098 フルトヴェングラーのレコード その1 思い出篇 フルトヴェングラーについて語るのは控えていたんですよ。フルトヴェングラーに詳しい人はたくさんいるし、熱烈を超えて激烈といいたいようなファンも少なくない。しかし私にはフルトヴェングラーに特段の思い入れもなく、ただ、手持ちのレコードのなかに好きなものがあって、ときどき聴いているというだけです。例の、1951年のバイロイトの第九にしても、ORFEOやBISのCDも買ったけれど1回聴いただけ(BISのLPも入手したが聴いていない・笑)、その後はまたElectrolaやEMIのレコードを聴いている始末で、この「バイロイトの第九」に関して、「ついに暴かれた」「ついに発見された伝説の音源」なんて記事の表題が目についても、メンドクサイから読みゃしない(笑)いや、いくつか読みましたけどね、とくに、売っている当人(当社)、すなわち商品の関係者が言っていることは鵜呑みにはできません、とりわけフルトヴェングラーに関しては。「貴重な情報」というよりも、めいめいが勝手なことを言っているだけとしか見えない(笑)webで読めるものはたいがいそうです。もちろん私のも含めて、ですよ(笑) ああ、「(笑)」だらけになってきた(笑)これだけ笑ってりゃ胃腸の調子も良くなりそうだ(笑) 私はレコードについても音楽についても、ましてやオーディオに関しても、間違っても「マニア」と呼ばれるような人種ではありません。そんな私が言うことですから、以下、それぞれのマニア諸氏や激烈なフルトヴェングラー・ファンの方々におかれましては、どうかおおらかなキモチで読んで下さいますよう、お願いいたします。 Wilhelm Furtwaengler 私は子供の頃からお金を使うなら本かレコード、時間を費やすのは本かレコード、当然人生を愉しむなら本かレコード、という廃人だったので、部屋ンなかは本とレコードばかり。ひとり暮らしをすれば家ンなかは本とレコードばかり。コレクターであるつもりはないんですが、本とレコードというモノは実用一点張りで割り切るのは難しい。どうしても、記憶―思い出が染みついてしまう。本は何度も読み返すことがあるし、レコードに至っては折にふれて聴きますからね、買ったときの思い出だけじゃないんですよ。だから本でもお気に入りの作家の「決定版全集」なんてのが出ると、入手して読むわけですが、それまで持っていたほとんど同じ内容の本も手放せない。レコードもそう、仮に音質が改善されていても、それまで聴いてきたレコードが不要になるとは限らない。だいいち音質の改善てのもあんまりアテにはならなくて、リマスタリングという名の改悪も少なからず。違いはあるけれど、どちらが良い・悪いとは言えない場合もあります。 フルトヴェングラーのレコードも、独auditeのRIAS録音選集14LP-BOXとか、帝国放送局(RRG)アーカイヴの8枚組LPとか、TAHRAの7枚組名演集なんてのも聴きましたけどね、それでも学生時代に買った東芝やコロムビアなどの国内盤や、英UNICORN盤などは手放せないし、いまでもときどき引っ張り出して聴いているんですよ。 なんと言っても思い出深いのは、高校生の時に数か月間昼食を抜いて小遣いを貯めて、ようやく購入した次のレコード。 ワーグナー 楽劇「ニーベルングの指環」 ミラノ・スカラ座管弦楽団 同合唱団 1950. 日本コロムビア OB-7101~7116 (16LP) フルトヴェングラーの人選によるドイツ・オーストリア系歌手を率いての、スカラ座への引越公演。全3回の上演のうち、それぞれ1回めの上演の記録です。国内盤は1976年7月25日に発売されたものですね。布張りの黒い箱が立派です。 もっとも、これは1983年に「FONIT CETRA CFE101」から、トリノ放送に残されていたtapeを使用したセットFONIT CETRA CFE101(LP)が出てからはこちらで聴くようになりました。それでも日本コロムビア盤を手放すことはできません。ときどき針を下ろすと、貧しい音質のなかから、花も恥じらう(笑)高校生時代の思い出が甦ってきます。 同じ頃に入手したレコードに、おそらくいまでは見向きもされないんじゃないかなと思われるセットが二組あります。 ひとつはフルトヴェングラー初のベートーヴェン交響曲全集。PHILIPSから出たもので、原盤は米オリンピック。 ベートーヴェン交響曲全集 第1番 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 アムステルダム、1950.7.13. live 第2番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1929. 第3番「英雄」 ローマ・イタリア放送交響楽団 ローマ、1952.1.19. live 第4番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1943.6.27. or 30. 第5番「運命」 ローマ・イタリア放送交響楽団 ローマ、1952.1.10. live 第6番「田園」 ローマ・イタリア放送交響楽団 ローマ、1952.1.10. live 第7番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ベルリン、1943.10.31. or 11.3. live 第8番 スエーデン国立管弦楽団 1940. 第9番 ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団 同合唱団 ヒュールディス・シンバーグ(ソプラノ) ライザ・タンネル(アルト) ゴースタ・バッケリン(テノール) ジークルト・ビョールリンク(バス) ストックホルム、1943.12.8. live (特典盤) 第5番「運命」 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1926. PHILIPS SETC-7501~7 (7LP) 以上、解説書に従いましたが、いくつか註釈が必要です。 