135 「芥川龍之介全集」 (全8巻) 芥川龍之介 ちくま文庫




 芥川龍之介は我が国の大正期近代文学を代表する巨人ですが、あまりにも孤高。その影響下で後を継いだひとがいません。しかし芥川がなにから・どこから影響を受けたかは明白、外国文学と古典です。

 芥川龍之介は1892年生まれ。早熟な芥川少年が英訳でイプセンメリメ、アナトール・フランスを読んでいた時期は、我が国の近代文学は徳冨蘆花の「不如帰」、樋口一葉の「たけくらべ」、泉鏡花なら「高野聖」が出て「婦系図」が連載中。幸田露伴は「天うつ浪」が出たばかり、夏目漱石の「吾輩は猫である」も連載がはじまったばかり。森鷗外はまだ本格的に世に出てはいません。つまり「まだまだ」。

 やがて芥川が文学の道を志した頃には、漱石が西欧近代の心理小説をお手本にした「行人」「こゝろ」を発表して、森鷗外は「雁」のほか、「諸国物語」のような翻訳ものを出しています。やはり、こうした先達の仕事のなかに見出される西洋文学に、自分と同質の感覚を発見したのでしょう。西洋文学と古典に範を求めたのも当然の成り行きです。そして芥川はそれを日本語で再現するための、より徹底した方法を模索することになります。

 ところが口語では韻も律も内蔵していないので、形式的な近代詩は難しい。散文詩にしても日本語は未成熟で上手くいかない。そこで「今昔物語」や「宇治拾遺物語」といった古典の説話に題材を求め、そこに近代人の心理を適用させてみた。ゴーゴリの「外套」が王朝物語「芋粥」になったわけです。これが芥川による日本の小説の近代化・西洋化の方法でした。なので、「芋粥」が純日本的な王朝物語だなんて勘違いしてはいけませんよ。素材的にも、成果物としても、西洋化されたものなのです。


芥川龍之介

 芥川はそうした王朝ものから切支丹もの、戦国ものに江戸もの、開化ものと多彩な短篇小説(コント)で足下を固め、いよいよ長篇小説(ロマン)執筆に向かうも中絶。どうも、方法は漱石、手本としてはアナトール・フランスの「赤い百合」を参考していたようなのですが、やはり我が国を舞台に、パリ風の社交界のatmosphereで西洋化させるのは難しかったのでしょう。その後(といってもトータルで10年という短い文壇生活でしたが)、再び長篇小説の創作を試みることはありませんでした。

 芥川は「西洋かぶれ」でしょうか? 時代を考慮に入れれば、永井荷風だって鷗外だって漱石だって、西欧文学を日本に移植しようとしているのですから、これはあたらない。芥川本人の資質は江戸伝来の東京下町人と都会的知識人が融合したものです。むしろその資質こそが、外側、すなわち古今東西の文学に目を向けて、親しみ、そこから自分の作品を作りあげていく道を歩ませたのです。

 その代表作は・・・これはいくらでもありますが、ひとつ挙げるなら「藪の中」。これはウィリアム・モリスの著作にあったフランスの中世説話がベースになっています。そして形式はロバート・ブラウニング。そこに「今昔物語」の説話も組み合わせて、生来の懐疑主義―客観的真理などというものはありえないことを、寓話的に描いてみせた、まさに芥川の資質の本領発揮と言いたい名作です。黒澤明が「羅生門」を枠にして、この題名で映画化したのはまことにもって、黒沢の名を高めると同時に、アクタガワの名前を世界に知らしめるきっかけとなったわけです。西洋にしてみれば「逆輸入」であるところ、しかしアナトール・フランスの亜流ではなくて、独創的な小説家として評価されているところがミソ。我が国の陳腐な評価をかるーく超越してしまっているところがありますね。さすが。いまでも真相不明の事件について「藪の中」と言うとき、私はこの芥川の名品を思い出さずにはいられません。

 森鷗外の「諸国物語」は欧米の(当時の)現代作家によるさまざまな作風の短篇小説を翻訳して一冊にまとめたものですが、これとおなじものを、ひとりで、自作だけで、「短篇集」として成立させたのも芥川の到達点のひとつです。

