059 ギョーム・ルクーの作品とdisc




 ギヨーム・ルクーJean Joseph Nicolas Guillaume Lekeu(1870.1.20.-1894.1.21.)はベルギー生まれの作曲家。奇しくもルイ・ヴィエルヌLouis Vierneと同じ年の生まれですね。セザール・フランクの最後の弟子として将来を嘱望されていましたが、24歳で夭折した人です。

 6歳からピアノとヴァイオリンを始め、後にチェロも学び、リセの物理教師からバッハ、ベートーヴェンの後期作品とワーグナーの音楽を教えられ、その作品に強く惹かれたということです。1889年にはバイロイトを訪れ、「トリスタンとイゾルデ」上演中に興奮(感激)のあまり失神して運び出される、というエピソードを残しています。ちなみにこのとき19歳、じつに見上げた青年です。翌1889年からセザール・フランクに作曲を師事。フランクが1890年に没した後はヴァンサン・ダンディに師事しています。

 1891年にルクーはダンディの勧めでローマ賞に参加しますが、カンタータ「アンドロメダ」は審査員団により第二等次席とされたものの、ルクーは審査に不正があると感じて受賞を拒否。1892年2月18日にブリュッセルで演奏された「アンドロメダ」の抜粋編曲版を聴いた、ヴァイオリニストのウジェーヌ・イザイは、ルクーにヴァイオリン・ソナタの作曲を依頼しました。そして作曲・献呈されたのがヴァイオリン・ソナタト長調。同作は1893年3月にイザイにより初演され、イザイはさらにピアノ四重奏曲の作曲も依頼しています。

 ルクーは1894年1月21日、彼の誕生日の翌日、チフス熱で逝去。満年齢で24歳でした。


Guillaume Lekeu

 それではdisc紹介を。LP時代はルクーのレコードは少なかったですね。有名かつ入手しやすかったのは、グリュミオーによるヴァイオリン・ソナタのレコードです。

Debussy:Sonate pour violom et piano
Lekeu:Sonate pour violom et piano
Arthur grumiaux (violon), Riccardo Castagnone (piano)
1955.12.
仏PHILIPS L00.348L(LP)

Lekeu:Violin Sonata
Vieutemps:Ballade und Plonaise
Ysaÿe:”Rêve d'enfant”
Arthur grumiaux (Violin), Dinorah Varsi (Klavier)
1973.12.
蘭PHILIPS 6500 814(LP)


 カスタニョーネとの録音の方がいいですね。

Lekeu:Sonate en sol mineur
Debussy:Sonate en sol mineur
Ravel:Tzigane
1980.1981.
Augustin Dumay (violon), Jean-Philippe Collard (piano)
Pathe Marconi 2C069-73037(LP)


 オーギュスタン・デュメイの新しめの録音もありますが、ちょっと朗々と歌わせすぎのような気もします。

 国内盤で、ワーナー・パイオニアから出ていた2枚も当時は貴重でした。―

Lekeu:Trio in C minor
Natakie Ryshna (piano), Israel Baker (violin), Armand Knaproff (cello)
ワーナー・パイオニア G-10201(LP)

Lekeu:Quartett for piano and Strings (unfinished)
Lekeu:Cello Sonata (3rd movement)
Lekeu:Poèms (Three Songs)
Natakie Ryshna (piano),
Member of the Baker Strings Quartett (Israel Baker, Alexander Neiman, Armand Knaproff),
Kay McCracken (sop.), Vernon Duke (piano)
ワーナー・パイオニア G-10202(LP)


 この2枚はSFMレコード原盤。SFMとは”The Society of Forgotten music”の頭文字。ワーナー・パイオニアは「失われた音楽の会」シリーズとして何枚か出していた模様。この2枚はその「1」と「2」。SFCレコードは作曲家・ピアニストのヴァーノン・デュークが創始者。2枚目のレコードではピアノを弾いていますね。

 ベイカー弦楽四重奏団は1958年、SFMシリーズの録音を目的として結成された団体。ヴァイオリンのイスラエル・ベイカーは結構有名ですね。NBC交響楽団の団員で、パラマウント映画スタジオのオーケストラのコンサートマスターを務め、ソリストとしても活躍した人。ブルーノ・ワルター指揮コロムビア交響楽団によるブラームス交響曲第1番のレコードで、第2楽章のヴァイオリン・ソロを奏いているはこの人です。チェロのアルマン・カプロフもNBC交響楽団の団員で、ロサンゼルスの映画スタジオでも演奏していたそうです。

 録音年の表記はないのですが、どうも最初の発売は1960年頃だったようなので、1958~1960年、stereo初期の録音と思われます。

 作品についてふれておくと、チェロ・ソナタの第3楽章だけが演奏されていますが、これは未だルクーの作曲技法が未熟な時期の作品で、しかし第3楽章は叙情味豊かな旋律美があるとされていたことから、単独で取り上げられたものと思われます。また、この第3楽章には「阿片常用者の告白」という表題が付されていたことがあります。チェロ・ソナタの第1楽章と第2楽章にはボードレールの「悪の華」からの引用が、第4楽章にはルクーの自作らしい詩が書き込まれているらしいのですが、第3楽章には以下の書き込みがあると―

