093 オネゲル 劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」




 劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」"Jeanne d'Arc au bucher"は、アルテュール・オネゲルがポール・クローデルの台本に基づいて作曲したオラトリオです。正確な題名は"Jeanne d'Arc au bucher, Oratorio dramatique ― Poeme de Paul Claudel"。演奏会形式による初演は1938年5月12日、スイス、バーゼルにて。舞台初演は1942年6月3日、スイス、チューリヒ市立劇場で行われました。舞踏家のイダ・ルビンシュタインに捧げられています。

 storyはジャンヌの火刑を翌日に控えた晩、修道士ドミニクが裁判が記録された書物を持ってジャンヌを訪ねるところからはじまり、ジャンヌがそれまでのいきさつを回想するシーンが続きます。獣に裁かれる異端審問、王たちの賭けにより引き渡されるジャンヌ、ランスに王を迎えに行く栄光の過去、子供の頃の思い出・・・朝になり、現実に引き戻されたジャンヌは火刑に処されます。

 台詞のみの俳優と歌手によって進行するオラトリオで、主役のジャンヌ・ダルクと修道士ドミニクが俳優によって演じられますが、ジャンヌは一箇所だけ歌う場面があります。


 それでは、手持ちのdiscを―

Louis de Vicht, l'Orchestre National de Belgique
La Chorale Coecilia d'Anuers, La Chorale de l'Institut Notre-Dame de Cureghem
Marthe Dugard, Raymond Gerome
Janvier 1943
La Voix de Son Maitre FALP213 et 214 (2LP)


 1943年といえばナチ占領下での録音ということになります。この作品を録音するにあたっては、思うところがあったのかも・・・というのは、まったくの想像ではありません。オネゲルはナチス占領下のフランスで「かつてないほど人気が高」く、「もっとも作品が上演された作曲家のひとり」でした。オネゲルはスイス国籍ですから国外逃避が可能だったところ、1940年10月末に、避難先のフランス南西部アジャンから、あえて占領下のパリへ戻っているのですね。そして占領下におけるオネゲル作品の上演は85回に及んでいます。これは、オネゲルがスイス出身でありながら「フランス的作曲家」と認識されていたためで、とりわけ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」は、その題材からしてフランスの歴史において政治的に利用されてきたものです。なにより、フランスの象徴。ヴィシー政権のペタンは1941年、ジャンヌを「新秩序の女王」と見立てて、ジャンヌ・ダルクの祭典をひときわ愛国的な熱狂のなかに実施しようとしました。一方で、レジスタンスもまた、プロパガンダに利用しています。占領下で上演するのに、これほどふさわしい作品もまたとなかったでしょう。

 ただし、それだけではないことを付け加えておかなければなりません。

 ジャンヌ・ダルクの物語は反英感情を煽動するもの。ヴィシー政権にしてみればドイツ占領当局に対するのと同時に、軍事同盟国でありながらフランスの植民地に対する脅威であるイギリスを悪役に見立てることができる。ましてや、このままドイツが戦争に勝利することにでもなったら、同盟国イギリスよりもドイツに協力しておいた方が得策であろうとの思惑もあったでしょう。

 もちろん、オネゲル自身は反ナチズムを表明していました。しかし作品自体に政治的意図はない。ここではフランス民謡を引用して、「民衆性」を強調しています。ところがこれが作曲当時の意図とは別に、地方の民俗芸能を礼讃する「国民革命」の理念と結びついて、これがヴィシー政権にとってはまことに都合がよかったわけです。

 さらに、ここにはユダヤ人に対する憎悪の煽動も組み込まれていました。これはオネゲルにもジャンヌ・ダルクにもまったく関係のないところでの話になるんですが、戦前に出版されたラウル・ベルゴ研究書「ジャンヌ・ダルクと近代史」には、ジャンヌを裏切ったコーション司教を、オルレアンの乙女を火刑に追いやるなどフランス人にできることではない、ユダヤの血が流れていたに違いない、という人種差別的な解釈があります。なんとも乱暴かつ根拠のない言いがかりですが、これが反ユダヤ主義愛国者に支持された。じっさいにこの頃、コーション司教はユダヤ人であるというデマが数名のジャーナリストによって拡散されているのです。

 そのような負のベクトル要素も含めて、この作品はこの時期、フランスの国家統一のシンボルとしてimageされていたであろうということです。その意味では、このレコードも貴重な録音と言えるかもしれません。

 1943年の録音としては音質良好。オーケストラは一流とは言い難いが健闘。やや客観的な演奏で、叙事的に淡々と描いたといった印象。台詞やソロの歌が前面に出てきて、stage感はない。


Jean-Marc Cochereau, Orchestre Philharmonique de Nice et Choeurs
Muriel Chaney, Alain Cuny
14 au 17 juin 1976, eu la basilique-cathedrale Saint-Reparate de Nice
SOLSTICE SOL36/37 (2LP)


