057 「マタイ受難曲」 礒山雅 東京書籍




 はじめにことわっておきますが、今回は取り上げた本の内容にふれることは、ほとんどありません。お話しする内容は、著者に関することです。

 この本の著者に関して、Wikipedia記載されていることをもとに、簡単にまとめて以下に記載します―

 礒山 雅(いそやま ただし、1946年4月30日-2018年2月22日)は日本の音楽学者。元国立音楽大学招聘教授。元大阪音楽大学客員教授。

 来歴
 東京都生まれ。長野県で育つ。長野県松本深志高校を経て、東京大学文学部美学科卒業、同大学院美学藝術学博士課程満期退学。1982~1984年にはミュンヘン大学へ留学。1977年に国立音楽大学助教授に就任。その後教授。図書館長や音楽研究所所長も務めた。1990年の開館よりいずみホール音楽ディレクター。2006年から2012年まで日本音楽学会会長、2015年には藝術学関連学会連合会長。サントリー芸術財団理事や日本芸術文化振興会評議員の役職も務めた。1988年バッハの研究により辻荘一賞受賞。1994年の『マタイ受難曲』で京都音楽賞・研究部門賞受賞。
 2018年1月27日夜、雪で足を滑らせ頭を打ち入院。同年2月22日に外傷性頭蓋内損傷のため死去。享年71歳。

 以上、いろいろ肩書きはありますが、音楽大学の教授で音楽学者です。

 このひとが雑誌やwebで名指しで批判されていましたね。その原因となったのが、ウィレム・メンゲルベルク、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団ほかによる「マタイ受難曲」のレコードに関する、批判的な文章でした。

 この本には「レコード/CDによる演奏の歴史」というページがあり、そこにメンゲルベルク盤に関しても書かれているので、引用してみましょう―

 《マタイ受難曲》の歴史的実況録音として有名なメンゲルベルク盤の演奏については、すでに何度か語ってきた。私はその都度批判的な見解を述べてきたわけであるが今回聴き直してみても、その考えは変わらなかった。この演奏に感動して涙する若い聴き手がいると聞くのだが、そういう人はどうやって耳の抵抗を克服しているのか、知りたいものである。

 このあと、テンポの伸び縮み(ルバート)、サビの部分での盛大なテヌート、リタルダンド、それらによりバッハの基本とはまったく違った方向に向かっている演奏・・・といった文章が続きます。

 ついでに付け加えておくと、高く評価されているのは、レオンハルトやショルティ。反面、メンゲルベルクをはじめ、クレンペラー、カラヤン、コルボなどには批判的です。古楽器演奏でもコープマンに対しては否定的。判断基準ははっきりしています。だめな理由は、ひと言で言えば作品そのものの表現を無視した演奏だから、というもの。クレンペラーについては、かつて若き日に愛聴したものと記したうえで、問題点が指摘されています。

 礒山雅氏を批判している人の多くは、メンゲルベルク盤に関する文章で、この演奏に感動する人を「冷笑」しているから、というものです。有名な作家・評論家が、「ピリオド演奏を標榜する一部の人たちは、このメンゲルベルグの演奏を酷評し、それだけでは飽きたらず、この演奏を聞いて感動する多くの人々を冷笑しています。例えば・・・」とやっていましたね。web上でも、これを引用して批判している人がいます。


礒山雅氏の著書のひとつ―同氏から贈られたものです。

 この件に関して、私なりの「証言」をしておきたいと思います。

 私はこの「マタイ受難曲」という本が出版(1994年)されるよりもずっと以前、礒山氏が1985年に「レコード芸術」誌で《マタイ受難曲》の聞き比べ記事を執筆したものを読んだよりは後の時期に、メンゲルベルク盤を含む《マタイ受難曲》のレコードに関して、氏とじっさいに会話をしています。私も《マタイ受難曲》は好きな音楽なので、最初に「レコード芸術」誌の記事で取り上げられていた、ヴォーン=ウィリアムズ盤のことを話題にしました。わかりやすく箇条書きにしてみましょう―


Hoffmann:《マタイ受難曲》のヴォーン=ウィリアムズ盤は一度聴いてみたいですね。できればレコードが欲しいなあ。

磯山氏:いやあ、英語歌唱だし、録音も古いし、聴かなくてもいいよ。

Hoffmann:バーンスタイン盤は手に入れたんですけど、あれも英語でしたね。まあ、あれはあんまり・・・(笑)ところで、先生はたいへん批判的ですけれど、メンゲルベルク盤、私は好きなレコードなんですよ。

礒山氏:そうかい? ちょっとぼくには理解できないなあ。あれがいいかい?