〈mater suspiriorum / Thomas de QUINCEY / Confessions of English Opium eater / III suspiria de profundis〉

 ※ 正しくは”Confessions of an English Opium-Eater”ですが、上記は原文ママ。

 「ため息の母」、「深淵よりのため息」、先日フリッツ・ライバーの「闇の聖母」を取り上げたときにお話ししたダリオ・アルジェントの映画を思い出しますね。”suspiria”ってのはラテン語で、トマス・ド・クインシーの本の表題にも出てくることばなんですよ。

 LPレコードがあと2枚―

Lekeu:Andromede Poeme lyrique & Symphonique
Jacques Houtmann, Orhcestre Symphonique de la RTBF
Societe royale de Chant "l'Emulation" (Vierviers)
Ensemble Vocal et Alliance Chorale de la RTBF
Francine Laurent-Gerimont (soprano)
Robert Dume (tenor)
Luis Masson (basse)
Bruxelles dans le Grand Auditrium de la Maison de la Radio, 12,20,23 & 24 juillet 1984
Musique en Wallonie MW80051(LP)

 DMM盤。

 ギリシャ神話をベースにしたもので、生け贄にされそうになったアンドロメダをペルセウスが助けるというカンタータ。音楽はワーグナーの影響が垣間見られるものの、ドラマティックにすぎることなく、たいへん美しい。ローマ賞応募作品で2位とされ、納得がいかないルクーは受賞を辞退しています。これを聴いたウージェーヌ・イザイがヴァイオリン・ソナタの作曲を依頼したという意味でも重要な作品です。

Lekeu:Deuxieme Etude Symphonique (1890)
Lekeu:Fantasie contrapuntique sur un Cramignon liégeois (1890)
Paul Strauss, Orchestre Symphonique de Liège
1973?
Musique en Wallonie MW80009(LP)


 André Charlin録音、〈première publication 1973〉とあるのでおそらくその頃の録音と思われます。収録作は 交響的習作第1番と第2番、「リエージュの伝統舞曲クラミニョンの調べによる対位法的幻想曲」ですね。後者は”pour hautbois, clarinette, cor, basson et orchestre à cordes”とあり、各1本のオーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンと弦という編成ですが、弦は分奏や「4人で」などといった指示があるので、後述するCDでは「管弦楽のための」と表記しました。

 楚々としたフランス音楽なんて想像していたら裏切られるのはヴァイオリン・ソナタも同様ながら、オーケストラ曲となるとやはり秘めたる熱情を感じ取らずにはいられないでしょう。

 それではこれよりCD。真っ先に取り上げたいのはなんといってもこちら―

”Guillaume Lekeu Les Fleurs Pales du Souvenir... Complete Works”
RICERCAR RIC351(8CD)


 副題は「追憶の淡い花・・・」。作品名、演奏者名は簡略化して日本語で記載しておきます。

Disc1
ピアノとヴァイオリンのためのソナタ ト長調 V.64
ピアノ四重奏曲ト短調(未完)V.62
コラール V.44~ヴァイオリンとピアノのための
アンダンティーノ・センプリーチェ V.93~ピアノ独奏
歌曲2編(父の実家の窓 V.77/ケシ V.80)
瞑想 V.48~弦楽四重奏のための

Disc2
メヌエット V.49~弦楽四重奏のための
弦楽四重奏のための緩徐楽章(モルト・アダージョ・センプレ・カンタービレ・エ・ドロローゾ) V.52
アダージョ・レリジョーゾ V.84~ピアノ独奏のための
マズルカのテンポで V.106~ピアノ独奏のための
レント・ドロローゾ V.100~ピアノ独奏のための
アンダンテ V.88~ピアノ独奏のための
アレグロ・マルカート V.85~ピアノ独奏のための
子守歌とワルツ V.95~ピアノ独奏のための
アンダンテ・マリンコニコ V.91~ピアノ独奏のための
アンダンテ V.86~ピアノ独奏のための
主題と変奏 V.66~弦楽三重奏のための
アンダンテ V.87~ピアノ独奏のための

Disc3
アダージョ・モルト・エスプレッシーヴォ V.33~2挺のヴァイオリンとピアノのための
弦楽四重奏曲ト長調 V.60
2挺のヴァイオリンのためのメヌエット V.50

Disc4
チェロとピアノのためのソナタ ヘ短調 V.65
アンダンテ・ピウ・トスト・アダージョ V.38~ヴァイオリンとピアノのための
アンダンテ・ソステヌート V.92~ピアノ四手連弾のための
ヴィクトル・ユゴーの戯曲「城主」のための序曲 V.27

