173 "Verdi at The Met"




 "Verdi at The Met / Legendary Performances from The Metropolitan Opera"と題された20CDセットです。

 以下に輸入元情報を―

Disc1-2:歌劇『椿姫』全曲

 1941/42年シーズンの最初にライヴ中継された公演で、20世紀中盤のメトの看板歌手の一人、テノールのジャン・ピアースのメト・デビュー公演となったもの。気品あるヴィオレッタを演じるノヴォトナーのヴィオレッタはこれが唯一の記録。指揮のパニッツァは1920年代にトスカニーニのもとでミラノ・スカラ座の指揮者を務め、1934年にメト・デビュー後、メトのイタリア・オペラ上演を一手に担った名匠です。

ヤルミラ・ノヴォトナー(ヴィオレッタ)
ジャン・ピアース(アルフレード)
ローレンス・ティベット(ジェルモン)、他
エットーレ・パニッツァ(指揮)
録音時期:1941年11月29日


Disc3-4:歌劇『オテロ』全曲

 1913年のメト・デビュー以来、イタリア・オペラのドラマティックな役柄で一世を風靡した名テノール、ジョヴァンニ・マルティネッリのオテロが随一の聴きものです。敵対するイアーゴのティベットとの白熱した二重唱も凄まじい限り。レートベルクの美しいデズデモナも見事です。

ジョヴァンニ・マルティネッリ(オテロ)
エリーザベト・レートベルク(デズデモナ)
ローレンス・ティベット(イアーゴ)
アレッシオ・デ・パオリス(カッシオ)
ジョージ・チェハノフスキー(モンターノ)、他
エットーレ・パニッツァ(指揮)
録音時期:1940年2月24日


Disc5-6:歌劇『仮面舞踏会』全曲

 『仮面舞踏会』が1913年以来四半世紀ぶりにメトでリヴァイヴァルされた時の記録。3年前にメト・デビューを果たした当時29歳のビョルリンク唯一のリッカルドの全曲録音であり、ミラノフとのコンビで残された唯一の『仮面舞踏会』でもあります。

ユッシ・ビョルリンク(リッカルド)
アレクサンデル・スヴェト(レナート)
ジンカ・ミラノフ(アメーリア)
ブルーナ・カスターニャ(ウルリカ)、他
エットーレ・パニッツァ(指揮)
録音時期:1940年2月14日


Disc7-8:歌劇『リゴレット』全曲

 ティベットの後継者として1939年のデビュー以来、メトを代表するバリトン歌手として活躍したレナード・ウォーレンの当たり役、リゴレットの全曲盤です。第2次大戦中の混乱を避けてアメリカを離れていたビョルリンクが戦後初めてメトに登場した時の記録でもあります。名花サヤンの可憐なジルダも魅力的です。

レナード・ウォーレン(リゴレット)
ユッシ・ビョルリンク(マントヴァ公爵)
ビドゥ・サヤン(ジルダ)
ノーマン・コードン(スパラフチーレ)
マーサ・リプトン(マッダレーナ)
ジョージ・チェハノフスキー(マルッロ)、他
チェーザレ・ソデロ(指揮)
録音時期:1945年12月29日


Disc9-10:歌劇『ファルスタッフ』全曲

 巨匠フリッツ・ライナーがメトの指揮者だった時の貴重な記録で、メトで指揮した唯一のイタリア・オペラです。『サロメ』でセンセーショナルなデビューを飾った直後の上演で、各パートをクリアーに響かせるライナーの手腕が生きています。ウォーレン、レズニック、エルモ、ディ・ステーファノなど個性豊かな歌手がそれぞれの役柄を生き生きと描き出しています。トスカニーニが翌年の『ファルスタッフ』の演奏で題名役に起用したヴァルデンゴがここではフォードを歌っているのも注目です。

レナード・ウォーレン(ファルスタッフ)
ジュゼッペ・ヴァルデンゴ(フォード)
ジュゼッペ・ディ・ステーファノ(フェントン)
レジーナ・レズニック(アリーチェ)
クレオ・エルモ(クイックリー夫人)
リチア・アルバネーゼ(ナンネッタ)
マーサ・リプトン(メグ・ページ)、他
フリッツ・ライナー(指揮)
録音時期:1949年2月26日