 世界有数のリゾート地、ジャズフェスティヴァルでも有名なニースでの録音。

 冒頭、オーケストラと合唱がソフトに溶け合った響きで期待させるが、ソロの台詞や歌は左右に分かれるだけで奥行き感のないマルチモノ録音。とくに肝心のジャンヌの声はまるで歌謡曲における別録りのように、オーケストラや合唱と同じ空間を共有していないように聴こえる。オーケストラ、合唱に限って言えば録音は悪くないし、悠揚迫らぬゆったり感のある演奏も、上品でそれなりにいい。


Seiji Ozawa, London Symphony Orchestra and Chorus, The Orpington Jonior Singers
Vera Zorina, Alec Clunes, Heather Harper, Helen Watts, Gwenyth Annear
Walthams Town Hall, London, 1666.6.6-7.
米CBS 32 21 0004 (2LP)
日CBS Sony SOCO123~4 (2LP)


 小澤征爾の旧録音。英訳版。

 小澤征爾としては1966年4月に日生劇場で、旧日本フィルハーモニー交響楽団を振って、ジャンヌとドミニクを劇団四季の斉藤昭子と水島弘、歌手は二期会の歌手で上演。その2か月後にロンドンへ飛んで録音したもの。この録音は我が国では長らくお蔵入りになっていたところ、たしか1970年代の半ば頃になってようやく発売されたのではなかったか。

 英訳版であることに若干の違和感もあるものの、小澤征爾の指揮(音楽造り、設計)に関しては、基本的には後の再録音でも変わらず。この指揮者が朝早くから勉強している努力家であることは有名だが、基本的には天才肌のひと。


Seiji Ozawa, Orchestre National de France, Choeur de Radio France, Maitrise de Radio France
Marthe Keller, Georges Wilson, Pierre-Marie Escourrou, FrancoisePollet, Michele Command, Mathalie Stutzman
Festival de Saint Denis, 1989.6.
DG 429 412-2 (CD)


 1989年6月、パリのサン・ドニ大聖堂でのlive録音。

 以前にも取り上げたことがあるが、おそらく小澤征爾の最高傑作か。録音も優秀。DGはなぜかフランスでの録音にときどきいいものがある。


Alain Altinoglu, Orchestre National de Montpellier, Choeurs de l'Opera National de Montpellier et d'Angers Nantes Opera
Stage director : Jean-Paul Scarpitta
Sylvie Testud, Eric Ruf
montepeliier, 2006.7.
Accord 442 918-1 (DVD)


 舞台はなかなかおもしろい。ジャンヌ役の女優シルヴィー・テステューがすばらしい。この人の出演している映画のDVDも観たことがあるが、かなりの知性派と見受ける。舞台演出もいい。歌手陣はいま一歩のレベル。DVDのBonus映像にメイキングの収録あり。

 
 


Marc Soustrot, Barcelona Symphony & Catalonia National Orchestra
Realisation : Jean-Pierre Loisil
Lieder Vamera Choir, Madrigal Choir, Vivardi-Petits Cantors
Marion Cotillsrd, Xavier Gallais, Yann Beuron, Maria Hinojosa, Aude Extremo, Anna Moreno-Lasalle, Eric Martin-Bonnet, Carles Romero Vidal
Sala Pau Casals, Barcerona, November 17.2012
演出:ジャン=ピエール・ロワゼル
α ALPHA708 (DVD)


 フランスのマイナー・レーベル"Alpha"と放送局"Medici.tv"との共同制作らしい。

 ジャンヌ役は女優のマリヨン・コティヤール。上記シルヴィー・テステューの知性派に対して情感派か。演奏はややこぢんまりとしているが、悪くない。なお、映像で観る限り、stageの照明が明るすぎないのがいい。「おまけ」のNHKホールの、シラケてしまうほどの無機的な煌々とした「明るさ」と比較してごらんなさい。こうしたところに「センス」のあるなしが露呈してしまうんですよ。

 


Stephane Deneve, Royal Concertgebouw Orchestra Amsterdam
Rotterdam Symphony Chorus, Nertherlands Children's Choir
Judith Chemle, Jean-Claude Drouot, Claire de Sevigne, Christine Goerke, Judit Kutasi, Jean-Noel Briend, Steven Humes
The Concertgebouw Amsteredam, 27 and 28 September 2018
RCO RCO19001 (SACD)


 プーランクの「牝鹿」全曲盤もよかったドゥネーヴの指揮。

 オーケストラはさすがに上手い。どちらかというと客観的な演奏。一方語りに関しては、ジャンヌ役の女優ジュディット・シュムラをはじめ熱演。歌手のなかにはちょっとやりすぎなひとも。ホールの響きが美しい。


(おまけ)

 1993年9月7日、松本文化会館におけるサイトウ・キネン・フェスティヴァルでの上演から、指揮は小澤征爾。ジャンヌ役はDG録音と同じマルト・ケラー。

  


 1989年12月7日、NHKホールにおけるNHK交響楽団の定期演奏会から。指揮は若杉弘 ジャンヌ役のアンヌ・フルネAnne Fournetはたしか指揮者ジャン・フルネの娘さんじゃなかったかな。ちなみに我が国におけるフランス語での全曲公演はこれがはじめてだったはず。

  


(Hoffmann)



参考文献

「抵抗と適応のポリトナリテ」 田崎直美 アルテスパブリッシング