068 マルシュナー 歌劇「ハンス・ハイリング」 歌劇「ハンス・ハイリング」"Hans Heiling" 中世の伝説に基づくstoryで、台本はフィリップ・エドゥアルト・デフリエント Filipp Eduard Devrient 、作曲は1831~32年、初演は1833年5月24日、ベルリンの宮廷歌劇場・ このオペラのあらすじは、地下の国を統治する妖精の女王の息子ハンスは、地上に憧れ、人間に姿を変えて人間の乙女を愛する。しかし、相手の心を得ることができず地下へ帰っていく、というもの。 冒頭は短い序奏のあといきなり合唱が歌い出し、ハンスと妖精の女王のかけ合いではじまります。ハンスが広い地上の世界を憧憬し、旅立ってゆくところで序曲となるので、はじめだけ聴いて序曲がないのかとびっくりしないように。はい、私がびっくりした人です(笑) 「吸血鬼」がワーグナーの「さまよえるオランダ人」に影響を与えたとすれば、「ハンス・ハイリング」は「ワルキューレ」に影を落としてます。序曲はわりあい以前から知られていましたね。一聴してウェーバーより後の世代の作品であることは明白ですが、荘重かつデモーニッシュな趣き、彩り豊かなファンタジーに満ちた旋律など、魅力的な音楽です。 ワーグナーの歌劇「妖精」の国も地下にあり、アルベリヒのニーベルング族も地下を住処としています。またその息子ジークフリート・ヴァーグナーの「黒鳥の国」も、地下の世界に広がっている。「黒鳥の国」では、夜の騎士の支配する神秘の国の騎士たちが、地上の乙女をこの国へ誘拐し、黒鳥に姿を変えて交わり、人間と妖精の合いの子が生まれます。 マルシュナーの編み出したモティーフの用法は、父リヒャルトに、民話的な題材は息子ジークフリートに受けつがれていると言えるかもしれません。 また、地下の異界と地上の世界との交渉という点で、ウンディーネ伝説にも通底しているでしょう。 それにしても、アンナもどうしてハンスよりコンラートを選ぶんだろうかとつい考えてしまいます。なぜなら、アンナがハンスを選ぶ方向に話が進むと、よりワーグナーの作品に近付きますのでね(笑)ここがマルシュナーの歌劇の限界で、「吸血鬼」のルートフェンもハンスも、一般社会とは相容れない魔物の域にとどまっていて、異界の存在と一般社会に生きる人間とが惹かれ合い一線を越えることによって生まれる悲劇とは、そもそも無縁なんですね。そこがワーグナーとは違うところ。 Winfried Zillig, Chor und Sinfonie-Orchester des Hessischen Rundfunks E.Schlueter, R.Gonszar, H.Clauss, K.Lindloff, C.van Dyk, S.Schier, P.Schmitz 1951 MYTH 2CD00172(2CD) おそらくは放送用録音でしょうか。古いmono録音ですが、音質は良好。オーケストラは自発性があってなかなかいい音を出しているのですが、ところどころにアンサンブルの乱れがあって、惜しいですね。歌手陣も健闘していて、全体としては魅力的な演奏になっています。 Joseph Keilberth, Orchestra e Coro di Colohna H.Prey, L.Synek, L.Kirschstein, H.Pluemacher, K.J.Hering, H.Franzen 1966(MRF-7-Sによれば1967) MRF-70-S(4LP)、MYTH 2MCD005.232(2CD) MRF-70-SはHans Haugの”Vampyr”と併せて4枚組LPのprivate盤。第5面Band2以降が”Hans Heiling”。〈stereo〉と表示あり。 George Alexander Albrecht, Orchestra e Coro di Torino della RAI U.Schroeder-Feinen, B.Weikl, G.Zeumer, M.-L.Gilles, H.Siukola June 20, 1972 Gala GL100730(2CD) Bonus Trackに上記Keilberthの第1幕、第3幕が収録されています。そのデータによれば録音は1966年7月。 ベルント・ヴァイクルがハンスを歌っており、立派な声ではあるのですが、表現はやや一本調子です。オーケストラもやや微温的。 