089 「酔っぱらいの歴史」 マーク・フォーサイズ 篠儀直子訳 青土社 西暦19352年、時間航行が可能となった時代に、過去に干渉して未来を変えようとする時間犯罪を取り締まるためのタイム・パトロールが設立されて・・・というのは、ポール・アンダースンのSF小説「タイム・パトロール」。そのなかに、パトロール員が西暦紀元1280年の蒙古人にウイスキーを勧めるシーンがあります。 「これはなんでつくるんだ? 竜の血か?」 「こりゃたしかに暖まる。とうがらしみたいだ」 「・・・いいか、わしはカラコルムで二十人の相手と飲みくらべをして、みんな負かしたことがあるんだ。・・・」 もちろん、この時代には単に発酵させただけの飲料しかありません。つまり蒸留酒ではないので、どんなものでも24度以上の強度にはならない、そして13世紀の醸造酒はアルコール強度5%をかなり下回るもので、おまけに大量のかすが混入している・・・はたして、ウイスキーをビールのような調子で飲んだ蒙古人はみんな酔い潰れてしまうという、じつに愉快な場面です。酒豪自慢をするのは蒙古人のムカシから?(笑) さて、今回取り上げる本は、酒の歴史ではありません。「酔っぱらいの歴史」。もちろん、酔っぱらいの第1号がどこの誰かは分かりませんが、酔っぱらいはいまもそこここにいるはず。あと何時間かたてば、たぶん私だって酔っ払っています。 この本が問いかけるのは、酔っぱらいの起源はどこにあるのか、人間はどのようにして酔っ払い続けてきたのか・・・といったテーマです。そのような疑問を解き明かそうと、シュメールのバー、古代エジプト、ギリシャの饗宴、古代中国、イスラム、ヴァイキング、アステカ、オーストラリア、ロシア・・・といった調子で、時を遡り、ロケーションも拡張していきます。 江戸時代の花見の酔っ払い 「江戸名所道化尽 三十五 吾妻の森花見」歌川広景画 最古の酔っぱらい? 15万年前には人類らしき生き物はいたものの、酒がない。どうやら2万5千年ほど前になると、女性が角の杯を口元に持っていこうとする像が掘られているので、ちょっと怪しくなってくる。著者の仮説は大胆で、人類が定住するようになったのは食物を育てるため、というのは一般常識。そして、酒や神殿をつくった。いやいや、それなら人類が定住した理由はじつのところ、酒を作りたくて・・・?(笑) その推測の根拠のひとつとしてあげられているのが、現在知られている最も古い建造物、トルコのギョグベリ・テペ。これには屋根も壁もなく人が住んでいた形跡もないのですが、農耕以前の紀元前1万年前にはすでにあったと推測されています。じつは、ここには180リットルほどの容積がある石の浴槽のようなものがあって、そこにはショウ酸塩の痕跡があるというのですね。ショウ酸塩は大麦と水を混ぜると発生する物質で、大麦と水を混ぜれば自然に発酵してビールになるから、ギョグベリ・テペはみんなが集まってビールを飲む場だったのではないか、というわけです。さらに著者の推理は一気に飛躍しちゃいます。人類が農耕をはじめたのは、食べ物のためではなくて、酒のためではないのか―と。 これにも一応根拠となる考えが示されているものの、たいへん面白く読めるのですが、あまりに面白おかしく書かれているので、著者が本気で言っているのか、冗談で言っているのか、分かりません(笑) いや、それでいいんです。 以後は歴史上、つねに酔っぱらい続けてきた人類史についての話。ここからは、言わば飲酒の文化史のような話になるので、その歴史はぐっと下ってきますから馴染みやすい話です。面白おかしく書かれていても、なるほどこれはそうなのかなと思えてきます。 紀元前3200年の酒場の話。古代エジプト人も飲んだ。祝祭の場で飲んだ。古代ギリシア人も飲んだ。宴の場で飲んだ。もしかしたら、「浴びた」(笑) 蒸留の技術―これ自体ははるかに古くからあったのですが、これが酒を造ることに応用されて、酒のアルコール度数が高くなった。おかげで、はじめのうちは、アルコール度数の低いエールしか経験していない連中が、飲みすぎてばたばた死んだ。 この蒸留酒、大麦やライ麦を原料とするジンに関しては、当時の王がオランダ出身のウィリアム3世だったところによるところが大きくて、この王が好んで飲んだことから、英蘭で共同戦線をはり、そして宗教的にも同じくプロテスタントだった両国の兵士が一緒にジンを楽しみ、それが国民にも広まったのではないか、とのことです。 