第2番 じっさいはエーリヒ・クライバー指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団による1929年のポリドールSP録音。 第4番 第1、2楽章live、第3、4楽章放送用録音のいわゆる「混合盤」。1943.6.27-30。 第7番 original録音は第4楽章冒頭2小節欠落。欠落していない盤は別録音で修復しているということ。1943.10.30、11.3。 第8番 オーケストラ名と録音年は誤記。ストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団の1948.11.13のlive録音。 第9番 歌手名は正しくはシィームベリ、トゥーネル、ベッケリン、ビョルリングか。 特典盤の第5番 Michael H. Grayによれば録音日は1926.10.16,30及び1927。たしかポリドール録音のはず。1926年ということは、有名なアルトゥール・ニキシュのアコースティック録音の13年後ということになります。 フルトヴェングラー没後20年の1974年の9月に、新発見の第2番を含む初のフルトヴェングラーによる「ベートーヴェン/交響曲全集」として発売された米オリンピック盤が原盤で、当時日本フォノグラム(PHILIPS)から発売された国内盤。新発見の第2番は「サンフランシスコの研究家が秘蔵していた戦前のベルリン・フィルの放送用録音」と説明されていたのですが、その後、第2番はエーリヒ・クライバーによる1929年のSP録音と発覚しています。あげつらうわけじゃありませんが、解説書には、この2番について、「・・・この録音がもしSPで発売されていたとしたら、生気のないワインガルトナーや叙情に傾いたビーチャム、豊潤だが粘りぎみのクライバーなどの諸盤はたちまち追い落とされてしまっただろう」なんて書いてあります。 第2番に関しては、その後、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を振った1948年録音の真正のフルトヴェングラー指揮による音源も発見され、国内盤は東芝から交響曲全集として発売されていますが、この米オリンピック盤は再生産されることもなく幻の盤に。そりゃそうでしょう、肝心の第2番は偽物、そのほかの曲もベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との録音は4番と7番のみで、これはほかの盤で入手が容易(むしろ逆に、この当時は4番と7番のめずらしい録音が見つからなかったということではないかな)。解説書の誤記など、いろいろ瑕疵もあって、さらにコンセルトヘボウとの1番はともかくも、同じフルトヴェングラー指揮なら、ローマ・イタリア放送交響楽団やストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団よりは、たいがいの人はベルリンやウィーンのオーケストラが演奏したものを選びたくなるでしょう。 しかし、じつはこれがめずらしい音源で、コンセルトヘボウとの第1番と、ローマ・イタリア放送交響楽団との第3番、第5番、第6番はこれが世界初出盤だったんじゃなかったかな。とくに後者、第3番「英雄」、第5番「運命」、第6番「田園」は、その後FONIT CETRAなどから出た盤よりも音質が良いと言われており、一部では有名なセットなんですよ。なお、先に述べたとおり、レコード時代には再生産されませんでしたが、2017年にCD化されています。 では、このレコードをいまでも頻繁に聴いているのかというと、さすがに滅多に聴かなくなりました(笑)でもね、最初に言ったように、このセットにも、思い出が染みついてしまっているんですよ。 Wilhelm Furtwaengler もうひとつは日本コロムビアから発売されたブラームス交響曲全集です。 ブラームス交響曲全集 第1番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ベルリン、1953.5.18. 第2番 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ウィーン、1945.1.28. 第3番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 トリノ、1954.5.14. 第4番 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ベルリン、1943.12.12,15. 日本コロムビア OB-7289~92-BS (4LP) 原盤はブルーノ・ワルター協会盤。 当時、東芝からもフルトヴェングラーのブラームス交響曲全集は出ていたのですが、これはまた別演奏で、やはり聴いてみたくなりましたね。 第1番に関しては、フルトヴェングラーとしては特別な演奏ではありません。第1番なら1951年10月27日の北ドイツ放送交響楽団とのハンブルクliveが好きですね。 第2番は1945年1月29日との説もある録音。ただしウィーン・フィルハーモニー管弦楽団資料室の記録に従えば1945.1.28で正しいはず。フルトヴェングラー亡命直前のliveとして有名な録音で、東芝が1975年6月に出したレコード(WF-70009)は終始音が揺れていて不安定でした。こちらは別音源なのか、はるかに安定しています。ただならぬ異様な雰囲気が最大の特徴。 フルトヴェングラーのブラームス3番はこれまでに2、3の録音を聴きましたが、どれがいちばんということはなく、一長一短。ということは、これを聴いてもいいということ(笑) 4番は、やはり戦時中のliveとあって、熱が入っています。これ以外のどの盤で聴いても圧倒されます。 このセットは懐かしさもあって、いまでもときどき引っ張り出して聴くことがあります。 (Hoffmann) |