103 あえて聴くmono盤 その1




 表題の、「あえて聴くmono盤」というのは、もともとmono盤しかないレコードを聴くことではありません。stereo盤が存在するのに、「あえて」mono盤で聴く、という意味です。

 stereo録音がはじまったばかりの頃、stereo盤とmono盤が並行して発売されていた時期があります。同時発売のこともあったし、なかにはmono盤が発売されて、かなりの年月を経てからstereo盤が発売された例もあります。たとえばイギリスのDECCA盤ではmono盤しかなくて、アメリカのLONDON盤でstereoが出たとか、じつは最初にstereo盤が出たのは日本だった、なんていう例もあります。じっさいの例を挙げると、1958年録音のカール・シューリヒト指揮パリ音楽院管弦楽団のベートーヴェン交響曲第9番はmono録音で出ていましたが、1970年代になってstereo盤が発売されています。クナッパーツブッシュ指揮のR・シュトラウスのDECCA録音は、stereo音源が発見されて発売されたのはCD時代になってから。カラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団のベートーヴェン第9やブラームスもそうでしたっけね。これらの場合は、そもそもstereoの初期盤が存在しないということです。

 そのイギリスのDECCAの場合、当初はmonoとstereoを同時収録して個別にマスタリングしていた時期もあったとも言われています。当時のstereo録音というのは未だ実験段階、というか、まだstereo録音のノウハウが確立していなかった、だからstereo初期はmono盤の方が音がいいと言っている人もいるのですね。それに、当時お蔵入りしていたstereo音源がずっと後になって発売されている場合、tapeの劣化により、録音当時の鮮度が保たれているとは考えにくい。とはいえ、レコード時代からstereo盤が存在していたものに関しては、一般的にはstereo盤が好まれます。中古市場でも、安いと思って購入したらmono盤だったのでがっかりした・・なんてこと、経験したことがある人は結構いるのではないでしょうか。

 いくつかのレーベルでmono盤、stereo盤のレコード番号を示すと、次のようになります。

イギリス Columbia:monoは「33CX」、stereoは「SAX」
イギリス His Master's Voice:monoは「ALP」、stereoは「ASD」
イギリス DECCA:monoは「LXT」、stereoは「SXL」
ドイツ DG(DGG):monoは「LPM」stereoは「SLPM」
フランス Columbia:monoは「FCX」、stereoは「SAXF」
フランス EMI:monoは「FALP」、stereoは「ASDF」
アメリカ RCA(Victor):monoは「LM」、stereoは「LSC」
アメリカ LONDON:monoは「CM」、stereoは「CS」
アメリカ Columbia:monoは「ML」、stereoはMS
アメリカ Angel:stereoは番号の前に「S」が付く


 私の場合、必ずしもmono盤の方がいいとまでは断言しませんが、じつはstereo盤とmono盤の両方が存在する場合、mono盤の方も積極的に購入してしまいます。ひとつには中古市場で、originalのstereo盤に途方もない値段が付いているものでも、mono盤の方は案外と安く売られている、ということもありますが、そもそもmono盤が好きなんですよ。それに、stereo初期には、mono盤の方がいい場合が、たしかにあります。それは好みの問題じゃないのか、という声も聞こえてきそうですが、なかにはビーチャムの「カルメン」のように、stereoのoriginal盤は左右のバランスがおかしいなんていうこともあります。

 そこで私が入手したmono盤について語ろうかと思ったのですが、じつはね、いままでにもずいぶんと取り上げていたんですよ。ここでちょっと振り返ってみましょうか―

 「003 ブラームス ドイツ語によるレクイエム」では、オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団ほかによる英Columbiaのmono盤は「すばらしい」と言っている。

 「012 マーラー 大地の歌 その2 LP篇」では、ブルーノ・ワルター指揮コロムビア交響楽団、とフリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団のレコードでmono盤を記載して、後者について「米プレスmono盤は、なかなかの音質で、monoなのにかえって奥行きを感じとれます」と言っている。

 「014 ニューヨーク・フィルハーモニック時代のバーンスタイン」では、「『ラプソディー・イン・ブルー』に関してはmono盤で聴く方が好き」とか、シューマンの交響曲全集について、「とりわけ、mono盤の音質がすばらしい」としています。

