023 「怪奇幻想の文学」 全7巻 紀田順一郎・荒俣宏編 新人物往来社 「新編 怪奇幻想の文学」 全6巻 紀田順一郎・荒俣宏監修 牧原勝志編 新紀元社 (刊行中) 2022年7月から刊行が始まった新紀元社の「新編 怪奇幻想の文学」全6巻は、表題のとおり怪奇小説、幻想文学のアンソロジーです。紀田順一郎・荒俣宏の監修であること、また表題からも、かつて新人物往来社から出ていた「怪奇幻想の文学」を新たに編集して世に問うものだとわかります。 新人物往来社の「怪奇幻想の文学」も紀田順一郎、荒俣宏の編集によるシリーズで、1969年から1977年までかかって全7巻が出版されたものです。ずいぶん長期間にわたっているようですが、当初は全4巻で出してそこそこ売れたので、その後立派な函入りになって全7巻出した。そうしたらあまり売れなかったのか、2年後に函をやめてカバーを付けた新装版として全7巻を出し直したという経緯があります。このあたりのことも含めて、この本の出版に至るまでの流れを、紀田順一郎の著書を参考にまとめてみましょう。 このシリーズは紀田順一郎が新人物往来社に企画書を持ち込んで実現したものです。その企画書の成り立ちは、平井呈一に会った際に平井が熱望していたホーレス・ウォルポールの「オトラント城綺譚」の翻訳を実現できないか、という思いと、当時慶應義塾大学の学生であった荒俣宏と出会い、その幻想文学への造詣の深さと熱意に気分が高揚して、「徹夜で企画書を作りあげた」というもの。 紀田順一郎 右は荒俣宏 企画書のキモはホーレス・ウィルポールの「オトラント城綺譚」の本邦初訳実現にあり、しかし単独ではおぼつかないので全3巻のアンソロジーとしたものだったそうです。全3巻の構成は以下のとおり― Ⅰ 真紅の法悦 吸血鬼もの Ⅱ 暗黒の祭祀 黒魔術もの Ⅲ 戦慄の創造 ゴシック・ロマンスの古典から現代 全3巻としたのは、当時の出版界の認識では巻数が多すぎると頭から敬遠されると見たもので、テーマ別に絞ったのは、同人誌の経験から、読者の関心は一に吸血鬼、二に黒魔術とわかっていたから。そして第3巻に「オトラント城奇譚」を入れ、枚数が不足しそうなので、その頃まで長編の翻訳がなかったH・P・ラヴクラフトの「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」を併収することとして企画書に盛り込んでいました。ラヴクラフトの方は、もともと東京創元社の「世界恐怖小説全集」のなかの一巻に、「狂人狂想曲」の題名で平井呈一が訳出することになっていたものが、デニス・ホイートリの「黒魔団」に変更されたという経緯のある作品。17世紀のプロビデンスを舞台にしたアメリカン・ゴシックと見れば、あながち唐突なカプリングとはいえまい、との判断だったそうです。 新人物往来社に持ち込んだのは、早川書房や東京創元社は本命のようだが、「時期尚早」と言われそうな予感がして、桃源社や立風書房はねらいが理解されるか不安・・・そんなときに、紀田順一郎が監修者となっていた「明治の群像」全10巻(三一書房)というシリーズを見て、新人物往来社がなにか書いてもらいたいと依頼してきた・・・そこで歴史ものの企画書を用意して、当時32歳、後に草風社を興す編集者内川千裕に歴史書企画を見せる・・・このとき、帰りに別の出版社にでも立ち寄ろうかと、用意していた幻想文学の企画書を脇に置いていたところ、これに目をとめて― 「なになに? 《いまわが国の読書界は陳腐常套の文学に飽いて、幻想怪奇文学の遺産を"解禁"し、現代の光の中にその真価を問おうとしています》。おもしろそうじゃないですか。どこから出るんですか?」意外にも内川は興味を示した。 