143 円盤たちよ、「君の名は。」




 ※ 同名の映画の話じゃありません。

 「音楽を聴く」のページですが、いきなり「本も読む」ではじめてしまいましょう―

 本も読む 「記憶の遠近法」 澁澤龍彦 大和書房

 エッセイ集です。この本に収録されている「昆虫」というエッセイは、著者の少年時代の、あまり勉強ができる方ではなく、家も裕福でなく、無口で引っ込み思案なK君の思い出です。K君は家が近所なので思い出したように遊びに来る。

「これから昆虫採集に行こうと思っていたんだ。一緒にくる?」
 と私が言うと、K君は嬉しそうについてきた。トンボとりと言わずに、昆虫採集と言ったところが味噌である。

 トンボとりの技術にかけては、私よりもK君のほうがはるかに上だった。

 私が家で昆虫標本をつくっているのを知っていたので、K君は私のために、できるだけ立派なヤンマを捕えてやろう、と考えているらしかった。


 そして翌日、またやってきたK君は「私」に―

「昨日のトンボ、もうコンチュウにしたかい?」
 ときいたのである。
 K君は標本と言うべきところを、間違って昆虫と言ったのである。よく意味が分からず、言葉をごっちゃにしていたらしいのである。
 私は子供のころから、ひとの揚げ足をとるのが大そう得意で、ときには先生をやりこめたりすることもあったほどだが、この時は、もちろん笑わなかった。K君がコンチュウと言っているのなら、コンチュウでもいいではないか、と思った。
「うん、あれからすぐコンチュウにしちゃったよ。見せようか?」
 私は展翅板をもってきて、そこに針で固定されている見事なヤンマのコンチュウを、K君に一つ一つ見せた。K君は嬉しそうにして、前の日に自分が捕えた昆虫のコンチュウを、だまって見ていた。


 いいですね、澁澤少年が見ていた情景が目に浮かびます。

 いやあ、なにを言いたいのかというと、揚げ足をとるのも結構なんですがね、それは自分が相手に対してマウントをとる行為でしかないってことです。それも、相手がよほどおかしな間違いをしているのなら、まだいくらかわかります。でもね、ことばの使い方を自分で決めて、他人様がその法則に則っていないからといって、フンスフンスと鼻息も荒く自己主張ばかりしているのはいささか滑稽です。最近、都知事選で落選したひとが、質問者に対して嘲笑交じりでこれをやっていましたね。自分を偉く見せようという助平根性が透けて見えるんですよ。こういう人は他人を不愉快にさせる才能がある。

 おっと、音楽の話をしなきゃね。

 録音年など調べるために、特定のレコードやCDについて検索すると、いろいろなwebサイトにたどり着きます。そのなかには、レコードと言ったらレコードのことなんだ、アナログレコードとかアナログディスクなどという言い方は認めない! とか、アナログレコードなんて言葉は「許容」できない! アナログであろうがデジタルであろうが、音楽が記録されたものはすべてレコードだ! といった按配に、目を三角にして(たぶん)、肩を怒らせて(たぶん)、大声で(たぶん)、主張している人がいます。

 だれがどう呼んでいようが、どうでもいいJAN(笑)

 ご当人は厳密な疱瘡苦・・・じゃなくて法則にでも、のっぴきならない信念にでも従って、レコードだろうがアナログだろうがビニールだろうが、勝手に名付けて呼んでいればいいんです。でも、他人の呼び方を「認めない」とか「許容できない」ってことは、そのことばを使ったひとがなにについて話しているのか、分かっているということですよね。分かるのなら、それはそれでかまわないじゃないですか。なにが問題なんですか? そんなどうでもいいような些末な問題で、自分と同じ考えの人間しか認めない、ってことなんでしょうか? だから独善的な「マニア」は煙たがられるんですよ(笑)私ゃ、そのようなオツムの硬直した人種だと思われたくはないし、じっさいにそんなことでいちいち「自己主張」(自己顕示?)しません。なにかというと「・・・ねばならない」と言う人にはあまり関わりたくない。だいいち、ひとはひと、自分は自分。会話は通じればそれでいい。あんまり思考が硬直して、それも自分だけの問題ならいざ知らず、他人様にまでその硬直ぶりを押しつけたくはないですね。

 もう死んじゃいましたけどね、私の父親はスピーカーのことを「マイク」って言ってましたよ。でも、なんの話をしているのかはわかるから、無問題。だから私も「ああ、あのマイクはイギリス製なんだよ」なんて返していました。親父さんがマイクと言っているのなら、マイクでもいいではないか、と思ったんです。

 一応説明しておくと、日本では昔から「レコード」という呼称が馴染み深いのですが、英語圏では"disk(disc)"が一般的。だからアナログレコードはアナログディスクとなる。CDがコンパクトディスクであるように。言うまでもなく、「レコード」というのは「録音」という意味ですから、もともとは「レコード盤」と呼んでいた。それがいつの間にか「レコード」と簡略化されたようです。録音されたものはすべてレコードだという意味では、磁気テープだって「アナログレコード」なんですよ。エジソン式のシリンダー型の、所謂蝋管だって、もともとは「シリンダーレコード」と呼ばれていたので、別におかしなことではない。でも、レコードと呼ぶと、ほとんどの人は円盤形のものを連想するでしょ。

 ここで一応私の場合の使い分けを示しておくと、SPは「SP」、LPは「LP」または「レコード」、CDは「CD」、DVDは「DVD」、全部ひっくるめて扱うときには「disc」と呼んで(表記して)います。別に確固たる信念があるわけじゃありません。たぶんこれがいちばんわかりやすいんじゃないかな、と思うから。最近の例でいうと、「139 チャイコフスキー作品のレコードから」という表題ではアナログレコード(LP)しか取り上げていない、「138 ブラームスの編曲もののdisc」という表題だとLPもCDも取り上げている。「021 ワーグナー 歌劇『さまよえるオランダ人』 
※ 所有しているdiscを録音年順に記載します」と表記してあれば、LP、CD、DVD、Blu-rayのすべてをひっくるめて対象にしているということです。なお、「アナログ録音」「ディジタル録音」という言い方もします。「デジタル録音」とか「digital録音」と表記することもあるかも知れない。というわけで、ゆるーい法則ですYO(笑)

K君がコンチュウと言っているのなら、コンチュウでもいいではないか、と思った。
「うん、あれからすぐコンチュウにしちゃったよ。見せようか?」


(Hoffmann)