152 シベリウスのヴァイオリン協奏曲のdiscから




 これまでに取り上げたのは、以下のヴァイオリニストによるレコードですね。

 ゲオルク・クーレンカンプ m117
 イヴリー・ギトリス m114
 カミラ・ウィックス m147
 ジネット・ヌヴー m149

 このなかでは、クーレンカンプ盤はフルトヴェングラーに対する興味にも与るところがありますが、なかなか興味深い存在で、あとは好きという意味ではギトリス、ウィックス、ヌヴーは同等。いずれも存在感大なるものがあります。おそらく協奏曲で人気投票でもやれば上位に食い込みそうなこの音楽は、私も大好きなので、ほかにもいろいろdiscを入手しては聴いています。

 LP篇

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
トッシー・スピヴァコフスキー(ヴァイオリン)
タウノ・ハンニカイネン指揮 ロンドン交響楽団
1959
EVEREST SDBR3045 (LP)


 日本コロムビアから出ていた廉価盤で子供の頃から愛聴していた。これはその後入手した復刻盤。

 トッシー・スピヴァコフスキーは1906年(1907年、1910年説あり)オデッサ生まれ。間もなく家族でベルリンに移り、子供時代からヴァイオリニストとして、ピアニストの兄ヤッシャとデュオを組みヨーロッパで演奏活動を行い、18歳にしてフルトヴェングラーに認められ、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターに就任しています。

 1930年に兄弟デュオにチェリスト、エドモンド・クルツを加えたトリオを結成し、1933年にオーストラリア・ツアーを行ったことがきっかけでメルボルン大学のマスタークラスに招聘されオーストラリアに滞在。1940年にアメリカに移住しニューヨーク・デビュー。ロジンスキ率いるクリーヴランド管弦楽団のコンサートマスターを務めたほか、ジュリアード音楽院で教職に就いたりしていたようです。1998年に没。

 わりあいスッキリ系の演奏ながら、安定した技巧で繰り広げられる名人芸。その演奏の印象は、若干録音によるところもあるようで、35mm Magnetic Film録音のためか、線が太くて生々しく、若干雑味も。ただ、その雑味が実在感に通じているところがあって、現代的な解像度と透明感重視の小型スピーカーよりは、往年のTANNOYやAltecなどのスピーカーで聴きたいレコード。



Tossy Spivakovsky


シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番
石川静(ヴァイオリン)
イルジー・ビエロフラーヴェク指揮 ブルノ国立フィルハーモニー管弦楽団
1978.6.22-23
Supraphon 110 2289 (LP)


 これも国内盤も所有している。目を見張るような技巧派というわけではなく、ややstaticに傾いてこぢんまりとするものの、いまどきの若い奏者が技巧を誇示して「奏きまくって」いる幼稚な演奏よりはよほどいい。とりわけ緩徐楽章に妙味あり。

 このほか、LPではオイストラフ、シェリング、クレーメル、パールマン、イダ・ヘンデル、ムローヴァ、潮田益子などのレコードが棚にありましたが、今回聴いてみて、とくにパールマン以降の盤に関しては、手許に残しておく価値があるのかと疑問を感じているところです(笑)


 
CD篇

 CDも一時期はかなりいろいろ入手して聴いていましたが、次の1枚が出て、ほかの一切が霞んでしまいました―

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47(1903/04年オリジナル版)
同:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47(1905年現行版)
レオニダス・カヴァコス(ヴァイオリン)
オスモ・ヴァンスカ指揮 ラハティ交響楽団
ラハティ聖十字架教会、1990.11, 1991.1
BIS BIS500 (CD)


 この、いまでも人気のあるヴァイオリン協奏曲は1904年に完成されて、生活の苦しかったシベリウスは早く収入にしたかったため、初演の日程を早めています。ところが作曲に当たって助言も仰ぎ初演のソリストとしても予定されていたヴィリー・ブルメスターの都合が合わない。そこでもっと若いヴィクトール・ノヴァチェクが2月8日の初演のソロを務めたが・・・どうもとくに第3楽章が難しすぎたようで、また、第1楽章が長すぎると、批評は芳しくない。