Disc11-12:歌劇『シモン・ボッカネグラ』全曲

 ウォーレンがメト・デビューを飾ったのがこの『シモン・ボッカネグラ』(ただしパオロ役)で、この1950年の上演がウォーレン初のシモン役となりました。タッカー、ヴァルデンゴと名歌手をそろえ、ヴァルナイの珍しいヴェルディ・オペラの記録でもあります。ウィーンでマーラーのアシスタントとつとめ、メトでワーグナーを中心とするドイツ・オペラ上演を担ってきたシュティードリーが初めてイタリア・オペラを指揮したのがこの『シモン』で、大成功を収めた彼はこの後、イタリア・オペラもレパートリーに加えていきます。

レナード・ウォーレン(シモン・ボッカネグラ)
アストリッド・ヴァルナイ(アメーリア)
ミハーイ・セーケイ(ヤーコボ・フィエスコ)
リチャード・タッカー(ガブリエーレ・アドルノ)
ジュゼッペ・ヴァルデンゴ(パオロ・アルビアーニ)
ロレンツォ・アルヴァリー(ピエトロ)、他
フリッツ・シュティードリー(指揮)
録音時期:1950年1月28日


Disc13-14:歌劇『運命の力』全曲

 8年ぶりのメト上演となった1952年の『運命の力』。ミラノフ最高の歌唱とされるドラマティックなレオノーラが聴きものです。タッカーにとって初めてのドン・アルヴァーロ、そして8年後に同じ役を歌っている最中に舞台上で亡くなったウォーレンのドン・カルロも見事。ブルーノ・ワルター指揮のマーラー『大地の歌』で名唱を聴かせたミラーがプレツィオシッラで鮮烈な歌唱を聴かせくれます。

ジンカ・ミラノフ(レオノーラ)
ミルドレッド・ミラー(プレツィオシッラ)
リチャード・タッカー(ドン・アルヴァーロ)
レナード・ウォーレン(ドン・カルロ)
ジェローム・ハインズ(グァルディアーノ神父)、他
フリッツ・シュティードリー(指揮)
録音時期:1952年11月29日


Disc15-16:歌劇『マクベス』全曲

 メト史上初めて取り上げられた『マクベス』公演。絶頂期にあったウォーレンのパワフルなマクベスは翌年の舞台上の死を予測することができないほどの充実ぶり。予定されていたマリア・カラスのキャンセルで急きょメト・デビューを果たしたリザネクのドラマティックなマクベス夫人も見事です。心臓の悪化でキャンセルしたミトロプーロスに代わってメトとは所縁の深いラインスドルフが緻密なヴェルディ解釈を披露しています。この上演と並行して、ほぼ同一のキャスト・指揮者でRCAにセッション録音を残しています。
レナード・ウォーレン(マクベス)
レオニー・リザネク(マクベス夫人)
ジェローム・ハインズ(バンクォー)
カルロ・ベルゴンツィ(マクダフ)、他
エーリヒ・ラインスドルフ(指揮)
録音時期:1959年2月21日


Disc17-18:歌劇『ナブッコ』全曲

 1960/61年のシーズンを飾ったメト史上初の『ナブッコ』上演となったプロダクションの再演の記録。前年リゴレット役でデビューし、1980年代までメトの代表的バリトンとなったマックニールがドラマティックなナブッコを披露しています。難役アビガイッレに挑んだのはリザネクで、名歌手シエピがザッカリアでわきを固めています。シッパースの若々しい熱を帯びた指揮が作品のドラマを描き出しています。

コーネル・マックニール(ナブッコ)
レオニー・リザネク(アビガイッレ)
エウジェニオ・フェルナンディ(イズマエーレ)
チェーザレ・シエピ(ザッカリア)、他
トマス・シッパース(指揮)
録音時期:1960年12月3日


Disc19-20:歌劇『アイーダ』全曲

 メトがリンカーン・センターに移った最初のシーズンに上演された豪華キャストによる『アイーダ』。レオンティーン・プライス、バンブリー、ベルゴンツィなど、絶頂期にあった歌手が一堂に会したメトならではの上演です。当時メトの常連指揮者だったシッパースのドラマティックな指揮も聴きものです。

