079 メンデルスゾーン 「エリヤ」




 フェリークス・メンデルスゾーン・バルトルディ Jakob Ludwig Felix Mendelssohn Bartholdy といえばヴァイオリン協奏曲やいくつかの交響曲、ピアノのための無言歌ばかりが有名ですが、じつは生涯にわたって宗教音楽を作曲し続けています。その創作年代も作曲の学習を始めて間もない12歳から38歳で没する直前まで。だから生涯にわたって、です。19世紀前半のロマン主義時代にはめずらしい例ではないでしょうか。

 メンデルスゾーンは1829年にJ・S・バッハの「マタイ受難曲」を復活上演していますよね。このとき、メンデルスゾーンは弱冠20歳。ちなみに「弱冠」というのは本来20歳の男子を指すことばですから、ここで使うのはまことに正しい用法なのですよ。100年も忘れ去られていた「マタイ受難曲」を蘇らせて不朽の価値を知らしめたのですから、これが音楽史上、いかに画期的な偉業であったのか・・・あらためてメンデルスゾーンに感謝しなければいけません。バッハの様式がどうとか言って、メンデルスゾーンが「マタイ受難曲」に施したオーケストレーションの変更やカットを莫迦にしている人は、メンデルスゾーンにあやまりなさい。

 その後メンデルスゾーンが作曲した大作オラトリオは、1836年、27歳のときに初演したのが「パウロ」。1846年、すなわち若すぎる死の前年に初演したのが「エリヤ」です。その後第三作目となる「キリスト」の作曲に取り組みますが、これは病に倒れたことによって、断片のままに終わりました。


メンデルスゾーンの肖像は前回もupしたので、ここでは少年時代の肖像を―

 今回取り上げるのは「エリヤ」です。着想は「パウロ」の作曲後すぐだったようで、旧約聖書の預言者エリヤを題材に選んだ事情は不明。協力を期待していた友人が降りてしまったり、また多忙であったりと、長い中断もあり、本格的な作曲に取りかかったのは1845年でした。バーミンガム音楽祭から新作オラトリオの委嘱を受けたことが直接の要因になったみたいですね。

 ともあれ、1846年8月26日、バーミンガムのタウンホールで初演を迎えます。指揮はもちろんメンデルスゾーン、歌詞は英訳で、10人の独唱、271人の合唱、125人のオーケストラにひとりのオルガニストを束ねて、この初演は大成功。翌年4月にはロンドンで改訂稿を指揮。ドイツ語による初演は同年10月にハンブルクで、これは作曲者不在で行われています。なんとこの日、メンデルスゾーンはライプツィヒで脳卒中の発作に見舞われ、刷り上がったばかりの「エリヤ」の初版スコアを病床にて受け取り、いったん小康を得たものの、11月4日に永眠しました。いやあ、あの世でバッハもメンデルスゾーンには感謝の思いを伝えていることでしょう。

 storyを簡単にたどっておきましょう―

 まず前史。紀元前9世紀頃、イスラエルのアハブ王は偶像崇拝、隣国フェニキアの王女イゼベルと政略結婚、イゼベルの崇拝する豊穣神バアルを信仰して、民はヤハウェとバアルのいずれを信仰するのか、迷っている。これがヤハウェの怒りに触れて、干魃が起こる。このときアハブ王と王妃に対峙したのが預言者エリヤ。

 第1部。エリヤは干魃を預言する。民は飢えと渇きに苦しむ。ヤハウェとエリヤを畏れ敬う宮廷長が現れ、悔い改めることを勧める。
 神はエリヤにケリト川のほとりに身を隠すよう命じる。そこでエリヤは川の水を飲み、カラスが運んでくる食べ物に養われる。ケリト川が涸れると、神はエリヤにサレプタに行くよう命ずる。ここでエリヤはひとりの寡婦から養われるが、寡婦の息子が病気で息を引き取る。エリヤは神に祈り、息子は生き返る。
 3年目、エリヤは神の声を聞いて雨を預言する。エリヤはアハブの前に姿を現し、バアルの祭司たちと対決する。カルメル山でエリヤは天から火を降らせて生贄の牛を焼き、キション川でバアルの祭司たちを殺戮する。
 エリヤの勝利の後、雨が降り、干魃は終息する。