これは国にとっても好都合、たとえば農作物が不作の時期に、税収を確保するという点で王政を維持できる。おまけに、ロンドンのウェストミンスターやイーストエンドのスラム街では、貧民たちがつらい現実を忘れるために安価ですぐ酔えるジンを必要としている。 このあたりから、かつては牧歌的だった飲酒風景が殺伐としてきます。支配階級との断絶も生まれる。それでオーストラリアへの入植が推進されて、当初は禁酒させようとするもうまくいくわけもなく、やがて飲酒を許しつつ、統治する方法に舵を切って、そこから得られる収益でオーストラリアの病院やインフラが築かれることとなります。 一方新大陸アメリカでは、1797年に最大量の蒸留酒を生産していたのは初代大統領ジョージ・ワシントンでした。北米の植民地は先ずビールが普及。ただ、ビールは輸送に向かない。ラム酒は輸送には向いたが、海岸沿いから運ぶと結局コストがかかってしまう。そこで、内陸で作ることのできるウイスキーが人気を得たというわけです。 時代が下り、開拓者が家族と共に定住するようになると厄介な男たちというのはいるもので、仕事場から酒場へ、たまに家に戻れば家庭内暴力。この状況に女性たちは団結して立ち上がり、酒場を禁止せずに飲酒そのものを禁止してしまいます。すなわち禁酒法。その結果、都市部を中心にギャングが台頭。しかもウイスキー職人の技術が途絶えて味は低下。 そういえば、ゴルバチョフの時には、みんな国営企業のウォッカよりも密造酒の方が味がいいことに気付いてしまって、ウオッカの生産が再開されても、だれも買わなくなってしまったなんて話もありましたね。 「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」”The World's End”(2013年 英)から― (Parsifal) 引用文献・参考文献 「酔っぱらいの歴史」 マーク・フォーサイズ 篠儀直子訳 青土社 「酒の起源 最古のワイン、ビール、アルコール飲料を探す旅」 パトリック・E・マクガヴァン 藤原多伽夫訳 白揚社 「タイム・パトロール」 ポール・アンダースン 深町眞理子・稲葉明雄訳 ハヤカワ文庫 Diskussion Hoffmann:・・・どうしてみんな私の顔を見るの? Kundry:まあ、Hoffmannさんは素面でも酔っ払っているようなところがありますからね(笑) Klingsol:幕末の志士だって、酒を飲みながら話し合いをしていたんだからね。 Prsifal:よく、酒の上での話を信用するかって言うけど・・・。 Hoffmann:酒の上での話しか信用しない!(笑) Parsifal:ミュンヘンのビヤホールなんか、歌を歌ったりして楽しそうでいいよね。 Oktoberfest Klingsol:ワインは静かに、ビールは賑やかに・・・というimageがあるね。 Kundry:Hoffmannさんはどちらかというと、ウイスキー派ですよね。 Hoffmann:もっぱらアイリッシュだけど。 Parsifal:Kundryさんはビール一本槍だよね。Klingsol君は? Klingsol:なんでも。よく、ちゃんぽんは悪酔いするとか言う人がいるけど、あれは根拠がない。 Hoffmann:絡んだり、くだを巻いたりするのは嫌だね。むかし、職場に、飲んでいると途中で豹変する人がいた。 Parsifal:酒のせいではなくて、その人の問題なんだろうな。 Klingsol:「酒は楽しく飲まなきゃ駄目だ」って、周囲の人に絡む人がいたよ(笑) Kundry:ストレスのない人というのが、じつは周囲の人のストレスになっているんですよ(笑) Hoffmann:酔っ払うと、そうやって正体露見するわけだ。だから酒の上での話しか信用できないんだよ。道化と酔っぱらいこそ、真実を語る(笑) Kundry:酔っぱらいの理想は? Klingsol:それはもう、李白だよ(笑) Parsifal:漫画家の滝田ゆうなんか、好きだね。 Hoffmann:山田風太郎もいいよ。酔っ払って転んで歯を折って、奥さんが「どうしたの!」と駆け寄ってきたらひと言、「死んだ」・・・って(笑) |