057 フィルハーモニア管弦楽団時代のリッカルド・ムーティ ムーティならフィラデルフィア管弦楽団時代で取り上げても面白そうですが、今回はレコーディング初期のフィルハーモニア管弦楽団時代です。 Riccardo Muti フィルハーモニア管弦楽団といえば、1945年にEMIの名プロデューサー、ウォルター・レッグによって創設されたオーケストラですね。主目的はEMIの製作するレコードのためのオーケストラ。初の公開演奏は1945年10月27日、ロンドンのキングズウェイ・ホールにて、トーマス・ビーチャムの指揮で行われ、以後、クレンペラー、フルトヴェングラー、カラヤンなどを定期公演の指揮者として招きましたが、カラヤンは1955年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者に就任してしまい、その後期待されたカンテッリは1956年に航空事故で急死。そこで1959年にはオットー・クレンペラーを常任指揮者(後に終身)に迎え、多くの演奏、録音を残すこととなります。 ところが1964年、レッグは資金不足を理由に突如フィルハーモニアの活動停止・解散を通告。当日はクレンペラー指揮によるレコード録音日であり、オーケストラ団員は全員一致で解散反対を決議、居合わせたクレンペラーも全面的な支持を約束して、フィルハーモニアは自主運営組織によるニュー・フィルハーモニア管弦楽団(New Philharmonia Orchestra)として再出発することに。 しかし、1972年1月、87歳のクレンペラーは公式に引退を宣言(翌1973年7月6日に死去)、楽団は1972年12月に初共演を行ったばかりのリッカルド・ムーティに常任指揮者就任を要請して、ムーティは1979年からは音楽監督となり、1982年までこのポストにありました。 その間、1977年からはフィルハーモニア管弦楽団(The Philharmonia Orchestra)という、かつての名称に戻っています。従って、クレンペラー録音時代には、名称がフィルハーモニア管弦楽団からニュー・フィルハーモニア管弦楽団に変わり、ムーティ時代には、ニュー・フィルハーモニア管弦楽団からフィルハーモニア管弦楽団に変わっていることにご注意下さい。 それでは、ムーティと(ニュー・)フィルハーモニア管弦楽団とのレコードからいくつかご紹介しましょう― ヴェルディ:歌劇「アイーダ」 カバリエ、コソット、ドミンゴ、カプッチルリ、ギャウロフ、ローニ ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団 1974. EMI SLD977(3LP) 英プレス これがムーティのレコード・デビュー盤。ムーティは1941年生まれですから録音時点で33歳。なんだかね、イタリア・オペラの指揮者と言えば、ただひたすら交通整理に徹するか、良くも悪くも現場での経験を積んで熟練した名指揮者が上手いことまとめるか、といった印象だったところ、とにかく鋭く精緻に勢いよく、徹底的に統率する指揮者が現れた、という印象でしたね。「カバリエのアイーダ」「カバリエとドミンゴの『アイーダ』」じゃないんですよ、これはあくまで「ムーティの『アイーダ』」なんです。その指揮者が、当時33歳ですからね。 解説書から―このレコーディングの際の写真であるはず。 その後のヴェルディのオペラ録音でとくに取り上げておきたいのは、やはり初期のレコーディングになりますね。 ヴェルディ:歌劇「仮面舞踏会」 アーロヨ、グリスト、コソット、ドミンゴ、カプッチルリ ニュー・フィルハーモニア管弦楽団、コヴェントガーデン王立歌劇場合唱団 1975. EMI 3C165-02679/81Q(3LP) 伊プレス、SQエンコード盤、ETERNA 8 27 285-287(3LP) ヴェルディ:歌劇「マクベス」 コソット、ミルンズ、カレーラス、ライモンディ フィルハーモニア管弦楽団、アンブロジアン・オペラ合唱団 1976. EMI SLS992(3LP) 英プレス、SQエンコード盤 ヴェルディ:歌劇「トラヴィアータ」 スコット、クラウス、ブルゾン フィルハーモニア管弦楽団、アンブロジアン・オペラ合唱団 1980. Pathe Marconi 2C167-43127/9(3LP) 仏プレス、DIGITAL録音 このあたりからSQエンコード盤が出てきたのは残念です。やはり音場が混濁気味。ちなみに国内盤にはSQの表示がありませんが、表示がなくてもSQエンコードされています。参考までに、「マクベス」は英プレス盤、「トラヴィアータ」は仏プレス盤、「仮面舞踏会」は伊プレス盤と東独ETERNA盤があり、ETERNA盤はどうかなと思って入手したのですが、やはりSQエンコードされている模様、残念。 こうしたムーティの初期レコーディングを聴いて思うのは、アーロヨ、グリスト、クラウスといったベテランの時代に、ムーティのレコーディングが間に合ったということ、そのありがたさです。とにかく、テンポが速めで勢いが良く、ベテラン勢もちょっと面食らったのではないかと想像してしまいます(笑) とくに好きなのは「仮面舞踏会」。「トラヴィアータ」は、後にスカラ座で再録音しており、そちらではオーケストラが、歌手がより歌いやすいように呼吸しているところ、おそらくムーティの進境なのでしょうけれど、弾むようなリズムと引き締まったオーケストラでこちらの方が好きです。第一幕、アルフレートがヴィオレッタの屋敷を辞してゆくところ、なにもそんなに早口で挨拶して急いで帰らなくても・・・と思うほど(笑)これはふたりとも、もう次に会う時のことを考えている、という解釈でいいのかしらん。 