097 「世紀の9大指揮者によるベートーヴェン/交響曲全集」




 「世紀の9大名指揮者によるベートーヴェン/交響曲全集」という6枚組のセットは、私が子供の頃、東芝から発売になったものです。その名のとおり、往年の名指揮者による歴史的録音を集めたもの。いまでは中古店の棚に並んでも、見向きもされないんじゃないかな。今回、ひさしぶりに取り出して全部聴いたので、取り上げることとします。

 収録内容は以下のとおり―

第1番
 アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 B.B.C.交響楽団
 1937.10.25.

第2番
 カール・シューリヒト指揮 パリ音楽院管弦楽団
 1958.9.

第3番「英雄」
 オットー・クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団
 1955.

第4番
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 1950.11.25,30.

第5番「運命」
 セルゲイ・クーセヴィツキー指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
 1934.

第6番「田園」
 ブルーノ・ワルター指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 1936.6.22.

第7番
 ハンス・クナッパーツブッシュ指揮 ベルリン国立歌劇場管弦楽団
 1929.12.19.

第8番
 フランツ・シャルク指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 1928.

第9番「合唱」
 フェリックス・ワインガルトナー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ウィーン国立歌劇場合唱団
 ルイーゼ・ヘルツグルーバー(ソプラノ)
 ロセット・アンダイ(アルト)
 ゲオルク・マイクル(テノール)
 リヒャルト・マイール(バス)
 1935.2.2-4.

東芝 EAC-47009~14 (6LP)



 すべてmono録音。

 当時としても、トスカニーニの1番、ワルターの6番とかワインガルトナーの9番あたりは同じ東芝のGRシリーズでも出ていたはず・・・というか、持っています(笑)シューリヒトは廉価盤で復活したのはもう少し後のことだったか・・・クレンペラーの旧録音とかクーセヴィツキー、シャルクあたりはめずらしかったかもしれません。

 それではそれぞれの演奏に簡単なコメントを―

 トスカニーニはあまり好きな指揮者ではありません。基本的にはイン・テンポ。メリハリ調と言えば聞こえがいいものの、アクセントも強すぎて即物的、終楽章などテンポが速すぎないか・・・と思っていたんですが、古楽器演奏隆盛のいま聴くと、これはこれで納得のいくものかもしれないなと思いました。BBC交響楽団は後にこの指揮者が再録音を行ったNBC交響楽団よりも、響きがヨーロッパのオーケストラらしくていいですね。

 シューリヒトの録音は有名ですね。速いテンポで引き締まった響き、シューリヒトとパリ音楽院管弦楽団によるベートーヴェンの交響曲は全曲録音がありますが、なかでもこの第2番はとくに出来のいい方です。

 クレンペラーの「英雄」は旧録音。古典的ながら即物的でモダンな感覚は現在でも通用するもの。推進力もあって、さすがクレーンペラーです。後のstereo録音よりもいいかもしれません。

 フルトヴェングラーの4番はセッション録音。live録音のような燃焼はありませんが、音楽造りは共通するもの。スケールが雄大。録音は優秀です。たしかこの録音の初LP化だったはず。

 クーセヴィツキーの「運命」もまた古典的な造形感覚が印象的です。効果造りを排した地味な演奏と聴こえて、クレンペラー、フルトヴェングラーに続けて聴くと印象に残りにくく不利ですが、これはこれで立派な古典主義交響曲です。

 ワルター、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の「田園」はいまさら言うまでもない有名な録音です。クーセヴィツキーに続けて聴くと、かなりロマンティックな演奏だと感じます。といって情緒に溺れるようなことはありません、そこがワルターの節度。録音もたいへん良質。これはSP盤(5枚組)も手許にあるので、いずれ取り上げるかもしれません。

 クナッパーツブッシュは狂信的熱狂的なファンが多く、悪口を言うと石が飛んできそうで怖いんですが・・・。このレコードの解説書でも、ちょっと頭のおかしい評論家が常軌を逸した賛辞を書き連ねています。なんでも、アタックがことごとく不揃いなのも効果的で、未熟な演奏であるところが魅力なんだそうです(笑)
 聴いてみると、ところどころにポルタメントが聴きとれるのはいいとしても、アンサンブルが悪く、テンポの変動も恣意的、どう聴いたって、やる気のない演奏としか思えません。遠慮なく言わせてもらえば、このセットのなかで聴く価値のないことでは随一。

 シャルクの8番は1928年にしては音質良好で、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は明るく華やかに鳴り、しかしイン・テンポで派手にはならず、楽しい演奏になっており、これは気に入りました。

 ワインガルトナーは立派な指揮者だったのかもしれませんが、あまりにも穏健派。ドラマティックにすることなく、淡々と進めてゆく指揮。意外にもテンポの変動はあるものの、すべてが控え目。上品といえば上品、決して即物的にはなりません。おもしろいのは、合唱団もソロの歌手もこの演奏に引っ張られたものか、劇的になることを避けているかのようです。録音は年代を考えれば悪くはないのですが、高域上がりで若干キンキンします。LP1枚に詰め込んでいるのが残念。
 ワインガルトナーのベートーヴェンなら、キャニオン・レコードから出たARTISCO盤(YZ-3001~9)が、疑似stereoながらわりあい良好なバランスで聴くことができます。こちらは2枚3面にカッティングされています。


(Hoffmann)