Disc5
モデラート・クヮジ・ラルゴ V.103~ピアノ独奏のための
交響的習作第1番「勝利せる解放の歌」 V.18~管弦楽のための
歌曲2編(ほんのり古風な、テンポの遅い舞曲が V.81/より濃密な影 V.79)
リエージュの伝統舞曲クラミニョンの調べによる対位法的幻想曲 V.23~管弦楽のための
交響的習作第2番「ハムレット」 V.19
オフィーリア 第1版 V.21~管弦楽のための
オフィーリア 第2版 V.22~管弦楽のための

Disc6
ピアノ三重奏曲ハ短調 V.70
ピアノ・ソナタ ト短調 V.105
四重弦楽合奏のためのアダージョ V.13

Disc7
婚礼の歌 V.17~オルガンと管弦楽のための
歌曲「5月の小唄」 V.73
合唱と管弦楽のための叙情歌 V.7
カンタータ「アンドロメダ」V.3

Disc8
チェロと管弦楽のためのラルゲット V.28
チューバと吹奏楽のための序奏とアダージョ V.28
アンドロメダの嘆き V.5~ソプラノ、ピアノと弦楽のための
ピアノのための3つの小品 V.107
フランス・アンジュー地方の2つの歌による幻想曲 V.25(管弦楽版/ピアノ四手連弾版)
管弦楽のための3つの詩曲 V.82
子守歌 V.94~ピアノ独奏のための

ピエール・バルトロメー指揮 リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団
ノルベール・ノジ指揮 ベルギー王立騎兵隊吹奏楽団
ナミュール交響合唱団
カメラータ四重奏団、グリュミオー・トリオ、ドーマス四重奏団
フィリップ・ヒルシホルン、フィリップ・コック(ヴァイオリン)、
ジャン=クロード・ファンデン・エインデン、リュク・ドヴォ(ピアノ)
ギィ・ド・メイ(テノール)、フィリップ・フッテンロッハー(バリトン)、ジュール・バスタン(バス)
ベルナール・フォクルール(オルガン)ほか


 初出は1994年、ルクーの没後100年を記念して9CDのセットでののリリースでしたが、まもなく廃盤に。その後2015年に8CDに再編集されて再発。私はこの再発時に入手しました。

 1枚目こそ代表作「ヴァイオリン・ソナタ」ほか、比較的知られている作品が並んでいますが、2枚目以降はほとんどはじめて聴く作品ばかり。短命のわりには作品が多かったんだな、と思いつつ耳を傾ければ、「珠玉の名品」と予定どおりの感想よりも、意外なほどの熱情に驚きます。管弦楽作品にはたしかに師であるフランクの影響を垣間見ることができるのですが、節度を保ちながらも結構温度感が高い。ワーグナーの影響もそこここに。

 CDでは、かなり以前から聴いていたのがこれ―

Lekeu:Molto adagio pour quatuor a cordes (1887)
Lekeu:Quatuor avec piano (1893-94)
Lekeu:Larghetto pour Violoncelle solo et ensemble (1892)
LekeuAdagio pour quatuor d'orchestre (1891)
Lekeu:Trois Poemes pour soprano et piano (1892)
Rachel Yakar (soptrano), Isabelle Veyrier (violoncelle solo)
Ensemble Musique Oblique
1994.
harmoniamundi France 901455(CD)


 Vierne作品でお世話になった仏timpaniのCDでLekeuのものは1枚だけ―

”Guillaume Lekeu l'oeuvre pour 1uatuor a cordes”
Lekeu:Molto adagio
Lekeu:Quatuor a cordes
Lekeu:Meditation
Lekeu:Menuet
Quatuor Debussy
2010
timpani 1C1182(CD)


 Vierneのピアノ五重奏曲と弦楽四重奏曲をMDGから出していたSpiegel String Quartetは、Lekeuも録音しています。

Lekeu:Quatuor (1894)
Lekeu:Molto adagio (1887)
Lekeu:Quatuor(1887)
Jan Michiels (piano), Spiegel String Quartet
2003.
MDG MDG644 1266-2(CD)


 1曲目が未完のピアノ四重奏曲。

 きりがないのであとふたつだけ、独Koch Schwannから出たCDを―

Lekeu:Trio en ut mineur pour piano, violon et violoncelle
Daniel Blumenthal (piano), Thanos Adamopoulos (violon), Gilbert Zanlonghi (violoncelle)
1987.
Koch Schwann CD 310 060H1(CD)

Lekeu:Quatuor inacheve
Lekeu:Sonate en Fa pour violoncelle et piano
Daniel Blumenthal (piano), Thanos Adamopoulos (violon),
Christophe Desjardins (alto), Gilbert Zanlonghi (violoncelle)
1987,1990.
Koch Schwann CD 310 185H1(CD)


 このほか、ここに挙げないCDもありますが、ピアノ四重奏曲はもちろん、意外とチェロ・ソナタの録音も少なくないようで、ピアノ三重奏曲のdiscは比較的めずらしいようです。その意味ではKoch Schwanの1枚目は貴重。2枚目の1曲目は”inacheve”すなわち未完のピアノ四重奏曲です。


(Hoffmann)