172 "Wagner at The Met"




 "Wagner at The Met / Legendary Performances from The Metropolitan Opera"と題された25CDセット。収録されているのはWagnerの"Parsifal"を除く9作の歌劇及び楽劇。1930年代から1950年代のlive録音で、すべてmono。輸入元情報によれば、「メトロポリタン歌劇場やその他のアーカイヴに保管されている正規オリジナル・マスターを初めて使用し、丁寧な修復や調整を経てリマスターされ」たものとのこと。なお、輸入元では「ボダンツキー指揮による1938年の『トリスタン』とライナー指揮による1953年の『マイスタージンガー』は、おそらく過去に全曲盤としては一度も発売されたことのない珍しい音源」としているが、ライナーの「マイスタージンガー」は2009年にWalhallから出ていた。

 昔のメトロポリタン歌劇場というと、幕が開くと拍手、歌手が登場すると拍手・・・というので莫迦にする人がいるんですが、私は楽しそうでいいなあ、と思います。オペラは娯楽ですからね。「音羽屋!」なんてのもアリかもしれない?(笑)

 以下、黒fontは「輸入元情報」。青fontで若干のコメントを付しておきます―


Disc1-2:『さまよえるオランダ人』全曲

 戦後のメトの黄金時代を築いた支配人ルドルフ・ビングの就任シーズンに新演出上演された『オランダ人』は、ホッターとヴァルナイという二大ワーグナー歌手の共演が音として残された唯一の録音です。ドレスデン国立歌劇場の音楽監督を務めるなど、オペラ指揮者として重要な足跡を残したライナーによる唯一の『オランダ人』であることも注目。

ハンス・ホッター(オランダ人)
アストリッド・ヴァルナイ(ゼンタ)
セット・スヴァンホルム(エリック)
スヴェン・ニルソン(ダーラント)
ヘルタ・グラーツ(マリー)
トーマス・ヘイワード(舵取り)
フリッツ・ライナー(指揮)
録音時期:1950年12月30日


 「021 ワーグナー 歌劇『さまよえるオランダ人』」にコメントあり。以下に引用―

 F.Reiner、戦後Metropolitanでの指揮。序曲の冒頭からたいへんな熱気。これぞ後期ロマン派といった演奏です。後年のReinerと比べても、大胆にテンポを動かして音楽に大きなうねりを生じさせるのは、歌劇場での指揮だからなのでしょうか。それでいて古くさくない、どちらかといえばモダンな感覚の指揮なんですね。合唱団はやたらと大声出し放題といった合唱で、これはReinerの指揮でノリノリになってしまったんでしょうか。おかげで幽霊船の水夫の合唱が妙に紳士的に聴こえるのがおかしい(笑)歌手は、1か月ほど前に同じオランダ人役でMetropolitanにデビューしたばかりのHotterが深い内容を感じさせ、Varnayもさすがの貫禄、ゼンタとしては少々立派すぎるくらいです。録音は歌手に対してマイクがかなりオンなので、聴いていてちょっと疲れます。


Disc3-5:『タンホイザー』全曲

 セルは1940年代からメトに登場していましたが、これは1953年~54年シーズンに新演出上演された『タンホイザー』の記録(ドレスデン版)。バリトンから転向しバイロイト音楽祭にも重用されたラモン・ヴィナイの苦悩に満ちたタンホイザーの歌唱が聴きもの。

ラモン・ヴィナイ(タンホイザー)
ジェローム・ハインズ(ヘルマン)
ジョージ・ロンドン(ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ)
マーガレット・ハーショウ(エリーザベト)
アストリッド・ヴァルナイ(ヴェーヌス)、他
ジョージ・セル(指揮)
録音時期:1954年1月9日


 「022 ワーグナー 歌劇『タンホイザー』」には「ドレスデン版」とのみコメントあり。1942年12月19日liveのdiscもあるが、それから12年を経て戦後となり、歌手は世代交代。それでも歌手、指揮者ともに現代から見れば立派なもの。ところが、じつはこの1954年1月9日の公演というのはちょっと特別な記録で、このシーズンの「タンホイザー」を最後に、セルはメトロポリタン歌劇場と袂を分かっている。