「これから探そうと思ってるんです」 「うちでやりましょうよ」 ―「編集会議にかけてから」などとは一言も言わなかったそうです(笑) この企画が正式に編集会議を通った直後、当時まだ学生だった荒俣宏に連絡を取り、第1巻と第2巻の作品選定を依頼。すると翌々日にはもう20編ぐらいの候補作を、気の利いた邦題まで付して送ってきた・・・。 そして「オトラント城奇譚」の翻訳を依頼する平井呈一を会社の応接室に招いたところ、タイムマシンに乗った19世紀の人物が、亜空間から迷い込んできたかのように― 当日部屋で待っていると、エレベーターの開く音がし、続いてリノリウムの床に「ピタピタ」と草履の音がしたと思う間もなく、受付の扉からヒョイと和服姿の老人の顔が覗いた。編集者が「うーん」と唸った。 「わたしゃね、今日のこの機会を待っていたんですよ」打合せが終わって、うまそうにタバコを吹かしはじめた際の平井の一言を、いまもって忘れることはできない。 平井呈一の訳稿については、すでに手を付けていたにせよ、20日足らずで300枚を仕上げるという早さ、しかも力感あふれる文体で敬服させられたとのことです。 平井呈一 宇野利泰の「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」もあっけないほど早く、解説を依頼した種村季弘、澁澤龍彦の原稿も遅滞なく、荒俣宏の解題もまた「注目すべきもの」で、「いま読み直しても、学生の手になるものとは到底思えない」としています。 装丁は紀田順一郎自身の愛蔵本である”Tales of Mysteries and Imaginations”所収のハリー・クラークの挿絵から取り、内容見本には尾崎秀樹と都筑道夫の推薦文、紀田順一郎の刊行の辞が添えられ、第1巻が世に出たのは1969年10月。一週間後に編集者から電話が入り― 「紀田さん、売れてますよ! 増刷です」 「初版六千、きれいに在庫ナシです。」 「新聞にも書評が出るというので、ぼくとしても面目が立ちます。よければ一巻分、増刊してもいいですよ。すぐ企画書を出してください」 書評は好評で― 「巻頭におかれた種村季弘の『吸血鬼小説考』の蘊蓄と透視力には、あらためて瞠目させられる」(無署名) 「西欧怪奇文学の重厚な系譜に最初の鍬を入れた試みとして、注目すべきものだ」(由良君美「東京新聞」) 「私たちの内部にある諸規範を一気に覆す」(中田耕治「読書人」) 平井呈一の反応は(第3巻収録なので訳稿は未だ受け取っていなかった)― 「おお、おお、そりゃよかった」 「あたしゃあね、こんなこともあろうかと、せんから原稿には手を入れてたんだよ」 数日後、紀田順一郎は平井の訳稿を受け取るべく、上野広小路の「うさぎや」に向かいます。この、和菓子店は平井の一卵性双生児の兄にあたる谷口喜作が創業した老舗。平井が千葉から都内に出てきた折りには、ここに逗留する習慣でした。ちなみにこの「うさぎや」、もちろん現在でも営業を続けており、平井呈一の「ここの名物は、どら焼きなんだよ」ということばどおり、絶品とも言うべきどら焼きがおすすめです。近くに行かれた方はぜひ! 「うさぎや」外観 閑話休題、全4巻は順調に刊行され、1977年に再刊される際、3巻分を増やして全7巻となります(注)。本体は布クロースに貼箱付き、「まりの・るうにい」の幻想的なエッチングを口絵とした、贅沢な装丁で、作品選定と解題はほとんど荒俣宏が担当。さらに2年後には函をカバーに替えた新装版となり、間もなく品切れとなったということです。 紀田順一郎は、「怪奇小説の新しい意味づけという当初の目的は、一応達成されたと考えてもよいであろう」「今日から見ても、これを超えるアンソロジーはないといっても自画自賛にはなるまい」としていますが、いや、まったくそのとおり。 (注)紀田順一郎の「幻想と怪奇の時代」に「七〇年代初期には再刊されたが、そのさい三巻分を増やして全七巻となった」とあるのは記憶違いと思われます。 私が持っているのは― 最初の全4巻本 I、II、III、IV (全部ある) 函入り全7巻本 I、II、V、VI、VII (III、IVがない) カバーの新装版全7巻本 III、IV、VII (I、II、V、VIがない) ―というわけで、一応全巻読むことができて、ダブりもあります。これは、古書店で1冊1冊見つけたときに買っていたところ、あるとき装丁3種混合で揃い、というセットがあったのを入手したから。 構成は以下のとおり― Ⅰ 真紅の法悦 Ⅱ 暗黒の祭祀 Ⅲ 戦慄の創造 Ⅳ 恐怖の探求 以上が当初の全4巻(全3巻+第4巻)。7年ぐらいかかって在庫がはけたので、3巻追加して、装幀も改めて豪華な函入りにして出し直したのが1977年(昭和52年)。先に述べたとおり、2年後には函をカバーに替えた新装版になります。従って、第5巻以降は最初の全4巻の装丁のものはありません。 追加された3巻は― Ⅴ 怪物の時代 Ⅵ 啓示と奇蹟 Ⅶ 幻影の領域 各巻のテーマを併記しておくと― Ⅰ 真紅の法悦 吸血鬼小説 Ⅱ 暗黒の祭祀 黒魔術小説 Ⅲ 戦慄の創造 ゴシック・ロマンスの古典から現代 Ⅳ 恐怖の探求 恐怖小説 Ⅴ 怪物の時代 怪物の出てくる小説 Ⅵ 啓示と奇蹟 奇蹟譚 Ⅶ 幻影の領域 狂気と幻視・異常心理など扱った小説 どことなく、Ⅲ、Ⅳ、Ⅶ巻が便宜上の分類のようにも見えるのは、第III巻に関しては前述のとおり、平井呈一訳の「オトラント城綺譚」を収録することが大前提であったため、VI、VII巻は後から追加したものであるためでしょうか。 これより以前の怪奇小説アンソロジーといえば― 「世界怪談名作集」 (「世界大衆文学全集」第35巻) 岡本綺堂編訳 改造社 1929年 「幻想と怪奇」全2巻 早川書房編集部編 早川書房 1956年 ―といったあたりが有名かつ名著の誉れ高いもの。前者はいま河出文庫から出ており、おすすめの逸品。後者は早川書房に入社したばかりの若き都筑道夫の編集で、版権を取らずに済ませるという制約がありながら、これを逆手に取ったかのごとく、スタインベックやカポーティを入れるという特異な視点が新しい。 そこに「怪奇幻想の文学」が登場したわけですが、ここで各巻をテーマ別に構成したところが画期的なんですね。先日、「吸血鬼ドラキュラ」の話をしましたが、このシリーズの第1巻、吸血鬼小説だけでまるまる一冊、というのはこれが本邦初のはず。しかも冒頭の解説には種村季弘の、後に「吸血鬼幻想」に入ることになる「吸血鬼小説考」がおかれて、荒俣宏の解題と、まさしく至れり尽くせり。 それでは、以下に新人物往来社版「怪奇幻想の文学」全7巻の収録作品を記載しておきます。 I 真紅の法悦 吸血鬼小説考 〈解説〉 種村季弘 「吸血鬼」 ジョン・ポリドリ 平井呈一訳 「吸血鬼カーミラ」 シェリダン・レ・ファニュ 平井呈一訳 「塔のなかの部屋」 E・F・ベンソン 平井呈一訳 「サラの墓」 F・G・ローリング 平井呈一訳 「血こそ命なれば」 F・マリオン・クロフォード 平井呈一訳 「黒の告白」 カール・ジャコビ 仁賀克雄訳 「月のさやけき夜」 M・W・ウェルマン 紀田順一郎訳 「血の末裔」 リチャード・マチスン 仁賀克雄訳 「月を描く人」 D・H・ケラー 荒俣宏訳 「死者の饗宴」 ジョン・メトカーフ 桂千穂訳 〈解題〉 荒俣宏 Ⅱ 暗黒の祭祀 黒魔術考 〈解説〉 澁澤龍彦 「サラー・ベネットの憑きもの」 W・F・ハーヴェイ 平井呈一訳 「変身」 アーサー・マッケン 阿部主計訳 「ライデンの一室」 リチャード・バーラム 平井呈一訳 「呪いをかける」 M・R・ジェイムズ 紀田順一郎訳 「暗黒の蘇生」 マーガレット・アーウィン 吉田誠一訳 「シルビアはだれ?」 