086 プーランク バレエ音楽「牝鹿」




 「牝鹿」"Les Biches"は、フランシス・プーランクが24歳の時に作曲した一幕のバレエ音楽、これを元にした管弦楽組曲もあります。「牝鹿」というのは、「若い娘たち」「かわいい子」といった意味。

 バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)のセルゲイ・ディアギレフから現代版「レ・シルフィード」の作曲を依頼されて作曲しました。バレエはマリー・ローランサンの絵画に触発されたもので、1920年代初頭のサロンにおける「優雅な宴」"Fete galante"の気分を再現、これといったstoryはありません。

 
Francis Jean Marcel Poulenc(左) Marie Laurencin(右)

 バレエは1923年の6月頃に完成され、翌1924年1月6日、モンテカルロにおいてバレエ・リュスによって初演されました。この時の振り付けはニジンスカ、装置と衣装をマリー・ローランサン、指揮をエドゥアール・フラマンが担当し、主役を演じたのはヴェラ・ネムチノヴァ。舞台は青いソファがひとつ置かれただけの白く塗られた部屋、時期は暑い夏の午後。3人の若い男が16人の可愛い女の子たちと無邪気に戯れているというもの。モンテカルロでの初演に引き続き、同年5月26日にパリのシャンゼリゼ劇場でアンドレ・メサジェの指揮により再演されていますが、いずれも大成功だったと伝えられています。現在演奏されているのは、1939年にプーランクが全面改定を施したスコアです。

全曲版
第1曲 序曲
第2曲 ロンドー
第3曲 舞曲
第4曲 アダージェット
第5曲 遊戯
第6曲 ラグ・マズルカ
第7曲 アンダンティーノ
第8曲 小舞曲
第9曲 終曲

 合唱パートを含む9曲。

 後に、1939年乃至1940年に、プーランクはここから5曲を選んで組曲版としてまとめています。ここでは序曲と歌(合唱)の付いたナンバーが省かれています。

組曲版
第1曲 ロンドー (Rondeau, Largo-Allegro)
第2曲 アダージェット (Adagietto)
第3曲 ラグ・マズルカ (Rag Mazurka, Moderato-Allegro molto)
第4曲 アンダンティーノ (Andantino)
第5曲 フィナーレ (Finale, Prest)


 それでは、私が所有しているdiscです―

プーランク:バレエ組曲「牝鹿」
ディティユー:狼
ミヨー:世界の創造
ジョルジュ・プレートル指揮 パリ音楽院管弦楽団
1961.9.18,25,26.、10.17.
仏Pathe Marconi 2C065-12091 (LP)


 プレートルの旧録音で組曲版。全曲盤と同列に比較するものでもないとしても、こちらにも十分存在価値あり・・・というか、こちらの方が軽妙。娘たちが若い、というか、いかにも少女。


マリー・ローランサンの絵は「牝鹿」ジャケットの定番。フレモーの東芝国内盤も同じ絵をレイアウト違いで使っている。


プーランク:バレエ音楽「牝鹿」全曲(一幕歌唱つきバレエ)
同:牧歌(「マルグリット・ロン讃」より)
同:パストゥレル(バレエ「ジャンヌの扇」より第8曲)
同:プロヴァンスの水夫の踊り(「カンプラへの花輪」より)
ジョルジュ・プレートル指揮 フィルハーモニア管弦楽団アンブロジアン・シンガーズ
London, Abbey Road Studios、1980.11.24,25.
仏Pathe Marconi(EMI) 2C069-73050 (LP)
英EMI ASD4067 (LP)


 この時期のプレートルの録音のなかでは、ドビュッシーの歌劇「アッシャー家の崩壊」とともに、出色の出来。若干リズムが重いが、「牝鹿」たちがわずか成長して「春を待つ」といったimageになっている。全曲録音にはふさわしい。

 
左は仏Pathe Marconi盤。右は英EMI盤のジャケット裏写真。


プーランク:バレエ組曲「牝鹿」
サティ~ドビュッシー編曲:ジムノペディ第1番、第3番
イベール:ディヴェルティメント
オネゲル:「パシフィック231」
30-31.VIII.1973
ルイ・フレモー(指揮) バーミンガム市交響楽団
英EMI ASD2989 (LP)
東芝 EAC080172 (LP) ※


 ルイ・フレモーは私の大好きな指揮者。初期のモンテ・カルロでの録音もいいが、やはり1969年から首席指揮者に就任したバーミンガム市交響楽団とのEMI録音はとりわけすばらしいもの。イギリスのオーケストラからフランスの香気漂う響きを引き出している。

 ここに収録された録音は、フランスでは何度か作品を組み替えて再発売されている。おそらくこれがoriginalではないかな。「牝鹿」演奏に関しては、これがいちばん好き。

 ※ 東芝から出た国内盤はイベールの代わりにマスネの組曲「絵のような風景」(4,6&7.IV/1971)が収録されている。


英EMI盤


イベール:ディヴェルティメント
プーランク:バレエ組曲「牝鹿」
ロジェ・デゾルミエール指揮 パリ音楽院管弦楽団
1951.6.
英DECCA ACL189 (LP)
米LONDON LL.624 (LP) ※


 英DECCA盤は"Ace of Clubs"シリーズ。牝鹿=若い娘たちも大人になる一歩手前という感じで、終始天真爛漫であるよりは時に物思いに沈む風情を見せるところが、これはこれで納得できる演奏。

 
英DECCAのACL189のジャケット写真がたいへんすばらしいのだが、残念、これは"Cover Photo from the Western Theatre Ballet production "Valse Excentrique" based on the music of Ibert's Divertissment"とあって、「牝鹿」の舞台ではない。

 ※ 米LONDON盤は英プレス。スカルラッティ~トマジーニ編曲、バレエ組曲「上機嫌な婦人たち」"The Good Humored Ladies"-Ballet Suiteを併録。


プーランク:スターバト・マーテル(1)
プーランク:バレエ音楽「牝鹿」全曲(2)
ステファヌ・ドゥネーヴ指揮 SWRシュトゥットガルト放送交響楽団
SWRシュトゥットガルト声楽アンサンブル
北ドイツ放送合唱団(1)
マリス・ペーターゼン(ソプラノ)(1)
23.03.2012.(1)、12-15.3.2012.(2)
Beethovensal, Liederhalle Stuttgart(1)、Funkstudio, SWR Stuttgart(2)
Haenssler SWR Music 93297 (CD)


 これはすばらしい演奏。官能、諧謔、憂愁などといったすべての要素が消化されて、各楽曲を巧みに描き分けていながら一貫した流れのなかにある。

 あまりに良いと、言うことがなくなってしまいますね(笑)


プーランク:組曲「模範的な動物たち」(抜粋)
プーランク:バレエ組曲「牝鹿」
プーランク:エッフェル塔の花嫁花婿(抜粋)
プーランク:2つの行進曲と間奏曲
バーデン-バーデン、February 1989 and July 1990
マルチェッロ・ヴィオッティ指揮 南西ドイツ放送交響楽団
claves CD50-9111 (CD)


 指揮者の故か、ドイツのオーケストラにしてはフランス近代音楽らしい雰囲気を、よく出している。生き生きとしていて、わざとらしくならないところが見事。ジャケット絵がHenri Rousseauの"La Charmeuse de serpent"。


Henri Rousseau "La Charmeuse de serpent" 「牝鹿」ではないが、アンセルメやマイケル・ティルソン・トーマスのレコードでも使われていた。

 なお、古代日本における鹿崇拝については、以前Klingsol君が語っておりますので、興味のある方はどうぞ。(ここ


(Hoffmann)