Hoffmann:録音年代(1939年)を考えれば十分鑑賞に堪えると思うし、あの時代背景でのライヴ録音ということもあって、やっぱり感動的な演奏だと思うんですよ。

礒山氏:うーん・・・やっぱりわからないな、バッハの様式ではないよ。

Hoffmann:時代が違いますよ。

礒山氏:それでも、いま聴くべき演奏とは思えないなあ。

Hoffmann:コルボ盤はどうですか? 以前、《ヨハネ受難曲》のレコードを高く評価されていましたけど・・・。

礒山氏:いや、コルボの《ヨハネ受難曲》もね、近頃はあれも少し違うんじゃないかと思えてきたんだ。

Hoffmann:評価が変わったんですね(笑)リリンクはいかがですか? 以前、リリンクの来日時にインタビューされましたよね。

礒山氏:(リリンクは)微温的だね。

 ―以上、なにしろ古い話なので細かい言い回しなどは必ずしも正確ではないかもしれないのですが、なにが言いたいのかというと、礒山氏は別に「冷笑」的な態度をとったりはしていない、ということです。ほかにも、いろいろな話をした記憶がありますが、私も含めて、冷たい態度や嘲笑するような態度で、だれかを批判したり見下したりするのを見たことも聞いたこともありません。

 そのことを念頭に置いて、もう一度、《マタイ受難曲》のメンゲルベルク盤に関する文章を読んで下さい。「冷笑」しているように読めますか? 書いてある文章というものはナマの語りと違って、ちょっと冷たく、事務的に感じられるものです。「冷笑」的と感じるのは読み手の側の意識の問題もあるのではないのかな、と思えるのです。ただし、これは礒山氏を批判している人を批判しているのではありません。

 礒山氏は学者であるが故に、真実・真理はひとつであるという姿勢を崩さなかった(崩せなかった)のではないかと思っています。これは私の勝手なとらえかたなんですが、学者というものは文系も理系も関係なく、研究して得られた回答・正解はひとつ―ひとつと数えられなかったとしても、その許容範囲は狭いものなのです。守備範囲がとても狭い。その意味では、音楽学者は、とりわけ歴史的演奏の記録など、愉しむことができない人種なのです。

 そして、これこそ批判めいてしまいますが、研究で得た知見を語るにあたって、あまり他人の気持ちに配慮することがない。たとえば、メンデルスゾーンによる《マタイ受難曲》の復活蘇演を忠実に再現しようと試みた演奏のCDが出ていますよね。いま、私が聴いても「ちょっとなあ・・・」という音楽になっています。しかし、だからといって、メンデルスゾーンの蘇演を聴いて感動した人たちを馬鹿呼ばわりすることはできません。馬鹿にしないまでも、「あなたたちが聴いたのは本来のバッハではない、あれでバッハを聴いたなんて言えるものではありませんよ」と言うのも大きなお世話。それでも、メンデルスゾーンの蘇演の話なら実質的に被害を被る人はいません。みんなとっくに死んじゃってますから。しかし、メンゲルベルクのレコードとなるとどうか。「あなたたちの聴いているもの、あなたたちが感動しているものは、間違った演奏なんですよ、作品の本質をまったく伝えない、異様な演奏なんですよ」「いったい、どういう聴き方をしたら感動できるのか、教えてもらいたいものですね」なんて言ったら、そりゃ気分を害して怒る人がいて当然です。学者・研究者という人種には、そうしたことに思い至らない人が多いように感じています。しかし、「思い至らない」だけのことであって、「おれさまは学者様だー」という意識で他人に対してマウントをとろうとしているわけではないのです。ただ自分の考えを開陳しているだけなのです。「わからないな」ということばは、「わからない」という意味であって、それ以上の意味はないのです。