シンシア・アスキス 曾根忠穂訳 「オックスフォードの郵便夫」 ロード・ダンセイニ 荒俣宏訳 「半パイント入りのビン」 デュボス・ヘイワード 荒俣宏訳 「魔術師の復活」 C・A・スミス 米波平記訳 「暗黒の秘儀」 H・P・ラヴクラフト 仁賀克雄訳 「求める者」 オーガスト・ダーレス 桂千穂訳 「呪いの蠟人形」 ロバート・ブロック 仁賀克雄訳 「鳩は地獄からくる」 R・E・ハワード 町田美奈子訳 「邪悪なる祈り」 アルジャナン・ブラックウッド 紀田順一郎訳 〈解題〉 荒俣宏 Ⅲ 戦慄の創造 ゴシックの炎 〈解説〉 紀田順一郎 「オトラント城綺譚」 ホーレス・ウォルポール 平井呈一訳 「判事の家」 ブラム・ストーカー 桂千穂訳 「十三号室」 M・R・ジェイムズ 紀田順一郎訳 「チャールズ・ウォードの奇怪な事件」 H・P・ラヴクラフト 宇野利泰訳 〈解題〉 荒俣宏 Ⅳ 恐怖の探求 恐怖美考 〈解説〉 種村季弘 「"若者よ、笛吹かばわれ行かん"」 M・R・ジェイムズ 紀田順一郎訳 「のど斬り農場」 J・D・ベリスフォード 平井呈一訳 「無言の裁き」 W・W・ジェイコブズ 仁賀克雄訳 「不幸な魂」 A・E・コッパード 荒俣宏訳 「なぞ」 W・デ・ラ・メア 紀田順一郎訳 「死闘」 アンブローズ・ビアス 米波平記訳 「死骨の咲顔」 F・M・クロフォード 平井呈一訳 「わな」 H・S・ホワイトヘッド 荒俣宏訳 「音のする家」 M・P・シール 阿部主計訳 「鎮魂曲」 シンシア・アスキス 平井呈一訳 「木に愛された男」 アルジャナン・ブラックウッド 青田勝訳 〈解題〉 荒俣宏 Ⅴ 怪物の時代 想像の見世物箱 〈解説〉 小宮卓 「恐怖の山」 E・F・ベンスン 鈴木克昌訳 「青白い猿」 M・P・シール 小宮卓訳 「ウイリアムスン」 H・S・ホワイトヘッド 高木国寿訳 「換魂譚」 メアリ・シェリー 日夏響訳 「レッド・フック街怪事件」 H・P・ラヴクラフト 赤井敏夫訳 「ゴーレム」 エイブラハム・デヴィッドスン 村上昭訳 「緑色の怪物」 ジェラール・ド・ネルヴァル 秋山和夫訳 「ヤンドロの山小屋」 M・W・ウェルマン 赤井敏夫訳 「セイレーンの歌」 E・L・ホワイト 森美樹和訳 「難破船」 W・H・ホジスン 鈴木説子訳 「沼の怪(スライム)」 J・P・ブレナン 日夏響訳 「ワンダースミス」 フィッツ=ジェイムズ・オブライエン訳 森美樹和訳 「海魔」 ゲアハルト・ハウプトマン 桂千穂訳 〈解題〉 荒俣宏 Ⅵ 啓示と奇蹟 〈始源の時間〉に回帰するおとぎ話 〈解説〉 由良君美 「ジュリアン聖人伝」 ギュスターヴ・フローベール 鈴木信太郎訳 「聖母の軽業師」 アナトール・フランス 水野亮訳 「砂漠のアントワーヌ」 ジュール・シュペルヴィエル 嶋岡晨訳 「破壊の聖僧ヴィターリス」 ゴトフリート・ケラー 森田暁訳 「黒い蜘蛛」 イェレミーアス・ゴットヘルフ 前川道介訳 「道」 シーベリィ・クイン 荒俣宏訳 「手と魂」 ダンテ・ガブリエル・ロセッティ 脇明子訳 「啓示と奇蹟」 J・D・ベリスフォード 日夏響訳 「郵便局と蛇」 A・E・コッパード 荒俣宏訳 「N」 アーサー・マッケン 高木国寿訳 「白いダリア」 エルゼ・ラスカー=シューラー 川村二郎訳 「トランペット」 ウォルター・デ・ラ・メア 鈴木説子訳 「屍衣を洗う女」 フィオナ・マクラウド 八十島薫訳 「サルニダクの慈悲」 ロード・ダンセイニ 野村芳夫訳 「夢の子供」 チャールズ・ラム 森田暁訳 〈解題〉 荒俣宏 Ⅶ 幻影の領域 鏡のなかにおぼろに 〈解説〉 日夏響 「宇宙を駆ける男」 ロバート・リンドナー 川口正吉訳 