 「015 『マタイ受難曲』のレコードから」では、リヒターの1958年録音について、「stereo盤でも鮮度の高い、たいへん優秀な録音なんですが、高域がやや硬質で、合唱などがフォルテでわずかに歪みっぽい。それがmono盤だと多少やわらげられる」としています。

 「016 ウィンナ・ワルツのレコードから」では、ジョージ・セル指揮、クリーヴランド管弦楽団による"Magic Vienna"と題されたレコードのmono盤を、stereo盤をさしおいて取り上げています。「米Columbia盤とCBS Sonyの国内盤も持っており、そちらはいずれもstereo盤なんですが、音質はこのmono盤の方がいいので、たいていこちらで聴いてしまいます」と言ってますね。

 「018 ワーグナー 楽劇『トリスタンとイゾルデ』 前奏曲と愛の死」では、もっとも好きなケンペ盤がmono盤で、どうもstereo盤は国内盤の廉価盤でしか持っていない。海外盤を見たことがありません(CDでは出ています)。

 「021 ワーグナー 歌劇『さまよえるオランダ人』」ではコンヴィチュニー盤。

 「022 ワーグナー 歌劇『タンホイザー』」ではサヴァリッシュ、バイロイト盤。

 「024 ワーグナー 楽劇『トリスタンとイゾルデ』」ではベーム、バイロイト盤。

 「028 ワーグナー 楽劇『ワルキューレ』」ではラインスドルフ盤。これは「055 ビルギット・ニルソン」でも取り上げています。

 「039 ウェーバー 歌劇『魔弾の射手』」ではカイルベルト盤。

 「042 モーツアルト 歌劇『フィガロの結婚』」ではジュリーニ盤。

 「051 ベルリオーズ 幻想交響曲のレコードから」では2種類の演奏でmono盤が挙げられています。モントゥー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団では「米RCAのmono盤の厚みのある響きも悪くない」として、クリュイタンス指揮フィルハーモニア管弦楽団については「stereoの国内盤はほかにも持っているが、どれも音質がいま一歩と感じるので、仏プレスのmono盤で聴いている」としています。後者に関しては、stereoのoriginal盤を持っていないから。

 「056 サー・トーマス・ビーチャムのレコードから」と「087 ビゼー 交響曲 ハ長調」では、二度にわたってビゼーの交響曲のmono盤について語っていました。そこでは、「stereo盤でもWRCの再発盤は音質がかなり高域寄り。これならmono盤の方が音質良好です」としながらも、英HMVのstereo盤とくらべると「mono盤の実在感はいいが、ややリズムが重く聴こえる」と言っています。

 「059 ギョーム・ルクーの作品とdisc」、ここで取り上げているピアノ四重奏曲ほかが収録されたワーナー・パイオニア G-10202(LP)も、SFMのstereo盤S2008とmono盤M1008を所有しています。もとからそんなに音場感の点で録音がすぐれているわけでもないので、mono盤の方がリアルな印象があります。

 「070 ビゼー 附随音楽『アルルの女』のレコードから」ではクリュイタンス盤の英EMIのmono盤について・・・コメントはありませんね(笑)

 「085 ファリャ バレエ音楽『三角帽子』」にもアンセルメのmono盤DECCA LXT5357(LP)が取り上げられていますが・・・これもとくにmono盤についてコメントしていませんでした。ま、それでも入手してしまうということです(笑)

 思ったよりたくさん見つかりました(笑)まだ見落としているものがあるかも知れません。


 クリュイタンスの幻想交響曲やビーチャムのビゼーの話から導き出されることは、stereo盤とmono盤を厳密に比較するのなら、同時期に発売されたoriginal盤同士で比較するに如くはない、ということです。といっても、そうそうoriginalのstereo盤も持っているとは限らない。所有しているstereo盤はずっと後の再発盤であることも多い。そもそもstereo盤は1970年代になってはじめて発売された例や、stereo盤は国内盤でしか出ていないなどという例も少なくありません。それに、厳密には同一条件での比較は無理、mono盤にはmonoカートリッジを使いますからね。

