174 ウィンナ・ワルツ、シュトラウス・ファミリーの音楽 CD篇




 これまでのところ、ウィンナ・ワルツやその周辺の音楽に関しては―

016 ウィンナ・ワルツのレコードから

071 ニューイヤー・コンサートでは演奏されないワルツ、ポルカなど

 ・・・と、このあたりである程度まとめて取り上げてきました。本日は第三弾。メインはこちら―

「シュトラウス・イン・サンクトペテルブルク」"Strauss in St Petersburg"
J・シュトラウスII世:ネヴァ川ポルカ Op.288
同:ペルシャ行進曲 Op.289
同:ロシア行進曲 Op.426
同:アレクサンドラ大公妃のワルツ Op.181
同:オルガ・ポルカ Op.196
同:アレクサンドリーネのポルカ Op.198
同:ワルツ「サンクトペテルブルクとの別れ」 Op.210
同:田舎のポルカ Op.276
J・シュトラウスII世&ヨーゼフ・シュトラウス:ピツィカート・ポルカ
J・シュトラウスII世:大公行進曲 Op.107
オルガ・スミルニツカヤ:初恋 Op.14
J・シュトラウスII世:ポルカ・シェネル「観光列車」 Op.281
同:ワルツ「酒、女、歌」 Op.333
同:戴冠行進曲 Op.183
同:宮廷舞踏会カドリーユ Op.116
同:ポルカ・マズルカ「ヴォルガのほとり」 Op.425
同:ロシアの主題によるカドリーユ「サンクトペテルブルク」 Op.255
同:シュネル・ポルカ「さあ踊ろう!」 Op.436
同:ロシア風行進幻想曲 Op.353
同:アレクサンダー・カドリーユ Op.33
 ネーメ・ヤルヴィ指揮 エストニア国立交響楽団
 オルガ・ザイツェヴァ(ソプラノ:初恋)
 エストニア国立男声合唱団(田舎のポルカ)
 タリン、エストニア・コンサート・ホール、2012.5.1, 2015.6.29-7.2
Chandos CHAN10937 (CD)


 録音は2012年と2015年ですが、discがリリースされたのは2017年、ネーメ・ヤルヴィの80歳と、エストニア国立響90周年のダブル・アニヴァーサリーということになっていましたね。

 ここに収録された作品は、J・シュトラウスII世の「ロシア時代」と「ロシアにまつわる作品」です。


Johann Strauss II

 パブロフスクはサンクトペテルブルク市の中心の南方30kmほどの位置にある都市です。この町はロシア皇族の夏の邸宅のひとつであるパヴロフスク宮殿の周りに発展した町で、同宮殿はユネスコの世界遺産「サンクトペテルブルク歴史地区と関連建造物群」の一部となっています。

 ロシアのツァールスコエ・セーロ鉄道会社が、1838年夏に終着駅と舞踏会場が完成したときに、J・シュトラウスI世に客演を依頼したのですが、これは実現せず。さらに1839年、1840年にもかなりの条件でオファーしていますが、これも実現に至らず。世慣れたI世は、ロシアで長期間官の客演をするための条件をいろいろ提示しているのですが、実現されなかった理由は不明です。しかし、この父親が提示した条件が、息子のII世によって1856年に初めて無条件で受け入れられた。これがワルツ王とパブロフスクの縁のはじまり。

 ロシア最初の鉄道であるサンクトペテルブルク=パヴロフスク=ツァールスコエ・セロー間の鉄道が開通したのは1837年10月10日。パヴロフスク駅舎は「ヴォクソール・パビリオン」"Vauxhall Pavilion"と呼ばれ、コンサートホールとしても使われて、J・シュトラウスII世以外にも、フランツ・リスト、ロベルト・シューマンといった音楽家が鉄道会社から招かれて、パヴロフスク駅で演奏会を開いています。聴きたい人は鉄道でやって来ればそこで聴くことができたわけですね。