「死んでいる時間」 マルセル・エーメ 秋山和夫訳 「キルシーランから来た男」 A・E・コッパード 荒俣宏訳 「死んでいる女」 D・H・ケラー 高木国寿訳 「黒い玉」 トーマ・オウエン 秋山和夫訳 「奇妙な町」 パウル・エルンスト 前川道介訳 「続いている公園」 フリオ・コルタサル 木村栄一訳 「遠く遙かな調べ」メアリ・E・ウィルキンズ=フリーマン 鈴木克昌訳 「古い衣」 アルジャナン・ブラックウッド 小宮卓訳 「白いひと」 フランシス・ホジスン・バネット 日夏響訳 「ローウムの狂気」 オリヴァー・オニオンズ 赤井敏夫訳 「ラジャの贈りもの」 E・ホフマン・プライス 荒俣宏訳 「ゼリュシャ」 M・P・シール 赤井敏夫訳 〈解題〉 荒俣宏 さて、紀田順一郎の「幻島はるかなり」における、上記の新人物往来社版「怪奇幻想の文学」についての文章は、括弧付きの次のことばで結ばれています。 (四十年以上を経た現在、若い世代から復刊の要望が出ているのは、望外といえる。) こうした要望がきっかけのひとつになったものか、2022年に刊行が始まったのが新紀元社の「新編 怪奇幻想の文学」全6巻です。現時点で出ているのは以下の3巻― 第1巻 怪物 第2巻 吸血鬼 第3巻 恐怖 今後予定されているのは― 第4巻 黒魔術 第5巻 幻影 第6巻 奇蹟 新人物往来社版の第3巻戦慄の創造(ゴシック・ロマンスの古典から現代)を除いた形で、たしかに「新編」ですね。牧原勝志の「編者序文」にも「『怪奇幻想の文学』のテーマを活かし、六巻に新編したもの」とあり、「古典はもとより、準古典と呼ぶべき二〇世紀前半までのものも視野に入れ、さらには伝説のように題名だけが知られる未訳作も収録した」とのこと。 アンソロジーですから短篇中心、かつての新人物往来社版のように、「オトラント城奇譚」のような長いものが収録されていないのはしかたがない・・・とはいえ、私が長編小説好きということもありますが、短篇ばかりで構成してしまうと、個人的にはちょっと物足りないのも事実です。ただ、既刊の3巻の収録作を見る限り、さすがにどうでもいいような(笑)作品が収録されていることはありません。遠慮なく言わせてもらうと、ビアス、ホジスン、ラヴクラフト、ブラックウッド、M・R・ジェイムズあたりは「いまさら」感があるものの、やはり外せないのでしょう。私の好みで言えばホワイトヘッド、マンリー・ウェイド・ウェルマンなんてさほど・・・とはいえ、たとえばメアリ・シェリーの短篇、ロバート・エイクマン、ジャン・レーあたりが入ったところが新しいのかな。 安心したのは、これは少々ステレオタイプな見方になりますが、あくまで活字文化の文学作品が選ばれていることです。つまり、SF寄りの小説はもとより、いかにもな映像世代の作品、どこかで「モダン・ホラー」などと呼ばれている「紙芝居」が注意深く(?)外されて、そこは硬派に徹しているあたりが、さすがに紀田順一郎、荒俣宏の監修であるなあ、というところです。それでいて、はからずも新人物往来社版の作品選定がいかにすぐれたものであったか、ということも感じさせてくれる・・・。翻訳者は異なれど、再度選定されている作品もあり、ここで「新編」と冠して出してきた以上、もはや新人物往来社版が再刊されることはなさそうです。お好きな方ならば、両方を入手して、それぞれの構成を吟味しつつお愉しみになることをおすすめいたします。 それでは、以下に「新編 怪奇幻想の文学」の収録作を記載しておきます。順次刊行される都度、追記いたします。 新人物往来社版の収録作品と並べて比較される場合は、別窓で開けるように、末尾に別ページへのリンクを作成しておきます。 