 なので、あくまで手持ちの範囲でのmono盤とstereo盤との比較であることをお断りしたうえでの話ですが、こうしていままでに取り上げたmono盤では、とりわけカール・リヒターの「マタイ受難曲」、ルドルフ・ケンペの「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死あたりは、mono盤の方が好ましいものです。オペラでは、「魔弾の射手」のカイルベルトによる独Electrolaと東独ETERNAの2種のmono盤、「フィガロの結婚」のジュリーニによる英Columbiaのmono盤も、いざ聴こうというときには、stereo盤よりも優先して取り出されることの多いレコードです。


 それでは、これまでに取り上げていないレコードも紹介しておきましょう―

シューベルト:交響曲8番「未完成」
モーツァルト:交響曲35番「ハフナー」
カール・シューリヒト指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ウィーン・ムジークフェラインザール、1956.6.3-6.
米LONDON LL1534 (LP) (mono)
英DECCA LXT 5257 (LP) (mono)
仏DECCA LXT 5257 (LP) (mono)


 有名なレコードです。ここに挙げたのはすべてmono盤ですが、stereo録音もされており、1970年代には我が国で廉価盤での発売が繰り返されていましたね。その廉価盤も手許に残してありますよ、もちろん。今回は聴いていないので番号は記載していません。

 米LONDON盤は英プレス。
 英DECCA盤はイギリスでのoriginal。
 仏DECCA盤はフラット盤でフランスでのoriginal。
 以上、すべてEQカーヴはDECCAffrr。

 イギリスではstereo盤が番号SXL 2143/CS 6113と決まっていたにもかかわらず、未発売に終わりました。テスト盤が少数流出しているらしく、超高額です。というか、探したってなかなか見つからないでしょう。1970年代にはイギリスでもstereo盤が出たと聞いたことがありますが、未確認です。

 上記米LONDON盤と英DECCA盤はほぼ音質同じ。強いていえばLONDON盤の方がやや明るいか。仏DECCA盤が細部に至るまでなかなか鮮やかな音質で気に入っています。

 手許にあるstereo国内盤で聴いてもいいんですけどね、やはり録音時から日を経ずにカッティングされたmono盤の鮮度は高く、演奏もいいので愉しめるレコードです。


ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付」
カール・シューリヒト 指揮 パリ音楽院管弦楽団 エリザベート・ブラッスール合唱団
ヴィルマ・リップ(ソプラノ)、マルガ・ヘフゲン(アルト)
マレイ・ディッキー(テノール)、ゴットロープ・フリック(バス)
パリ、サル・ワグラム、1958.3.4-5. 5.27-29,31
仏Pathe Marconi Trianon 6151 a 6157 (7LP) (mono)
独Electrola 1C047-50 577 (LP) (stereo)


 シューリヒトでもうひとつ。パリ音楽院管弦楽団とのベートーヴェン交響曲全集はすべてmono録音。古くから有名でしたが、1970年代になって、第9番のstereoテイクが発見されて発売されました。残念なのは、国内盤も海外盤もLP1枚に詰め込み収録であること。

 上記仏Pathe盤はわりあい中古市場でも見かけることのあるセット。Trianonなのでおそらく廉価盤。stereoテイクによる盤は国内盤も持っていたはずなんですが、いま見当たらず、独Electrola盤がありました。マルP1959ですが、疑似stereo盤ではないはず。Electrolaのstereo盤は初期のstereoテイクにときどきあるような変な音はしない自然さはいいんですが、音場感において恩恵があるようなものでもありません。1枚詰め込みのせいか、やや高域上がりのバランス。対する仏プレスのmono盤はさすがのエネルギー感。高低、ソロと合唱のバランスも良好、奥行き感はむしろこちらのmono盤の方があります。3面使用というのもメリット。

 シューリヒトの指揮はアタックが強調されずにするすると流れて詠嘆調にならない、モダンな感覚。時に粘ったりする箇所もあるんですが、引き締まった響きなので、浪花節にならないんですね。じつに堂に入ったものです。


Carl Schuricht


(Hoffmann)