Ewarl Koerner, Slovak Philharmonic Orchestra and Chorus M.Hajossyova, T.Mohr, E.Seniglove, M.Ekloef, K.Markus, L.Neshyba 20-30.March 1990 Marco Polo 8.223306-307(2CD) ハンス役のモール、アンナ役のセニグローヴァ、妖精の女王のハヨーショヴァーら主役3人の歌唱が充実しており、ケルナー指揮のスロヴァキア・フィルハーモニーも水準の高い演奏を展開しています。 Renato Palumbo, Orchestra, Coro e Coro di voci bianche del teatro Lirico di Cagliari Pier Luigi Pizzi M.Werba, A.C.Antonacci, H.Lippert, G.Fontana, C.Wulkopf, N.Ebau, B.G.Nickel April/May 2004 DYNAMIC 33467(DVD) オーケストラはやや弱いのですが、第二幕の女王のアリア、「ワルキューレ」の「死の告知の場面」で応用されている音楽あたりから楽器が鳴りだして、調子がよくなります。演出や舞台美術はさほど奇をてらったものでもなく、安心して観ていられますが、歌手は総じて弱いのが残念です。 Frank Beermann, Essener Philharmoniker, Opernchor des Aalto-Theaters Bergwerksorchester Consolidation Rebecca Teem, Heiko Trinsinger, Jessica Muirhead, Bettina Ranch, Jeffrey Dowd Aalto-Musiktheater Essen, February 20-24, 2018 live OEHMS OC976(2CD) かなり以前にこの指揮者のCDを聴いたところ、なんとも冴えない演奏でがっかりしたのですが、これはたいへんすぐれた演奏でした。歌手も含めて、live録音であることを思えば上出来です。 (おまけ) その他の歌劇作品でdiscを所有しているもの。 歌劇「木材泥棒」"Der Holzdieb" Hans Gierster, Chormitglieder der Staedtischen Buehnen Freiburg, Kleines Orchester des Suedwestifunks Sanders Schier, Erika Ahsbahs, Antonia Fahberg, Johannes Hoefflin, Wolfgang Frey Freiburg, 1962 Walhall WLCD0378(CD) いかにもウェーバー直系のSingspielといった印象です。 歌劇「テンプル騎士団とユダヤ女」"Der Templer und die Jueden" Kurt Tenner, Tonkuenstlerchor, Gross Orchester der RAVAG Fritz Sperlbauer, Walter heinrich, Georg Oeggl Wien, 18.-20.9.1951 MYTO 00249(2CD) "RAVAG"というのは、当時のウィーンにおけるソヴィエト管轄の放送局のこと。ナレーション入りの放送用音源をdisc化したものです。ナレーションになっていますが、つまり本来は台詞でつなぐ、これもSingspielですね。「吸血鬼」の次に書かれた作品ですが、ロマン派の香り豊かな音楽よりも鄙びた旋律が優勢な、伝統的国民オペラといった印象です。 (おまけ その2) もうひとつ、マルシュナーによる室内楽作品の新しめの録音を― Piano Trio No. 2 op. 111 in G minor Piano Trio No. 5 op. 138 in D minor Beethoven Trio Ravensburg SWR-Stuttgart, April 13-15,1999 cpo: 999 721-2 ピアノ三重奏曲第2番は、シューマンの晩年の作品かと思うような、憂愁と夢想にあふれた旋律が、熱に浮かされたようなうねりをともなって回帰しつつ物語的に展開していく音楽です。スケルツォ楽章などはメンデルスゾーンのような軽快感も。全曲を通じて、マルシュナーの得意とする上昇音階的なモティーフによって統御された躍動感に満ちた楽曲に仕上がっています。第5番の方は、より劇的で開放的な傾向の作品。いずれも繰り返し聴くに価する魅力的な作品です。 (Hoffmann) |