「新編 怪奇幻想の文学」 全6巻 1 怪物 編者序文 牧原勝志 「変化(へんげ)」 メアリ・シェリー 和爾桃子訳 「狼ヒューグ」 エルクマン=シャトリアン 池畑奈央子訳 「怪物」 アンブローズ・ビアス 宮﨑真紀訳 「夜の声」 W・H・ホジスン 植草昌実訳 「青白い猿」 M・P・シール 植草昌実訳 「壁の中の鼠」 H・P・ラヴクラフト 夏来健次訳 「"かくてさえずる鳥はなく"」 E・F・ベンスン 渦巻栗訳 「アムンセンのテント」 ジョン・マーティン・リーイ 森沢くみ子訳 「黒いけだもの」 ヘンリー・S・ホワイトヘッド 野村芳夫訳 「みどりの想い」 ジョン・コリア 植草昌実訳 「ヤンドロの小屋」 マンリー・ウェイド・ウェルマン 植草昌実訳 【解説】 怪物、あるいは分類不能なもの 武田悠一 解題 牧原勝志 2 吸血鬼 編者序文 牧原勝志 「謎の男」 K・A・ヴァクスマン 垂野創一郎訳 「吸血鬼(ウプイリ)」 A・K・トルストイ 植草昌実訳 「ドラキュラの客」 ブラム・ストーカー 夏来健次訳 「夜の運河」 イヴリル・ウォレル 宮﨑真紀訳 「黒の啓示」 カール・ジャコビ 渦巻栗訳 「クレア・ド・ルナ ― 月影」 シーベリー・クイン 植草昌実訳 「飢えた目の女」 フリッツ・ライバー 山田蘭訳 「血の末裔/白い絹のドレス」 リチャード・マシスン 植草昌実訳 「不十分な答え」 ロバート・エイクマン 若島正訳 【解説】 吸血鬼になりたい 下楠昌哉 解題 牧原勝志 3 恐怖 編者序文 牧原勝志 「謎」 ギ・ド・モーパッサン 永田千奈訳 「死んだユダヤ人」 ハンス・ハインツ・エーヴェルス 垂野創一郎訳 「音のする家」 M・P・シール 植草昌実訳 「木に愛された男」 アルジャーノン・ブラックウッド 渦巻栗訳 「顔」 E・F・ベンスン 圷香織訳 「丘からの眺め」 M・R・ジェイムズ 紀田順一郎訳 「怪船マインツ詩篇号」 ジャン・レー 池畑奈央子訳 「クロード・アーシュアの思念」 C・ホール・トンプスン 夏来健次訳 「影にあたえし唇は」 ロバート・ブロック 植草昌実訳 「とむらいの唄」 チャールズ・ボーモント 植草昌実訳 【解説】 恐怖を堪能するとは、どのようなことか 春日武彦 解題 牧原勝志 4 黒魔術 編者序文 牧原勝志 「若いグッドマン・ブラウン」 ナサニエル・ホーソーン 植草昌実訳 「ねじけジャネット」 ロバート・ルイス・スティーヴンスン 夏来健次訳 「魂を宿したヴァイオリン」 ヘレナ・P・ブラヴァツキー 熊井ひろ美訳 「五月祭前夜」 アルジャーノン・ブラックウッド 渦巻栗訳 「オール・ハロウズ大聖堂」 ウォルター・デ・ラ・メア 和爾桃子訳 「“彼のもの来りてのち去るべし”」 H・R・ウェイクフィールド 渦巻栗訳 「願いの井戸」 E・F・ベンスン 圷香織訳 「魔術師の復活」 クラーク・アシュトン・スミス 植草昌実訳 「真夜中の礼拝」 マーガレット・アーウィン 宮﨑真紀訳 「変身」 アーサー・マッケン 平井呈一訳 「蟹座と月の事件」 マージェリー・ローレンス 岡村美佐子訳 「ロスト・ヴァレー行き夜行列車」 オーガスト・ダーレス 岩田佳代子訳 「魔女」 アイザック・バシェヴィス・シンガー 植草昌実訳 【解説】 恐怖の本質と極秘の宗教 植松靖夫 解題 牧原勝志 5 幻影 編者序文 牧原勝志 「鏡像」 グスタフ・マイリンク 垂野創一郎訳 「古い衣」 アルジャーノン・ブラックウッド 渦巻栗訳 「薄紫色のシンフォニー」 メアリ・E・ウィルキンズ=フリーマン 岩田佳代子訳 「紫檀の扉」 オリヴァー・オニオンズ 圷香織訳 「主のいない家」 A・M・バレイジ 高澤真弓訳 「森のなかの死」 シャーウッド・アンダーソン 平戸懐古訳 「死んだ女」 デイヴィッド・H・ケラー 森沢くみ子訳 「創造の帽子」 ロバート・ブロック 植草昌実訳 「宇宙を駆ける男」 ロバート・リンドナー 宮﨑真紀訳 「アンバー・プリント」 ベイジル・コッパー 植草昌実訳 「ヴェネツィアを訪うなかれ」 ロバート・エイクマン 植草昌実訳 「山崩れ」 ディーノ・ブッツァーティ 脇功訳 「あまたの叉路の庭」 ホルヘ・ルイス・ボルヘス 西崎憲訳 【解説】 幻想と想像力―幻想文学を生み出す力とは― 花方寿行 解題 牧原勝志 以下続刊 ※ 刊行され次第、追記します。 