 やがて芥川の作品を覆うアナトール・フランスの優雅な世紀末的雰囲気は、ストリンドベリーの絶望的・地獄的な世紀末へと変貌していきます。その例が最後の作品である「歯車」。もともと自然主義とは一線を画してたところ、一気に神秘主義へ。都会的な青年の懐疑主義が神経衰弱の姿を借りた形而上学的苦悶に至った。

 「藪の中」「歯車」なんて、もう現代の不条理小説と同質のものですよ。その点では同じく寓話的な物語を紡いだ(ように見える)カフカ以上に「カフカ的」です。晩年の「侏儒の言葉」から引用―

 人生は狂人の主催に成ったオリムピック大会に似たものである。


芥川龍之介

 そして自殺。懐疑主義で神など信じていないので、自殺を否定する要素は芥川のなかにはなかったと思われます。自ら言い残したのは「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」です。ひとつの思想のためで死んだのではない。芥川は自分の人生は自分で作りあげるものと信じて、理智に頼っていた近代人でした。これは命を絶つまで終生変わらなかったはず。この近代人の信念を疑うような挫折感があったわけでもないでしょう、「ぼんやりした不安」なんですから。ただ、「不安」とは、本人や第三者にとって具体的に説明できるものであるときに「絶望」と呼ばれるものであって、「不安」とはぼんやりしたものでありながら、「絶望」と等価なものなのです。

 芥川の自殺に関しては、さまざまな本が書かれていますが、どれも憶測の域を出るものではありません。たまたま手に取って読んだ本を鵜呑みにしてはいけませんよ。


(Klingsol)



引用文献・参考文献

「芥川龍之介全集」 (全8巻) 芥川龍之介 ちくま文庫




Diskussion

Hoffmann:若い頃、海外文学を読んでいた私に向かって「西洋かぶれ」などと言ったA山君は、続けて「芥川でも読め」なんて言っていたけどね。

Parsifal:前回の永井荷風の話の時に、「芥川龍之介は読んでいるけど、アナトール・フランス? ストリンドベリー? なんだいそれは? なんて人に芥川が『読めて』いるわけがない」と言ったのはそういうことがあったからか(笑)

Klingsol:いわゆる「私小説」があまり好きではない私としては、芥川龍之介は小説家らしい小説家と思えるね。

Kundry:「翻案」についてはどう思われますか?

Hoffmann:「本歌取り」だろう。

Parsifal:漫画家の水木しげるが貸本漫画時代に、ラヴクラフトやアーサー・マッケンその他の怪奇小説・幻想文学を下敷きに、日本の地方の寒村、あるいは江戸時代などを舞台にして「翻案」しているんだよ。あれを読んだときに、「あ、芥川だ」と思ったね。

Klingsol:芥川龍之介の手になる海外文学のアンソロジーがあるの知ってる? 大正13年から14年にかけて、旧制高校の生徒たちのための英語読本を全8巻51篇、編んでいるんだよ。小説、戯曲、エッセイなど取り混ぜて、興文社という起業したばかりの出版社から出ているんだ。もちろん和訳はついていないんだけどね。そこから20篇ほど選んで訳されたのが「芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚」(澤西祐典・柴田元幸編訳 岩波書店)だ。

Hoffmann:ポオの「天邪鬼」も入っているけど、H・G・ウェルズ、ブラックウッド、M・R・ジェイムズなんて、存命中だったから、当時の現代文学なんだね。

Parsifal:永井荷風や佐藤春夫と同様に、芥川にも批評精神があるね。もっともこの時代、そうでなければ文学者たり得ない。以前、Hoffmann君が言っていたように、この時代の文学者は、日本の文学を実現しようという使命感みたいなものを持っていたんだよ。いまの時代はそうした切実な全的欲求がないから、比較文学論や文化論まで語れるような本物の知性を持った文学者はいない。

Kundry:森鷗外も「諸国物語」を編んでいますが、アンソロジストといえばボルヘスとか・・・やはり高度な鑑定眼だけではない、自分が読んで愉しんでしまうような性向が必要なんだと思えますね。

Parsifal:それが「知性」のあらわれなのかも知れないね。

Klingsol:ちなみに「歯車」の神秘主義を見抜いたのが、芥川唯一の弟子である堀辰雄だ。堀辰雄は「歯車」にリルケと同質のものを見て、そのまた弟子である中村眞一郎ネルヴァルを見ている。