110 「デモンズ '95」 "Dellamorte Dellamore" (1994年 伊・仏) ミケーレ・ソアヴィ 本日取り上げるのは「デモンズ '95」"Dellamorte Dellamore"(1994年 伊・仏)、ミケーレ・ソアヴィによるゾンビ映画の傑作です。 storyは― 舞台は北イタリアの小都市、バッファロラ。主人公のフランチェスコは、相棒ナギとともに、墓地の管理人を務めている。この墓地では、死者が埋葬されると一週間後に甦り、生きている人間に襲いかかってくる。その蘇った死者「リターナー」を退治する日々―。 ある日フランチェスコ年若い未亡人に恋をするが、未亡人は甦った夫に食い殺される。それから一週間気、今度は彼女が甦ってフランチェスコに噛みつく。 やがて市長の娘が事故死。彼女に憧れていたナギはその生首を掘り出していっしょに暮らしはじめる。ところがその仲を市長が引き裂こうとして、怒った生首に噛み殺され、今度は一週間後に市長が甦る。 未亡人に噛まれて以来、フランチェスコは幻覚に悩まされ、死神と出会う。「生き返らせたくないなら生者を殺せ」と言う死神。なにが現実かなにが幻覚なのか分からないまま、フランチェスコは町に出て若者たちに向けて銃を乱射。しかし、誰も彼の凶行を気にかけない。 フランチェスコはナギを連れて町を出る。トンネルを抜けると断崖絶壁でブレーキを踏んだところ、ナギが頭を打ち・・・。 「超」の字を付けたいくらいの名作です。 一般にミケーレ・ソアヴィといえば、ダリオ・アルジェントの弟子のように認識されていると思われますが、その美学はダリオ・アルジェントを大きく超えています。 「デモンズ '95」という邦題は日本で勝手に付けたもの。オリジナルの「デモンズ」とはなにも関係ありません。参考までに説明しておくと邦題で呼ばれるところのデモンズシリーズは以下の6作― 「デモンズ」 "Demoni" (1985年 伊) ランベルト・バーヴァ これがオリジナル。閉鎖された映画館で、悪魔と謎の仮面男に招かれた人々が戦う。ダリオ・アルジェント製作総指揮、マリオ・バーヴァの息子、ランベルト・バーヴァが監督。なんの工夫もなくドンパチやるだけ。マリオ・バーヴァ作品などの子役で有名だったニコレッタ・エルミが大人になってご出演。ミケーレ・ソアヴィも仮面の男を演じている。そう、この人はもともと俳優としてキャリアをスタートさせた人で、これ以外にもいくつかの作品に出演しているんですよ。 「デモンズ2」 "Demoni 2: L'incubo ritorna" (1986年 伊) ランベルト・バーヴァ これもプロデューサーはダリオ・アルジェント、監督も前作と同じランベルト・バーヴァ。上記の閉鎖された映画館を高層マンションに代えただけ。一応続篇。ただし「3」以降は日本の配給会社が勝手に「デモンズ」と名付けたものであって、storyはまったく関係ない。ダリオの次女アーシアが11歳で映画デビュー(ここに画像がupしてあります)。 「デモンズ3」 "La Chiesa" (1988年 伊) ミケーレ・ソアヴィ ダリオ・アルジェントのプロデュース、ミケーレ・ソアヴィの監督による、よくできた映画。北イタリアの大聖堂で悪魔が復活、大聖堂に閉じ込められた人々の恐怖を描いたもの。これにもダリオの次女アーシアが13歳で出演。カワイイ。 「デモンズ4」 "La Setta" (1991年 伊) ミケーレ・ソアヴィ 同じくダリオ・アルジェントのプロデュース、ミケーレ・ソアヴィの監督。これも悪くない。カルト教団によって反キリスト者を生む使命を負わされた女性の恐怖を描いたもの。アルジェントもソアヴィの演出力は高く評価していたんですが、結構口出しが多いので、争いが絶えなかったとも言われています。 「デモンズ5」 "La Maschera del Demonio" (1989年 米) ランベルト・バーヴァ 未見。悪魔の復活にまつわるホラーらしい。ミケーレ・ソアヴィが出演。 「デモンズ6/最終戦争」 "De Profundis" (1990年 伊) ルイジ・コッツィ 未見。主人公の女優が次作ホラー映画の脚本を読んでいると、地獄から悪魔の女王が甦るという話のスプラッターものらしい。 はい、私はとりあえず「4」までは観ています。オリジナルと「2」はランベルト・バーヴァの才能の乏しさがよく分かります(笑)ノリが良くって爽快感はありますけどね、つまりはアクション映画。「3」「4」はさすがソアヴィ。劇映画デビュー作の「アクエリアス」"Aquarius"(1986年 伊)も佳作でしたが、いっそうよくなってきて、ついに頂点を極めたのが、今回取り上げる「デモンズ '95」です。なんとも残念なことに、これをもってソアヴィは映画界から引退。イタリア映画が残酷描写を受け入れにくくなったことと、障害を持つ息子の世話に専念するためだとされています。惜しい才能です。その後TVのディレクターとなって、ドラマなど撮っている模様で、私は聖フランチェスコの伝記ドラマのDVDを観ました。 さて、「デモンズ '95」"Dellamorte Dellamore"はその原題が示すとおり、イタリアのティジアノ・スクラヴィの小説"Dellamorte Dellamore"を映画化したもの・・・といっても、私はその小説を読んでいないのでどこまで原作に従っているのかは分かりませんが、storyも映像も、かなりの独自性を持っていると思います。イタリアン・ゾンビ映画といえば、イタリアならではの先行作品の模倣といえば聞こえはいいものの、はっきり言えば「パクリ」があたりまえの世界。しかし本作に関しては、その映像美にミケーレ・ソアヴィの刻印は明らかです。 