114 イヴリー・ギトリスのレコードから




 イヴリー・ギトリスIvry Gitlisは1922年生まれのイスラエルのヴァイオリニストです。若い頃から個性派で有名、大胆といえば大胆、アクが強いといえばそのとおり。世界最高峰とは言えないかもしれませんが、唯一無二のヴァイオリニストであったことはたしかです。

 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による東日本大震災。ギトリスは日本の友人の安否を気遣い、翌日には「事情が許すようなら、すぐにでも日本に駆けつけたい」と電話があり、4月には次のような連絡が入ったそうです。

「日本に行く。実際に何が起こっているのかこの目で見なくてはならない。フランスからの渡航費はエールフランスに掛け合うし、私の来日にかかる費用は一切負担する必要はない。それから出演料はいらないのでチャリティコンサートを行ってくれ」

 折しも、多くの海外演奏家が原発事故の放射線の影響を恐れて来日を取り止めていることについては―

「馬鹿げている。イヴリー・ギトリスが来日すると言え。そうすれば彼らも考え直すかもしれない」

 こうして、急遽チャリティ・コンサートを行うために来日。東京、名古屋で演奏会を開催して、その合間の6月1日には仙台へ。ホテルより先に仙台港へ向かい、その惨状を見て一人佇み、翌2日は石巻へ。ここで避難所の石巻市立女子高等学校を訪れ、体育館で約200人の被災者や生徒を前に、バッハのパルティータや日本の唱歌「浜辺の歌」を披露して、エルガーの「愛の挨拶」は会場のハミングとともに演奏。避難所のあるおばあさんは目の前のギトリスに手を合わせ、拝みながら演奏を聴いていたそうです。また、現地では子どもたちが「外人のおじいちゃん」と集まってきたんだとか。

 翌年3月31日に陸前高田市の震災一周年の式典に招かれ、三度目の被災地訪問を前にしてのインタビューから―

「音楽家は自分の責任でそこに行くべきです。そこにいる聴衆のために行くだけではなく、芸術家自身のために行くのです。・・・誤解しないで下さい。私は憐憫や憐れみでここにきているのではない。自分が来る必要があるから来ているのです」

 2020年98歳にて没。


Ivry Gitlis

 私は昔からギトリスが大好きでしてね、いまはCDもいろいろ出ているものの、かつてはVOXとPHILIPSくらいしかレコードがありませんでしたね。

 以下は手持ちのレコードです―

 まずVOX録音

ベルク:ヴァイオリン協奏曲
同:Concerto de Chambre pour Violon , Piano et 13 Instruments a Vent
Charlotto Zelka (pino)
Formation des Instruments a Vent
ウィリアム・ストリックランド指揮 Orchestre Symphonique "Pro Musica", Vienne
1953
仏Pathe-VOX PL8660 (LP)



メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
ハンス・スワロフスキー指揮(メンデルスゾーン)、
ハインリヒ・ホルライザー(チャイコフスキー)
Pro Musica Symphony, Vienna
1954/57?
英VOX PL8840 (LP)
仏Pathe-VOX PL8840 (LP)



ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲
ハロルド・バーンズ指揮 コロンヌ管弦楽団
1955
米VOX PL9410 (LP)


バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番
同:ヴァイオリン・ソナタ
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮 Pro Musica Orchestra, Vienna
1955、1957
仏Pathe-VOX PL9020 (LP)


シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮 Pro Musica Orchestra, Vienna
1956
英VOX PL9660 (LP)
仏Pathe-VOX PL9660 (LP)


ヒンデミット:ヴァイオリン協奏曲
同:ヴィオラ協奏曲「白鳥を焼く男」
フーベルト・ライヒェルト指揮、ウェストファリアン交響楽団(Vn協奏曲)
ギュンター・ブライテンバッハ(ヴィオラ) ヘルベルト・ヘフナー指揮 ウィーン交響楽団(Va協奏曲)
1962
米VOX PL11980 (LP)

 仏Pathe-VOX盤はPatheプレス。ウィーン、プロ・ムジカという名称はおそらく録音用で、実体はウィーン交響楽団だったはず。

 どれも個性派ながらすばらしい演奏です・・・って、個性的でないメンデルスゾーンやチャイコフスキーの演奏に価値がありますか? また、シベリウスなど、いかにもこれを得意にしている大家によるシベリウスらしい演奏とは異なった味わいがあります。しかし、なんといってもこのなかではベルク、バルトーク、ヒンデミットが特別でしょう。