パヴロフスク駅舎での演奏会の様子

 客演は何か月にもわたり、しかしそれはカーニヴァルの季節ではなく、舞踏会のシーズンでもなかったために、ウィーンでも不都合はなく、しかもウィーンでは数多くの音楽家のひとりで、しかも父親と比較されることが常であったシュトラウスII世も、この鉄道の終着駅では唯一の注目すべき音楽家であり、ロシアの新聞や雑誌は指揮者としてのシュトラウスII世について、詳細かつ刺激的な記事を残しています。

 もちろん、夏のシーズンに大勢の観光客をパブロフスクに引き寄せるために雇われたことは否定できませんが、サンクトペテルブルクで行った「ロシアン・サマー・コンサート」は1856年~1865年と長期にわたって毎年開催され、1869年にも行われています。報酬も巨額で、シュトラウスII世も満更でもなかったはず。チャイコフスキーの作品も指揮しているし、ワーグナー、メンデルスゾーン、ヴェルディにベルリオーズの作品も指揮しています。「レオノーレ」「魔弾の射手」序曲などは、最初の夏にそれぞれ16回演奏され、メンデルスゾーン「真夏の夜の夢」スケルツォ41回、ヴェルディの「トロヴァトーレ」のポプリに至っては最初の夏だけで107回演奏されています。

 シュトラウスII世の楽譜はロシアでも早い時期に出版されており、到着したときには既にロシアの音楽家はこのマエストロをよく知っていました。この地に別荘を持つ上流階級の女性、一晩だけ鉄道でやって来る女性たちに、この生粋のウィーン人、エレガントな楽長はとりわけ人気者でした。住居には贈り物専用の部屋まであったとか。これはあくまで噂話のレベルと断ったうえでお話しすると、シュトラウスII世はなかなかのプレイボーイで、ここで婚約を13回して、土壇場でオーストリア大使によって結婚式場から救い出されたこともあり、人妻の憤慨した夫を相手に決闘したのも一度や二度ではない・・・と、これはどれもおそらく尾ひれが付いているものと思われます。

 ただし、生涯にただ一度という、たいへん情熱的な恋愛をしたことはたしかなようで、相手は2歳年上で、18歳の時に作曲家としてデビューしていたオルガ・スミルニツカヤ。そう、このdiscに収録されている「初恋」という歌曲の作曲者です。シュトラウスII世はウィーンに戻ってからも、彼女とは文通を続けていましたが、シュトラウスII世の最後の手紙は、彼女のことを「他の人々と同様に忘れてしまう」などという「世間の人々の下らない確信」は間違っている、という宣言です。この手紙に対するパブロフスクからの返事は「二日前に結婚しました」というもの。

 ※ この経緯は書簡の形で残されているのですが、厳密に言うと、妻アデーレ・シュトラウスによる手が加わって改竄されている可能性も否定できません。

 お気づきの方はいらっしゃいますか? シュトラウスII世の3番目の妻はアデーレです。1873年に作曲された喜歌劇「こうもり」において、女中アデーレはオルロフスキー侯爵の夜会で女優のオルガと名乗っていますよね。ふっふっふっ・・・。


オルガ・スミルニツカヤ Ольга Смирнитская

 それはともかく、パブロフスクで人気の高かったワルツ「法律家舞踏会」Op.177がこのdiscに収録されていないのは残念ですが、哀愁をおびたワルツ「サンクトペテルブルクとの別れ」Op.210が入っているのはうれしいですね。じつはこれは3年目の9月、最後の特別コンサートのために作曲したものなんですが、結局契約は延長されて、だからかどうか、この作品はシュトラウスII世のレパートリーから消えてしまいました。一方、アレクサンドラ大公妃のワルツOp.181、オルガ・ポルカOp.196、田舎のポルカOp.276などは、ロシアの一般聴衆の好みを敏感に嗅ぎ取って作曲されたもの。ワルツ王はパブロフスクでも、自らの才能を惜しみなく発揮して、しかもその独創性はいささかも衰えを見せなかったのです。