ヴェルディ:レクイエム レナータ・スコット(ソプラノ)、アグネス・バルツァ(メゾ・ソプラノ)、 ヴェリアーノ・ルケッティ(テノール)、エフゲニー・ネステレンコ(バス) フィルハーモニア管弦楽団、アンブロジアン合唱団 1979. EMI SLS5185(2LP) 英プレス ヴェルディ:序曲集 歌劇 「ナブッコ」 序曲、歌劇 「ジャンヌ=ダルク」 序曲、歌劇 「レニャーノの戦い」 序曲、 歌劇 「ルイザ・ミラー」 序曲、歌劇 「シチリア島の夕べの祈り」 序曲、歌劇 「運命の力」 序曲 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1975. EMI ASD3366(LP) 英プレス、SQエンコード盤 オペラ全曲盤以外のヴェルディも取り上げておきます。いずれも英プレス盤。レクイエムはその後何度も再録音されていますが、すくなくとも2回目のスカラ座録音よりはこの1回目の方が覇気があって、オーケストラも優秀と聴こえます。序曲集も後の再録音よりも好きです。正直言って、ヴェルディの序曲集なんて、音楽的にも興味深いものではなく、あまり買いたくもないレコードなんですが、これは若き俊英のオーケストラ掌握力を見せつけてくる、とりわけイタリア・オペラ系の作品では、希有なレコードと言っていいでしょう。 交響曲のレコードから― チャイコフスキー:交響曲第1番「冬の日の幻想」 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1975.2.11,12. EMI ASD3213(LP)、Pathe Marconi 2C 065-02691(LP) メンデルスゾーン:交響曲第3番「スコットランド」 メンデルスゾーン:序曲「静かな海と楽しい航海」 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1975.10.1,2. EMI ASD3184(LP)、Electrola 1C063-02 731Q(LP) SQエンコード盤 チャイコフスキーは英プレス盤と仏プレス盤、後に出た全集盤と、それに国内盤を複数枚、メンデルスゾーンは英プレス盤と独プレス盤を持っています。 録音はチャイコフスキーが先ですね。海外ではどうだったか知りませんが、我が国ではメンデルスゾーンの発売が先でした。作品がよりポピュラーだったからでしょう。ところが私がメンデルスゾーンのレコードを入手したのはずっと後のこと。チャイコフスキーは国内盤発売日に入手して、以来愛聴盤です。いま聴くとやや彫りが浅いかなとも思いますが、ここにはその後のムーティには失われてしまった清新さがあります。同曲のレコードはその後、ロジェストヴェンスキー、スヴェトラーノフ、バーンスタイン、マルケヴィチ、マズア、アバドそのほか、ずいぶん聴きましたが、いまもってこのムーティ盤がもっとも好きです。 モーツアルト:交響曲第25番、第29番 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1976.1.27-28. EMI ASD3326(LP) SQエンコード盤 メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」 シューマン:交響曲第4番 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1976.7.23., 9.9-10.(メンデルスゾーン)、1976.9.9-10.(シューマン) Electrila 1C063-02876Q(LP) SQエンコード盤 シューマン:交響曲第2番、序曲「ヘルマンとドロテア」 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1977.10.20,21,24.(交響曲)、1978.7.10.(序曲) フィルハーモニア管弦楽団 EMI ASD3648(LP) SQエンコード盤 シューマン: ・交響曲第3番「ライン」、序曲「メッシーナの花嫁」 1977.10.19,20.(交響曲)、1978.7.10.(序曲) フィルハーモニア管弦楽団 EMI ASD3696(LP) SQエンコード盤 シューマン: 交響曲第1番「春」 メンデルスゾーン:交響曲第5番「宗教改革」 1978.9.30.,10.2.(シューマン)、1979.1.18,19.(メンデルスゾーン) フィルハーモニア管弦楽団 EMI ASD3781(LP) SQエンコード盤 モーツアルトの交響曲第25、29番、シューマンの交響曲がとくに好きなレコード。端正でありながら溌剌とした演奏。シューマンのレコードは番号順ではなく録音順に並べました。ご覧のとおり、最初のシューマンの4番とメンデルスゾーンの4番が1976年の録音なのでニュー・フィルハーモニア管弦楽団、2盤、3番が1977年10月、1番が1978年なのでフィルハーモニア管弦楽団になります。モーツアルト、シューマンのいずれも、後のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団との再録音(PHILIPS)よりも好きです。残念なのはSQエンコード盤であるために、ややにぎやかというか、音場「ごっちゃり」と聴こえること。 このほか、協奏曲ではリヒテルとのモーツアルト、クレーメルとのシューマン、シベリウスなどが注目されるところですが、今回は省略します。 ************************* レコード(LP)を再生した装置について書いておきます。 今回は1970年代後半以降のstereo盤なので、カートリッジは、ortofon MC20MkIIを基本に、一部SHELTERのカートリッジを使いました。スピーカーはTANNOYのMonitor Gold10"入りCornetta。 今回聴いたレコードのEQカーヴはすべてRIAAで問題ありません。 (Hoffmann) |