048 アイネムの歌劇「審判」と「老婦人の訪問」 ゴットフリート・フォン・アイネム Gottfried von Einem (1918.1.24.-1996.7.12.)は、オーストリアの作曲家です。没後しばらく忘れられかけていたところ、2018年の生誕100年を機会にその作品のdiscもいくつか発売され、ヨーロッパでは多くの演奏会でその作品が取り上げられたようです。 Gottfried von Einem 経歴などは適宜検索していただくこととして、オペラの代表作といえば。まず有名なのは1947年のザルツブルク音楽祭で上演された「ダントンの死」。知名度はやや落ちるものの同じく1953年のザルツブルク音楽祭で初演された「審判」。個人的に傑作と言いいたのが「老婦人の訪問」、これは1971年5月23日、ウィーン国立歌劇場での初演です。 今回取り上げるのは、初演時のlive録音が残されている「審判」と「老婦人の訪問」です。 歌劇「審判」 “Der Prozes” フランツ・カフカの「審判」が原作。 台本はゴットフリート・フォン・アイネムとボリス・ブラッハーとハインツ・フォン・クラマーによるもので、1950 年から 1952 年にかけて作曲された、フォン・アイネムの 2 番目のオペラ。初演はザルツブルク音楽祭で1953年8 月17日。舞台監督はオスカー・フリッツ・シュー、場面設計はカスパー・ネーヘル、指揮者はカール・ベームでした。 第1部第1景「逮捕」、第2景「ビュルストナー嬢」、第3景「召喚」、第4景「審理」、第2部第5景「笞刑吏」、第6景「弁護士」、第7景「工場主」、第8景「画家」、第9景「大聖堂」といった構成で、カフカの原作にほぼ忠実なので、内容についてとくに語るべきことはありません。アイネム自身が語るところによれば、このオペラはカフカの小説における実存的な罪の問題を寓話として表現し、その対話によって原罪を心理学的に解釈するものであるとのこと。やはりオーソン・ウェルズの映画同様世代的な限界は否定できません。 初演時の録音はCD化されて発売されました。 カール・ベーム指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団、同合唱団 M・ロレンツ、P・クライン、E・コレー、L・デラ・カーザ、ほか ザルツブルク、1953.8.17.live ORFEO C393 952I(2CD) 晩年のベームしか知らない人なら驚きでしょう、1953年ともなると生気に溢れて、ベームがいわゆるNeue Sachlichkeit(新即物主義)の流れを汲む指揮者であることをあらためて知ることができるはず。その世界初演のlive録音ですから、やはり貴重なものです。 歌劇「老婦人の訪問」 ”Der Besuch der Alten Dame” 台本は、フリードリヒ・デュレンマットの原作をもとに作曲者が作成。全3幕。初演は1971年5月23日ウィーン国立歌劇場で行われました。 かつての商業都市ギュレンは、いまでは没落し、失業者で溢れかえっている。ある日、急行列車も停まらなくなって久しいこのうらぶれた小都市に、当市の出身者で、億万長者の老婦人クレール・ツァハナシアンが、強引に急行列車を急停車させ、棺桶と2人の盲人と共に降り立つ。彼女は市長と面会し、市と市民に巨額の資金を提供するかわりに、人々の「正義」を要求する。その「正義」とは、当市の商人イルの「死」。 イルは、かつてクレールと深い仲にあり、2人の間には子供まで産まれた。クレールはイルに子供を認知させるため裁判に訴えたが、イルは2人の男を買収して偽証させ、彼女は市から追い出され、娼婦にまで身を落とすことになった。その後彼女は巨万の富を得たが、ギュレンで受けた仕打ちを決して忘れなかった。彼女に随伴してきた2人の盲人――両目を潰されシンボルを切断された哀れな男は、かつて偽証によりクレールを陥れた2人の証人のなれの果ての姿であった。 市長はクレールの申し入れに難色を示し、街の人々も最初はイルに同情的であったが、クレールによって日々の生活に贅沢が忍び込んで来るに従い、徐々に彼を疎んじるようになり、彼の死を望むようになる・・・。 ※ 町の名前”Güllen”とは水肥、下肥、すなわち糞尿という意味です。 音楽的には親しみやすいもので、デュレンマットのシニカルな原作がフォン・アイネムのわかりやすい作風によって中和され、耳当たりの良い作品に仕上がっています。反面、原作の救いのなさが音楽によって浄化され救済的な側面が強調される結果となっているとも言えるわけで、その意味では原作よりもやや弱腰。こうした作風は現代音楽の作曲家の多くが抱えている問題を浮き彫りにしていると見ることもできるでしょう。 これも初演時の演奏をCDで聴くことができます。 ホルスト・シュタイン指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団、同合唱団 C・ルートヴィヒ、E・ヴェヒター、H・バイラー、H・ホッターほか ウィーン、1971.5.23.live amadeo 419 552-1(3LP)、amadeo 419 552-2(3CD)、ORFEO C930 182I(2CD) amadeo盤が先に出ていて、その後ORFEOから発売になりました。 これは名指揮者ホルスト・シュタインの、ドイツ的なメリハリの利いた、同時にモダンな感覚も併せ持った、この指揮者の残してくれたdiscのなかでもおそらくベスト盤。クリスタ・ルートヴィヒ、エーベルハルト・ヴェヒター、ハインツ・ツェドニク、ハンス・ホッターといった大歌手たちを見事に捌いて、この陰惨きわまりないオペラをじつに緻密かつ大胆に描ききった名演奏です。アイネムのオペラで、この「老婦人の訪問」が最高傑作であろうと思われるのも、この演奏の記録があればこそ。とりわけ、第3幕第7景の 、ぞっとするほど底意地の悪いクリスタ・ルートヴィヒのクレールと、おどおどしたハンス・ホッターの教師との絶妙なやりとりは必聴です。 (Hoffmann) 引用文献・参考文献 とくにありません。 (参考) 映画「審判」 (1963年 仏・伊・西独) オーソン・ウェルズ (こちら) 映画「Kafka 迷宮の悪夢」 (1991年 米) スティーヴン・ソダーバーグ (こちら) 原作小説「審判」 フランツ・カフカ (こちら) |