 第2部。王妃イゼベルは怒り、民を扇動してエリヤの命を狙う。エリヤは荒野に逃れエニシダの木の下で眠る。天使が現れてエリヤを力づける。
 エリヤは40日間歩き続けて、神の山ホレブに着く。激しい風、山は裂け、地が震え、海は轟き、火が起こるが神はいない。火の後の静かなささやきのなかに神がいた。
 エリヤは来た道を引き返し、生涯の終わりに火の戦車が火の馬に引かれて現れ、エリヤは嵐の中を天に上っていく。

 台本はメンデルスゾーンがルター訳のドイツ語聖書をもとに作成したので、オリジナルはドイツ語です。サブタイトルは「旧約聖書のことばに基づくオラトリオ」。ドイツ語タイトルは"Elias"。これは旧約聖書ならばヘブライ語由来の"Elia"となるべきところ、あえて新約聖書のギリシア語由来の"Elias"としているということ。ちなみに英語なら"Elijah"ですよ。

 台本は聖書に基づいているとはいえ、かなり自由に改変されていて、そうした理由は音楽とともにドラマティックな要素をちりばめるため。知らずに聴いたらオペラかと思ってしまう人もいるかも知れません。

  それでは手持ちのdiscを紹介します。

Joseph Krips, The London Philharmonic Orchestra
The London Philharmonic Choir, The Hampsted Parish Church Boy's Choir
Jacqueline Delman (Soprano)
Norma Procter (Contralto)
George Maran (Tenor)
Bruce Boyce (Baritone)
Michael Cunningham (Boy Soprano)
1954.9.
DECCA LXT5000, LXT5001, LXT5002 (3LPバラ)


 "Long Playing microgroove"と表記あり。EQカーヴはDECCAffrr。
 歌手はこれといった特徴に乏しいものの、ドラマティックな好演です。


Wolfgang Sawallish, Gewandhausorchester Leipzig, Rundfunkchor Leipzig
Elly Amering (Die Witwe, Der Engel, SopranoI)
Renate Krahmer (Der Knabe, SopranoII)
Annnelies Burmeister (Ein Engel, AltI)
Gisela Schroeter (Die Koenigin, AltII)
Peter Schreier (Obadjah, TenorI)
Hans-Joachim Rotzsch (Ahab, TenorII)
Theo Adam (Elias, BassI)
Hermann-Christian Polster (BassII)
Christei Klug, Roswitha Trexler, Ingrid Wandelt (Drei Engel)
1968.
PHILIPS 802 889/91LY (3LP), ETERNA 826 048-050 (3LP)


 結論から言ってしまうと、これぞ最高の演奏です。冒頭、テオ・アダムのエリヤが雄渾壮大な美声で高らかに朗唱、この時点で勝負は決まったようなもの。続く、小さなざわめきのようにはじまる前奏曲が徐々に高揚してゆき、哀願するような物狂おしい合唱が加わる・・・聴く者の心を鷲づかみにして離さない作品であり、演奏です。全曲を聴き終えた時の感銘もたいへん大きなものです。


Richard Hickox, London Symphony Orchestra, London Symphony Chorus
Ronderick Elms (organ)
Willard White (Elijah)
Rosalind Plowright (soprano solos, The Widow, Angel)
Linda Finie (contralto sols, Angel, The Queen)
Arthur Davies (tenor solos, Obadiah, Ahab)
Jeremy Budd (The Touth)
21-25.April 1989
CHANDOS DBRD2016 (2LP)


 ややstaticに傾いて、穏健派の「エリヤ」です。真面目な演奏は好感が持てるもので、オラトリオらしさという点では随一。


Wolfgang Sawallish, Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks, Chor des Bayerischen Rundfunks
Michael Volle (basso)
Andres Rost (sopranoI)
Marjana Lipovsek (alto)
Herbert Lippert (tenoreI)
Letizia Scherrer (sopranoII)
Thomas Cooley (tenoreII)
Barbara Fleckenstein (soprano)
2001.7.12. live
Profil PH07019 (2CD)


 もちろん立派な演奏で、ゲヴァントハウス盤が存在しなかったとしたら、1st choiceになったかもしれませんが、歌手がより充実した1968年のゲヴァントハウス盤の感銘には及びません。


 レコード(LP)を再生した装置について書いておきます。
 クリップス盤は古いmono盤なのでカートリッジは、ortofon CG 25 Dで、サヴァリッシュのPHILIPS盤はThorens MCH-II、ヒコックス盤はortofon MC Cadenza Redを使用しました。スピーカーはTANNOYのMonitor Gold10"入りCornetta。
 また、EQカーヴはRIAAで疑問を感じたものは適宜ほかのカーヴを試し、結果はなるべく記載しておきました。



(Hoffmann)