 ですから、じっさいに会話をした私は、礒山氏が「冷笑」している、などとはまったく感じませんでしたよ、と申し上げたいのです。

 私は礒山氏が聖人君子だったと主張したいわけではありません。約束の日時を間違えるなど朝飯前、「うっかり」な面は何度も何度も見ました。講演での失敗や、目の前に本人がいるとは気がつかずにその人の噂話をしてしまった、などという失敗談も聞きました。そんなところも、人間的魅力として愛すべき人だったと思っています。

 私が礒山氏から離れたのは―より正確に言うと、礒山氏の「取り巻き」から離れたのは、いくつかの理由があります。ひとつには、周囲の、礒山氏を愛し、チイチイパアパアとやって、「自分たちは選ばれた特別な人間なんだ」と勘違いしている連中に嫌気がさしたこと。そうした、なにを言ってもなにをしても、ニコニコと同調しているだけの、言わば「イエスマン」に取り囲まれて、礒山氏が、自身の一般常識を欠いた公の発言や公開などに関して、鈍感になってきたことも原因のひとつです。

 礒山氏に「I教授の部屋」というホームページがありました。あるとき、そこに某宿泊施設に関して、ちょっと考えられないような文章を載せていたんですね。当時私はこれを読んで、「うわあ、大丈夫か、こんなこと書いて・・・だれか注意しないのかな・・・」と思ったものです。その後の詳しいことはよく知らないのですが、やはりクレームがあった模様ですね。

 つまり、周囲がイエスマンばかりで、故意かうっかりか、ちょっと「不味い」発言や行動があっても、だれも注意してくれない状況だったのです。礒山氏本人も、自分を批判する人がいるとは聞いているが、自分は仲良くやれる人たちと一緒にいられればそれでいい、といったような発言をしていました・・・でもね、本当は、そうした批判の中にも耳を傾けるべきものがあったかもしれないのです。知らぬうちに他人を傷つけていることは、だれにだってあり得る話なんです。それが、仲良しグループの狎れ合いにどっぷり浸かってしまって、常識的な感覚が麻痺していると、先に述べた某宿泊施設の悪口記事をwebで―ということは、ワールドワイドに発信してしまうという愚挙につながるのです。いつでも、なにを言っても、イイデスネー、イイデスネーと言ってくれる取り巻きに囲まれて、自分が世界に発信した記事を見る(読む)のは不特定多数の人であることを忘れてしまったために大問題に発展してしまうというのは、いまどきのTwitter(X)炎上案件と同じことなのです。

 とくに名の通った人、それなりの地位にいる人は、周囲にいる人の質に注意を払うべきなのです。もしかしたら、その周囲にいるひとりひとりはさほど害のない人なのかもしれません。しかし、集団というものは、狎れ合いの末に集団内のローカル・スタンダードをグローバル・スタンダードと勘違いさせてしまうことがあるのです。

 もしもあなたが、会社勤めでもなんでもいい、どこかの組織・グループに所属しているのなら、あなたの部下や助手で本当に役に立つ人材は、あなたが言われて耳が痛くなるような進言をしてくれる部下や助手なのです。上司や先輩の言うことだからと、疑問を持っても口に出さずに従っているような人間や、ましてやご機嫌取りなど、あなたにとってはなんの役にも立たない、不要な人材、害のある人材だと知るべきなのです。


(Hoffmann)


参考文献

「マタイ受難曲」 礒山雅 東京書籍



Diskussion

Kundry:「思い至らない」か・・・厳しいね。

Kundry:Hoffmannさんが礒山氏のようなバッハ観をお持ちであったら、メンゲルベルク盤について、どう書きますか?

