063 「生血を吸う女」 “Il Mulino delle Donne di Pietra” (1960年 伊・仏) ジョルジョ・フェッローニ






 この映画のタイトルについてひと言しておくと、この邦題では「生血」は「なまち」と読むんですよ。

 伊太利亜産恐怖映画「生血を吸う女」"Il Mulino delle Donne di Pietra"(1960年 伊・仏)。監督はジョルジョ・フェッローニ。字幕付国内盤も出ていたようですが、私が持っているのはAll Regionの米盤。タイトルは"Mill of the Stone Women"となっています。

 それにしてもこの邦題、ラヴクラフトだったら怒り心頭、「もしも吾輩が『生血を吸う女』などという題を付けるのなら、その作品には生血を吸う女など決して登場しないであろう」と宣ったに違いありません(笑)



 storyは20世紀初頭のオランダ、ロッテルダム。芸術家・学者ヴァール教授が歴史上の人物をモデルにしたグラン・ギニョル風の人形館を展示しており、そのアトリエはその名も「石女の風車小屋」。ヴァールの娘エルフィは病気で住み込みの医師もいる。訪ねてきたハンスには幼なじみの恋人がいるが、これにカクレンボならぬヨコレンボしたエルフィは興奮のあまり死んでしまう。ところが、翌日になるとこれがピンピンしてる・・・って、このあたりまで観れば、病気の娘は犠牲者となる若い娘の血を輸血することで蘇り(口でチューチュー吸うわけじゃない)、死体の始末は当然・・・おおかた察しはつきますな。

 原作は「フランドル地方の物語」と題された民話集に収録された短篇で、風車を地獄、地上、天界に見立てた内容だそうです。つまり「運命の車」のことかな? 

 

 悲劇のヒロイン役はシッラ・ガベル。ちょいとeccentricな美人さんですね。犬を連れて登場し、邸内でピアノを弾いているシーンは、どうしたって同じくイタリアの「血ぬられた墓標」"Black Sunday"(1960年 伊)のバーバラ・スティールを思い出させます。

 

 もっとも私ははこちらの幼なじみの娘さんリゼロッテのほうがよほど好みです(笑)ちなみに右は酒場のシーン。こういう場面が結構好きなんですよ。ここで歌を歌っているハンネローレも明るくて魅力的な娘さんですが、彼女はこの後ヴァール教授の娘エルフィを蘇生させるための犠牲に供されてしまいます。



 これは麻薬を一服盛られた主人公の幻想シーン。ちょっと全体に紫がかっていますが、色使いは巧みです。

 

 血を抜き取られた犠牲者はこうして・・・って、教授と呼ばれる芸術家にしては、できあがった人形はチャチ。そのためというわけでもありませんが、こんなにfetishな道具立てが揃っていながら、それを活かし切れていないような物足りなさが残りますね。



 しかしまあ、良くも悪くも、新しいものがあるわけではなく、おちこちから寄せ集めた要素がてんこ盛り。生き血を輸血して永遠の若さを保つ美女というのはリカルド・フレーダの「吸血鬼」"I Vampiri"(1957年 伊)、その関係が父と娘というのはジョルジュ・フランジュの「顔のない眼」"Les yeux sans visage"(1959年 仏・伊)、遺体の処理は古くからある蠟人形もの、たとえば「肉の蠟人形」"House of Wax"(1953年 米)、炎上する風車小屋はジョームズ・ホエールの「フランケンシュタイン」"Frankenstein"(1931年 米)、鐘のある船着場はカール・ドライヤーの「吸血鬼」"Vampyr"(1932年 仏・独)、エルフィが愛犬を連れて登場するのは「血ぬられた墓標」"Black Sunday"(1960年 伊)・・・なんならヴァール教授はマッドサイエンティストもの、奇病に犯されて生と死の境目を彷徨するエルフィも、数ある「アッシャー家」ものからの借用と言っていいでしょう。ところが、これだけ節操もなく「引用」しながら、それぞれの要素が無様なつぎはぎにならず、見事にドラマのクライマックスに向かって収斂していくのですからおもしろいものです。

 

 ヴァール教授とエルフィ父娘のcatastropheを飾るのは業火とそれによって溶けてゆく蠟人形、そして悲しいオルガンの音。魔の手はリゼロッテにまで及ぶのですが、間一髪で救い出され、火の手が回った邸内では人形たちが行進しつつ燃え上がってゆく・・・。もはや娘エルフィを蘇生させることのできなくなったヴァール教授の狂気が、ややとってつけたようですが、全体としては独特のatmosphereを醸し出している名作と言っていいと思います。

 やはり雰囲気とかムード造りが上手いんですね。イタリア的な泥臭さが感じられないのはオランダ・ロケのおかげでしょうか。あちこちから借用した要素が喚起するimageがうまい按配に作用しているのかも知れません。そして全篇に漂う、頽廃的なatmosphereと死の匂い・・・まさしく悲哀感に満ちた破滅へと突き進んでゆく悪夢のような気配はすばらしいものがあります。


(Hoffmann)



参考文献

 とくにありません。