レオンティーン・プライス(アイーダ)
カルロ・ベルゴンツィ(ラダメス)
グレース・バンブリー(アムネリス)
ロバート・メリル(アモナスロ)、他
トマス・シッパース(指揮)
録音時期:1967年2月25日

メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団

録音場所:ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場
録音方式:モノラル(ライヴ)

Sony Classical 88883721202 (20CD)



 私はヴェルディを歌う歌手たちについてコメントできるほどの知識がありません。じっさいの公演にも接したイタリア・オペラは「ファルスタッフ」だけ。さまざまな録音を聴き込んでもいないので、以下は私の知る限りにおいてできるコメントです。

 私がもっとも好むのはオペラなんですが、これは自慢でも謙遜でもなく、オペラというのは「娯楽」だと思っています。それでも、ワーグナーあたりだとヨーロッパの精神史とか文化史なんてことをいろいろと考えてしまう。ところがヴェルディをはじめとするイタリア・オペラだと・・・これまた決して莫迦にしているのではないとお断りしたうえで、もう完全に大衆娯楽。だって、storyなんて、たいがい「世話物」でしょ。そのリブレットたるや、ワーグナーとは比較しようもない、ホレタハレタと陳腐なもの。シェイクスピアの原作だってあるじゃないかって? あれこそ陳腐じゃないですか・・・すみません、偏見です(陳謝)ところが、ヴェルディもプッチーニも、イタリア・オペラの音楽はとても親しみやすい。ムーティなんかは原典主義でやっていますが、それでもやっぱり歌手の「芸」が愉しめてしまう。

 
昔のメトロポリタン歌劇場というと、幕が開くと拍手、歌手が登場すると拍手・・・というので莫迦にする人がいるんですが、私は楽しそうでいいなあ、と思います。オペラは娯楽ですからね。「音羽屋!」なんてのもアリかもしれない?(笑)

 ・・・と、"Wagner at The Met"のときに言いましたが、ヴェルディならなおさら。

 なので、私がたまーにヴェルディを聴こうとすると、セッション録音では面白くない。そこで、このメトロポリタン歌劇場のlive録音集の出番となるわけです。

 ワーグナーのセットは1936年から1954年に上演された9作が収録されていましたが、ヴェルディは1940年から1967年にかけて上演された10作です。う~ん、"Legendary"と呼ぶには新しいかも。これは、なんとなく自分が生まれたよりも後の年代はそれほど昔じゃないような気がするから(笑)、個人的な印象にすぎませんけどね。

 「トラヴィアータ」は私の大好きなノヴォトナが歌っているのがうれしい。「オテロ」でデズデモナを歌っているレートベルクについては、ドナルド・キーンのエッセイを読んでちょっと微妙な関心がありましたが(読んでごらん)、印象に残る歌唱です。そのほか、「仮面舞踏会」「運命の力」でジンカ・ミラノフ、「リゴレット」でジルダ役のビドゥ・サヤン、「シモン・ボッカネグラ」でアストリッド・ヴァルナイ、「運命の力」でミルドレッド・ミラーが聴けるのも貴重です。ドナルド・キーンのエッセイといえば、このセットにはなぜかマリア・カラスの録音が入っていませんね。

 男声では「仮面舞踏会」「リゴレット」のユッシ・ビョルリンク、「ファルスタッフ」「運命の力」「マクベス」でのレナード・ウォーレンあたりが印象強烈です。

 指揮者ではパニッツァ、シュティードリーが、これぞメトロポリタンの黄金時代かと思わせる、よい意味でオペラティックな演奏。よりモダンな感覚で、オーケストラが上手くなったかのように聴こえるのがライナーです。合唱団は、ワーグナーでは文句を付けましたが、ヴェルディではほとんど気になりません。

 あえて付け加えれば、先に述べたとおり、マリア・カラスの録音がないことと、とりわけポピュラーな「トロヴァトーレ」が収録されていないことが残念です。


(Hoffmann)