050 ストラヴィンスキー バレエ音楽「火の鳥」(1910年版)のレコードから 「火の鳥」、フランス語では”L'Oiseau de feu”、ロシア語なら”Жар-птица”。もちろん、イーゴリ・ストラヴィンスキーが作曲したロシアの民話に基づく1幕2場のバレエ音楽、及びこれに基づくバレエ作品のこと。 バレエ・リュスのセルゲイ(セルジュ)・ディアギレフが1910年のシーズン向けの新作として企画。当初、ニコライ・チェレプニンが作曲を担当することになっていたところ、なぜか降りてしまって、次に依頼されたのがアナトーリ・リャードフ。ところが作曲は遅々として進まず、さらにグラズノフや、ニコライ・ソコロフにも作曲を依頼。最終的に、1909年のパリ公演のための「レ・シルフィード」(ショパン作品の編曲)でその実力を確認済みであった、当時の若手作曲家ストラヴィンスキーに作曲を依頼して、ミハイル・フォーキンにはストラヴィンスキーと相談しながら台本を作成するよう指示。そうしたところ、これまでの紆余曲折はなんだったのかというくらい順調に、半年ほどで完成。初演は1910年6月25日にパリ・オペラ座にて、ガブリエル・ピエルネの指揮により行われました。初演は大成功。時にストラヴィンスキー27歳。その代表作である三大バレエ、「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」の第一弾となったものです。 「火の鳥」にはオリジナルの切れ目無く演奏される22曲からなるバレエ音楽のほかに、複数種類の組曲版があり、オーケストレーションが大幅に異なります。オリジナルは初演の年である1910年版と呼ばれます。 左は火の鳥に扮したヴァレンチナ・ヴリノワ。1936年頃、バレエ・リュス・ド・モンテカルロの豪州公演から。右はレオン・バクストによる主役 「火の鳥」 の衣装デザイン。 今回この音楽を取り上げるのは、手塚治虫の「火の鳥」からの連想です。もちろん、手塚治虫の「火の鳥」はストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」、というよりバレエにインスピレーションを得ているんですよ。決して名前だけとか、火の鳥という設定だけではありません。 じっさい、手塚治虫が影響を受けたと思われる個所が、バレエの中のシーンに見受けられます。たとえば、黎明編の冒頭で、火の鳥を狩ろうとする若者、ウラジが、弓矢の効かない火の鳥を素手で捕まえようとして、その火に焼かれて死んでしまいます。遺体となって村に帰ってきた彼の手に握られていたのは、一枚の羽。バレエの方でも、イワン王子が弓矢で火の鳥を捕まえることに失敗し、素手で火の鳥を捕まえます。そして火の鳥が、見逃してくれる代わりにと王子に渡すのが、一枚の羽。ちゃんとバレエのシーンを取り入れているんですよ。 それでは、レコードを―今回は1910年版の全曲録音に限ることとして、組曲版は対象外とします。また、CDも除きます・・・って、この作品のCDは1枚も持っていません(笑) エルネスト・アンセルメ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 ロンドン、1968.11.18-22 キング SLA1014(2LP) アンセルメ最後のレコーディング。1967年にスイス・ロマンド管弦楽団の常任指揮者を退いて、ここではニュー・フィルハーモニア管弦楽団を振っています。さすがにスイス・ロマンド管弦楽団よりも機能的には上、それでもさほど上手いわけでもありません。暖かみがあると言えば言えるんですが、どことなく手探り状態と聴こえて、指揮者の棒の動きを「待って」、反応が鈍くなってしまっているようです。以下に挙げたレコードとくらべると、不思議に気品があると感じるのはたしかです。なお、2枚組の2枚目には、特典としてリハーサル風景が収録されています。 小澤征爾指揮 パリ管弦楽団 パリ、1972.4.22,24,28,29 英EMI Q4ASD2845SQ(LP)、仏Pathe Marconi(EMI) 2C 069-02382(LP) これは以前紹介したレコード。個人的にはこれがベストです。小澤征爾のレコードとしても最上位に位置付けられるもののひとつ。1983年のボストン交響楽団との再録音は、要領よくまとめた耳あたりがよいだけの、まったく霊感を失った凡演であるのに対して、どのシーンをとってもfantasyに満ちあふれた名演です。