 さて、この機会にめずらしい作品を収録したdiscをもうひとつ―

"Straeusse aus Wien Strauss Family Rarities"
J・シュトラウスII世:喜歌劇「理性の女神」序曲
J・シュトラウスI世:ワルツ「コンコルディア舞曲」 Op.184
エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・シュネル「バードの思い出」 Op.146
J・シュトラウスII世:喜歌劇「ジンプリツィウス」 第2幕から No.13: Also, du bist ein Freiersmann?
同:ポルカ・フランセーズ「アレクサンドリーネ・ポルカ」 Op.198
エドゥアルト・シュトラウス:ワルツ「ミルテの小さな花束」 Op.87
J・シュトラウスI世:ヴェルサイユ・ギャロップ Op. 107
J・シュトラウスII世:喜歌劇「騎士パスマン」第3幕から Euch schlagt mein ganzes Herz entgegen
エドゥアルト・シュトラウス:ポルカ・フランセーズ「流れと共に」 Op.174
J・シュトラウスII世:カドリーユ「カーニヴァルの大騒ぎ」 Op.152
ヨーゼフ・シュトラウス:行進曲「ドイツの挨拶」 Op.101
J・シュトラウスII世:喜歌劇「ウィーンのカリオストロ」第2幕から No.13: Ha, welch' ein reizendes Gesicht!
 オッコ・カム指揮 スウェーデン放送交響楽団
 Ulf Forsberg (ヴァイオリン・ソロ)「理性の女神」「騎士パスマン」
 Elisabeth Berg (ソプラノ)「ジンプリツィウス」「騎士パスマン」「ウィーンのカリオストロ」
 Stefan Dahlberg (テノール)「ジンプリツィウス」「騎士パスマン」
 Berwald Hall、Stockholm、Sweden、1993.10.4,6
BIS BS-CD-645 (CD)



 表題の"Straesse"は"Strauss"と"Strasse"をかけているんでしょうか。"Rarities"とあるとおり、「秘曲集」。ヴァイオリンのUlf ForsbergはオーケストラのLeader。

 オッコ・カムらしい、自然体の演奏。これだけ上質なシュトラウス演奏もめずらしいくらい。


 次に、編曲集を2点―


「ヨハン・シュトラウスのワルツ集」"Johann Strauss Walzer"
J・シュトラウスII世:ワルツ「酒・女・歌」Op.333(1921:ベルク編)
同:「宝のワルツ」Op.418(1921:ヴェーベルン編)
同:「南国のばら」Op.388(1921:シェーンベルク編)
同:入江のワルツ Op.411(1921:シェーンベルク編)
同:皇帝円舞曲 Op.437(1924:シェーンベルク編)
同:ポルカ「観光列車」Op.281(2007:M.トロヤーン編)
同:ワルツ「ウィーンの森の物語」Op.325(2007:M・トロヤーン編)
同:トリッチ・トラッチ・ポルカ Op.214(2004:H=P・ドット編)
 トーマス・クリスティアン・アンサンブル
 バイエル・カルチャーハウス、レヴァークーゼン、2009.1.18-21
MDG 603 1590-2 (CD)


 これはシェーンベルク。ベルク、ウェーベルンらの編曲集。編曲が巧みなので、このdiscに限りませんが、近頃は私もこのシュトラウスII世のワルツを聴こうというときに、このような室内楽版を取り出すことが多くなりましたね。


「ウィーン弦楽六重奏団 / シュトラウス名作編曲集」"Viennese Walzes & Polkas"
J・シュトラウスII世:ワルツ「芸術家の生涯」Op.316
同:シュネル=ポルカ「ハンガリー万歳」Op.332
同:ワルツ「シトロンの花咲くところ」Op.364
J・シュトラウスII世&ヨーゼフ・シュトラウス:ピツィカート・ポルカ
J・シュトラウスII世:ワルツ「デュナミーデン」Op.173
同:ポルカ「女の心」Op.166
同:歌劇「ジプシー男爵」から宝のワルツ(ウェーベルン編)
同:ワルツ「酒・女・歌」Op.333(ウェーベルン編)
 ウィーン弦楽六重奏団
 グラーフェンネッグ城、ハイツェンドルフ、オーストリア、2002.11
PAN CLASSICS 10 159 (CD)


 これも編曲集、弦楽六重奏による演奏です。録音はややカン高いバランスですが、演奏はとても上質。どちらかというと、イギリス製の小型ブックシェルフ・スピーカーで聴きたいdiscです。


(Hoffmann)