 ジョージ・セルと総支配人ルドルフ・ビングとは「サロメ」のキャスティングで争いが生じていたところ、1953年12月26日に幕を開け、12月29日、1月9日、1月14日と公演が予定されていたのですが、1月9日、すなわちこの録音の公演後、セルは14日は振るが、メトロポリタン歌劇場のすべての招待を断ると通告。直接的な原因は、この1月9日の公演、第一幕で、場面転換が技術的な故障でトラブルとなったことであるというのがセルの言い分。技術者のチーフが公演中其所の留まらず不在で、しかもマニュアルもなかった、これを「無秩序の証拠の一つ」として、最終的にルドルフ・ビングと決裂。ビングは「生涯最後の日まで、自分の働くどこにも」セルを招聘しない、と言ったのですが、1967年に「神々の黄昏」の指揮を依頼して、セルに断られています。

 ちなみにルドルフ・ビングといえば、クナッパーツブッシュに日程も歌手の選択もお任せという条件で「ニーベルングの指環」を指揮する契約を持ちかけたときに、白紙の小切手を渡して「ご自由に書いて下さい」と言ったら、目の前で引き裂かれたしまった、というのは有名な話。ビングはオーストリア生まれでイギリスに帰化していますが、なんだか典型的なアメリカの金権主義者といった印象ですね。アルツハイマーを患った晩年は再婚相手に財産を蕩尽されて悲惨。驕れるものは久しからず・・・。


Disc6-8:『ローエングリン』全曲

 早くから私家盤として流通していたメルヒオールとヴァルナイを揃えた歴史的上演の記録です。その無尽蔵に湧き出てくるかのような輝かしい歌唱でワーグナー史上重要な足跡を残したメルヒオールの十八番、ローングリンのもっとも充実した公演とされているものです。ワルターの最初の『大地の歌』の録音にも参加していた名歌手トルボルイがオルトルートを担っています。

ラウリッツ・メルヒオール(ローエングリン)
アストリッド・ヴァルナイ(エルザ)
ケルスティン・トルボルイ(オルトルート)
アレクサンダー・スヴェト(テルラムント)
ノーマン・コードン(国王ハインリヒ)
マック・ハレル(軍令使)
エーリヒ・ラインスドルフ(指揮)
録音時期:1943年1月2日


 「023 ワーグナー 歌劇『ローエングリン』」にコメントなし。

 歌手は見事なもの、オーケストラに関しても、この豪快さはこれはこれでいいのですが、やはり合唱団がバイロイトのようにはいかないんですね。合唱団の比重の大きい「ローエングリン」ではさすがに勢いだけで保たせるのは難しい。


Disc9-10:『ラインの黄金』全曲

 戦後シュティードリー指揮で上演された『指環』チクルスからのライヴ録音。1952年からバイロイトでヴォータンを歌い始めたホッター全盛期の圧倒的な歌唱が魅力。ローゲは名歌手スヴァンホルムが担い、後にメトやバイロイトでヴォータンを歌うハインズがファーゾルトで出演しています。


ハンス・ホッター(ヴォータン)
マーガレット・ハーショウ(フリッカ)
ジャルミーラ・ノヴォトナ(フライア)
ブライアン・サリヴァン(フロー)
オーズィー・ホーキンス(ドンナー)
セット・スヴァンホルム(ローゲ)
レスリー・チャベイ(ミーメ)
カリン・ブランゼル(エルダ)
ローランス・ダヴィッドソン(アルベリヒ)
ジェローム・ハインズ(ファーゾルト)、他
フリッツ・シュティードリー(指揮)
録音時期:1951年1月27日

 「026 ワーグナー 楽劇『ニーベルングの指環』」に記載したGebhardt JGCD0038-11(CD)に収録されている"Das Rheingold"と同じもの。

