽団との旧録音とくらべるとややおとなしい。音色はフィルハーモニア管弦楽団からフランス風の香りを引き出している。 アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団 東京文化会館、1964.5.10.live キングレコード K20C481(LP) クリュイタンスによる上記セッション録音、フランス国立放送管弦楽団とフィルハーモニア管弦楽団との演奏とくらべると、かなりの熱気。パリ音楽院管弦楽団のローカルな響きが残っていた時代に録音されてよかった。ただし終楽章の鐘の音は音程がおかしいような気がする。 ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1957.2.14. 仏PHILIPS C.12(LP) PHILIPS Realitesシリーズ。 LP時代にもCBS Sonyからよく廉価盤で出ていたレコード。雑誌で酷評されていたのであまり売れなかったらしい(笑)すみずみまで行きとどいた指揮者のコントロール。終楽章の鐘はピアノ。 サー・ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団 1958. 英PYE GGC4005(LP) 英PRT Cillector GSGC2025(LP) バルビローリとハレ管弦楽団による幻想交響曲は1947年のモノラル録音と1958年のステレオ録音の2種がある。1947年録音はCDで所有しているが(DUTTON CDEA5504)、このLPは1958年録音。目の覚めるような鮮やかさではなく、作品にふさわしいかどうかは別にして、どことなく人肌の感触、ほどよい温もり感。 ルイ・フレモー指揮 モンテ-カルロ国立歌劇場管弦楽団 1958頃 仏Erato LDE50015(LP) 私の好きな指揮者。オーケストラは下手ではないが、響きはやや明るめで軽量級、ためにスケールが大きくはない。上品で美しい。 ポール・パレー指揮 デトロイト交響楽団 1958.11. 仏PHILIPS 6538 001(LP) Invitasion a la muziqueシリーズ。原盤はMercury。 なかなか充実した演奏。フランス的な気品があって、なおかつダイナミック。リズム、ダイナミクスの変化、アクセントなど、どこをとっても堂に入ったもの。第1楽章と終楽章のテンポが速めで、詠嘆調にならない、意外に辛口な演奏。 ルドルフ・ケンペ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1959.3.6-8, 5.3. 英EMI SXLP20088(LP) 交響曲らしい様式感。ドイツ的なstandardな演奏。 レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック マンハッタンセンター、1963. 英CBS SBRG72271(LP) バーンスタイン1回目の録音。様式感を重視したのか、バーンスタインにしては渋い。どことなくモノトーン、色彩感に欠けて地味。この頃のバーンスタインにはときどきこういう録音がある。ラヴェルもそうだった。もっとも、バーンスタインの録音がたいがい派手すぎるということもある。これはこれで正攻法で攻めたのか? レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック フィルハーモニック・ホール、1968. 独CBS SPR21(LP) バーンスタイン2回目の録音。ジャケットには〈1968.Tour〉とあるが、録音場所はフィルハーモニック・ホール(リンカーンセンター・エイヴリーフィッシャー・ホール)。 上記1963年録音と5年しか違わないが、音のパレットが多彩になって、かなり濃厚な表情付けを施している。録音場所の違いなのか、あるいはバーンスタインの解釈が変わったのか? レナード・バーンスタイン指揮 フランス国立管弦楽団 サル・ワグラム、1976.11. 独Electrola 1C065-02898(LP) バーンスタイン3回目の録音。SQエンコード盤。 SQエンコード盤は音場がゴチャついたものが多いが、比較的まともに聴けるものもある。残念ながら、このレコードは最悪の部類。冒頭から、ばかにモノモノしいなと思っていたら、総奏でウァンウァンして、まるで洞窟のなかから響いてくるような音。聴くに耐えない。DVDが出ているが、収録場所が違うので、別録音のはず。従ってこれよりはマシだと思われる。 