 そこでシベリウスはブルメスターの10月の再演を断ってまで改訂に取りかかり、改訂稿の初演にはまたブルメスターの都合がつかず・・・改訂稿は1905年、ベルリンでR・シュトラウス指揮でソリストはオーケストラのコンサートマスターであるカレル・ハーリルが担当。ブルメスターはすっかり気分を害してしまったとか(笑)

 ともあれ、時は流れて2014年、印刷譜として世に出ることに。この初期稿は手稿譜が失われているものの、資料と残された断片、パート譜などを元に校訂されており、従って、上記のように「オリジナル版」というのは正確ではなく、厳密には「初期ヴァージョン」と呼ぶべきもの。

 さて、じっさいにこのCCDを聴いて・・・原点版が現行版になったのは納得。聴き慣れているせいもあるのかもしれないが、あれもこれも盛り込んだものを整理して、完成度を高めたといった印象。とはいえ、原点版のスケールの大きさもたいへん魅力的。ふたつのカデンツァを持ち、現行版ではそのはじめの方が削除されているが、ああ、もったいない。魅力的な音楽。第2楽章もソロの表情は多彩、正確に言うと装飾音。第3楽章は初期稿の方が、ソロ・パートがより目立つ。逆に言うと、オーケストラがやや淡彩。カヴァコスはことさらにテクニックを誇示しないところがさすが。

 なお、このCDはBISとしてもダイナミックレンジが広くとられているので、大型の装置で音量を大きめに設定して聴きたい。そうすると、細部まで明瞭であることが分かります。小音量だと眠たく聴こえそう。逆に言うと、DGやEMIのような小型の装置向けの音造りではなく、本当の意味での高音質であるということ。

 同曲のCDはこれひとつあれば十分。もしももう1枚入手するなら、このカヴァコス盤を予備に買う(笑)できればLP2枚組で出して欲しい。


Leonidas Kavakos


(おまけ)

 トッシー・スピヴァコフスキーといえば、かつて比較的容易に入手できる録音は上記シベリウス以外になかったところ、2018年にDOREMIレーベルから、たいへん貴重な4CDセットが出ていたので、ここに記載しておきます。



J・S・バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調 BWV.1004よりシャコンヌ(バッハ・ボウによる演奏)
 1969.1.26
プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番ト短調 Op.63
 トマス・シッパース指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
 1959.11.19
ウィリアム・シューマン:ヴァイオリン協奏曲
 ルーカス・フォス指揮 バッファロー・フィルハーモニー管弦楽団
 1966.1.23
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.61
 アメリゴ・マリノ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
 1969.1.26(ストックホルム、スウェーデン放送)
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.35
 ニルス・グレヴィリウス指揮 ストックフィルム・フィルハーモニー管弦楽団
 1960.2.8
フランク・マルタン:ヴァイオリン協奏曲
 ロバート・ラ・マーチーナ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
 1963.12.19
バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番 Sz.112
 アルトゥール・ロジンスキ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
 1943.10.14
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.77
 ヨーゼフ・クリップス指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
 1963.12.21
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調 Op.64
 ポール・パレー指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック
 1961.12.7

 トッシー・スピヴァコフスキー(ヴァイオリン)

DOREMI DHR-8025-8 (4CD)


 すべて世界初出のlive録音。バルトークはロジンスキとの世界初演の録音ではないが(世界初演は1943年、ロジンスキ指揮、クリーヴランド管弦楽団)、同年の録音。「シャコンヌ」はバッハ・ボウ"VEGA BACH Bow"による演奏。いまではほとんど顧みられなくなりましたが、私はこの弓による演奏が好きなので、先の「145 『シャコンヌ』の編曲版のレコード」のときに、これも取り上げておけばよかったかな。

 いやあ、シベリウスもよかったけれど、ここに収録されているlive録音が、どれもこれもすばらしいんですよ。指揮者が全部異なるというのも、聴いていて面白い。


(Hoffmann)