 歌手はやはりホッターが飛び抜けている。私の好きなノヴォトナがフライアを歌っているのがうれしいので、その他は・・・許す(笑)


Disc11-13:『ワルキューレ』全曲

 メルヒオールとフラグスタートを揃え、ヴォータンに若手のヒューンを迎えた公演。長年伝統的に施されていたカットを復活させたのもラインスドルフの功績です。

ラウリッツ・メルヒオール(ジークムント)
マージョリー・ローレンス(ジークリンデ)
エマヌエル・リスト(フンディング)
ユリウス・ヒューン(ヴォータン)
キルステン・フラグスタート(ブリュンヒルデ)
カリン・ブランツェル(フリッカ)、他
エーリヒ・ラインスドルフ(指揮)
録音時期:1940年2月17日


 「028 ワーグナー 楽劇『ワルキューレ』」にコメントなし。同じラインスドルフ、メトロポリタン歌劇場の「ワルキューレ」は、1940年3月30日liveのCDもある。「ワルキューレ」なら、若々しい勢いも悪くない。

 なお、若くしてメトロポリタン歌劇場で活躍したラインスドルフですが、やはり歌劇場において歌手やスタッフをまとめるといった人間的・社会的経験は不足していたようで、やがて歌劇場を離れ、コンサート指揮者に転向。そこでまた一からレパートリーを開拓して、その演奏は勢いや迫力よりも、安定感を重視するものとなっていきました・・・というと、なんだかいかにも尾羽うち枯らして失敗・挫折したように聞こえますが、オーケストラ・ビルダーとしての才覚はたいへんすぐれたものを持っていたようです。なんでも、かつてアメリカのメジャー・オーケストラがアンサンブルの精度など低下すると、音楽監督がラインスドルフを客演に呼び、シゴいてもらっていた、ということです。私が接した、ニューヨーク・フィルハーモニックとの来日公演でも、ベートーヴェンの交響曲第3番の第1楽章が終わったとき、首席チェリストに声をかけて、2列目の奏者と楽器を交換させていたことを覚えています。音程かなにか、問題があったのか分かりませんが、とにかく耳のよい指揮者だったようです。ちなみにベルリン放送交響楽団との来日時のプログラムは、ウェーベルンのパッサカリア、モーツアルトの交響曲第41番、ブラームスの交響曲第4番でした。筋が通ってますね。おわかりですか? モーツアルトとブラームスの終楽章は・・・。


Disc14-16:『ジークフリート』全曲

 伝説的な上演として知られ、早くからLP化されてきたこの1937年の『ジークフリート』は、ベストフォームによるメルヒオールの疲れを知らぬ圧倒的な歌唱が聴きもの。幕切れのフラグスタートとの二重唱も見事の一言です。ヴェテランのショル(さすらい人)とリスト(ファフナー)のキャラクターあふれる歌唱も印象に残ります。

ラウリッツ・メルヒオール(ジークフリート)
キルステン・フラグスタート(ブリュンヒルデ)
フリードリヒ・ショル(さすらい人)
カール・ラウフケッター(ミーメ)
エドゥアルド・ハビッヒ(アルベリヒ)
エマヌエル・リスト(ファフナー)
キルステン・トルボルク(エルダ)
ステラ・アンドレーヴァ(森の小鳥)
アルトゥール・ボダンツキー(指揮)
録音時期:1937年1月30日


 「029 ワーグナー 楽劇『ジークフリート』」にコメントあり、以下に引用―

 伝説的な往年の大歌手総出演のまさにドリーム・キャスト。あまり細かいことは気にせず、威勢よく歌っています。スタミナとパワーということばがふさわしい。音質は良好。


Disc17-19:『神々の黄昏』全曲

 『神々の黄昏』の現存するもっとも古い全曲録音です。絶頂期のメルヒオールによるジークフリートのみならず、メトに前年にデビューしたばかりの二十代のマージョリー・ローレンスによるエネルギーに満ちたブリュンヒルデが聴きものです。