先に述べたとおり、ミケーレ・ソアヴィは俳優としてスタートして、助監督、演出家と進んでいった人。劇場用映画はホラー系ばかりですが、TVディレクターとしては犯罪ものなども手がけています。ダリオ・アルジェントのようにたっぷり予算がかけられる立場ではなく、しかし低予算で早撮り、それで個人的にはアルジェントを超える水準の映画を完成させてしまうのですから驚くべき才能です。やはり、下積み経験によって現場を知悉している強みでしょうか。 先ほどふれた「アクエリアス」は師匠格のジョー・ダマトのプロデュースによる劇場長篇映画第一作で、リハーサル中の劇団員が稽古場に閉じ込められて、梟の仮面を被った殺人鬼にひとりまたひとりと血祭りに上げられてゆくというstory。観はじめたら目が離せないテンポの良さとめりはりのある展開、幻想的なatmosphere漂う、ホラーというより怪奇と言いたい快作です。 そしてスプラッター・ブームが去って、イタリアン・ホラーが斜陽の一途をたどることになった1990年代に発表されたのが、「デモンズ '95」です。きっと、自分のやりたいように撮りたかったんでしょう、この作品は自らプロデュース。 これまた先ほどの発言に註釈が必要ですね。イタリアのティジアノ・スクラヴィの小説"Dellamorte Dellamore"を映画化したものと言いましたが、我が国では当初イタリアの人気コミック「ディラン・ドッグ」の映画化と紹介されていました。これは、当たらずとも遠からずで、"Dellamorte Dellamore"が「ディラン・ドッグ」の原型なんだそうです。それに、「ディラン・ドッグ」の主人公はこの映画で主役を演じているルパート・エヴェレットをモデルに描かれているんですね。 ゾンビは、たとえばロメロのゾンビのコピーではなく、ルチオ・フルチのようにいっそう熟成(腐乱)させておきましたといった(笑)嫌悪感を催させるよりも、かなり手前で踏みとどまっています。残酷描写もほとんどなし。だから不快感が押しつけられるようなことはありません。ゾンビの特殊メイクについて具体的に説明すると、地中から甦るので、身体に植物の根が絡みついている(融合している)という発想、これは視覚効果としても秀逸です。これはソアヴィのアイデアだったようで、まさに天才的な発想ではないでしょうか。ウジ虫がわいているなんていうのより、よほどいい。しかも、未亡人が甦ったときに身体にまとわりついているのは、マンドラゴラの根という設定です。 そしてその映像はアルノルト・ベックリンArnold Boecklinの絵を引用したりなどして、静謐感漂う耽美的なもの。フランチェスコと未亡人の情事の際には、周囲を青い鬼火が漂っている。なにが現実か、なにが幻想か、といった主人公の内面(視点)も、そこはかとないユーモアをからめて、感覚的ながら明快でたいへんセンスのよい映像表現になっています。 狂言回し的な役どころの相棒ナギもいいですね。ユーモア担当のようでいて、市長の娘ヴァレンティーナに対する純愛は感動的でさえあります。なにしろ相手は首だけなんですから。おわかりですね、肉欲なんていっさい眼中にないんですよ。あ、これはフランチェスコも男性恐怖症の娘のために、病院で去勢しようとさえするんだから同じですね。とはいえ、これはいずれも半ば恋に恋するような、未成熟な愛情の発露なのかも知れません。それだからこそ、フランチェスコとナギの友情も崇高にさえ思えるんですよ。ああ、青春。 最後に映し出されるスノーボール。これはじつはオープニングでも映し出されていたもの。 「外の世界はないんだ」 こうしてこの物語は大きく円環を描いて閉じられます。 (Parsifal) ************************* ベックリンについて アルノルト・ベックリンArnold Boecklinは19世紀の象徴主義の画家です。1927年生まれで1901年に亡くなっていますからまさしく19世紀の画家。 なんと言っても有名のは「死の島」"Die Toteninsel"。暗い空の下、墓地のある小さな孤島をめざし、白い棺を乗せた小舟が静かに進んでいくさまを描いた作品。わりあい写実的で、なんとも幻想味の漂う名作。ベックリンの作品は第一次世界大戦後のドイツでは、たいへん人気があり、一般家庭の多くの家に、複製画が飾られていたと言われていますが、なかでも代表作の「死の島」は特に人気が高く、複製画の他にポストカードの題材としても使用されたほか、これを模倣する画家も現れました。ラフマニノフの交響詩「死の島」やレーガーの「ベックリンによる4つの音詩」の第3曲は、この絵に触発されて作曲した作品です。 なお、ベックリンはこの題材で5点描いており、一点は第二次世界大戦で焼失してしまいましたが、四点が現存。そのうちの一点(第3作目)はヒトラーが所有していたものです。 「死の島」 "第1バージョン"、1880年、 バーゼル市立美術館 "第2バージョン"、1880年、メトロポリタン美術館 "第3バージョン"、1883年、旧国立美術館 "第4バージョン"、1884年、第二次世界大戦中に焼失 "第5バージョン"、1886年、ライプツィヒ造形美術館 「死の島」以外で、私が好きな絵を挙げると― 左から「ヴァイオリンを弾く死神のいる自画像」(1872年)、「ペスト」(1898年)、「寄せ波」(1879年) 「ペスト」の右足がはっきり描かれていないのは、この絵が未完であるため。 「海辺のヴィラ」(1878年) 上の「寄せ波」とともに、しばしばクラシックのレコードジャケットを飾っている有名な作品です。 「戯れる人魚たち」(1886年) これは私も額装して飾っています。 (Hoffmann) 参考文献 とくにありません。 |