SQエンコードされているものの、聴き苦しさはありません。 ちなみにこの作品の日本初演(舞台上演)は1954年に行われているのですが、全曲の演奏会初演は1971年、小澤征爾指揮の(旧)日本フィルハーモニー交響楽団によるものでした。このレコードの録音は1972年ですから、小澤征爾も満を持してレコーディングに臨んだということですね。 ピエール・ブーレーズ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック ニューヨーク、1975.1. 独CBS 79318(3LP) 米プレス盤も持っていますが、今回聴いたのは独プレスのストラヴィンスキー三大バレエのセット。「ペトルーシュカ」(1911年版)はニューヨーク・フィルハーモニック、「春の祭典」はクリーヴランド管弦楽団で3枚組。 ドライで辛口ながら、即物的なだけとは感じさせないのが不思議。特段ドラマ性を際立たせる演出意図はなさそうなのに、淡々と進めてバレエの情景を思い浮かばせます。ブーレーズはこの頃はいちばんよかった? クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ウィーン、1979.10. LONDON LDR10012(LP) 蘭プレス。 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団で機能的に申し分のない演奏になっているのは、さすがドホナーニ。音楽も響きも、無国籍的で即物的にならないのは、ウィーン・フィルの音色がそこはかとなく乗っているからでしょうか。録音は鮮明そのもの。DECCA録音でも、ドホナーニのレコードはヴェールを剥いだような生々しさという点で抜きん出ています。参考までに挙げると、アルバン・ベルクの歌劇「ヴォツェック」、「ルル」などはとくにすぐれた録音の例。 アンタル・ドラティ指揮 デトロイト交響楽団 デトロイト、1982.10. DECCA 6.42739(1LP) DMM盤なので独TELDECプレス。 これも鮮明な録音。ドホナーニよりもわずかに暖色系かな。隠し味的副旋律が浮き上がって聴こえるところがドラティらしい。なので、聴いていておもしろいことでは随一です。 ベルナルト・ハイティンク指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 ロンドン、1973.11. 英PHILIPS 6500 483(LP) 英プレス盤。 上記DECCAの2枚とは異なって、ややマイクを引いた好録音。DECCAはオンマイク、PHILIPSはややオフで、ホールトーンの豊かな録音が多いんですね。音場感で愉しめるレコード。オーケストラの響きはやや線が細いかな。これといって特色のある演奏ではありませんが、ハイティンクらしい、高度なレベルで中庸を行く演奏です。 ハンス・フォンク指揮 ハーグ・レジデンティ管弦楽団 1980.6.26-27. 6814 278 (LP) ”Uitgave van HET Residentie-Orkest, Presentexemplaar”との表記あり。このオーケストラの自主制作盤か。 さすがに機能的には国際的に超一流とは言い難いものの、人肌のぬくもりの感じられる好演。お世辞にも洗練された響きとは言えず、アタックなどの立ち上がりがわずかに遅いところがあって、鮮烈な演奏にはならない分、これが懐の深さというか、音楽に深みを感じさせる要因になっているのではないかと思います。悲運の指揮者、ハンス・フォンクの指揮は地味ながら誠実、気品さえ漂わせる点ではハイティンク以上ですね。 ************************* レコード(LP)を再生した装置について書いておきます。 今回1970年代以降のstereo盤なので、カートリッジは、小澤盤、ブーレーズ盤、ハイティンク盤ではortofon SPU GTE、ドホナーニ盤、ドラティ盤、フォンク盤ではMUTECH RM-KAGAYAKI 《耀》、スピーカーはStirling Broadcast LS3/5a V2で聴きました。アンプは前半はAtoll、後半はMeridianにしました。 また、EQカーヴは今回すべてRIAAで問題ありませんでした。 (Hoffmann) |