ラウリッツ・メルヒオール(ジークフリート)
マージョリー・ローレンス(ブリュンヒルデ)
エドゥアルド・ハビッヒ(アルベリヒ)
ルートヴィヒ・ホフマン(ハーゲン)
ドロシー・マンスキー(グートルーネ)
フリードリヒ・ショル(グンター)
キャスリン・メイスル(ヴァルトラウテ)、他
アルトゥール・ボダンツキー(指揮)
録音時期:1936年1月11日


 「030 ワーグナー 楽劇『神々の黄昏』」にコメントなし。


 「ラインの黄金」が1951年の公演で、以下、「ワルキューレ」が1940年、「ジークフリート」が1937年、「神々の黄昏」が1936年と、一貫性がないが、おそらく歌手、とくにメルヒオールとフラグスタートを中心に選択したものか。「神々の黄昏」はさすがに古いものですが、マージョリー・ローレンスもいいですね。あるいは録音(tape)の状態のよいものを選んだのかも知れません。ボダンツキーの指揮するオーケストラはポルタメントが目立ち、スタイルの古さを感じさせ、録音も「ジークフリート」とは1年違いながら、古めかしい。


Disc20-22:『トリスタンとイゾルデ』全曲

 メルヒオールとフラグスタートのコンビによる最大の呼び物だった『トリスタン』は、1935年から1941年までほぼ毎シーズン上演されていました。これまで全曲盤としては公にされてこなかった1938年のライヴです。疲れを知らぬ二人の名歌手による第2幕の二重唱は圧倒的です。

ラウリッツ・メルヒオール(トリスタン)
キルステン・フラグスタート(イゾルデ)
ルートヴィヒ・ホフマン(マルケ王)
ユリウス・ヒューン(クルヴェナール)
カリン・ブランツル(ブランゲーネ)、他
アルトゥール・ボダンツキー(指揮)
録音時期:1938年4月16日


 「024 ワーグナー 楽劇『トリスタンとイゾルデ』」にコメントなし。

 これはもう、メルヒオールとフラグスタートの組み合わせを選ぶのは当然でしょう。熱演。ただし、良くも悪くもあまり細かいことは気にしない、といった趣ではあります。現代の感覚で聴くと、表情付けなどはいささか陳腐。第二幕のカットは・・・まあ仕方がない。ウィーン国立歌劇場来日公演でも、これほどではないが、カットがあった。ボダンツキーの指揮は風格を感じさせるが、前奏曲からポルタメントが多用されています。


Disc23-25:『ニュルンベルクのマイスタージンガー』全曲

 1948年から53年までメトの常任指揮者をつとめたフリッツ・ライナーは、厳格なリハーサルによってメトの上演のクオリティを大きく向上させました。『マイスタージンガー』はライナーがドレスデン時代から愛奏してきたオペラで、1955年のウィーン国立歌劇場のオープニング公演でも取り上げています。

パウル・シェフラー(ハンス・ザックス)
ハンス・ホップ(ヴァルター)
ゲルハルド・ペヒナー(ベックメッサー)
ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス(エヴァ)、他
フリッツ・ライナー(指揮)
録音時期:1953年1月10日

メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団
録音場所:ニューヨーク、メトロポリタン歌劇場
録音方式:モノラル(ライヴ)


 「025 ワーグナー 楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』」にコメントなし。

 はじめに述べたとおり、輸入元では「ボダンツキー指揮による1938年の『トリスタン』とライナー指揮による1953年の『マイスタージンガー』は、おそらく過去に全曲盤としては一度も発売されたことのない珍しい音源」としていますが、このライナーの「マイスタージンガー」は2009年にWalhallから出ていました。さすがにライナーが振るとオーケストラも引き締まります。私は若きラインスドルフの速めのテンポで躍動感のある演奏も好きなんですが、こうしてシュティードリー、ボタンツキー、ライナーと並ぶと、未だ未だラインスドルフは若かったんだなと思わされます。とはいえ、ライナーとラインスドルフはさすがにモダンな感覚。


Sony Classical 88765427172 (25CD)


(Hoffmann)