6 奇蹟 (仮題) 別ページ 新人物往来社版「怪奇幻想の文学」全7巻の収録作品一覧(こちら) 別ページ 新紀元社版「新編 怪奇幻想の文学」全6巻の収録作日一覧(こちら) (Hoffmann) 引用文献・参考文献 「怪奇幻想の文学」 全7巻 紀田順一郎・荒俣宏編 新人物往来社 「新編 怪奇幻想の文学」 全6巻 紀田順一郎・荒俣宏監修 牧原勝志編 新紀元社 「幻想と怪奇の時代」 紀田順一郎 松籟社 「幻島はるかなり 推理・幻想文学の七十年」 紀田順一郎 松籟社 Diskussion Klingsol:こうして並べて見てみると、新人物往来社版がいかに画期的だったかということがわかるよね。 Parsifal:第1巻の冒頭、やっぱりポリドリ、レ・ファニュときて欲しいところだよね。それに、我々の世代だと翻訳者にも馴染みのある名前が並んでいるのもうれしい(笑) Kundry:ジョン・メトカーフ、A・E・コッパード、パウル・エルンスト、フリオ・コルタサルなんて入っていたとは知りませんでした。 Klingsol:ブラックウッドやM・R・ジェイムズ、E・F・ベンソン、M・P・シールあたりでは驚かないけど、オリヴァー・オニオンズとかトーマ・オウエンなんて、たいがいの選者なら見落とすところだよね。 Hoffmann:なんといっても平井呈一訳のホーレス・ウォルポール「オトラント城奇譚」が目玉だけど・・・その後擬古文体で訳し直しているので、そちらばかりが目立ってしまったみたいだね。 Klingsol:思潮社から出た「おとらんと城奇譚」だね。もともとが、いま読むとかなり荒唐無稽なstoryだけど、擬古文体だとすんなり受け入れられるんだよね。 Parsifal:ここではアーサー・マッケンが平井呈一訳じゃないんだ・・・。牧神社の「アーサー・マッケン作品集成」は1973年から1975年の刊行だから、このときは未だ訳してなかったのかな。 Hoffmann:そうだ、第1巻に入っているポリドリの「吸血鬼」なんだけど、昔「新青年」に佐藤春夫名義で載った訳が平井呈一訳だというのは有名な話だよね。ところが、このときは本が見つからなくて、平井呈一が新たに訳しているんだ。佐藤春夫名義で発表されたものは、その後種村季弘の「ドラキュラ・ドラキュラ」(大和書房)に収録されて、そこでは「平井呈一訳」と表記されている。だから、両方並べると、平井呈一の初訳と新訳が揃うんだよ。 Kundry:私は第6巻「啓示と奇蹟」に入っているアナトール・フランスの「聖母の軽業師」とチャールズ・ラムの「夢の子供」が大好きですね。どちらも「怪奇」ではありませんけれど・・・。 Parsifal:お、アナトール・フランスなら堀口大學の翻訳(「聖母の曲藝師」)でも読んで欲しいな。 Hoffmann:チャールズ・ラムなら戸川秋骨訳とか。「私達はアリスの子ではありません、貴下の子でもありません、いや抑々子供ではないのです。」「何でもないといふにも足りないのです、夢なのです」・・・あれは涙なしには読めない・・・。 Klingsol:こだわるなあ、君たち(笑) Parsifal:正直言って、アメリカの比較的新しいところは好みじゃないんだけどね(笑)「新編」に関しては、いまはHoffmann君が話してくれたところにとどめておいて、全巻揃ったら、またみんなで話そうか。 |