オットー・クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1963.4.23-26,9.17-18. 英Columbia SAX2537(LP) 表現主義的というか、即物的な演奏。これをクレンペラーの特別なアプローチのように言う評論家がいるが、むしろ、ブラームスやブルックナーを振るときと同じようにやっているだけでは? この幻想交響曲も、チャイコフスキーの後期交響曲も、あるいはフランクの交響曲も同様だと思う。第2楽章はコルネット入り。終楽章はあわてず騒がず、かえって暗黒の深淵をのぞき込むかのような怖さがある。多様な要素の(予定)調和を放棄して、聴く者を解釈保留にさせるかのような演奏。 ジャケットがオディロン・ルドンOdilon Redonの”Apollo's Chariot”。 Odilon Redon ”Apollo's Chariot” 小澤征爾指揮 トロント交響楽団 1966.12.1,3. 米Columbia Y31923(LP) 直情的で熱気あふれる演奏。オーケストラも健闘している。重厚にやろうとしている意欲が感じられて、私は次のボストン交響楽団との再録音よりもこちらの方が好き。オーケストラが機能的に上だからいいってものではないという例(笑) 小澤征爾指揮 ボストン交響楽団 1973.2. 独DG 2530 358(LP) たしかにオーケストラは上記トロント交響楽団よりも上手いが、勢いよりは軽快感、きれいさっぱり、健康的なロマン主義音楽。演奏・録音ともに彫りが浅くて退屈の一歩手前。 ピエール・ブーレーズ指揮 ロンドン交響楽団 1967.10.24-25 英CBS 72704(LP) この時代としてはフランス音楽と意識させない先鋭な演奏だったのだろうと思っていたが、こうして古い録音から聴いていると、前例はいくつもあったんだなと思えてくる。それでもこの時期のブーレーズに聴くことのできるクールな感触は好ましい。 シャルル・ミュンシュ指揮 パリ管弦楽団 1967. 仏Pathe marconi(EMI) 2C069-10595(LP) 仏La voix de son maitre (EMI) CVB2037(LP) セッション録音。昔から名盤として名高いもの。たしかに熱演ながら、第3楽章などは凡庸、というか、あまりこの指揮者にとって、しっとり静かな音楽は関心の外にあったのではないか。終楽章などかなり激しい高揚感があるが、オーケストラはわずかに息切れ気味。全体としては聴き応え十分。 オディロン・ルドンOdilon Redonのジャケットがいい。 Odilon Redon ”Underwater Vision Or Underwater Landscape” シャルル・ミュンシュ指揮 パリ管弦楽団 1967.11.14.live Altus ALTLP-131/2(2LP) これははじめから最後まで緊張感が途切れることがなく、熱気あふれる名演。荒れ狂う様は上記セッション録音も同様なれど、やはりliveとなると違ったもの、さらに激しい。 Charles Munch 若杉弘指揮 読売日本交響楽団 世田谷区民会館、1970.2.19-20. 日本ビクター SJX-1025(LP) 誇張や極端な表情付けなしに正攻法でのアプローチ。楽曲のあらゆる要素に目配りを欠かしていないが、やや意あって力足りずの面も。それでも正攻法で個性的と感じさせるところがさすが。派手にならず、むしろやや渋め音色ながら、これはオーケストラがそれほど洗練された響きでないためかもしれない。この指揮者らしい柳腰の音楽。 ジャン・マルティノン指揮 フランス国立管弦楽団(ORTF) 1973.1.19,26,27,29. 仏Pathe marconi 2C069-12512(LP) SQエンコード盤。 第2楽章がコルネット入りのせいか、華やかで洒脱な印象。演奏はいいが、SQエンコード盤であるためか、音場ごっちゃり、音響がやや派手め。それでよけいに華やかに聴こえるのかもしれない。 コリン・デイヴィス指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 1974.1. 蘭PHILIPS 6747 271(5LP) ベルリオーズの作品集5枚組。幻想交響曲のほかにイタリアのハロルド、葬送と勝利の大交響曲、劇的交響曲「ロメオとジュリエット」ほかを収録。幻想交響曲以外はオーケストラがロンドン交響楽団。 純粋器楽作品という感じで、ことさらにドラマ性を意識させるよりは、節度を保った演奏。反面、やや表面的にも聴こえる。オーケストラの響きは魅力的。 