142 「渚にて」 "On the Beach" (1959年 米) スタンリー・クレイマー ネビル・シュートの小説「渚にて ―人類最後の日―」は良作でしたが、映画はどうでしょうか。1950年代のアメリカ映画であることから、鼻につくようなプロパガンダ臭はないのかと多少の不安を抱えて、ひさしぶりの再見です。 監督はスタンリー・クレイマー、主演はグレゴリー・ペック、そのほかエヴァ・ガードナー、アンソニー・パーキンスなど。往年のミュージカル・スター、フレッド・アステアも出演。なかなか豪華です。 storyはほぼ原作を追っているものの、若干の改変もあります。たとえば、タワーズ艦長は最後に潜水艦を領海外で自沈させるのではなく、帰国するべく出航させています。また、登場人物たちの会話などはかなり簡略化されていて、迫り来る死への不安と恐怖の描写はいまひとつ・・・ところが、やはり映像となると、訴えかけてくる力が増していることは否定できません。個人的には、フレッド・アステアのなんとも味わい深い演技が特筆しておきたいところ。 たとえば、サンフランシスコの現状。そして"on the beach"、浜辺の静かな美しさ。核戦争の描写などは一切ないままに、語られるのみ。その生き残りに迫る最後の時、現実逃避的な希望や予想、静かな諦念に至るまでの悲壮感と絶望感を、激しい、衝撃的な映像ではなく、むしろ静かで美しい映像で際立たせたあたり、これは映画だからこそなしえたこと。 滅びゆく世界の中で死にゆく準備をしていく人々。ある者は酒を飲み、ある者は趣味に打ち込み、ある者は家族や恋人との時間を大切に過ごす。時に、危機はやって来ないのではないかと希望的観測にすがって現実逃避してみたり、最後のその日までに残りワインを飲みきるぞと宣言してみたり・・・ごく普通の日常、ところがここでは「残された時間」がはっきりと意識されている。喜びも、悲しみも、束の間のものであることが分かっている状況です。幸せを感じれば同時に空しさを感じないではいられない状況なのです。 1950年代のアメリカ映画にありがちなプロパガンダ臭が希薄なのは、ここに描かれている人々が概ね一般人であり、個人的な内面が描写されているからでしょう。主人公をはじめとして軍人も登場しますが、もはや軍人としての、ということは所属する組織の一員としての人格はあまり意味を持たない。だから政治的発言もないし、だれかを非難することもない、自分を飾る必要もない。この状況ですから、いやらしいメッセージ性は後退しているんですね。強いて言えば、ラストカットでしょうか― "THERE IS STILL TIME..BROTHER"「兄弟たち まだ時間はある」・・・このメッセージだけがむなしく残り、だれもいなくなった広場です。 しかし、なんといっても、もっとも印象的なシーンはタワーズ艦長が潜水艦ソーフィッシュ号を出航させ、モイラが渚でいつまでも潜水艦を見送るシーンです。これは映画史に長く残る名シーンではないでしょうか。 併せてお読みいただければ幸いです。 本を読む 158 「渚にて ―人類最後の日―」 ネビル・シュート 井上勇訳 創元推理文庫 (こちら) (Parsifal) 参考文献 とくにありません。 |