Ivry Gitlis


 次はPHILIPS録音。

ヴィエニャフスキ:ヴァイオリン協奏曲第1番
同:ヴァイオリン協奏曲第2番
ジャン・クロード・カザドシュ指揮 モンテ-カルロ国立歌劇場管弦楽団
1969
仏PHILIPS 6504001 (LP)


サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第2番
同:ヴァイオリン協奏曲第4番(未完)
同(イザイ編):奇想曲Op.52-6
エドゥアルト・ヴァン・ルモーテル指揮 モンテカルロ国立歌劇場管弦楽団
1968
仏PHILIPS 837919LY (LP)


パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲1番
同:ヴァイオリン協奏曲第2番
スタニスラフ・ヴィスロツキ指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
1966(1963?)
仏PHILIPS 835743LY (LP)


パガニーニ:ヴァイオリン曲集
ヴァイオリン協奏曲第2番Op.7~ラ・カンパネラ(クライスラー編)、
24の奇想曲Op.1~20番 ニ長調(クライスラー編)、
同~13番 変ロ長調(クライスラー編)、
同~24番 イ短調(L.Auer編)、
ロッシーニのオペラ「タンクレーディ」のアリア「こんなに胸騒ぎが(Di tanti palpiti)」による序奏と変奏曲・ディ・タンティ・パルピティOp.13、
カンタービレ ニ長調Op.17、
ヴァイオリンとギターのためのソナタ集Op.3(シューマン編)~ソナチネ ホ短調 Op. 3-6、
メヌエット ヘ長調
タッソ・ヤノポウロ(ピアノ)
1963?
仏PHILIPS 835777LY (LP)


 以上のPHILIPS録音は国内盤も廉価盤で出ていたので、比較的見つけやすいんじゃないでしょうか。個性的ではありますが、ギトリスとしてはわりあい端正な音楽造りになっています。いまでこそ、テクニックという点では現代の若い演奏家に一歩譲るかもしれませんが、そのテクニックが独特の節回しのなかで駆使されているところが、なんともユニークです。個人的にはヴィエニャフスキがお気に入り。

 比較的新しめのレコード―

フランク:ヴァイオリン・ソナタ
ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ
マルタ・アルヘリッチ(ピアノ)
1977
独CBS 76714 (LP)
日CBS Sony 25AC464 (LP)


 自由にやっているのに、恣意的とは聴こえない。これこそ、「心の欲するところに従えども矩を踰えず」の境地か。もちろん、ギトリスだけに許される演奏です・・・というのは、贔屓の引き倒しではなくて、ここに至るまでに背負ってきたものが違いますよ、ということ。

 以下は来日時の録音、国内盤―

“ギトリス/ヴァイオリン名曲の至芸 踊る人形”
練木繁夫(ピアノ)
Arakawa Public Hall、8-11th may 1985
東芝 EWC-60242 (LP)


“ギトリス/ヴァイオリン名曲の至芸 ロンドンデリーの歌”
練木繁夫(ピアノ)
Arakawa Public Hall、8-11th may 1985
東芝 EWC-60243 (LP)


 たしかに、「アクが強い」といわれてもしかたがない演奏です。もしもヴァイオリンを専攻している学生がこのように奏いたならば、到底よい評価は得られないと思いますが、これはギトリスだけに許される演奏です。好き嫌いが分かれるかもしれませんが、ここに至るまでの道程あってこその境地なのです。


Ivry Gitlis

 いずれギトリスのCDについてもまとめておこうと思っています。


 レコード(LP)を再生した装置について書いておきます。
 VOXのmono盤は、カートリッジをortofon CG 25 Dで、PHILIPSのstereo盤はSPU GTEを使いました。スピーカーはmono盤はSiemensのCoaxial、いわゆる「鉄仮面」をチャンネルあたり2基の後面開放型Sachsen 202で、stereo盤はTANNOYのMonitor Gold10"入りCornettaで聴きました。



(Hoffmann)



引用文献・参考文献

「イヴリー・ギトリス ザ・ヴァイオリニスト」 フィリップ・クレマン編 今井田博訳 春秋社
「魂と弦」 イヴリー・ギトリス 今井田博訳 春秋社