ジャンクロード・カザドシュ指揮 リール国立管弦楽団 1981. harmonia mundi France HM10072(LP) 荒れ狂ったりはしない、悠揚迫らぬ演奏。劇的な誇張もなく、といってクールに過ぎることもない自然体。さすがHM France、録音が抜群に良い。ただし小型のスピーカーで小音量だと眠く聴こえる。大型のスピーカーで、ある程度音量を出したい。すると、溶け合った響きながら細かいところまで明瞭であるとわかるはず。ジャケットはGustave Moreauの”The Scottish Horseman”。 Gustave Moreau ”The Scottish Horseman” ヘルベルト・ケーゲル指揮 ドレスデン・フィルハーモニー 1984. 東独ETERNA 827931(LP) 金管の音は太くて堂々と、弦楽はやわらかくしなやかなので、刺激成分は少ない。にもかかわらず、温度感は低めで、熱気よりは冷徹な厳しさで聴かせる演奏。終楽章の鐘の音は低くて良い。 ヤーノシュ・フェレンチク指揮 ハンガリー国立管弦楽団 1984.1.6.live 洪HUNGAROTON SLPX12713(LP) たいへん上質な演奏。派手にならず、オーケストラが勝手に突っ走ることもない、行きとどいたコントロール。同じハンガリーの出身の指揮者では、ショルティよりも実力は上では? おもしろいのは、響きがかなり低重心で、高域端がダラ下がりと聴こえること。live録音でもあり、あまり小細工しないでワンポイント的に収録したのかと思いきや、この盤、EQカーヴがDECCAffrrではないか。1984年の録音以降の発売なので、RIAAでないとはちょっと考えにくいが・・・DECCAカーヴが合うんですよ。 Janos Ferencsik リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1984.11. EMI 067.EL27 0235 1(LP) DMM盤。独プレス。 現代オーケストラの機能性では随一。反面、ややあっけらかんと聴こえる。極端な言い方をすれば、「威勢がいいだけで内容がない」と聴こえる。急いで付け加えると、ムーティ、フィラデルフィア管弦楽団のベルリオーズでも、「ロメオとジュリエット」はかなり印象が異なる。またムーティとフィラデルフィア管弦楽団のレコードは録音良好なものがいくつかあるが、これは普通レベル。ホールの音は聴き取れて、DECCAあたりの、マイクがオンに過ぎて、鮮明と言うよりやかましいだけの録音よりはまし。 Andre de Lysan, Orchestre Symphonique de Versailles ? 英ARC FDY2027(LP) 架空の指揮者とオーケストラ。ロジンスキーが発売を許可しなかった録音ではないかと言っている人がいる珍盤。たしかに、三流の演奏ではないが、だからといって大騒ぎするほどでもない。 CDもひとつだけ― ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団 1981.9.25.live ORFEO C499 991 B(CD) 序曲「海賊」(1962.11.23.live mono)を併録。 激情に駆られて突っ走るような演奏ではなく、テンポは伸び縮み(ルバート)しながらも行き届いたコントロールで派手さを抑え、悠揚迫らず、終楽章に大きなクライマックスを築く。凡百の指揮者がやっている「効果造り」ではなく、これぞ「音楽造り」と思わせる虚飾のなさ。それでいて暗い情念のようなものが迫ってくるのは不思議なくらい。 ************************* レコード(LP)を再生した装置について書いておきます。 古いmono盤では、カートリッジをortofon CG 25 Dで、stereo時代の再発mono盤はSHELTERのmonoカートリッジを使いました。スピーカーはSiemensのCoaxial、いわゆる「鉄仮面」をチャンネルあたり2基の後面開放型Sachsen 202で聴いています。なお、私はmono盤でもスピーカーは2本で聴きます。部分的に、TANNOYのMonitor Gold10"入りCornettaでも聴いています。 stereo盤は1970年代あたりまでは概ねSPU GE。以後の盤はortofon Cadenza Red、SHELTERのMODEL501 Classicなどを使いました。 また、EQカーヴはRIAAで疑問を感じたものは適宜ほかのカーヴを試し、結果はなるべく記載しておきました。 (Hoffmann) |