Hoffmann:少なくとも、「そういう人はどうやって耳の抵抗を克服しているのか、知りたいものである」なんて書かない。こういうときは、自分を主語にするんだよ。「私の耳には止みがたい抵抗が生じて、どうしてもこの演奏を受け入れることができない」・・・とか。

Parsifal:直接の知り合いだったんだ。

Hoffmann:家に呼ばれたこともあるよ。その後、海外の歌劇場の来日公演でばったり会ったこともある。もう古い話だけどね。本人も亡くなってもう5年も経つから・・・「証言」なんて言えるほどのことではないとしても、話しておきたかったんだ。不特定多数の人に対する配慮は足りなかったかもしれないけれど、「冷笑」だなんて、そんな底意地の悪い人ではなかったと、これは声を大にして言っておきたいね。ただし、取り巻きの中には、「バッハの音楽が本当に理解できる人なんか、(我々以外には)滅多にいませんよ」なんて鼻持ちならない手合いがいたことは事実だ。もしかすると、そういった人たちが礒山氏の評判を下げる原因になっていたのかもしれない・・・。

Parsifal:ひょっとすると、「冷笑」していたのは、選民意識で他人を見下すことしかできない取り巻き連中だったのかもしれないね。もしそうなら、礒山氏にとっても不幸なことだったね。


Hoffmann:だから「群れる」のは嫌いなんだ(笑)


Kundry:礒山氏とは、ほかにどんなお話をされましたか?

Hoffmann:音楽の話なら、たとえば、指揮者のブロムシュテットはまったく評価していなかったな。高橋悠治のバッハのレコードも解説を書いているくせに、評価はしていなかった(笑)あと、ワーグナーを聴くならバイロイトよりミュンヘンの方がいいんじゃないかとか、ドイツの女性より日本の女性の方がはるかに魅力的だ、とか(笑)あと、奥様のことをきれいな方ですね、と言ったら「あたりまえだ」というような顔をされたのも覚えているな。ちなみに馴れ初めも聞いたけど、これはここで言うことではない(笑)別に変な話じゃないけどね。

Kundry:Hoffmannさんの方は、どんな話を振られたんですか?

Hoffmann:若かったし・・・その頃読んだ本の話とか。たとえばギリシア悲劇のアイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスに関して話していたときに、アイスキュロスが江戸川乱歩、エウリピデスが松本清張、と喩えたら、「まったく同感だ」と言われたことがあるな。それから、「マタイ受難曲」のレコードをもらったことがある。


Klingsol:あまり、怒ったりする人ではなかったんだね。


Hoffmann:一度だけ、厳しいことを言っているのを見たことがある。言われたのは私じゃなくて、K君という同級生なんだけどね。K君は礒山氏に憧れて「好きなことをして生活したい」と言って、音楽研究の道に進もうとしていたんだよ。たしか、どこかの大学院に進学して・・・あとはどうなったか知らないんだけど。そのK君がひさしぶりに会ったとき、礒山氏に「某大学の某教授の研究室に行って挨拶してきた」とか「某教授に会ってきた」なんて話ばかりしていたんだよ。そうしたら、「さっきから聞いていて思うんだけど、君は研究はしているのかい? あちこちで顔つないできたという話ばかりじゃないか。研究室なんかに顔出さなくても、論文を書くなりして、『あいつはちっとも顔を出さないけど、やるべきことはちゃんとやってるんだな』と言われるくらいでないと駄目だよ」と、結構厳しい口調で言われていた。


Parsifal:そりゃあ怒られるな。単なる処世術のレベルだもの。しかも得意になって吹聴することではない(笑)


Klingsol:学問というものは地味で地道な努力をするよりほかにない世界だからね。処世術も必要かもしれないけれど、それはある程度の成果を出してからのことだ。


Kundry:そのKさんは、研究をしたかったのではなくて、研究者に憧れていたのですね。だれかの取り巻きになる人たちなんて、そんなタイプが多いんじゃないですか?(笑)ちなみにHoffmannさんは叱られませんでしたか?

Hoffmann:大丈夫。もともと趣味を仕事にする気は毛頭なかったし、その頃はもうとっくに勤め人だったから(笑)


(追記) 「音楽を聴く 015 J・S・バッハの『マタイ受難曲』のdiscから その1」はこちら